「スターライト(後編)」伊野隆之

「研究室へようこそ。アポなしの訪問は、普段はあまり歓迎しないんだがね」
 僕が予想していたのは、背が高くて眼光の鋭い、いかにも油断のできない外見の男だった。だが、応接スペースにやってきたデロン・マシューズは小柄で、柔和そうな笑みをたたえていた。身構えていた僕たちは、拍子抜けしてしまった。
「僕たちの犬は、元気なんですか?」
 スターライトとメイベル。僕にとってのスターライトは、レジーナにとってのメイベルで、どちらの名前で呼んでも、どちらかがすっきりしない。
「シェルターから連絡があり、君たちが探しているらしいことは聞いていたよ。ただ、こちらとしても手続きに瑕疵があったわけではない。実際問題、犬は返せる状況ではないからね」
 困ったような表情で、マシューズ博士が言った。
「どういうことですか?」
 レジーナの言葉は鋭い。
「……まず、あの犬の血統は、私が作り出した系統で、本来なら、君たちの手に渡るべきではなかった系統だ」
 父から聞いていたとおり、スターライトの系統は軍事研究の産物だったと彼は言う。市街地での偵察任務を想定し、犬が見た物を記憶し、犬の記憶を映像として再生する研究を行っていたというのだ。
「……すばらしい血統だよ。視力は普通の犬なんかとは比べものにならない。人間の視力には及ばないが、夜間なら暗視鏡(ノクトスコープ)をつけた人間以上だ。もっとも、軍での研究はドローンに取って代わられたがね。だが、私の研究は、脳科学の発展に大きく寄与するものだ。実際、私の研究に興味を持った民間企業がいるから、ここでこうして研究が……」
「そんなことはどうでも良いです。私の犬に会わせてください」
 いつまでも続きそうな話を、レジーナが遮った。
「やはり学術的な話には関心がないか。仕方ないな」
 そう言って肩をすくめて見せた。
「僕たちの犬に会わせてください」
「犬に会わせるのはいい。だが、その前に状況をしっかり認識しておくことだ。あの犬の所有権は、完全に、私とこの研究施設が有している。もし、シェルターへの譲渡手続きに瑕疵があったとしても、それは私たちの瑕疵ではない以上、現状の所有権には影響しない。それに、今現在、あの犬にはちゃんとしたケアが必要で、個人の手に負えるようなものではないからな」
 その言葉は僕たちに悪い予感を抱かせるのに十分だった。
「あの子に何をしたの?」
 レジーナの声が、まるで悲鳴のように聞こえる。
「落ち着け。そんな様子では、すぐにお引き取りいただくことになる」
 マシューズ博士の声から、最初の穏やかなトーンが消え失せていた。
「どういうことですか。ちゃんと説明してください」
 僕の声も、つい、厳しくなっていた。
「最初からそのつもりだ。あの犬の血統は特別だという話をしたが、軍での研究は、あの系統だけを使って行っていた……」
 狼を家畜化することによって生まれた犬は、生物種としては同じ犬であっても品種による差異が大きい。大きさや体型といった見た目の多様性に限らず、猟犬であれば猟のスタイルによって獲物を追うのに使う感覚器官が違うし、身体能力も異なっている。それだけでなく、盲導犬にできる犬種が限られるように、犬種によっても性格が違う。
「……つまり、偵察を任務とする軍用犬に適した性質を持つように選別された、優れた系統なのだよ。それに、私が開発したシステムも、あの血統に適合する形で作られていた」
 そう話す博士の声は、僅かに苦いものを帯びている。博士が開発した物が何であれ、特別の血統の犬にしか有効でない。つまり、汎用性に欠けるものなのだろう。だとすれば、スターライトを欲しがったのも当然だ。
 博士の研究は、犬の視覚的記憶を抽出するというものだった。博士が言うには、記憶は、脳神経系の僅かな変化として記録されている。その記憶を呼び出すには、犬に記憶を想起させるような刺激を与え、刺激に対する脳の反応を詳細にモニターし、さらに、モニター結果を人間にも理解できる視覚情報として再構成する必要があるとのことだった。脳辺縁系とか、視床とか、海馬とか、聞き覚えはあるものの、具体的にはイメージできない用語を多用したマシューズ博士の説明は、大まかに言うとそんな流れだった。
「それで、メイベルはどんな状態なんですか?」
 長々とした説明を聞かされて、レジーナはじれていた。それは僕も同じだ。
「開頭手術は三日前に終わっている。技術的には、もう少し非侵襲的にできるが、今のところ脳の各部位の詳細なモニターには必要でね。だが、心配は無用だ。状態は安定している。今は鎮静剤で眠っているから、様子を見に行くのは良いが、興奮させるのは良くない。そっとしておいてもらえるかね?」
 開頭という言葉には、ぞっとするような響きがある。でも、ここまで来て引き返すつもりはない。
 マシューズ博士の案内で、神経科学センターの三階にある実験室に向かった僕たちは、ガラス越しに大きなテーブルに載せられたケージを目にする。その中で横たわっているのはスターライトだ。
「今、あの犬の脳のモニターのために取り付けている電極は約八千ある。もう少し増やせるんだが、そうするとデータ量が増え、処理にかかる時間も長くなるから、これくらいが実用的なところだ」
 まるで、企業から来た見学者に説明するように話すマシューズ博士に、僕は怒りにも似た感情を覚えた。
「痛みは感じていないんですか?」
「そうだ。脳には痛覚がないからな」
 レジーナの質問に、さも何でもないことのようにマシューズ博士が答える。スターライトの頭部には、金属の帽子のような物が被せられ、そこから何本ものコードが延びている。その金属の帽子の下を想像した僕は、思わず息をのんだ。
「……可哀想なメイベル」
 消え入りそうな声で、レジーナが言った。もし、マシューズ博士がつまらないことを言い出したら、僕は手を上げていたかも知れない。でも、彼は無言で、僕たちが残酷な現実を認識するのを待っているかのようだった。
「今は、麻酔で寝ているだけなんですよね?」
 ふと、そんなことを口に出していた。
「投与しているのは鎮静剤だ。興奮させないようにしているだけで、無理矢理眠らせているわけではない。犬の状態には何の問題もない」
 開頭手術をして、八千もの電極を繋がれた状態に、何の問題もないとは思えない。
「元どおり元気になるんですか?」
 僕の質問に、マシューズ博士はむっとした表情を見せる。
「当たり前じゃないか。ダメージが残るようなら、犬が使い物にならない」
 その時だった。スターライトが目を開き、僕とレジーナを見た。
「マシューズ博士、被験体の脳の活動が活発化してます」
 天井に設置されたスピーカー越しに聞こえてきた声は、スターライトの横で端末に見入っていた助手らしい人のものだろう。
「記録を開始しろ。やはり良い影響があったようだな」
 マシューズ博士が天井に向けて声を上げると、伏せていたスターライトが、ケージの中で力強く立ち上がった。
「メイベル!」
 レジーナの声が廊下に響いた。立ち上がったスターライトの首と胴体にはベルトが巻かれ、そのベルトはスターライトが乗っている台に鎖のようなもので繋がれていた。
「興奮状態です。鎮静剤を増やしますか?」
 慌てた様子の声が響く。
「いや、この人たちに手伝ってもらおう。今から、そっちに行く」
 そういったマシューズ博士は、改めて僕たちの方を見た。
「この先に更衣室がある。見学者用の服に着替えてほしい」
 こうしてレジーナはメイベルと再会し、僕は立派な成犬になったスターライトに会うことになった。

 僕たちが、スターライトと一緒にいたのは一時間ぐらいだった。レジーナが、時に興奮しがちなメイベルの、黄金色の毛に覆われた背中を優しくなで、声を掛ける。その間、マシューズ博士と助手は、二人で何かを話しながら、スターライトの反応をモニターしていた。僕は僕で、レジーナと同じようにスターライトの背中をなでていた。スターライトは僕を覚えているのか、まんざらでもない様子だった。
「もう十分だろう」
 マシューズ博士がそう宣言すると、前足につながったチューブを経由した鎮静剤の投与量が増やされ、スターライトはまた眠りに就いた。
「飼い主から引き離され、シェルターに連れて行かれ、それからここでの手術だ。環境の急な変化で、ちょっとした鬱状態だったのだろう。明らかに脳の活動レベルが落ちていて、うまく画像イメージの抽出ができなかったが、今回は期待できそうだ」
 マシューズ博士が言うには、記憶抽出は簡単なプロセスではない。ニューロンの数に比べて、電極の数は少なすぎるし、その電極から得られた脳の活動状況の解析は、電極の数が増えるにつれて複雑さを増し、その分、コンピュータの能力を必要とする。最終的に得られるのが、イメージ画像であっても、そのイメージ画像を得るためのパラメータには不確実性が大きく、アウトプットが正しそうだから、パラメータが妥当だったと判断しているにすぎない。
 すっかり眠ってしまったスターライトを離れ、僕たちは、ディスプレイ上に表示される画像を眺めながら、そんな説明を聞いていた。
「犬の色覚は、人間とは違い、赤い色を認識できません。ですから、色を拾おうとすると、どうしてもノイズレベルが高くなるので、モノトーンにしています」
 そんなことを話しながら、マシューズ博士の助手がスターライトと繋がった機械に接続したパソコンを操作する。
「経験は一度限りだが、記憶は繰り返して現れるのだよ。繰り返すパターンを抽出する事で、記憶をイメージ画像として固定化できる。人間もそうだが、全てを記憶するのではなく、記憶すべき場面を記憶するために、情報の圧縮が行われている。だから、得られるのは印象的な場面や、人や物だ。それに、イメージと同時に想起される情動の情報が、イメージを理解するための補助的な情報になる。好きだとか、嫌いだとか、イメージ画像には、そう言った情動の記憶が、必ず伴っている」
 マシューズ博士がそんなことを説明している横で、彼の助手が操作を続けていた。
「画像抽出ができそうです」
 はっきりしない画面の中で、何かが形を成そうとしていた。
「あれは、ママかしら?」
 かろうじて人の輪郭が判るだけだが、明るい髪のような色彩の広がりと、目を隠すサングラスらしいものが描画されている。背景の平坦なグレーは、庭の芝生だろうか。
「情動反応は、強い好意、好感を示してます」
 助手の言葉に、マシューズ博士が頷く。
「あなたを見て、飼い主であるあなたの母親を思いだしたんだろう」
 ディスプレイの中で、レジーナの母親の顔が近づいた。
「この程度なんですね」
 つい、そんな言葉を持らした僕に、マシューズ博士が厳しい視線を向けてきた。
「このイメージが、こちらのご婦人の母親なら、このご婦人の母親の映像が、いわば解読のための鍵になる。今は、その鍵を特定する段階だ」
 マシューズ博士の言葉を聞いて、レジーナが言った。
「母の写真があります」
 そう言ってスマートフォンを取り出すレジーナ。それから彼女の母親の画像を取り込むと、ディスプレイの画像イメージが変わった。もちろん、まだぼんやりとしたものだが、人間らしいシルエットに見えてくる。
「もう少しシャープに合わせることもできるが、これくらいがいいだろう」
 ディスプレイの画像を見ながら、僕は、ふと思い付いたことを口にする。
「攻撃とか、興奮状態とか、そんな感情に結びつく画像イメージは抽出できますか?」
 ふと、そんなことを口に出したのは、スターライトが、なぜ、吠えかかったのかを知りたかったからだ。
「何をやりたいんだ?」
 マシューズ博士は理解できないようだったが、レジーナには判ったようで、彼女も大きく頷いた。
「よろしくお願いします」
 少なくとも一度、スターライトは人に吠えかかっている。それが、レジーナと一緒だった時だ。もしかすると、その時と同じようなことがあって、結果的にレジーナの母親が命を落とすような事故に繋がったのかも知れない。
「データ量が十分じゃないかも知れません」
 マシューズ博士ではなく、彼の助手が言った。
「意味のある情報が得られるかはともかく、やってみよう」
 博士の許可を得て、PCを操作する助手の手が素早く動き、ディスプレイの画像が大きく揺れる。
「やっぱり、データ量が足りていないようで……」
 ディスプレイに動く影。
「これって、ママと誰かが……」
 素早く動く二つの人影のようなもの。その一方は、レジーナの母親のようだ。もみ合っていたかと思うと、距離を置いて停止する。何かを、双方で引っ張り合っているようにも見えた。
「ひったくりだな」
 マシューズ博士に言われるまでもなく、誰かが、レジーナの母親から何かを奪おうとしているように見えていた。
「止めてください! 拡大して」
 二人の影の間にある物をレジーナが指し示す。
「拡大して、コントラストを上げます」
 はっきりと見えてきたのは、大きな花のような模様だ。それを見たレジーナが断言する。
「これは母のバッグです。事故の時、現場にありました」
 バッグが表示されていたのは一瞬だった。画面の急な動きは、スターライトが、バッグを奪おうとした影に飛びかかったからだろう。
「バッグの色は何色かな?」
 マシューズ博士が唐突に尋ねた。
「青の地に黄色の模様です」
 そう答えたレジーナの言葉に、マシューズ博士は満足げに頷く。
「犬の色覚は貧弱でね。識別できる色が限られている。青と黄色は、犬にとってはわかりやすい色の組み合わせなんだよ」
 したり顔で説明する。その一方で、レジーナの母親バッグを奪おうとしたのは誰なのか。バッグの模様に比べて、人間の映像は曖昧で、はっきりしない。
「これ以上の解像度は期待できないんですか?」
 バッグを奪おうとした誰かの姿は判然としなかったが、レジーナの母親の死が、単なる事故ではなかったことは明らかだった。
 突然、レジーナが大きなため息を付いた。
「多分、あの男よ。理由がなければ、メイベルは吠えかかったりしない。臭いで覚えていたのかも」
 スターライトが吠えかかったという若い男だ。
「きっとそうだよ」
 吠えないはずの盲導犬が吠えたのなら、それにふさわしい理由がある。レジーナの母親を襲った男を覚えていたのなら、きっと教えようとするだろう。
「でも、この画像で警察が動いてくれるか……」
 レジーナの言うとおりだろう。マシューズ博士が協力してくれたとしても、スターライトの記憶から再現された映像には、警察を動かすだけの説得力はない。
 その時、博士の助手が言葉を発した。
「もしそうなら、バッグに指紋が残ってるんじゃないですか?」

 風が止み、満天の星空が僕を見降ろしていた。
 遠くから聞こえてきたエンジン音が、丘の麓で止まる。
 レジーナだ。
 二人でマシューズ博士を訪れた日から、多くのことが起きた。レジーナの母親のバッグから検出された指紋は、すでに警察のデータベースに登録されていて、スターライトが吠えかかった男の指紋と一致した。警察が、レジーナのお母さんが事故にあった現場周囲の防犯カメラ映像を改めて調べ、決定的な証拠を発見した。前科があった男は、強盗致傷で起訴され、有罪判決を受けて服役中。裁判での心証をよくするためか、レジーナへの民事訴訟は逮捕直後に取り下げられていた。
 マシューズ博士はスターライトを使った研究論文を発表し、その論文が学術的に評価された一方で、動物愛護団体の激しい反発を招いた。デモ隊が押し寄せ、州立大学との契約は打ち切られたが、人間の意識を抽出することで、死後の生を実現するというベンチャー企業で研究を続けているという。超富裕層に支えられたその企業での待遇や研究環境は、軍や州立大学にいた頃よりも、はるかに良いらしい。
 十分な成果を得たことで、スターライトはレジーナに返されることになった。モニター用の電極が付いた金属の帽子を外し、代わりにセラミックの人工頭骨を入れ、それを培養した皮膚で覆う手術をした三日後だった。
「かわいそうなメイベル」
 大型のケージに入れられたスターライトは、鎮静剤を投与されて眠っている。頭部は包帯でぐるぐる巻きにされ、その下の毛は剃り上げられている。画像で見せてもらった手術痕は、想像以上に生々しかった。
「すぐに元気になるし、毛も生えるさ」
 僕は、マシューズ博士の助手に手伝ってもらい、牧場から運転してきた古いピックアップトラックの荷台にケージを乗せた。レジーナの車の後部座席にはケージは乗せられず、鎮静剤で眠っているスターライトをケージから出して乗せるのには心配があった。
「そうね、これでもう大丈夫」
 ケージ越しにスターライトを撫でるレジーナを見て、僕は少し残念な気分になっていた。これから先、スターライトに会いに行くことはできても、回数は限られる。それは、レジーナに会う機会が減ることも意味していた。
「さあ、行こうか」
 ケージの固定を終えた僕は、荷台を降り、運転席に乗り込んだ。それを追うように、レジーナも助手席に座る。
「しばらく、牧場に置いてもらった方が良いと思うの。私も必ず見に行くから、ご両親にお願いできない?」
 助手席のレジーナが言った。
「えっ、何?」
 思わず聞き返す。
「ご両親の牧場でメイベルを預かって欲しいの」
 今の彼女は、Tシャツにジーンズというラフな姿で、きっと牧場が良く似合う。
「大丈夫だと思うよ。シェルターに連絡した時には、牧場に引き取るつもりだったから」
 両親も喜ぶだろうし、それ以上に、僕にとってもうれしい成り行きだった。
 結局、仕事のある僕たちの代わりに、平日は牧場で隠退生活を送っている僕の両親が世話をし、週末に僕とレジーナが世話をしに通うことになった。スターライトは、メイベルとスターライトという、二つの名前を難なく受け入れ、僕たちの家族になった。
 僕の両親はレジーナを気に入り、レジーナも両親のいる牧場を気に入っていた。
 僕たちの関係は、ゆっくりと進んでいる。

「お待たせ」
 坂を急いで登ってきたレジーナが、半ば息が上がりそうになりながら言った。
「そんなに急ぐことはなかったのに」
 レジーナは、スターライトの横に腰を下ろした。
「ゆっくりお別れをしたかったから」
 眠っているようにしか見えないスターライトの頭を、レジーナの手が優しくなでる。彼女の手のひらの下には移植された皮膚と人工頭骨があり、その下の脳にはスターライトの命を奪った腫瘍があった。シリウスのような苦しみ方をすることはなかったが、野放図に増殖を繰り返した細胞の固まりは、生命維持に必要な脳の領域を圧迫していた。
「仔犬たちは?」
 僕が聞いたのは、半月ほど前、アニマルシェルターから引き取った雑種の仔犬たちのことだ。まだ小さく、レジーナの家で飼っているが、そのうち牧場に連れてくることにしていた。在宅勤務の機会が増え、今は、牧場にいても仕事ができる。
「もう、無駄に元気。呆れるくらいよく食べるし」
 スターライトの命を奪った腫瘍は、多分、血統と関係がある。より優れた性質を持つ系統を作り出すための交配が、有害な性質も定着させるのは、何も犬だけに限った話ではない。品種改良は、その一方で、遺伝子プールから多様性が失われるプロセスでもあった。
「それは良かった」
 簡単に答えた僕は、ポケットの奥に押し込んであるリングケースを意識する。中のリングはイエローダイヤモンドとサファイアを組み合わせたデザインで、レジーナのお母さんが持っていたバッグのデザインを参考にしたものだ。
「メイベルは、ここに来られて良かったと思うの」
 僕がレジーナに会うことができたのは、スターライトのおかげだった。だから僕は、スターライトが眠ることになるこの場所で、レジーナにプロポーズするつもりだった。