『史学研究とゲーム研究の徒・蔵原大-遺稿と追悼-』電子書籍版の無料頒布につきまして

 SF Prologue Waveにも『エクリプス・フェイズ』シェアード・ワールド小説やレポート記事等を寄稿頂いておりました蔵原大氏が、2020年2月に急逝され、氏の遺稿を精選・集成し、関係者30名の追悼文を添えた本文540頁の大著が電子書籍として刊行されています 【[編]石塚正英・岡和田晃、[発行]蔵原大遺稿集刊行会、2020年12月31日刊】。故人の業績および人柄を偲ぶよすがとして、電子書籍版が無償頒布されておりますので、お知らせいたします。

https://booth.pm/ja/items/2646109

 2021年2月末に、印刷版を限定刊行予定ですので、印刷・製本・発送に伴う実費をカンパ頂ければ、刊行次第送付されるとのことですので、ご関心がありましたら編者の岡和田晃さんにお問い合わせ下さい。

 印刷板問い合わせ先:akiraokawada@gmail.com

 SF Prologue Waveとしましても、蔵原さんの貢献に感謝するとともに、同氏と交流のあった『エクリプス・フェイズ』小説の著者による追悼文を掲載し、追悼の意を表させて頂きます。

「『ストームブリンガー』に負けなかった人」  片理誠

 蔵原大さんには『Eclipse Phase』の企画で散々お世話になっているのですが、彼との一番の思い出はと言うと、実は『ストームブリンガー(第2版)』なのです。この時の彼は凄かった!

 何が凄いって、まずこの『ストームブリンガー』というゲーム自体が凄くて、(後の版ではバランスがきちんと調整されたそうなのですが、この版は)情け容赦のない鬼のようなガチンコ仕様なのです。プレイヤーを一切、えこひいきしてくれません。最初にキャラクターメイクから入るのですが、ここでのサイコロの出目が悪いと“村人Aにすら勝てない、最弱な冒険者”になってしまいます。「そんな弱っちぃ人が、なんでわざわざ冒険者になるんだ?」と首をひねりたくなるようなルールなのです。
 幸い私はサイコロの出目に恵まれまして、結構強いキャラになったのですが、この日の蔵原さんは可哀想なくらいに運がなく、出来上がったのはまさにこの“村人Aにすら勝てない冒険者”。ほぼ最弱。そんなひどいキャラ、よく作れましたね、と言うほどスペックが低かった。
 クエストの最初の辺りで港にたむろしているゴロツキと戦ったんですが、蔵原さんはさすがアナログゲームの上級者で、あらん限りの手練手管を使い、GMにどこまでも食い下がり、炎が吹き出そうなくらいの激闘を繰り広げていました。でも相手は、港のゴロツキ。『ドラクエ』で例えるならば、竜王との最終決戦もかくやというほどの凄まじい戦闘を、一番下っ端のスライム相手に繰り広げているようなものです。
 もう、僕らは可笑しくて可笑しくて、腹抱えて笑ってました! 120%の力を振り絞って全身全霊で戦っているのに、スライム相手にほぼ互角、息も絶え絶えになっている!、と。
 同時に「これは厳しいクエストになるな」とも思ったのでした。
 で、案の定、私のキャラはその後、呆気なく死亡。このゲームは本当に難しかった。シビアなんです。接待的な要素はゼロです。
 でも蔵原さんは凄かった! 彼はすぐに戦略を立て直し、その後は上手に立ち回って戦闘を極力避けながら粘り強くコツコツと探索を続け、結局しっかりちゃっかりクエストをクリアしてました。……あんなひどいキャラで! あんな難しいゲームを!! さすがのリカバリー能力です。
 帰り道の途中でしみじみ思ったのは「やっぱり大事なのはスペックじゃないよなぁ、腕だよなぁ、あと諦めないハート」ってことでした。

 少年のようにニコニコと笑っていた蔵原さん。心の底からゲームが好きなんだなぁと思ってました。彼の周りにはいつも笑顔があった。この度、一冊の本という形で、こうしてきちんと遺稿がまとめられ、沢山の方々が追悼文を寄せられていること自体も、彼が多くの人に認められ、多くの人から慕われていたことの何よりの証ですよね。「SF Prologue Wave」にも、蔵原さんは数多くの原稿をお寄せくださっていました。本当に、感謝しかないです。
 蔵原さん、短い間でしたが、ご一緒できて楽しかったです。本当にありがとうございました。

「蔵原大さんのこと」 伊野隆之

 実際にお会いたことも多くはないし、そんなに親しかったというわけではない。タイに移住するしばらく前からお会いした記憶がないので、少なくとも五年以上は顔を合わせる機会も無かったと思う。それでも、はっきりと記憶に残っているのは、拙作の「樹環惑星」の統治機構に関してかなり突っ込んだ話をさせていただいたからであり、また、蔵原さんが、ある意味では僕が書いた「ザイオン・バフェット・シリーズ」の生みの親でもあるからだ。
 最初の「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」を書く直前、岡和田晃さんからの、小説を書くならゲームをやってみたらどうかというお誘いがあり、エクリプス・フェイズをプレイしたことがあった。その時の僕の「タコが良いです」という雑駁なリクエストに対し、細かな能力設定をしてくれたのが蔵原さんだった。実際のゲームは、僕のサイコロ運が最悪で、ほとんど活躍らしい活躍ができなかったが、蔵原さんと作った妙に財務能力が高いキャラクターは、ザイオンの設定の中にそのまま使われている。しかも、その時に、どんな話を書くのかという話題になり、苦し紛れに、「タコがカラスにつつき回される話にしようかなぁ」と言うようなことを答えた記憶がある。その会話が第1作のモチーフになっているし、あの第1話がなければ、「ザイオン・バフェット・シリーズ」は生まれていなかった。
 シリーズは、最初の金星編が2012~14年に掛けて発表され、ザイオンが火星に向かうところで中断し、2019年の末から2020年5月に掛けて火星編を発表した。昨年2月に急逝されたとのことで、最後まで読んでいただけなかったのが残念である。
 この度、刊行された遺稿集で蔵原さんの大作戯曲「前夜」を読み直し、作品の中に組み込まれた情報量に改めて圧倒されるとともに、同じ遺稿集に収載されたウォーゲームに関する論文やコラム等を併せ読むことで、何となく蔵原さんの関心のあり方が理解できたようにも思う。遺稿集をとりまとめた各位に感謝するとともに、蔵原さんのお人柄と多面的な業績を偲ぶとともに、ご冥福をお祈りしたい。