「江坂遊とその仲間たちの二行ショートショートを読み解く」江坂遊

『ショートショートの宝箱Ⅴ』(光文社文庫)発刊を祝して

注目の『ショートショートの宝箱Ⅴ』(光文社文庫の新刊)が発売されたので、販促グッズを企画しました。今回は掲載者有志の「ポップ付きサイン入り色紙」と「創作しおり」を作り、各地の書店に置いてもらおうという作戦です。掲載者はやる気満々、満! ですなあ。さすがにショートショートの書き手はサービス精神が旺盛で、遊び心を大切にしています。

この宝箱はシリーズもの第五弾というわけですが、これを読むとショートショートの変化スピードが増してきているのがよく分かります。
『朝読』で短いお話が重宝されて、ショートショート人気が高まっていますが、この第五弾は『朝毒』の話も多くて大人向けの色彩が濃いのです。現代の反映でしょうかね。それに、この本だけの傾向ではありませんが、利用できるアイデアの数が増し、アイデアのマッシュアップ(まぜ合わせ)作品が多く見られるようになってきたのも特徴的です。

そして、それが最大の変化要因ですけれど、書き手がグンと増えて、作品の幅が大きく広がったことがあげられます。
そもそも、ショートショートではその作品がおもしろいか否かの判定が早くつき、また比較的ビギナーズラックが起こりやすいので、書きたい人のやる気も出ようかというものでしょう。

念のため補足しておきますが、もちろんこの本は「朝毒」ばかりではないです。くすりと笑えたり、魂が浄化されたりする作品も収録されていることは大いに喧伝しておきたく思います。はい、付け足すように言わんでもよかったけれどね。

それで、やる気満々、満! とはどういうことなのかですが、つまり販促グッズの話に戻ります。そう、掲載者有志が、創作しおり用に、2行ショートショートを書いたのでした。ではこれから、書店でこの本を買っても「創作しおり」をもらえなかった方のために、この2行ショートショートなるものを読み解いていくことにいたしましょう。作品をまず自分なりに鑑賞していただいた後、一拍置いて、それからわたしの曲解をお楽しみください。(なんのこっちゃ)

まずは、2行ショートショートとは何かというと、あぁ、これがその定義でしたね。
そこから始めましょう。
 「創作しおり」のおもて面にはこう書かれています。
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ショートショートの宝箱 Ⅴ
 ≪おまけ≫

掲載作家が書いた2行ショートショートを裏面でお楽しみください。掲載作品名と同じものもありますが、内容は無関係です。
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 特典といわずに「おまけ」ですからね。「駄菓子屋に置くんかい」と突っ込みたくなるのは少し我慢しましょう。ここで出て来る2行ショートショートとは何でしょうか。少し、解説を試みてみましょう。

(2行ショートショートとは)
・2行(句点2つ)のショートショートのこと。
・「鍵括弧」は1つの行とみなし、「鍵括弧」の中の句点の数は問わない。
・「鍵括弧」はそれで1行なので、つなぎの「と」などを入れて不自然な流れでないなら、次の句点までを1行とする。
さらにしおりとして採用する作品は、掲載品タイトルや本から連想されるワードからインスパイアされた別の作品で、短くてわかり易く、くすりと笑えたり、ちょっといけているなぁ、たった2行なのにパッと作者の世界観が出ているなあ、などと思わせたりするもの。

 ということですが、おそらく面白い作品ができたら、定義も変化していくのでしょうから、ここは深く掘り下げずに鑑賞していくことにしましょう。
 ではこの「創作しおり」の発案者、そしてショートショートの達人の1人、深田亨さんの作品から読んでまいりましょう。

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【牢獄】深田 亨 

「50年の刑期のあいだ、たった3度しか食事を与えられなかったのは、犯罪者とはいえひどい人権侵害だ、訴えてやる!」

「監獄不足の解消に、時間遅感剤を使って長期刑を1日で終えるようになったのは効率的だけど、この手の苦情が増えたんだよね」
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 面白いですね。いきなりガツンと来ましたねえ。「時間遅感剤」というのに一般読者がすぐにピンとくるかどうかが鍵ですが、読み巧者が多く育ってきたので、理解は得られるのではと思います。十枚くらいの作品にしたらと思うけれど、であるが故にギュッと締まったクオリティが高い作品です。
人間は時間分解能がハエなどよりずっとにぶい。行動を起こそうとする前にさっさとハエに逃げられてしまった経験が誰しもあるわけで、逆にハエにとっては人間がのろくて仕方がないのだと思います。そのハエより実際時間が長く伸び切った状況を作り出せる薬というわけです。その間も生体維持活動は進んでいるので、そこがミソなのでしょう。などと空想は広がっていきます。余計な説明をバッサリ斬り落とした潔さが、この2行ショートショートの特徴ということになりそうです。いきなりですが、「優」はもちろん、お出ししておきましょう。
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【文豪コイコイ】天野大空

「おうがい、って知ってる」

「ああ。美味しい貝やから、モリモリ食べられるよ」
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 くすりと笑える、わかり易さで、好感が持てる作品ですね。惜しむらくは、「おうがい」で貝をすぐ思い浮かべる人はどれほどいるかしらってことですかね。いきなりタイトルからそのまま、森鴎外のおうがいが浮かんで、2行目を読んで貝を連想して欲しかったのねと作者をおもんばかって(?)、くすりと笑う人もいるのでありましょう。先ほどの「牢獄」2行ショートショート作品とは対極にある精神で、実は免許皆伝の自然流(じねんりゅう)ですよ、これは。こんなのもいいわけです。
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【文豪コイコイ】天野大空

 木曽路はすべて山の中である。

 だから、国境の長いトンネルを抜けても山の中であった。
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 文豪当てクイズですね。「雪国やったんとちゃうのか」などと読者が次に放つ言葉を連想して作者が悦に入るという、書き手の楽しさ(?)が横溢している不思議な作品です。木曽路というのはおそらくJR西日本の快速急行にみやこ路快速とか大和路快速とか丹波路快速かいうのがあるので、きっと木曽路快速というのが存在しているのやろうと考えてこのシチュエーションを作ったのではないかと想像したのですが、いかがなものでしょう。おお、調べたら、快速いろどり木曽路号というのはあるようですな。
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【文豪コイコイ】天野大空

 山路を登りながら、こう考えた。

 木曽路はすべて山の中で住みにくい。
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 たたみかけてきますね。かなり以前ですが、「マルイはみんな〇〇のそば」の〇〇を当てるクイズがあったのをふと思い出しました。わたしはウミのそばと書いて応募したのですが、これは当たっていなかった模様ですね。まぁ、エキですわね。すみません。反省しています。「木曽路はすべて山の中」ですからね、しゃぶしゃぶと日本料理のお店の「木曽路」さんは、そうか山の中だったのかとクレームきませんかね。住み込みで働いている人もいたら大変です。などと、妄想は常に笑えますので、この2行、いただきましょう。
「(なお、参考にしたのは以下の作品でした)
「夜明け前」島崎藤村、「雪国」川端康成、「草枕」夏目漱石」

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【おりんと花の絵師】佐久やえ 

「肖像画から花の香りが匂ってきますね」

「でも絵はあっちで、お顔が近すぎますわ」
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 モデルさんを肖像画と間違えているという話ですが、ありえませんね。もし、成立するとしたら、モデルにぞっこんの男性とその男性に惹かれているモデルさんのわざとの組み合せか、近視同士の二人なのか、そのどちらかかも知れません。そもそも肖像画から花の香りがするのか、です。ああ、香水を塗りこめたのなら起こるかも。この2行目が肖像画のセリフだったら、どうでしょう。自分が絵の中にいるとは思っていないので、本当の絵はあっちですよとモデルを指さしている構図だという解釈はいかがなものでしょう。その場合、肖像画の方が実物よりはるかに美しかったりするのではと空想が広がります。
 佐久やえ氏の候補作は他にもあったので、せっかくだから見ていきましょう。
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【おりんと花の絵師】佐久やえ

 のっぺらぼうさん、ほんとうにいいんですね

 鼻の代わりに八重桜の花を描いちゃって。
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 のっぺらぼうに顔を描くのがこの絵師の仕事なわけですね。耳を描いて、眼を描いてと、あれこれ想像すると笑ってしまいます。「もっと美人にね」などと注文がつくのでしょうか。絵師というより、絵空事師ですな。なかなかお茶目な絵師さんで、顔の真ん中に花びらを描かれてはたまりませんよ。花びらは可愛らしすぎます。お酒を飲めば、ほんのり赤く染まっていくんでしょうね。蜂に蜜を吸い出されてしまったら大ごとです。
 次はベテランの才人、「ポップ付きしおり」の制作者でもある海野久実さんの登場です。
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【お父さんの「いえ~い!」】海野久実

お父さんの病室にお見舞いに行ったとき、「いえ~い!」と言いながら強がって見せた笑顔の写真は僕が撮ったものだ。

ぎごちないピースサインのその写真は、お線香の煙の向こうで笑っている。
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 うまいです。ペーソスというのか、ユーモラスなのに哀しさも伝わってきます。コロナ禍の時代に寄り添った出色の作品で「優」を差し上げたく思います。蛇足ですが、遺影と「いえーい」を引っかけてあるって、気づかれましたよね。たわいないダジャレですが、不謹慎とそしられぬようにうまくプロテクトしてあるのも、うまいです。まさに読むコミック。
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【お母さんの家】海野久実

お母さんは魔法使いの呪いで身長が十センチになってしまい、日常生活に困るだろうと考えたお父さんは、居間のテーブルの上に小さな家を作った。

お母さんだけでは寂しいかもしれないと、お父さんは小さな自分のクローンを作って一緒に住まわせたものの、その二人に毎日のように焼きもちを焼いている。
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 作者いわく、「魔法と科学」を表現したとのこと。脱帽です。やきもちを焼いているのは実物大のお父さんでしょうが、「あんたがしたんでしょ」と言ってやりたくもなりますね。しかし、家の中をのぞいちゃいけませんよ。おいおい。しかし、お母さんは魔法使いに呪われるほどですから、何故そんなことになっちゃったかの前半エピソードが知りたくなりますね。知りたければ、『ショートショートの宝箱Ⅴ』の掲載作品をお読みくださいとなるのでしょうが、残念ながら、掲載された作品を読んでもそれは分かりません。きっと、また書いてくれることでしょう。
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【みんなの家】海野久実

男はみんなそれぞれの家を持ちなさいと、父親は広大な土地に五人の息子たちの家を建ててやったのだが、その一週間後、それぞれの家を訪ねて帰って来た母親が父親に報告した。

「あなた。末っ子の五郎はもう少しで飢え死にするところでしたよ。まだ三歳ですからね」
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 いや、広大な土地ですね、固定資産税も馬鹿になりませんよ。この後、父親にあきれて、母親は三歳の子の家に引っ越して別居生活になるのでしょうかね。父親は相当な資産家ですから、決して別れはしない。気になるので、この作品も、これからの展開を書き継いでもらいたい問題作です。海野さんは2行ショートショートを予告編ととらえているのかも知れません。そうと考えたら、なかなかのテクニシャンです。異様な設定で次はどうなるんだろうと、期待させてもいる。2行ショートショートは、アイデアの貯金箱。ライバルに「これはわしが先に考え付いていた異様な設定やで」と主張するもの。そんなことを考えさせてくれる作品です。
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【手袋】ピーター・モリソン

 地面に落ちた手袋が、何かを指さしていた。

 気になって、その方向へしばらく歩くと、中指を立てた手首が落ちていた。
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 冬になると道路に片手袋が落ちていたりしますね。でも手首はなかなか見かけません。ましてや、中指を立てたのなんていうのは。ブラックな笑いに誘われて、ニヤリとさせる佳品です。ブキャナン博士が提起されたユーモアの基本方程式というのがあるようです。「予想+予想に反した場違い=笑い」なのですが、これにぴったりはまっています。このマイクロノベルスというジャンルでは、物語がちゃんと理路整然とおさまるところにおさまっていなくても成立します。何故、手首が落ちていたのかを説明する必要もなく、それをあえてせずに謎のまま終わらせ、その余韻を読者が楽しむという嬉しさもありましたね。うまいので「優」です。
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【猛暑】白川小六

「もう少しおひさまに近づけましょう。坊やが早く孵るように」と母さん鳥が言った。

 父さん鳥が「ああ、四六億年も待ったんだ。そろそろヒビが入ってもいい頃だ」とうなずき、地球を太陽の方に押しやると、間もなく火山が次々に噴火して大陸に亀裂が走った。
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 SFショートショートの醍醐味はこのスケールの大きさですね。ショートショートで人を驚かす手法はさまざまありますが、この作品は「うまい見立て」と「残念な結末」を持ってきて、セオリー通りの納得感を味わわせてくれました。2行におさめた手腕はなかなかのものです。そう思われませんか。
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【宝箱】白川小六

 僕が箱を開けると、星々やブラックホール、暗黒物質なんかがどんどんあふれ出てきた。

 止め方を聞いておくのを忘れたから、それで今でも宇宙は膨張し続けているんだ。
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 これは寓話なのかも知れませんよ。終わる方法を知らずに始めてはならないといった教訓めいたメッセージと、宝箱から飛び出したショートショートはどんどん広がりをもっていくのに違いないという解釈ができますね。この話も、話を面白くさせるセオリーを踏まえています。エスカレーション手法ですが、そのシンプルさが2行ショートショートには生きてきます。作者のしたたかな計算でしょうね。
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【ショートショート】白川小六

 アリスカフェのイチゴショートは、一口食べると体が縮んで、いくら食べても無くならない。

 何週間もスポンジの中をさまよった後、イチゴの根本から生えてくる緑色のキノコをかじると、元の大きさに戻れるよ。
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 2行目に困惑された読者もおられるでしょう。でもこれは不条理なファンタジーとしてとらえてカラフルな幻想的な風景をそのまま楽しんでもらえればいい作品です。1行目でグッと引き付けられたかと思うと、2行目でありえない想像の世界へ放り出されてしまいます。「不思議なアリス」を頭に浮かべてクラクラしてきますね。作者いわく、「ショートショート」と「ショートケーキ」をひっかけたということですが、誰にも分からず仕舞いになるというのがオチで・・・、いや、そんなオチ方もいいのかも知れません。

 これで終わりとすると、「フェアじゃないな」と袋叩きにあいそうなので、提供した自作もみていくことにしましょう。
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【巣箱のプテラノドン】江坂 遊 

 巣箱に卵がはいっていて、今生まれるみたい。

 まぁ可愛い赤ちゃん巣箱だこと。
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 巣箱の中に巣箱が、そのまた中には、というマトリョーシカみたいなものが頭に浮かんで書きました。巣箱にもオスとメスがいるとしたら、愛の結晶も生まれることでしょう。ではここで特別に雌雄の見分け方をお教えしておきましょう。巣箱の赤ちゃんを産むほうがメスです。もし、お宅の巣箱が卵を産まないのでしたら、それはオスだと思われます。言っておきますが、巣箱はオスの方が多いようですよ。
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【巣箱のプテラノドン】江坂 遊

「巣箱にプテラノドンがいる!」

「巣鴨にお寺のドンがいる?」
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 実はこれが、わたしが最初に書いた2行ショートショート(?)です。魂の浄化を狙った作品というように解釈していただけたら幸いです。
 これも2行ショートショートの変化した拡張定義と解釈いただければ幸甚です。
(苦しいなあ)

 さて、次回、面白いショートショートを書くのは誰でしょうね、そう、変化したあなたです。
本日、学習されたように、しっかり今から2行ショートショートに取り組んでおいていただきたく思います。(なんかおかしいような気もしますが、まぁいいでしょう)
ではまた、お会いしたく思います。
                            (了)