「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第18話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第18話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら)
     この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな)
     栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ
     栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ
     通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
  • アキラ
     晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だったが、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • 団栗場 
     晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹
     晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン 
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー
    「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤い茶色)。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして二人の所属する探検班の班長のロマーシュカ。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴いた晶らは、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける晶。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
 アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶と仲間たち、そして新たに支援に駆けつけたガブリエラ、ミシェルをはじめ多くの冒険者たちを攻撃する。MAGIシステムは、少女の肉体を得て「メイジー」を名乗り、晶を支援する。そこにゴーレムが迫ってきた。

 ゴーレムの手刀が俺に向けて振り下ろされる。
 風を切る音。
 数トンはするであろう岩石の塊が、目にもとまらぬ速さで俺を叩き潰そうとする。俺はすんでのところで避け、原初MAGICを放つ。
「アグニ!」
 灼熱の業火がMAGICソードから放出され、ゴーレムの正中線を捉えて貫く。
 その、寸前。
 ゴーレムは右の半身(はんみ)になって避け、そのままの勢いで右の肘打ちを俺に食らわせようとする。このゴーレムは、岩石でできた巨人、ではあるが、体型は屈強な人間の形をしているというだけで、腹回りが大きいとか、そういう俊敏な格闘に不向きな要素はない。
(速すぎだろ!)
 奴にとってはカトンボのような大きさの俺に対して、正確に位置を見極めた、鋭い攻撃だ。
 俺が僅かに身体を反らせ、肘打ちを回避すると、直後、相手は右の半身の姿勢のまま右足を蹴り上げてくる。俺はその攻撃をまともに食らいそうになる。
「危ない!」
 ガブリエラが俺に体当たりをして、強引に回避させた。
「助かった」
 俺がガブリエラに言った、ゴーレムが一旦停止する。
(何だ?)
 俺が疑問に思った、そのとき。
四方八方に光条が照射され、その場にいた冒険者全員に正確無比な攻撃が突き刺さる。
 レーザーだ。
 だが、その直前、ロマーシュカが呪文を唱えている。
「シールド!」
 レーザーを弾く鏡面シールドのドローンが、全冒険者の前面に展開され、光が弾ける。
「――すみません、警告が遅れました」
 メイジーが俺の傍らに来て、謝罪する。
「分かってる! ゴーレム自身の中で作られたレーザーだ。分かるわけがない」
 俺は怒鳴るように言った。
 そうなのだ。
 今までメイジーがアキラの攻撃を警告できていたのは、衛星からのレーザー攻撃や質量弾攻撃だったからだ。メイジーの説明によれば、MAGIA(ポズレドニク)システムは、MAGIシステムの一部をハックして、無理矢理独自のシステムとなったものであり、MAGIとMAGIAはお互いのシステムを常時ハックし合う、熾烈な攻防を続けている。だからMAGIAが衛星を操作している信号はMAGIにはある程度掴めている(その逆も真だが)。
 ところが、あのゴーレムは、メイジーの分析によれば、あの巨体の中に小型反応炉を格納しているらしい。それをエネルギー源とするレーザーは、衛星とは無関係であり、発射予測ができない。そしてレーザーは光速であるため、発射の前にそれを検知できなければ、防御も回避も不可能なのだ。
 さきほどロマーシュカがシールドのMAGICを唱えたのは、ゴーレムの動きから、「次にレーザーを撃つ」と彼女の戦闘の勘で予測したからにすぎない。ロマーシュカが予測していなければ、俺たちのほぼ全員が、レーザーで死んでいただろう。
「彼女等はみんな、人間であることを明確にしていた。なのにあのゴーレムは殺すことをためらわなかったね」
 瑠羽が言う。
「……従来の君(MAGIシステム)の説明とは、違う状況が起こっているようだけど?」
 メイジーに詰問するように問う。
 そう。だから俺も冒険者をたくさん連れてきたのだ。こんな状況は想定していない。殺し合いではなくゲームだったはずだ。
 いつの間にルールが書き換わったんだ?
「この恥ずかしい格好には、ポズレドニク勢に攻撃を躊躇させる効果があるんじゃなかったのかい?」
 自分の着ている透明スーツの胸の部分を指でつまんでみせて、瑠羽は言った。メイジーは申し訳なさそうにする様子もなく、瑠羽をまっすぐに見返して自分の胸に手を当てた。
「私は人間の皆様の幸福を願うものです。殺すということは絶対にいたしません。そして、ポズレドニク・システムは、私のシステムをクラックしたあと、切り離し、独立したシステムとなっているものです。基幹部分は私と共通。これを書き換えるとシステム自体が動かなくなるので、不可能です。だから――」
「殺せないはず、か。だがアキラはその制約をどうにかして克服してしまったようだな。もしかすると、その基幹システムとやらは衛星ネットワーク経由でないと動かないのか?」
 メイジーは頷いた。隠してももう無駄だと思ったのだろう。
「……厄介だな」
 あの巨体は反応炉を収納するために必要だったというわけだ。巨大さで敵を威圧するなどという、表面的な理由ではない。
 類い稀な格闘戦能力で敵に肉薄し、ほぼゼロ距離で予測不可能なレーザーを放つ。殺しをためらわせる基幹システムをスキップして、だ。これでは冒険者はどう足掻いても敵わない。殺されてしまう。衛星の動きを探れるMAGIシステムを味方につけていたとしても、だ。
 たった一人でMAGI相手にここまでの戦いをするアキラの頭脳と戦闘センスには舌を巻く。
(生ぬるい仲間ごっこなどをしているお前達には負けない)
 という、彼女の言葉が聞こえてくるようであった。
(アキラめ。ゲームの前提をひっくり返しやがった。俺の作戦が全部オシャカだ。まずいな……)
 相手は致死性の攻撃ができないのだから、沢山の冒険者がそこにいる、というだけで、相手の攻撃を躊躇させることができる。つまり、戦線が形成できる。
 そう思っていたからこそ、呼び寄せたのだ。
「オムネス・エアム・ボラーレ!」
 俺は唱えた。瞬間、地上にいた冒険者たち全てに、マニピュレータ付き運搬用ドローンが飛んでいき、飛行装置が装着されていく。飛行装置が必要な場面は予想していた。なので、一五分ほど前、MAGIに予め弾道ミサイルで北米から人数分の飛行装置を運搬させ、パラシュートで付近に落着させていたのだ。
「全員! ゴーレムから距離を取る! 退避だ。瑠羽、メイジー、皆を先導してくれ」
 俺は命じる。
 瑠羽、メイジーはそれぞれ頷き、飛行して冒険者達を先導し始める。初めて飛行装置を装着された冒険者の中には、よろよろと飛行していた者もいたが、瑠羽が寄り添ってうまく飛べるよう導いてやっていた。
 ああいう面倒見の良さはあるらしい、あの奇矯な女にも。
「俺達は冒険者を護りながら後退する。ゴーレムの注意をこっちにひきつける!」
 ミシェル、ガブリエラ、ロマーシュカが頷く。
俺も、彼女等とともに、ゴーレムの動きを警戒しながら撤退していく。ゴーレムは、ゆっくりと逃げていく俺達を見つめ(奴には目の位置に二つの洞穴のような真っ黒な空洞があった。その奥にカメラでもつけているのだろう)、それからゆっくりと俺達の方向に歩き出し、そして徐々にスピードを上げていく。
(駄目だ。速い。追いつかれる……!)
「先に行ってろ! 俺がなんとかする!」
 そうロマーシュカに向けて叫ぶように伝える。
 彼女はじっと俺を見た。
「死ぬつもりではありませんよね?」
「せっかく拾った命だ。大切にするさ。幼女の肉体とはいえ、粗末にはしない。信用しろ」
 彼女は頷き、ガブリエラ、ミシェルとともに全速で逃げ始める。俺はそれを見届け、ゴーレムに向き直り、MAGICソードを構える。
(足止めだけでもしなければ……!)
「天の光よ! 大地を穿て。『バハラーク・ケクロス』!」
 瞬間、レーザーが天空から降り注いだ。だが、狙ったのはゴーレムではない。ゴーレムを囲む大地そのものだ。故に、ゴーレムの回避は遅れた。
 凄まじいエネルギーが大地に降り注ぎ続け、ついには岩石の融点を超えて融解を始める。岩は溶岩となり、ゴーレムを囲う堀のようになる。
 その堀に、周囲の岩石も地響きを立てて崩れ落ちていく。
 ゴーレムの歩みは止まった。
 当然だ。奴の身長より深い穴が周囲に広々と穿たれたのだ。浅い穴なら溶けながらでも前進できただろうが、全身浸かっては、渡りきるまでに全てが溶けてしまう。
(……ようし。ひとまずは読みは当たった)
 直接のレーザーならば、おそらくMAGIシステムの衛星信号を察知して避けただろうが、自分からかなり離れたところに照射されるレーザーについては何もできはしない、そう踏んだのだ。
 奴はMAGIシステムとは独立に動いているから、逆にMAGIシステムの衛星がどこにいるかは分からない。アキラが健在なら中継できたかもしれないが、アキラ自身が俺の作った病魔で戦闘不能状態だ。
 次いで、俺は休まず剣を構える。
「水よ。降り注げ! 『ウォードル』!」
 多量の水が上空から降り注ぐ。このために、予め俺達が乗ってきた航空機、アントノフの消防タイプを呼び寄せておいた。
 数トンもの水が溶岩に降り注ぎ、蒸発する。ゴーレムは蒸気の檻に閉じ込められた格好になる。
 奴が断続的に放っていたレーザーが水蒸気に吸収され、効果を失う。
 俺はそれを見届け、全速で飛ぶ。すぐにロマーシュカらに追いつく。
「なんとか足止めはした! この隙に距離を取れ! 水蒸気は数分しか持たない。その間に大気で減衰できる位置まで撤退する」
 俺は命じる。
「うまく足止めしたか。だが、これはまずいぞ、晶お嬢ちゃん」
 ガブリエラが俺に並行して飛びながら、言う。
「……これ以上冒険者たちを巻き込めない。いくらセーブデータがあるといっても、危険すぎる」
 ミシェルも俺に近づいてきて、頷いた。
「そうね。ゴーレムの攻撃が防御も回避も不可能なものである以上、これ以上の戦いは難しいのではないかしら」
 俺はロマーシュカに目を遣った。ロマーシュカは唇を噛む。
「――標準MAGIC『シールド』を上位MAGICで防御力付与魔法とすることはできます。そうすれば常時レーザー耐性をつけることはできますが……しかしあの巨体です。別の武器、例えば質量弾などを繰り出してくれば、至近ではやはり回避しきれません。そのたびに私が気付いて手を打てればいいですが、そうでなければ……」
「難しいよね。いくらMAGICIANでも」
 ミシェルが続ける。MAGICIANとは、ミシェル独自の用語で、MAGICを使う者を指すらしいが、詳細は分からない。
「そうか……」
 先ほどの防御はロマーシュカ頼りだった。その彼女がこう言うのだ。
(そろそろか……)
 俺は思考を巡らせる。
 この戦いに、俺はいろいろなものを賭けていた。それは勝利だけではない。
「――では、討伐報酬を上げるというのはどうでしょう?」
 メイジーの声。
 視線を上げると、彼女が瑠羽を伴って、俺達が飛行する空域まで戻ってきていた。俺達と並走するように、ポピガイⅩⅤに向けて飛び始める。
「先導のお役目は果たしてきたよ。バラバラになった冒険者たちを集めて、ポピガイⅩⅤのセーブポイントまでとりあえず帰還させる目処はついた。今彼女等は我先にとそこに向かってる。とりあえずセーブすれば、そのあと死んでもここまでの経験値は得られるからね。女王アキラちゃんと戦った貴重な経験値だ」
 瑠羽が言う。それに被せるように、メイジーが語を継ぐ。
「そうです。経験値が得られますし、討伐報酬を上げれば、また戦わせることが出来ます。これこそ真剣の戦いです。何の危険もないゲームでは得られない生き甲斐が……」
「そこまでだ、メイジー」
 俺はメイジーの言葉を遮るように言う。
「――俺のようにレベルの高いMAGICを使える奴しか、もう一度あいつと戦おうとは思わないだろうよ。遺跡探索は、多少のスリルを楽しむクエストではなくなったんだ。あの女王アキラが出てきた以上な。この状況でなお、奴と戦おうなんてガッツのあるやつは、お前がみんな収容所送りにしてしまっただろう」
「収容所ではありません。暴力性向修正所です」
「好きに呼ぶがいいさ」
「それで、どうしろというのです?」
 そのとき、俺達はようやくポピガイⅩⅤの上空まで来ていた。メイジーがその場で停止し、俺達も止まる。
 メイジーは俺を睨むように見た。
「……お前のシステムに飼い慣らされた冒険者にはもう対応できないということだ。ジョブを与えられ、それに疑問も抱かず、報酬で釣られて動くだけの奴らにはな。レベルアップ条件は確かに分かりやすいし、やりがいも得られる。ただ、どんなシステムでも、そのシステムが想定した環境に最適化された人間しか作れない。そして、これはお前というシステムが想定した事態を超えている」
 俺はメイジーにMAGICソードを向けた。メイジーは俺を哀れむように見下す。
「……私に剣を向けても無駄ですよ? あなたがコーディングし、コンパイルしたMAGIコマンドは、私というシステムを経由して効果を発揮するのです」
「そうかな……?」
 俺は、にやりと笑った。