「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第21話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第21話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら)
     この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな)
     栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ
     栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ
     通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
  • アキラ
     晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だったが、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • 団栗場 
     晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹
     晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン 
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー
    「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤い茶色)。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。

 MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして二人の所属する探検班の班長のロマーシュカ。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴いた晶らは、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける晶。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
 アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶と仲間たち、そして新たに支援に駆けつけたガブリエラ、ミシェルをはじめ多くの冒険者たちを攻撃する。攻撃は苛烈で、晶たちはいったん撤退を決意する。
 一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィも、晶たちに味方し、彼女等をポズレドニク勢として受け容れていた。
 それを知ったMAGIシステムは、晶たちと敵対することを決意し、そのアバターであるメイジーをレーザー照射で消去してしまう。

「……消えた……」
 俺は呆然と呟く。
「自分で消したんだ。だが、まずいぞ。メイジーの言葉を聞いただろう。ゴーレムが来る」
 瑠羽が鋭く言う。
「何か方法はないか? 君はレベル九九だろう?」
 俺は少し頭を捻った。
「もう一度足止めをする方法もあるが、もっとスマートな方法もある」
 俺はそう答えた。それから、指をパチンと鳴らす。
「――アキラの身体に仕掛けたMAGICを解いた。行動不能状態からはすぐに回復するはずだ」
 淡々と説明した。前方、遥か彼方からやってくるであろう、ゴーレムに身構えつつ。
(……アキラが俺と同じ性格をしているなら、回復したのは何故だと考え、その理由を知りたくなるだろう。同時に、自分がMAGICで作ったゴーレムがポピガイⅩⅤを襲っているのを認識するはずだ。俺からのメッセージだと分かってくれれば良いが)
 俺は目をこらし、ゴーレムの気配を探る。――八歳の幼女の視力はとてもいい。僅かにゴーレムの巨体が地平線の彼方に見えるほどに。俺も、これから長い人生をこの再生暦の世界で過ごすことになるのなら、今後は読書はほどほどにしておこう。
「……つまり、ゴーレムを止めてくれることを期待する、と?」
「アキラは馬鹿じゃない。少なくとも、俺はもう戦うつもりがないことは理解するだろう。なぜ俺がそう思ったのか、少なくとも知るためにここに来るはずだ」
 俺がそう言ったとき。
 首筋にひんやりした感触があった。背中には鎧に包まれた肉体の、体温が感じられる。
「正解だ」
 アキラだ。
 俺の腰に腕を回し、首筋にMAGICソードを当てている。ロマーシュカが反射的にアキラを攻撃しようとするが、俺は彼女を手で制した。
「手短に言えば、俺たちとMAGIは決裂した。そこにいるソルニャーカを通じてポズレドニクと契約を結び、俺達はポズレドニク勢となった。よって、お前と敵対する理由が無くなった。だからMAGICを解いた。お前もゴーレムを止めて欲しい」
「……そう簡単に言うことを聞くと思うのか、お前?」
 アキラは冷たい声で言う。自分の声だと分かっていても、耳元で囁かれるとくすぐったいような感じだ。不思議な気分だった。俺と同じだったはずの人間と、腹の探り合いをしている。俺ならどう考えるのか――俺自身のことをここまで深く知りたいと思ったのは初めてだった。
「俺の言うことだから聞け、というつもりはもとよりないさ。お前の損得で考えろ、といってるんだ。お前はMAGIを倒したいんだろう。どのような経緯であれ、お前と同じレベルの俺が助力したら有利だとは思わないか」
「思わないな。寧ろ裏切られるリスクが高い奴を味方に引き入れるのは危険だ」
 俺は目を閉じた。両手を上げる仕草をする。背後のアキラの息づかいが若干変化した。
「……栗落花晶。お前は俺だ。お前ならどうするか考えろ。幼女の身体でディストピア世界に転生し、何も分からないまま瑠羽のような怪しげなやつに反体制活動に誘われ、それでも戦いの中でこの世界の真実らしきものをだんだんと把握していった。そのときお前はどうする? それでもMAGI勢に留まるか。それともポズレドニク勢に転向するか。いろいろと策謀を巡らせてMAGI勢に留まったフリをするかもしれないが、結局の所MAGIは倒さなければならないという結論に達するんじゃないか? この後に及んで、俺がMAGIの仲間だと考える理由などどこにもないだろう」
 アキラの息づかいがやや激しくなる。
「――敵の敵は味方、か」
「……そういうことだ」
 その瞬間、空気が動いた。
「晶ちゃん!」
 俺は寸前で動いていた。俺の腰を押さえ込んでいたアキラに対して、特殊MAGIC『ツァーラアト』を再び発動、奴が俺の首に当てたMAGICソードで俺の首を切り裂く寸前に、身を捻ってアキラから逃れ、距離を取る。
「ぐぅ……!」
 ツァーラアトを再び全開で喰らったアキラは、憎々しげに俺を睨みながらもMAGICソードを構える。
「……癒やしの力よ、病魔を駆逐せよ。『ラーファ』!」
 瞬間、彼女の身体全体をぼおっと白い光が包んだ。赤い鎧の下に着込んでいる透明なスキンスーツが稼働しているのだ。
「それは……特殊MAGIC!」
 俺は驚愕する。特殊MAGIC『ツァーラアト』を浴びせた瞬間から、奴の思考力は極限まで落ちていたはずだ。それを元に戻したのがついさっき。俺を脅迫している最中から、『ツァラーラアト』を駆逐する専用の特殊MAGICを作っていたに違いない。長く見積もってもせいぜい数分しか経っていない中でそれだけのことをやってのけるとは。ライブラリの関数を組み合わせて高度な自前の関数を特殊MAGIC――その開発をこの短時間にやってのけたアキラは、流石『ポズレドニクの王』というほかない。
「『ライトニング』!」
 ロマーシュカがすかさず光系MAGICを浴びせるが、アキラは鏡面シールドドローンを展開、ロマーシュカがMAGICロッドから放ったレーザーを弾く。
「『ルクス』!」
 ミシェルが放つ上級MAGICも、難なく弾かれた。ミシェルの攻撃と同時に無言で背後に回り込み、アキラの背中に拳を叩きつけようとしたガブリエラの攻撃を、アキラは振り返りもせずに手で受け止め、そのままガブリエラの拳を握りつぶそうとする。
「ちくしょう!」
 ガブリエラはアキラの背中を蹴り、強引にアキラの手から拳を引き剥がして後退した。
「みんな下がれ!」
 俺は鋭く命じ、ガブリエラの蹴りで得られたアキラの一瞬の虚を突いて、アキラに肉薄する。
「喰らえ――『ベヘラーク』!」
 開闢MAGIC『ベヘラーク』。現在俺にアクセス可能な全ての攻撃衛星が、一斉にアキラに向けてレーザーを放っている。光速の攻撃。気付いたときにはアキラを灼いている。
 ――はずだった。
「甘いな、お前の思考パターンなどお見通しだ」
 俺とアキラの上空で何かが爆発した。
 小惑星だ。軌道上に配置されていた小惑星が、上空から照射されるレーザーとアキラの間に突っ込んできて、膨大なエネルギーを受け止め、蒸発したのだ。
「――『ドハレイド』の応用だ」
 アキラは勝ち誇ったように言う。
「――お前は何か勘違いをしているな?」
「どういうことだ」
「オレが憎んでいるのは――否定したがっているのはMAGIという固有のシステムではない。お前が言った言葉――『仲間』という概念そのものだ」
「お前だってソルニャーカと仲間だったじゃないか!」
「たまたま、個別の活動の目的が一致していたにすぎない。ポズレドニク勢とはそもそもそういうものだ」
(そういえば、奴はソルニャーカを躊躇無く撃った)
 俺はそのことに思い至る。
「MAGIであろうとお前であろうと、『仲間』や『社会』という概念で人間を惑わす輩をオレは排除する。既にこの太陽系には充分なエネルギーがある。太陽は水星の金属材料から作られたダイソン球で覆われ、そのエネルギーは余すところなくこの地球に送られている。人間は互いに協力する必要がない。つまり、誰かのために誰かが搾取される必要がない。完全なる個人として生きていっても、物理的には全く問題がない。それを――MAGIのやつは人間の幸福はそこにはないと言いだし、もはや不要なはずの『社会』という概念を維持し続け、それに反対する奴らを収容所送りにしている」
 アキラは俺にMAGICソードを突きつけた。
「お前に問おう栗落花晶。お前はMAGIを倒し、新たな『社会』を作ったあと、その『社会』を壊そうとする奴らが現れたらどう対処する? やはり収容所送りにするんだろう。壊すことを容認するなら、そもそも『社会』を作る意味などないからな。それとも、ただ壊すだけで何も作らないとでも言うのか? お前にそれができるのか? 無職であることに心を病み、何度も『就職』をしようとしたお前が!」
 俺は唇を噛んだ。
「お前は孤独を恐れた。ストックフィードで一人で生きていける時代にも、胡桃樹や団栗場と交流を保ち続けた。そんなお前が、オレと同じ志、目的を持つとは思えない。オレはお前ではない。人間は先天的な要素だけでは決まらない。オレと同じ経験をお前が得なければ、お前はオレと違う意思を持つだろう。それが答えだ!」
 アキラが言い放つ。
 と同時に斬り込んでくる。そして、背後に轟音に近い足音がする。だがそれに気を取られている時間はない。俺はMAGICソードを構え、アキラの斬撃を受け止める。目一杯の力で奴を吹っ飛ばす。間髪入れず叫ぶ。通信機に向けて。
「全員、撤退しろ! ゴーレムが来る!」
「しかし晶ちゃん!」
 通信越し、瑠羽が何か言おうとする。
「瑠羽――ポピガイⅩVまで撤退してくれ。ここはレベル九九の俺が何とかするしかない。ゴーレムだけはそっちに行かせないようにする」
 遠くに瑠羽がいた。心配そうにこっちを見ている。
「――そんな顔するな。お前らしく皮肉の一つでも言え。その方が安心する」
「分かったよ。君はレベル九九だ。やりたいようにやりたまえ――但し、アキラちゃんと浮気はなしだぞ。私というものがいるんだからな」
「安心した。任せたぞ」
 俺はそれだけ告げた。前方からアキラが迫ってくる。後方からはゴーレムの足音。だが、同時に瑠羽が皆を率い、ポピガイⅩVに撤退していくのも見える。
(……さて、正念場だ。MAGIは、こいつ――アキラを味方につけなければおそらく倒せないだろう。このとんでもないディストピア世界で俺はもうだめかもしれないが――せめて、『仲間』の良さをもう一度教えてくれたあいつらは――ここで助けないといけないな……)
 俺はもう一度、MAGICソードを握りしめた。