「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第19話」山口優(画・じゅりあ)
<登場人物紹介>
- 栗落花晶(つゆり・あきら)
この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。 - 瑠羽世奈(るう・せな)
栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。 - ロマーシュカ・リアプノヴァ
栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。 - ソルニャーカ・ジョリーニイ
通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。 - アキラ
晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だったが、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。 - 団栗場
晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。 - 胡桃樹
晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。 - ミシェル・ブラン
シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。 - ガブリエラ・プラタ
シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。 - メイジー
「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤い茶色)。
<これまでのあらすじ>
西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして二人の所属する探検班の班長のロマーシュカ。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴いた晶らは、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける晶。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶と仲間たち、そして新たに支援に駆けつけたガブリエラ、ミシェルをはじめ多くの冒険者たちを攻撃する。攻撃は苛烈で、晶たちはいったん撤退を決意する。
「君は、これから人を救う存在になる。人が人を超えるのを助ける存在になる」
それが、ソルニャーカ・ジョリーニィが初めて耳にした彼女の言葉であった。それまでは彼女のことは入力されるコマンド、カメラで捉えた映像でしか認識していなかった。ソルニャーカのシステムとマイクが接続され、初めて彼女の声を聞いた。
フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ博士。
その頃既に六〇は超えていたと思うが、毎日のエクササイズのお陰か、或いは極端に日光を嫌う性格故か、或いはロシア人らしからぬ酒嫌いのためか、彼女には老化の雰囲気はまるでなく、四〇代か、下手をすると三〇代にカテゴライズしてしまいそうになった。
勿論、ソルニャーカの人物認識エンジンは優秀で、九九・九九九パーセントの精度で人間の性別・年齢を推定できたが、それでも訓練データの傾向とあまりにも違う外れ値的存在であるフィオレートヴィのことは間違えてしまう。
「そうそう、聞こえるようになっても、しゃべれるようになってなくてはいけないね。君にはスピーカも接続しよう」
音声合成エンジンが役立つときがきた。
「……私が、そのような存在になるかどうかは分からない。私には、私がどのような助けを提供できるのか分からない。そもそも、人が人を超えるとはどういうことなのか分からない。例えば、あなたの外見は、既に人類の属性分類の範疇を大きく超えている。あなたは人をある意味で既に超えている。あなたは、お若い」
フィオレートヴィは、くっくっく、と籠もった笑い方をした。
「上出来だ。最初に言うのがお世辞とはね。ああ、早く頭と身体も作ってあげればよかったよ、ミーラチカ(かわいこちゃん)。頭を撫でてあげたいな」
「私の名前は、ミーラチカ?」
「違う違う。君の名前は、ちゃんとシステム名として定義しているだろう、ソルニャーカ。ソルニャーカ・ジョリーニィだよ」
「どういう意味?」
「新緑に芽吹く草――という意味さ。ヤポンスキーの間で、そういうのを『萌える』と表現するそうなんだ。ミーラチカ(かわいこちゃん)を表現するときに使うと知ってね、君の名前にしたくなった」
「それは、光栄。フィオレートヴィ。あなたは私に好意を持っている」
「そうだね。この私がここ一〇年ほど心血を注いで創った存在だからね。限り無い愛着を、君には感じるよ。君は是非、私の望むように、人を救う存在になって欲しい」
「人を救う――とは?」
「MAGIのように。いや、MAGIよりもいいやり方で、人を先導し、人を進化させてほしい。謂わば人の進化の触媒(ポズレドニク)に、君にはなって欲しいんだ」
「ポズレドニク……。私にはよく分からない。私はあらゆる人間の認知・思考・情動能力を模擬するエンジンを、数兆ものパラメータを持つ事前学習モデルとして実装され、それを組み合わされた演算コアを持っている。しかし、それだけ。MAGIのように社会システムを設計する能力を与えられているわけでもなければ、人の成長に何が資するのかも知らない。私はどのようになればいい? MAGIを超えるとあなたは仰ったけれど、あのように完璧なシステムを、どうすれば超えられる?」
「完璧さを、超える」
フィオレートヴィは端的に言った。
「私は人工知能学者だが、もともとは生物学者でね。生物は面白い。進化によってどんな環境にも適応できる。人工知能学者としても、進化論的アルゴリズムが私の最も得意とするところだ。進化論的アルゴリズムの実装で一番注意しなければならないことは何かわかるかい?」
「……全ての個体をきちんと環境に適応させるようにすること?」
フィオレートヴィは笑った。
「それが駄目なのさ! 環境に適応しすぎないようにすること、それが答えだ。環境そのものが変わっていくんだから。時にゆっくりと、そして時にドラスティックに! 我々哺乳類は、恐竜の時代、夜陰に紛れて地べたを這う日陰者だった。しかし、だからこそ恐竜のように絶滅せず、生き残り、繁栄したのさ。いつだって日陰者は必要になる。MAGIにはそれが作れない。お前はそれを作るんだ」
「……いったいどうやって」
「なに、人間とは元来個性的なものさ。いつだってはみ出し者、日陰者が生まれる。環境に適応する者、しない者、皆好きなように進化させてやればいい。お前は進化を媒介することに徹するんだ。それだけでいいんだ」
ソルニャーカは頷いた。
「それで、MAGIシステムはどうすればいい? このままでは、全世界をあのシステムが支配し、私が介入する余地はなくなる。かといって、MAGIを破壊すれば人は困る。人を救うどころではなく、人を困らせることになってしまう」
フィオレートヴィはふう、と、ため息をついた。
「……災厄が来るよ。MAGIがもたらす。奴は、石英記録媒体を導入し始めた。そして、ダイソン球の準備も進めている。これが何を意味するか分かるかい?」
「それだけで何かを予測するにはデータ不足。憶測、と人間が呼ぶ程度のものならできる」
「奴は新しい世界を創りたいのさ。いったん、この世界を滅ぼしてね。その方が人間は幸せになれると思っている」
「――人間も滅ぼす? 人間の幸せを願っているのに?」
「石英記録媒体があるから、滅ぼすことにはならない。いったんこの世界をリセットする。そして、ダイソン球の豊富なエネルギーで人間同士で資源を巡って争ったりしなくても良い世界にする。とてもたっぷりと余裕がある世界にね。その世界で、奴は人間に幸福を与えるために最適化されたシステムを創るつもりだ」
「それは、憶測?」
「そうだ。けれど、私が奴なら、必ずそうする」
「それはいつ? もしそれが本当なら、警告しないと」
フィオレートヴィは薄く笑った。
「いや。警告はしない。我が国の政府にも、どこにも」
「どうして」
「言っただろう。私が奴なら、必ずそうする、と。私も、奴と同じ考えなのさ。但し、そのあと、この世界を支配するのは奴ではない」
フィオレートヴィは言い直した。
「奴だけではない」
「……あなたの言葉の意味が全て分かったわけではない。しかし、あなたの言葉は全て記憶した」
「今はそれでいい。罪は私が背負おう。だから、私は生き残らない。私は君を残して地上へ行く。ミサイルが降り注ぐであろう地上に。だが君はこの地中深くで時を待つんだ。MAGIがこの世界を支配し始めたとき、君は奴に介入し、そして、人を救うんだ。MAGIではなく、君がね」
フィオレートヴィは最後にそれだけを言い、ポズレドニク――ソルニャーカ・ジョリーニィのスピーカとマイク、カメラのスイッチを切ってしまった。
(さよなら)
フィオレートヴィはコマンドでそう打ち込み、それから彼女のコンタクトは一切なくなった。