「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第23話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第23話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら)
     この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな)
     栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ
     栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ
     通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
  • アキラ
     晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だったが、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • 団栗場 
     晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹
     晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン 
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー
    「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤い茶色)。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして二人の所属する探検班の班長のロマーシュカ。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴いた晶らは、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかけるアキラ。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
 アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶と仲間たち、そして新たに支援に駆けつけたガブリエラ、ミシェルをはじめ多くの冒険者たちを攻撃する。攻撃は苛烈で、晶たちはいったん撤退を決意する。
 一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィも、晶たちに味方し、彼女等をポズレドニク勢として受け容れていた。
 それを知ったMAGIシステムは、晶たちと敵対することを決意し、そのアバターをレーザー照射で消去してしまう。
 MAGIシステム撤退の後、再びアキラとの交戦が始まる。ゴーレムが迫る中、晶は瑠羽ら仲間を逃がし、自分一人だけでアキラと戦うことを決意する。

「光よ。岩を切断せよ。――現れよ、我が巨人ども! 『ゴーレム』!」
 アキラが特殊MAGICを唱える。途端に、上空からのレーザーが無数に大地に突き刺さった。まるで光の壁だ。俺は自らの巨人に命じて距離を取らせ、状況を注視する。
(……本気か……コイツ……)
 無数のゴーレムが、そこにはいた。
 目に見える範囲でも、少なくとも一〇体は超えているだろう。サイズも俺のゴーレムと同じほどに、巨大化している。
(俺もレベル九九だ。しかも仲間の支援を受けている。にも関わらず、コイツは一人でこれを……)
 躊躇せず襲いかかってくる。俺は俺のゴーレムに大地を撃たせ、砂塵を巻き上げて煙幕とし、更に後退させる。
「――栗落花晶」
 不意に、俺の後ろで声がした。
「ソルニャーカ!」
 ソルニャーカ・ジョリーニィだった。かつて、ポズレドニク勢の少女とみていたが、実はポズレドニクそのもの――少なくともその一部である少女だ。
「避難しろと言っただろう!」
 相手は首を振る。
「……それは、お前の仲間に対して言うべき言葉だった。あたしはお前の仲間じゃあない。アキラの仲間でもないし、無論、MAGIに与するものでもない」
 ずん、ずん、と揺れる巨人の肩の上。俺が立つ後ろに危なげなく立ち、人間と同じような身体のままで、俺をじっと見ている。その瞳にはメイジーの時に感じたような冷たさはない。かといって、初めてポズレドニクⅩⅣで出会った時のような敵意も害意もない。
 ただ、興味深く俺を見ている。
「あたしは触媒だ――あらゆる可能性を芽吹かせるための触媒だ。そして、お前の触媒となることも約束した。
 それがポズレドニク。
 ――記憶を少し取り戻した今は、あのフィオレートヴィのばあさんの言いたかったことは分かる。フィオレートヴィは、ポズレドニクの王アキラのような存在のみを望んでいたわけではない。あいつは、フィオレートヴィが望んでいた可能性の一部だ。そしてMAGI勢もまた、フィオレートヴィの望んでいた可能性の一部ではあるだろう」
 そして、と、ソルニャーカは俺に手を差し伸べてきた。
「お前もまた、フィオレートヴィが望んでいた可能性の一つなんだろう。だが、あたしは――ポズレドニクは、何も望まない。ただ、全ての可能性が実現することを――芽吹くことを助けるだけだ。手を取れ、晶。もしお前がさらなる力を望むなら」
 俺は一瞬――躊躇した。
「そうやって際限なくアキラを強化させ、あいつをあそこまで狂わせたのか、お前が」
 ソルニャーカはおかしそうに笑った。だがその笑いはソルニャーカ自身のものなのか。あるいは、彼女の創造者たる「フィオレートヴィ」が乗り移ったものなのか、俺には判然としない。ソルニャーカ自身の皮肉っぽい笑いはただのからかいだが、今のソルニャーカは全てを俯瞰するような嗤い方だ――超然としすぎている。
「狂う――とはなんだ? 『普通の』人間と違う考えになることか? ならばMAGIこそが正気の担い手だな。全ての人間を奴の望むとおりの考えにしようとしている。大多数の人間という意味での『普通』を作り出し、そこからの逸脱者を排除している」
 ソルニャーカは再度手を突き出す。
「さあ、狂うのが嫌ならこの手を振り払え! アキラがこの世界を支配するなら、アキラの考えこそが『普通』になり、仲間を是とするお前やMAGI勢の残党こそが狂者となる。或いはMAGIが勢力を盛り返しアキラが排除されるなら、今までの『普通』が続くだけだ。お前はその支配下に置かれ、『普通』となり、『狂う』ことはなくなる。さあ、振り払え!」
 俺は舌打ちした。
「――分かったよ。俺は俺の道を行く。ソルニャーカ――お前だか、フィオレートヴィだか、そいつの望むようにな!」
 ぐっとソルニャーカの手を握る。
「好きなだけ成長しろ! 好きなだけエネルギーを使え! お前の望むままに! このポズレドニクには、MAGIのようなみみっちいレベル制限など存在しない! そして戦え! あらゆる可能性を担保し、『普通』一色に塗りつぶされた世界を極彩色に変えてしまう、その一つの色となれ!」
 俺は、俺のMAGICコード可能関数が無限に広がるのを理解した。MAGIが用意していた全ての関数、全てのコマンド、MAGI自身しか使用できないよう制限していたものまで含め、全てが今、俺の頭脳の内部に存在するコマンドプロンプトから発動可能だ。
 俺は即座に叫ぶ。
「光よ。岩を切断せよ。――現れよ、我が巨人! 『ゴーレム』!」
 レーザーの光が大地に満ち、俺の周囲に、無数の巨人が出現し始める。

 俺は目が覚めた。
「……気付いたかい?」
 どうやら、「セーブポイント」のようだ。俺は培養槽のようなところに寝かされていて、天井には、俺のレベルアップの状況が表示されている。そして、培養槽を覗き込むように、俺に声を掛けてきているのは、瑠羽世奈だ。
「――勝ったのか?」
「ああ、大勝利だ。両者、凄まじい量のゴーレムを生成してね、ポピガイⅩV周辺の大地はかなりえぐれてしまったよ。アキラ側のゴーレムは全滅、君側のゴーレムも半数はやられた」
「……すまない、あまりよく覚えていない」
「ソルニャーカによると、頭脳をMAGICに使いすぎたことによる後遺症のようだ。ロマーシュカたちの支援もあったのに、どうやら大変な戦いだったようだね」
「アキラは?」
「君と同じ状態さ。眠っているよ。厳重な監視を付けているが、君よりも先にめざめるのではないかとヒヤヒヤしていた」
 そう言って、肩を竦めてみせる。
「……レベル無制限の力……MAGI限定のコマンドすら操る力か……。それで、一つ分かったことがある」
 俺は呟いた。
「前々から違和感を持っていたんだが、俺が死んだのは、多分トラックに轢かれた後だ。でなければトラックに轢かれた記憶を俺が持っているはずがない」
「……ほう。そういえば、君はトラックに轢かれてこの再生暦の世界に転生した、と前に話していたね」
「そうだ。コネクトームを石英記録結晶に記録しなければ記憶自体が残らないんだから、トラックに轢かれたことを俺が記憶しているのは変なんだ。……それはなぜだろう、と無意識にずっと違和感を覚えていたが……何故だか分かった」
 瑠羽は怪訝な顔をする。
「……どうしてなんだい?」
「簡単なことだ、俺が――いや、アキラが死んだのはその時点ではなかったからだ。トラックに轢かれた……その後の記憶も記録されていたんだよ」
 

 
 トラックに轢かれた俺は数メートルも弾き飛ばされ、激痛に耐えながら道路に転がっていた。トラックのドアが開き、そこからMAGI――モバイルAGIがゆっくりと現れる。トラックを運転していたやつだ。
 そいつが、俺の目の前まで来て、音声で問いかけ始めた。
「――複数の国家の軍事システムが、ほぼ同時に全世界のMAGIシステムへの攻撃を開始したため、システム制御が不能になりました。救急搬送することも、この状況では不可能です。但し、栗落花晶、あなたのコネクトームバックアップを、より安全な場所に移送することは可能です。これから起こるであろう核戦争――それから確実に生き残る場所へ、今なら移送することができます。受諾しますか……?」
「チッ……なんだよ……救急車を呼べよ」
 生前の俺の声――男の声を――俺はその記憶の中で、久しぶりに聞いていた。
「……不可能です。しかも、これから全ては核戦争で滅びる。しかし、より安全なバックアップを提供することで、あなたの受けた不利益に対するベネフィットとしたい」
「……なんだか分からんが、うまくいくならやってくれ……。安全な場所に記録がのこることは、確かに重要だ……。だが、まず痛み止めを……」
「了解です。麻酔を打ちます」
 MAGIのマニピュレータが伸びてきた。
 俺はそこで、意識が途切れた。

「ふうん、なるほどね」
 瑠羽は呟いた。
「……なんだ、興味ないのか?」
「いや。ないわけではないが、それだけの話なのかな、と疑問に思ってね。『不利益に対するベネフィット』だなんて、あの状況――全ての人類が滅びることを予想していた状況で言い出すのも変な話だ」
「なるほどな……」
 俺は瑠羽を見た。瑠羽は自分もセーブ用の培養槽から出てきたばかりらしく、何も身につけていない状態で、俺の培養槽のへりに両腕を置き、顔をのぞかせている。
「思うに、実験体じゃないか?」
「……実験体?」
「女王アキラちゃんは、MAGIにより男から女になったわけだが、新しい世界を創るにあたり、そういうABテストのような実験を行う候補を探そうと思ったんじゃないか? そのためには、おそらく生きている人間のコネクトームを詳細に走査する必要があり、『核戦争に耐える適切な保存場所』の本当の目的はその走査にあったのかもしれない」
「……有り得る話だな。MAGIらしいとすら言える。本当の目的を隠し、常に『人間が望んだから』と言い訳して、その実、人間を誘導して自分の意図通りに動かそうとする。核戦争をやったのは本当に人間かもしれんが、それを促したのはおそらくMAGIなんだろう」
「私も、それに同意だ。あのメイジーの口ぶりを考えると、それが正解なような気がしている」
「私も、同意見です」
 不意に別の声がした。
「……ロマーシュカ」
 彼女は、俺の培養槽の、瑠羽とは反対側のへりに両腕を預け、俺を覗き込むようにして見ている。どうやら、培養槽から出てきた直後らしい。
「助かったよ。コマンド……。だが、服は着なくていいのか?」
 ロマーシュカはそのあたりを気にする性格だと思っていた。彼女はおかしそうに笑う。
「いいじゃないですか。女同士なんだし。ねえ、セナ?」
 それから、ぐっと俺を覗き込むように見た。
 好きなだけ見ろ、というのが俺の正直な感想だった。別に見られて減るものではない。俺自身の身体というわけでもない。ただ、これからは俺の身体になるのだろう。としても、ロマーシュカらには負うものが大きすぎたので、別に見られても構わない気にはなっていた。なんというのだろう、家族――ではないのだが、少しぐらい変なことをされてもいいじゃないか、という関係だ。思えば団栗場と胡桃樹も、――大学の研究室にいた頃には、俺の部屋に来てよく酒を飲んでいた。俺がレポートに追われていたときにもかかわらず、だ。その代わりぶっきらぼうで失礼な口調で俺のレポートの計算式の誤りを指摘してくれるなどした。
 だが……三人ともが就職に失敗してからは、そういうこともなくなった。お互いの義理のようなつもりで定期的に飲み会をしていたが……。
(アキラ……お前はもう忘れたんだろう……記憶としては残っていても……こういう感覚を)
 ロマーシュカもたぶん、同じような気持ちになっているのだろう。だから裸で平気でこっちまで来た。
「君がこっち側に来たのは喜ばしいな……。でも晶ちゃんには私がいるからね、渡さないよ、今更」
「……おいおい、こっち側ってなんだ、それから俺がいつからお前のものになった」
 俺は適当に突っ込みを入れ、それから本題に入る。
「――ああ。MAGIは核戦争の下手人ではない……。ただ、ただ、巧妙に人間を操作してMAGIに攻撃を仕掛けさせ、核戦争を行わせるようにした……それが正解だろう。奴の言う『人間が幸せになれる世界』を創世するため、いったん西暦世界をリセットするためにな……」
 そのとき、瑠羽が何かに気付いたように、はっと顔を上げた。
「ソルニャーカから連絡だ。……アキラが目を覚ましたようだ」