「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第15話」山口優(画・じゅりあ)
<登場人物紹介>
- 栗落花晶(つゆり・あきら)
この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。 - 瑠羽世奈(るう・せな)
栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。 - ロマーシュカ・リアプノヴァ
栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊の隊長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。 - ソルニャーカ・ジョリーニイ
通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。 - アキラ
晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。この物語の主人公である晶よりも先に復活し、MAGIA=ポズレドニクの王となった。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的。 - 団栗場
晶の記憶に出てきたかつての友人の一人。AGIにより無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張する。 - 胡桃樹
晶の記憶に出てきたかつての友人の一人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ます。 - ミシェル・ブラン
第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。 - ガブリエラ・プラタ
第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
<これまでのあらすじ>
西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視した統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして探検隊隊長のロマーシュカ。そこでMAGIAに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達の「王」に会わせると語る。念のためロマーシュカを残し、アキラと瑠羽は、ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴き、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの王「アキラ」と出会う。MAGIを倒すことには前向きなアキラ。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような社会を造るつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、バイオハックだけ行って、アキラに対抗する力を得る。アキラは晶が自らに従わないことを知ると、晶を攻撃する。晶の支援のため、瑠羽はポピガイⅩⅣ周辺の探検隊に支援を求めた。第一五五班のミシェル、ガブリエラらは、いち早くそれに応じポピガイⅩⅣに向かった。
西暦時代の俺、栗落花晶にとって、ゲームとは気晴らしであり、攻略に頭を使うことはあったものの、基本的にはノーストレスで楽しめるものだった。
(なぜそんなに気楽だったんだ? 当時の俺は?)
俺は歯軋りしながら、荒い呼吸を続け、目の前の敵を睨む。腕を組み、脚を広げて屹立するアキラを。
(こんな風に思うのはくだらんが、……奴は輝いて見えるな)
俺は、俺自身を整った顔だと思ったことはなかったし、幼女になった俺自身も、可愛らしいと思ったことはない。佳(ルビ:よ)い特徴もなければ悪い特徴もない、悪い意味での平均顔だと認識していた。
だが、今のアキラは、美しいと思った。他人を気にせず、自分のあるがままを求めているがゆえの輝きなのか。きりりとした眉、茶色みがかった双眸。ギラギラしたその視線に、俺は射すくめられそうになる。何者にも物怖じせず、悠然と立つ奴の存在感に圧倒されそうになる。
(……今の俺にはこのオーラはないな……)
俺はまだ、MAGIの言いなりだ。俺の信じるところのものを素直に追い切れていない。
「こちらMAGI。警告。再攻撃」
MAGIの警告により、俺は素早くその場を跳びすさった。半秒前まで俺がいた地点を中心に、無数の細い葉巻型の質量弾が落ちていく。着弾と同時、激しい轟音が俺の耳朶を連打する。土煙が視界を遮る。
「更に警告。まだ狙われています」
と、MAGI。
俺は何も考えず、標準MAGIC「レーダー」により観測された質量弾の位置と予測軌道を把握し回避を続ける。それしかない。
質量弾は俺を執拗に狙い、ポピガイⅩⅣの岩石の大地に降り注ぐ。
(チッ! 地上だとキリがない!)
「フライ」
俺は標準MAGIC「フライ」を唱え、上空へ一旦退避する。俺が背負ったMAGI(モバイルAGI)の背嚢から翼が展開、背嚢に付属するジェットによって、俺はたやすく上空に浮き上がる。質量弾と見える細い葉巻型の物体は遥か上空から降ってきているが、照準自体は奴自身が行っているはずだ。俺は雲の中に逃げる。
俺の予測は当たり、俺を狙ってくる質量弾は、明後日の方向に落ち始めた。
だが。直後。
俺の周囲の大気をレーザーが切り裂いた。雲が切り裂かれ、俺の姿が露わになる。降り注ぐ質量弾。
(逃げていては駄目だ……!)
俺は方向を変えた。フライで奴の直上に移動する。質量弾、レーザー、ともに俺を狙えなくなった。奴自身にも当たるからだ。
「喰らえ! アキラ!」
俺はMAGICソードに高電圧を帯びさせる。
「サンダー!」
叫びつつ、重力を剣にのせて上空から斬り掛かる。
「ふ」
奴は俺を軽く睨み、するりと避けた。着地し、更に奴を狙う俺。
だが。
俺と奴の間に巨大な岩石が浮き上がってきた。
「なんだ……?」
俺は一旦、跳びすさる。
「おい、MAGI」
俺は答えを求めてシステムに問いかける。その間にも、岩石はどんどん上空へ浮き上がっていく。下方に炎を噴いて。
浮き上がる岩石はそれだけではなかった。俺の背後、左右、あらゆるところから、数メートルの塊の岩石が持ち上がり、上空へ運ばれていく。そして、あらゆる岩石同士が各々の空中の位置でとどまり、そこに上空から降ってきた鉄骨の骨組みのようなものが組み合わさっていく。
「MAGIAシステムへの一部クラッキング成功により敵MAGIC判明。あれは特殊MAGIC『ゴーレム』です」
「ゴーレム? 岩の巨人か……」
「さきほど降ってきた質量弾は、岩石の内部に突き刺さり、岩石を所望の位置に移動させるための固体ロケットであり、レーザーは岩石の切り出しのためだったようです。これらによって岩石を所望の形状に形成するようです。更に、鉄骨による骨組みを岩石の中に埋め込み、駆動させます。その巨大さ、岩石による防御力が脅威です」
「――ふん」
俺は短く答えた。
「特殊MAGICとは何だ?」
「MAGIライブラリに存在するMAGIコマンドではなく、個人が開発したMAGIコマンドを組み合わせた関数によるMAGICを指します。MAGIAシステムはMAGIシステムの関数を継承しているため、MAGIシステムの関数体系がそのまま適用されるとすれば、原初、開闢は関数に組み込めないため、脅威度は大きく見積もっても最上位MAGICと同程度。開闢、原初には及びません」
「なるほどな。見かけ倒しか」
俺はそう呟き、短く唱えた。
「フライ」
その間に、アキラのゴーレムは、急速にその巨体の形成を完了していく。
(でかいな……一〇〇メートルぐらいはあるか?)
ポピガイⅩⅣの郊外の荒野、比較対象となるビルもない。俺の記憶の中にある高層ビルを比較対象に俺は目算を立てる。
(岩石……そのまま攻撃しても再生するだろう)
MAGIの説明を元に思考を進める。
(なら、一気に片を付ける)
「ファイヤカートリッジ」
標準MAGICを唱える。MAGIドローンが俺の後ろに回り込み、高温燃料を補給した。
(だが、どうでもいい。所詮は岩石だ)
俺はMAGICソードを構えた。
「燃やし尽くせ! 原初MAGIC『アグニ!』」
背中のタンクからMAGICソードに流し込まれた燃料が、空中に霧のように放出される。
そこに上空からレーザーが照射され、俺の剣から炎が溢れているように見える。火炎は一気に数十メートルになった。アグニに設定されている温度は、岩石、鉄骨の融点を超える。
俺はそのまま突っ込む。
岩石をも溶かす高温。袈裟に斬った瞬間に、ゴーレムは崩れ落ちる――。
と、見えた。
だが、そう思った時には、俺はゴーレムの拳にしたたかに腹を殴られている。
「ぐっ……」
俺の視界の中で、急速にゴーレムの姿が小さくなっていく。
「ステイ!」
制動用の標準MAGIC。ジェットの噴射でなんとか踏みとどまり、ゴーレムを睨む。
アキラ――赤い鎧が、ゆっくりと浮き上がり、ゴーレムの肩に乗った。その小さな姿が辛うじて視認できる。
(今だって条件は同じはずだろう。死んだってセーブデータは残ってる。復活すればまた挑戦できる。全てゲームと同じだ)
違う、と俺の中の別の声が指摘する。
これはゲームを模しているが、現実でもある。瑠羽もロマーシュカも、そしてここに派遣されてきている多くの人間達も、現実に生きている。死んでも復活はするが、苦痛も死も現実だ。
それに、俺がしくじってMAGIシステムが破壊されたら、永遠に復活は出来ない。
ゲームなのに真剣にならざるを得ない。なぜなら他の人間の命を背負っているから。勝てば称賛される。負けても慰め合える。本物の仲間が得られる。
そして、真剣に向き合わなければならないのに、ゲームのように条件さえクリアすればレベルアップできる。西暦時代の、無駄に難易度の高い人生という名のゲームとは違う。
(……真剣だがゲーム……。ゲームだが生き甲斐がある……。ぞくぞくするぜ……そうか……お前はこれがやりたかったのか……MAGI!)
「そのとおりです。私は人類の幸福を願っていた。これが、あなたたちの幸福ではないのですか?」
MAGIが急にゲームサポート以外のことを言い始めた。
「ふん……」
俺は鼻を鳴らした。
俺は一〇年間無職で、やりがいを失い、ゲームに耽溺しているだけの人間だった。
だが、同時にMAGIのあり方を疑い、MAGIに代わるシステムを構想(妄想)している研究者の卵の腐ったやつでもあった。
だが、腐った卵の方が美味いときもある。
ピータンってあるだろ。
「MAGI。お前は正しい。だがお前は間違っている。その間違いの結果が、俺達の目の前にいる、もう一人のオレだ。あのアキラだ」
俺はもう一度MAGICソードを握りなおした。
「お前が何を間違っていたのか、これから見せてやる、MAGI」