「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第16話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>
栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
ソルニャーカ・ジョリーニイ
 通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
アキラ
 晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的。
団栗場 
 晶の西暦時代の友人。AGIにより無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
胡桃樹
 晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
ミシェル・ブラン 
 シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
ガブリエラ・プラタ
 シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして二人の所属する探検班の班長のロマーシュカ。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。念のためロマーシュカを残し、アキラと瑠羽は、ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴き、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒すことには前向きなアキラ。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、バイオハックだけ行って、アキラに対抗する力を得る。アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶を攻撃する。MAGIシステムは晶の戦闘を支援する。


 MAGIが提供するMAGIコマンド、略称MAGICは、プログラミング言語としては標準的な仕様を持つ。関数体系があり、オブジェクト指向を持ち、継承の概念がある。音声による入出力を行うことが一般的だが、コマンドラインでも操作できる。
 一般のプログラミング言語と異なるのは、その仕様ではなく、その適用範囲である。MAGIシステムにより高度に自動化されたこの社会において、資源採掘、運輸、製造、通信、など、産業社会の運営に必要なあらゆることがMAGIシステムへのコマンドとして実行できる。
 例えば、軌道上に質量弾を打ち上げたり、その質量弾を特定の座標に落下させたり、高温燃料をドローンで運搬させたり、その燃料を散布して衛星からのレーザーで着火させ、モノを切断したり。
 質量弾や火炎による切断など、相手への攻撃手段を一連のプロセスとしてまとめたものは、システム定義関数として非常に豊富に用意されている。
 この関数系の顕著な特徴の一つは、コードの作成と機械語への翻訳(コンパイル)、実行ファイルの生成という一連の演算をユーザの神経系に依存していることだ。MAGIはユーザの神経系にナノマシンによる疑似神経細胞を付加し、思考と同期したMAGIコマンドプログラミング環境を提供する。それ自体は直感によるプログラミングを可能とするという意味で便利だ。が、プログラムの作成と実行ファイルの生成に必要な演算が思考に律速されてしまうことも意味するので、便利なことばかりではない。
 アグニやファイアなど、システム定義の単純な打撃系のコマンドでも、ターゲットの位置座標や強度といった引数を入れてコードを作成し、コンパイルまで完了させる必要があるのだ。
 MAGIは通信環境が不安定な中でコンパイルまで完了させるために人間の神経系内でコマンドの入力とコンパイルを完結させるのだと説明している。一方で、MAGIは人間の神経系にどの程度の演算力を持たせるかを「レベル」として定義しており、レベルに応じて使用できる関数に差異を設けている。言わば、一般のシステムにおける「一般ユーザ」「ルート権限持ちユーザ」という権限の差異を大幅に増やしている、といってもよいが、そこには「ユーザの神経系への負担」という明確な理由があるというわけだ。
 システム定義のMAGIコマンドでは、使用されるエネルギーが膨大になるほど、引数の設定が複雑に成り、コンパイルに要する演算も膨大になるよう設計されており、使用エネルギーの多い強力なコマンドほど、レベルの高いユーザしか使用できない、というMAGIシステムの仕様に帰結している。
 MAGIコマンドの「レベル」は、その名前を見れば推測できるようになっている。分かりやすい例が、ライト、ルクス、フォス、ブラカーシュ、バハラーグ――という一連の光系MAGIコマンドの名前だ。標準・上級・最上位・原初・開闢の光系MAGICをそれぞれ意味するが、そのコマンド名は、英語、ラテン語、ギリシャ語、ヒンズー語、印欧祖語で「光」を意味する。
 ライトは主に地表での使用を想定しており、手に持ったMAGICロッドから発射されるレーザー銃の照準の座標を指定するだけでよいが、バハラーグになると、光線を提供する反射衛星の位置座標や反射鏡の角度まで引数に指定しなければならない。よってコンパイルに伴う脳内演算は非常に高度に成らざるを得ない。
 コンパイルだけでも大変なのだ。だから、多くのMAGI勢はシステム定義関数を使用するだけで精一杯となってしまう。それだけで強力になるのでクエストはこなせる。それでレベルアップでき、仲間からの称賛も得られる。
 敢えて、MAGIコマンドを組み合わせてユーザ定義関数を作ろうとすら思わないかも知れない。
 だが、ポズレドニク勢は孤独だ。彼等にはポズレドニクから指令が来ることもなく、仲間をあてがわれることもない。延々と続くのは、仲間同士の闘争。
 そこでアキラは開発した。高度なユーザ定義関数を。
 幼女として転生した俺、栗落花晶には、不可能と思えることを、先に転生していたアキラは成し遂げていたのだ。
(今の俺では、あのアキラには未だ敵わないな。少なくとも、俺一人では、だ)
 俺は早々に自身の能力の限界を認めた。だが、勝利は諦めていない。何を使ってもいいから目標が達成できればいい――そう考えれば、自身の能力だけに頼るときよりも、できることは大きい。それを識(ルビ:し)る程度には、俺の魂は若くなかった。
「MAGI。ここに集まっているMAGI勢の指揮統制をサポートしてくれないか?」
 俺はMAGIにサポートを要求する。一瞬、MAGIの回答に遅れがあった。
「では原初MAGIC『アバター』の使用を検討してください。引数は私です」
 MAGIは意外な要求をする。
「実体化MAGICか? 何故だ?」
 MAGIは俺にやっているように通信で各部隊を統制すればいいと思っていた。何故MAGIシステムそのものが肉体を持つ必要があるのか分からない。
「あなた自身を戦闘に集中させるため。私はあなたの目や耳を通じて戦場の状況を把握していますが、私自身の視点を持ち、指揮統制をより高度なものにしたい」
「センサドローンでも何でも、派遣すればいいだろう?」
「センサドローンでは防御できません。フル装備の戦闘ドローンを派遣するなら、人間型のアバターでも同じです」
 地響きを立てて、ゴーレムは向かってくる。深く考えている余裕はない。
「チィ! 分かったよ」
 俺はMAGICソードを天に掲げるように構えた。
「顕現せよ! この世界を統べる者、MAGIよ。『アバター』!」
 瞬間、視界の下に無数に設置してあった「セーブポイント」の一つから、小型のカプセルが炎と噴射ガスの尾を引いて打ち上がってきた。
 それは、上昇の途中で噴射を止め、そのあとは上昇速度を重力で減殺されながら上昇を続ける。俺の目前で一瞬停止し、その瞬間、カプセルがパカッと開く。
 培養液が周辺に飛び散る。赤茶けた大地を照らす太陽光が反射し、飛沫がきらきらと光った。
 その内部に、それはいた。
 俺そっくりの幼女――だが髪の色は赤みがかった茶色ではなく、深い青だ。その裸体には、飛行装置の類は何ら装着されておらず、従って即座に落下するかに見えた。
「おい!」
 俺が手を伸ばすと、そいつは自分から俺を引き寄せ、抱きついてきた。
 その間に、運搬用ドローンがそいつの周囲に群がり、ドローンのロボットアームに把持されていた青い鎧を身につけさせていく。相変わらず、そいつ自身は俺に抱きついたまま。
「感謝します、栗落花晶」
 俺の間近に青い瞳がある。じっと見つめられると、吸い込まれそうになった。
「――何を感謝されることがある?」
「私に教えてくれるのでしょう? 私が何を間違っていたか。全人類幸福という私の望みの成就のために、あと何が必要なのか」
 人間型のアバターを得たためなのか、その声には熱っぽい情感があった。今までの無感情な声ではない。
「それが人間のためだと思ったからな」
 俺は間近のMAGIの顔を、半ば、睨むように見つめ返しながら言った。
「では見せてください。あなたの戦いを。私が更に人間に奉仕することができるように」
 いつの間にか、彼女は鎧の装着を完了している。彼女は鎧の背面の翼を広げて俺から離れ、俺の横に控えるような位置で空中にとどまった。
「MAGI――と呼べばいいか?」
 横目でMAGIのアバターを見遣り、問いかける。
「私のことは、メイジー、と呼んでください。システム全体の名称との混同を避けるためです」
「ではメイジー、ここに来ているMAGI勢、全員でどのぐらいだ?」
「瑠羽世奈からの呼びかけ後、現在までの経過時間は一〇分。一番早く到着するのはあなたの班の瑠羽世奈とロマーシュカ・リアプノヴァ、そして、第一五五班、ミシェル・ブランとガブリエラ・プラタ。この四人はほぼ同時に到着します。あと五分の見込みです。その後、ポピガイⅩⅤ調査に派遣した第一五一班や第一五A班、第一五Z班、第一五五班の残り二名など、ポピガイ第一五小隊総勢一〇二名がこちらに到着します。大部分はあと一〇分の見込み」
 ポピガイⅩⅤはポピガイⅩⅣの近隣で、結晶記録媒体が大量に発見されている遺跡都市だと聞いていた。そこの探索のために専用の探険小隊が編成されていたのだろう。俺達が派遣されていたポピガイⅩⅣは、当初の遺跡探索計画に依ればそこまで重視されていた都市ではないらしく、専用の探険小隊が編成されることはなく、ロマーシュカ率いる第一一二班も、ポピガイⅩⅠに置かれた探険本部小隊であるポピガイ第一一小隊に付属するものであった。
(まあ、それはどうでもいい)
 重要なのは、今使える戦力が一〇〇名程度であるということだ。
「そいつらのレベルは?」
「全体の八〇パーセントがレベル二〇以下、標準MAGICが使えるレベルにとどまっています」
「よし。レベル二〇以下の冒険者をまとめて戦列部隊とする。指揮は瑠羽にやらせろ。ゴーレムを遠巻きに囲み、遠距離攻撃を行う。一〇パーセントのレベル二〇以上の冒険者も指揮統制のためにこの部隊に残せ」
「はい」
 耳元で声がする。通信の声でないのは違和感だが、MAGI――いや、メイジーの声音は、システム音声のときから変わったようには聞こえない。
(さっきの熱っぽい声はあくまで一時的なものか――)
「残り一〇パーセントを以て遊撃部隊とする。俺が指揮する。この作戦に従い配置図案を作れ」
「了解です。どうぞ」
 俺のヘルムのバイザーに配置図案が表示される。
 ゴーレムの前面に展開する戦列部隊。その側方に遊撃部隊。
(鎚と金床。タンクとアタッカー。定石通りだ)
「よし。これでいい。この配置図に従ってこっちに向かってくる全冒険者に、割り当てられた場所に行くよう伝えてくれ」
「了解」
 最初は定石通りでいい――と俺は思っていた。それが破綻すれば別の手を考える。破綻したとき、リカバリーが効きやすいのも定石通りの作戦なのだ。
「瑠羽、ロマーシュカの到着は?」
 俺は尋ねる。だが尋ねるまでもなく、俺のバイザーには彼女等を示す青いブリップ(輝点)が至近まで近づいていることが示されている。
 傍らのメイジーをちらりと見た。
 そのシャギーの入った青い髪に縁取られた横顔は、俺の作戦への純粋な興味で満たされているように見えた。
「あなたの仲間はもうすぐ到着します」
 彼女は俺に顔を向け、にっこりと微笑んだ。
(同じだ……コイツも、アキラと同じ……美しい……)
 それはおそらく内面の輝き。MAGI自身も、俺に不備を指摘されてはいても、自身の存在自体を全く疑っていない。今までもほぼ完璧に人類を領導できていたし、これからは更に(俺のちゃちな考えを少し取り入れてやって)より完璧になれる、とでも思っているのだろう。
 俺をアキラの元へ送り込んだのは、瑠羽たち反MAGI勢力――ラピスラズリの作戦に敢えて乗ってみせ、アキラをバイオハックするだけが目的だったのか?
 それとも、更に深い戦略があるのか?
 俺がこうしてアキラと対峙し、作戦指揮を取りつつ、MAGIの間違いを指摘してやる、と啖呵を切ったことすら、奴のもともと思い描いていた戦略通りなのか?
 全ては謎だった。
 今ここで奴を問いただすことはできるかもしれないが、それよりは目の前の脅威――アキラを倒すことが先決だ。俺の戦いが示す「答え」が、奴を刺激し、奴が腹の中に抱えていることを吐き出させることにつながるかもしれない。
 俺は腹を決める。もやもやしたわだかまりを一旦忘れ去り、作戦指揮に集中することにした。