「『近くて遠い居候の君』――『エクリプス・フェイズ』ソロアドベンチャー「頭脳、それは魂の監獄」リプレイ小説」齊藤(羽生)飛鳥

「『近くて遠い居候の君』――『エクリプス・フェイズ』ソロアドベンチャー「頭脳、それは魂の監獄」リプレイ小説」
 齊藤(羽生)飛鳥

【おことわり】
 本作は、「Role&Roll」Vol.204に掲載された『エクリプス・フェイズ』のソロアドベンチャー「頭脳、それは魂の監獄」をプレイし、その模様を小説風に再構成したものです。同作の核心に触れますので、あらかじめご承知のうえお読みください。


あたいは、ゾシム小池。
ジェンダー・アイデンティティは、女。
表の顔は、宇宙を股にかけるラーメン評論家。
裏の顔は、ファイアウォールのセンティネル。
ギリシャ語で「生存者」を意味するだけあって、命強いのが取り柄。
何せ、人生三度目の死を迎え、再着装クリニックを出て来てバックアップデータから復活したところ。
しっかし、新しい義体にはなかなかすぐになじめるもんじゃないね

ここは、路地に建ち並んでいるラーメン屋の一件に入って食事でもして、魂と義体を一致させるリハビリでもするか。
「おじさん、博多ラーメンをズンダレで、紅生姜少なめのをお願い」
「へい、毎度!」
まるでありし日の地球の日本のどこかにあるラーメン屋の会話のようだけれど、ここはプログレス。
火星の衛星デイモス内部をくり抜いたコール・バブル型ハビタットで、850万もの人口を擁する。
うち四分の一にあたる約200万人の宇宙作業員が薄給で契約労働しているのに対し、惑星連合本部やプログレス銀行などがある官庁街の地区もあり、どうしてこの二つを合わせたと惑星開発担当へ問いつめたくなるほど二極化が激しいハビダットだ。
しかし、この二極化の危うい均衡を保つ、いわばバランサーとして機能しているのが、ラーメン屋群だ。
金持ちも貧乏人も、ラーメン愛は等しく、こんな路地裏にまでありとあらゆるラーメンの店がそろっている。
もしも、貧乏人エリアにラーメン屋がなかったら、とっくの昔に裕福層は不満を抱えた労働者層に暴動を起こされ、大破壊以上の損害を受けていただろう。まさに、ラーメンによってプログレスの秩序は保たれている。
ところでこの店、初めて入るけれども、麺とスープがうまくからんでいる。
味覚が美味によって心地よく刺激され、魂と義体がだんだんなじんでいく。
よし、リハビリ完了。
あたいは、ラーメン屋を出てアーケード街に出た。


アーケード街は、労働者という名の新型奴隷の街にふさわしく、寂れていた。
治安はもちろん、衛生も悪く、酔っぱらいのゲロが点々と道を彩っている。
しかし、こんなの労働者の街ではよく見られるデコレーションだ。
それより、ここでしか見られないものに、あたいは目が向いた。
右の家系ラーメン屋の店先に、喫煙者。
左の尾道ラーメン屋の店先に、喫煙者。
道端のラーメン屋台のベンチにも、喫煙者。
プログレスの労働者街は、喫煙者が多いことで有名で、タバコ会社の重要なマーケットになっている。
一度、禁煙条例を出したら、麻薬に走る労働者が増えて職務放棄や暴動が多発したのでタバコを解禁したという話がまことしやかに語り継がれているだけあって、ここで喫煙している者達は「僕達、麻薬をやってないクリーンないい子ちゃんです」という面をして、アーケード通路いっぱいにたむろしている。
喫煙は否定しないが、喫煙マナーを覚えろよ、てめえら。
喫煙が白眼視された原因は、世論などではなく、マナー皆無の喫煙をし続けたてめえら自身の責任だ、コノヤロー。
心の中で軽く毒づいてから、あたいが喫煙者達の背中すれすれを通り抜けようとしたところで、鼻を突く刺激臭が襲いかかって来た。
このにおい、あきらかにただのタバコなんかじゃない。
「キノコは身体に毒だぜ」
は?
キノコ?
あたいは口から無意識について出てきた言葉に、自分で驚く。
丸テーブルを囲んでいた男達がいっせいに立ち上がり、あたいの前に立ちはだかる。
バタフライナイフのような目つきをした連中で、おせじにも堅気の連中じゃなさそうだ!
「おう、姉ちゃん。いい度胸しとるやんけ」
地球は消滅し、人類は宇宙の彼方にまで活動範囲を広げている時代なのに、いまだにこんな脅し文句を言う奴が存在するとは、無形文化遺産に登録したくなる。
しっかし、現実問題、喧嘩を売ったのはあたいってことになるから、ここは穏便に事を済ませよう。
「あたいが言ったのは、そこのテーブルのキノコラーメンに入っているキノコのこと。ここから見ても鮮度が落ちているのがはっきりわかる」
「本当か? おい、親父! 新しいキノコに交換してくれ!」
「俺もだ!」
男達のうち、2人が店内へ消えていき、あたいを取り囲んでいる男達は3人になる。
素直にあたいを解放する気はなさそうだ。
まいったな。義体になじんだのは感覚であって動作部分はさほどだって言うのに、戦闘になるのか。
義体の普及によって男女平等が成就したと、メディアや有識者は鼻高々に吹聴しているけれど、あんたら。これがその現実だ。
多勢に無勢で女をフルボッコすることに何ら痛痒も感じないクズどもを量産しただけだぞ、コラ。
いけない。またも毒づいてしまった。
そんな暇があるなら、戦闘開始!


ラーメンのおかげで、感覚がなじんだとは言え、動作となると話は別。
自分のモノフィラメント・ソードを使っているのに、思うように体が動かない。
もしもあたいがウィリアム・テルなら、息子を射殺している。
それくらい、うまく体が動かない。
おかげで、男達とは泥試合だ。
血みどろまではいかないけれど、「こんなのかすり傷さ。フッ」とうそぶけないほどのダメージを食らっている。
こんなチンピラ相手に苦戦するなんて、ファイアウォールのセンティネルともあろう者が情けない。
男達が全員退散した後、しばしの反省をしながら歩いていると、義体の内耳に声が響いてきた。
「さっきは済まなかった。うっかり呟いてしまって」
勝手に独り言をささやくとは、この再着装した義体、誤作動した?
あたいの思考を読み取ったように、あたいの口が勝手に男言葉を紡いでいく。
「ごめん、君の体に居候をさせてもらったんだ」
理解不能とは、このことだ。
あたいが困惑しているのをいいことに、あたいの頭の中の居候くんが問わず語りを始める。
彼の話によると、追われているので仲間達がいる安全な場所まで連れて行ってほしいとのことだった。
居候くんの話を聞きながら、あたいはいつ自分の頭の中に彼が巣食うことになったのか考えた。
答えは、すぐに出た。
さっきの再着装クリニック。
あそこで、別人の魂も一緒に再着装してしまったのだ。
どんだけやっつけ仕事なんだよ、あそこの再着装クリニック!
「君には危害を加えないと約束するから」
「すでに勝手に頭の中に居候されている時点で危害を加えているって気がつこうね?」
あたいの軽い言葉のジャブにひるんだのか、居候くんは黙りこむ。ちょうどいい。必要なことを訊き出すとしよう。
「ねえ、いきなり深刻な話だとかえってお互いにストレスかかってよくないからさ。連想ゲームをしない?まず、あたいから。タバコと言ったら?」
「キノコ」
「キノコと言ったら?」
「異星マッシュルーム」
「異星マッシュルームと言ったら?」
「ヤバい」
「ヤバいと言ったら?」
連想ゲームで、あたいはちょっと調子に乗りすぎた。
この後、彼の言った「ヤバい」は世にもおぞましい光景を浮かべたくなるほど、壮絶なものだったからだ。
とりあえず、居候くんがあたいの口を初めて勝手に使った時、喫煙者達のいる所だったので、タバコから連想ゲームを始めてみたけど、異星マッシュルームなる怪しげな言葉が飛び出してくれるとはね。
こいつ、やっぱり裏がありそうだ。
信じてみるか、それとも、とっとと脳内から追い出すか。
決めた。
まずは、再着装クリニックへ雑な仕事をしたことへクレームを入れて来よう。
あたいは、再着装クリニックへ引き返した。


クレームを言うコツは、客観的事実を相手に伝えること。
ラーメン評論家として、様々な惑星のラーメン店へ行ったあたいがつかんだコツだ。
箸がなければ、「箸をください」と言うだけ。それ以上は何も言わない。
だから、再着装クリニックへ行ったら、「脳内の居候を引っこ抜いて下さい」と言うだけ。
そう算段していたのだが、再着装クリニックの院長が、プラズマ・ライフルで自分の頭を吹き飛ばしていたおかげで、とんだ番狂わせだ。
とりあえず、あたいが犯人だと疑われないように、クリニックに入ってから触った場所の指紋や掌紋をそっとハンカチで拭き取ってから、何食わぬ顔で街行く人々に紛れこむ。
いったい、あたいが死んで新しい義体に再着装するまでの間に、何があった?
脳内の居候くんの他にも、いらんオプションを付けられているかもしれない。
物思いにふけるあたいの顔に赤や緑の光がかかる。
ふと見れば、3Dビド看板がポップアップし、VRゲームセンターが近くにあることを知らせていた。
ここは一度気分転換のために、ゲームをするか。
あたいは、VRゲームセンターへ向かった。
VRゲームなら、わざわざゲームセンターへ行かなくても、家でオンライン参加しても変わらないと考える向きもある。
でも、人はやっぱり本物の人間がいてこそ、喜びや楽しさを体感する生き物らしい。特に地球が崩壊した後だと、余計に人恋しい気分になるようだ。
一時は衰退の一途をたどっていたVRゲームセンターも、ここ数年で収入も店舗数もV字回復している。
あたいは、参加者募集のカウントダウンをしているゾンビ系シューティングゲームの最後の一枠に滑り込む。
いよいよゲーム開始だ。
「ゲームか。僕もやりたい」
「どうやって?」
「君の利き手の反対の手を使わせてもらって」
返事の代わりに、勝手に動いたあたいの利き手とは逆の手が持ったサブマシンガンから火が吹いた。
今まさにあたいに襲いかかろうとしていたゾンビが、瞬く間に蜂の巣になる。
もしかして、これなら二丁拳銃ならぬ二丁サブマシンガンができるんじゃない?
あたいは逆手を居候くんにまかせ、利き手で襲いかかるゾンビを射殺していく。
第三者から見れば、あたいが一人で二丁サブマシンガンでゾンビ達を駆逐していることになるから、気がつけば現実空間には人だかりができていた。
「彼女なら、ジェイミー・ホンに勝てるかもな」
「ついにジェイミー・ホン一強時代の幕が閉じられる日が来るのか」
ジェイミー・ホンとは、このゲームセンターに通う凄腕ゲーマーのことらしい。
何はともあれ、いい気分転換にはなった。
あたいがいい気分でVRゲームセンターを出ると、居候くんがまた話しかけてきた。
「僕の協力があってゲームで優勝できたんだ。僕をフレーバータバコの製造拠点まで送り届けてくれないか?」
「恩着せがましい男って、周りから言われたことない?」
「そう言わず、頼むよ。ゾシム」
「人の名前を簡単に呼ばないでくれる?」
「ゾ、ゾ・スィー・ム=サン」
「難しそうに名前を呼んでもダメダメ。簡単に呼ぶなってのは、気安く呼ぶなって意味だからね? わかる? それより、何だってフレーバータバコの製造拠点へ行きたいのさ?」
こっちが強めに出ると、彼は渋々こう答えた。
「フレーバータバコにはドラッグの成分が混ぜこんだものがあって、合法すれすれのものから違法のものまである。製造拠点にはそれらが各種取り揃えられているんだ」
どう考えても、きな臭い話だ。
やはりあたいを危険に巻きこむ気満々だな、こいつ。
今日は、なんて日だろう。
さっさと家に帰って休もう……と、思ったら、アーケード街の出口がバリケードで塞がれている。
しかも、プログレスの治安維持を担当している民間警備会社プログレス・ステーション・セキュリティ、略してPSSの警備員達があたいを呼び止めてきた。
「最近何かと物騒なので、IDの確認だけさせてもらっています」
物腰は低いが圧力のかかった声で警備員は、あたいにエゴIDの照合を受けさせる。
これにて解放されるかと安心しかけたら、警備員達はすかさず涼しい顔で「次はこちらです」と、ゲート式スキャン装置へあたいを向かわせる。
「あれっ、どういうことだ? 生命反応が二重になっているぞ」
担当者が声を張り上げる。
本来の声より、おそらく3オクターブは高い点から、担当者の衝撃が窺える。
それより、このままではあたいはどうなるんだ? 
生きた心地がしないとは、まさにこのことだ。
しかも、奥から警備隊長が険しい顔で現れて来る。
「どうぞこちらへ」
口調だけ丁寧だけど、目が疑惑で満ち満ちている!
万事休す!
「お腹に赤ちゃんがいるの」
あたいの口から、勝手に言葉が飛び出す。
もちろん、居候くんが代わりにしゃべったのだ。
警備隊長の渋面が、瞬く間にほころぶ。
「いやあ、そうでしたか。おめでとうございます」
大破壊の後、人口が激減しているご時世、ただでさえグッドニュースである妊娠は、人類史上過去最高のグッドニュースにまでランクアップしていた。
「赤ちゃん用品が安く売っているサイトのアドレス、教えますね」
警備隊の面々は、いかつい顔からは想像できないほど暖かな表情であたいを検問ゲートから送り出してくれた。


検問ゲートを出てほっとしたところで、あたいはメッシュ通信ログに未読の通知が溜まっていることに気づいた。
いけない!
ファイアウォールの担当官からの通知まで来ている!
重要度、優先度、共に一位の通知に、あたいは慌てて音声通話セッションを開始する。
「やれやれ、ようやく捕まったか、ゾシムッ子」
変な愛称をつけて用件を話し始めたのは、現地担当者のコレタスだ。
ルーターと呼ばれるミッション調整役の一人で、悪い人ではないのだけど、いい人でもない。
友達ではなくて、単なる仕事仲間でよかったと思えるタイプの人間だ。
「すみません。ちょっと死んでいて、さっき再着装クリニックで新しい義体に再着装したところなんです」
「またか? これで何度目だ?」
コレタスの声の調子から、彼が呆れ顔をしているのが目に浮かぶ。
死が克服されていない時代だったら、とんだハラスメントな対応だけれど、今ではこれが常識だ。死をなくすと命の尊厳が損なわれると、昔の人々が主張したのも頷ける。
「まあ、いい」
ばっさりと斬り捨てるように、コレタスは言う。
ちっともよくねえよ。少しは、大丈夫だったかと心配しろよ。
「無政府主義テロリストがこの街に違法ドラッグをまき散らそうとしているらしい。キノコの成分が含まれているらしく、喫煙が盛んな土地柄につけ込んで、マリファナよりずっとキマるという触れ込みで売りさばくつもりのようだ。常用すると、キノコの胞子が体内に広がってゾンビのようになってしまうという。新種のエクスサージェント・ウィルスの可能性もあり、ファイアウォールはこれをXリスクと見込んで調査を進めている」
一気にまくし立てた後、コレタスは無政府主義テロリストの通称が『パイドロス』だと付け足す。
途端に、あたいの動悸が早まってくる。嫌な汗もかき始めた。
もしや、二日酔い? 
いやいや、そんなわけない。
単にあたいの脳内の居候くんが、動揺しているせいだ。
待てよ? この機会にコレタスに居候くんのことを打ち明けるか?
それとも、居候くんはキノコについて独自情報を持っているかもしれないから、もっと情報を訊き出してからコレタスに打ち明けた方がいいかな?
コレタスの性格からして、具体性のある話ではないと耳を貸すことも頭を使うこともなさそうだから、ここはもう少し待ってから居候くんのことを打ち明けよう。
「ありがとう、ありがとう」
メッシュ通話が終了すると、居候くんがコレタスへ自分のことを報告しなかったことを感謝してくる。
「これで、貸しがさらにできたね」
あたいは、居候くんへ念を押す。
敵に回すよりも、首輪に繋いだ…もとい、二人三脚状態にしておいた方が、この先都合がよさそうなので、あたいはあくまで主導権を維持した返事をした。


テロリストの計画と居候くんの目的地には、キノコという共通項がある。
一度あることは二度あると、人間は無意識に関連性や法則性を見出してしまうだけで、ただの偶然だと、昔の知り合いが豪語していたけれど、この短時間にまとまって起きると偶然ではなく何かの予兆に感じられる。
あたいは、居候くんから話を聞き出すことで調査を前に進めることにした。
「ところで、君ぃ。あたいの貸しは高いよ? ちゃんと返せる?」
「馬鹿にしないでくれ。ちゃんと返せるさ」
「根拠も提示しないで言われても、信用できないなぁ」
「なんでさっきから急に取引先のムカつく社員みたいな口のきき方になっているんだ、君は……? わかった。貸しを返せる根拠をちゃんと説明する」
居候くんは、そこで事情を話し始めた。
彼はかつてパイドロスの配下でテロ活動をしていて、捨て駒にされてチームの全員と共に爆死。
これだけでも悲惨だけど(肉体が飛散しただけに……と言うのは悪趣味なオヤジギャグか)、証拠隠滅のためにバックアップを勝手に消去された過去があった。
運よく居候くんだけは忘れ去られたベータ分岐体が残っていたので死なずにすみ、パイドロスに復讐をしようと、念には念を入れて他人の身体に自分の魂を潜ませる手を考え付いたとのことだった。
「そうか。女相手なら、用心深い男も無意識に警戒を解くから接近して復讐しやすいってことね」
それに、自分で言うのもなんだけど、あたいが選ぶ義体は姐御肌の美女タイプばかり。
男心をとろかしてしまうから、なおさら警戒を解きやすい。
「それもあるが、パイドロスはラーメン好きなので、同じラーメン好きだったら接近しやすいと思って、君を選んだ」
外見で相手を選ばないとは、居候くん、意外とできる男かもしれない……。しっかし、何か釈然としない。
でも、いつまでも個人的なもやもやした感情に囚われている場合ではない。
居候くんが、パイドロスの配下だとわかった今、なすべきことが見えてきた。
今のあたいがやることは、フレーバータバコの製造拠点に向かうことだ。
あたいは、居候くんに足を自由に動かしてもいいと許可を与え、製造拠点へと案内させた。


フレーバータバコの製造拠点は、ビル街の一角にある、目立たないビルだった。
「このビルの壁面が隠し扉になっているんだ。こう、チンチロリンのテンポで壁面を叩くと開く仕掛けになっている」
「前世紀のセンスの仕掛けをしているん……うわっ!」
居候くんに教わるがままに壁面を叩いて隠し扉を開いた直後、爆発が起きた!
ブービートラップが仕込まれていたのか!
超テルミット爆薬とか、殺意が高いな!?
あーぁ、義体を再着装してからまだ24時間も経過していないのに、また新たな傷が増えたぞ、コンチクショー!!
まずいな。
今の爆発で敵は警戒を強めるかも。と言うか、あたいなら警戒を強める。
ここは助けが必要ね。
そうだ。ジェイミー・ホンがいた!
プロゲーマーには、スリル中毒者が多い。
危険に巻きこんでも、こちらの責任感と罪悪感が薄くてすむ!
よし、ジェイミー・ホンに連絡だ!
あたいは、たくさんの伝手を頼り、ジェイミー・ホンに接触する。
まさか、ジェイミー・ホンが、あたいがよく行くラーメン屋の常連だとは思いもしなかった。おかげで、食券一ヶ月分で会ってくれると言ってくれた。
「やあ、ゾシムだったね。ゲームセンターの二丁サブマシンガンは見事だったよ」
さわやかな第一声を皮切りに、世間話から始めて少しずつあたいは本題に話を持っていった。
あたいの話をきくと、ジェイミー・ホンの目がキラリと光った。
「面白そうだ。最近、リアルな獲物を撃っていないから腕がなまりそうだったんだ」
そう言ってから、彼は表の顔は凄腕シューティングゲーマー、真の正体は地球奪還派のスナイパーだと打ち明けた。
スリルジャンキーではなかったけれど、これはこれでよし!
遠巻きに護衛してもらう約束を取り付け、あたいは再び潜入捜査をすべく、まずは準備を始めた。
マーケットへ行き、ナノウェアの「メディシン」2回分を買い、負傷を治療する。
まだまだ全然たりてないけど、何も治療していないよりはましだ。
さあ、これにて準備は完了。行くぞ!


フレーバータバコの製造拠点に改めて向かうと、仁王立ちしている男がいた。
あたいはこいつを知っている……。
三丁目の京風屋台ラーメンの店へ行くたびに見かけた、白湯豚骨麺を大盛りで注文していた男だ。
レンゲ一杯分の酢をラーメンに入れて食べていたので、覚えている。
酢を入れると、ラーメンが食べやすい温度になってすぐに食べられるし、疲労回復にも繋がる。
そんなこだわりの食べ方をするので、ただ者ではないと思ったけど、こいつがテロリストの親玉だったとは……!!
と、なると、ラーメンを食べすぎて脂肪肝一歩手前の義体になっているはず。
だったら、義体性能は私と大差がないはず。
「どんな基準で人を計っているんだ、君は?」
居候くんが勝手に私の口を使い、ツッコミを入れてくる。
返事をしたかったけれど、すでに間合いに入っていたので、容赦なくパイドロスのダイアモンド・アックス二刀流が私に襲いかかる。
攻撃力は高いけど、速度は私より遅い。さては、脂肪肝一歩手前のせいで、動きが鈍いようだ。
あたいは回避すると、どこか遠い物陰に潜伏しているジェイミー・ホンへメッシュ通信を介して合図を送る。
直後、レールガン・ヘビー・ピストルが、パイドロスの脳天を貫く。
振り返ると、高層ビル群が広がるばかり。
どれも、500メートルくらいある。
そんなビル群の屋上のどこかに、ジェイミー・ホンは潜伏していたのだ。
「まるで、スロ・コルッカね」
「火星のシモ・ヘイヘと呼んでくれ」
ジェイミー・ホンのおどけた声がメッシュ通信を介して聞こえてくる。
あたい達の会話に割りこむように、居候くんがまたも勝手にあたいの口を使う。
「ありがとう、ゾシム! ジェイミー・ホン! 僕がしようと思っていたよりも派手にパイドロスの脳漿を路上にぶちまけてくれて!」
嬉しそうに物騒な発言をするあたり、本当にパイドロスに対して恨み骨髄だったんだろうな、居候くん……。
ん、待てよ?
よく考えたら義体の主導権を握っているのは、あたいだ。
このまま彼の魂を宿した状態のままファイアウォール支部に向かえば、調査がはかどる!
三度目の人生で、運が開けたみたい!
さあ、いざゆかん、ファイアウォール支部へ!
(完)

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本作品はクリエイティブ・コモンズ
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ライセンスのもとに作成されています。
ライセンスの詳細については、以下をご覧下さい。
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