「海の向こうの気になる本 気になる人――チェコスロバキア編」深見弾(「SF宝石」1979年10月号)

あのレムより先に欧米に紹介された短編の名手
深見弾
 わりと早くから名前だけは売れているが、なぜか作品はほとんど、あるいはまったく知られていない作家がいる。そういう作家が英米でもかなりいるのだから、相手が共産圏となると、その名前すら知られていない作家がごろごろしている。
●日本SF界との奇妙な関係
 エフレーモフやレムのように、名前も作品も知られている作家は例外中の例外だといっていい。戦前に活躍した作家だから、時代的には共産圏作家というには無理があるが、たとえばロボットという言葉の生みの親であるチェコのチャペクなどは、名前のわりには作品が知られていない典型的な例だろう。史上最初のロボットが登場する『R・U・R』(1920)や『山椒魚戦争』(1936)は、戦前戦後を通じいろいろな版が出ているが、他の作品は未紹介のままになっている(もっとも近く翻訳される作品があるようだが)。
 そのチェコに現在活躍中の作家で、ヨゼフ・ネズヴァードバがいる。欧米には、レムよりかなり前から知られており、すでに一九六四年にロンドンのGollancz社から英訳短編集が一冊出ている。その後も、西側で出るソ連東欧のアンソロジーには必ずといっていいほど作品が収録されているから、かなり知られた作家といえる。
 実は、ごく一部の関係者しか知らないことだが、この作家と日本SF界は一度妙な関係を持ったことがある。一九七〇年に日本で開かれた国際SFシンポジウムには、米英ソ、それにカナダから作家が参加した。そのとき共産圏からはソ連が五名の代表団を送り込んできたが、東欧の作家は出席しなかった。だが準備段階では共産圏からの招待者リストに、エフレーモフ、ストルガツキーなどのほか、レムとネズヴァードバの名前が載っていたのだ。参加の意向を打診したところソ連にはあれやこれやの事情があり(それだけでも面白い話になるが)、結局、主催者の希望をまったく無視した顔ぶれが出席することになり、レムはその種の催しには出ないことにしているとかでやってこなかった。ネズヴァードバだけが、ふたつ返事で出席すると言ってきた。
 ところが、このときの招待には往復の旅費は参加者持ちという条件がついていた。当然、かれもそれに異存があろうはずはない。しかし、チェコの外貨事情が出国の障害になることがわかり、かれはかなり奔走したようだが、結局、旅費に相当する外貨の都合がつかないと言ってきた。そこで主催者側は、片道の旅費は持ってやるから、とにかく来るようにと電報を打った。それが開会二週間前のこと。片道分の外貨もどうにもならなかったのか、二週間では出国手続きが無理だったのか、ついに、かれはやってこなかった。
 七六年刊のブライアン・アッシュのWho’s Who in SFや、七八年に完結したドナルド・タックの編集した二巻ものの『SF&ファンタジー・エンサイクロペディア』は、残念ながら共産圏の情報をほとんど載せていないが、ネズヴァードバは、項目を立てて収録されている五指に満たない共産圏作家の一人である。
 社会風刺のきいた短編を得意とし、『ターザンの死』、『アインシュタインの脳』、『逆方向への旅』、『吸血鬼株式会社』などの作品集のほか、『黄金の仏像物語』のような推理小説も手がける。邦訳作品はわずかで、『世界SF全集<ソ連東欧編>』、『遥かな世界果しなき海』(以上早川書房)、『現代東欧幻想小説』(白水社)などで紹介されているにすぎない。