「【追悼】 八杉さんとPrologue Waveのこと」高槻真樹

 SF Prologue Wave初代編集長の八杉将司さんが亡くなられた。Prologue Waveには、最近、意欲的な寄稿が続いていた。こんな悲劇が待ち構えていたとは、思いもよらないことだった。確かに最近の作品は「死」をテーマにしたものが多かったが、陰鬱からはほど遠い、むしろ突き抜けた明るさと希望を感じる、独特の味わいが印象的だった。

 これまでさまざまなところで短編の名手としての八杉さんの魅力について繰り返し語ってきたつもりだ。これほど見事な作品群がアンソロジーや雑誌・ウェブ掲載のまま眠っているのは惜しい、一刻も早い短編集の刊行をと訴え続けてきた。その実現を見ないまま、本人が逝ってしまった。本当に悔しい。何よりも、あの独特の「八杉節」を、もう二度と読むことができないというのが、残念でならない。

 八杉さんが、SF作家クラブ公認のウェブマガジンを始めようと奔走していたのは2010年のこと。日本SF新人賞出身作家たちの発表の場であった「SF Japan」(徳間書店)の休刊が決まり、危機感を抱いたことがきっかけだった。そのころちょうど日本SF評論賞でデビューしたばかりだった私は、何か役に立てるかもと校閲担当に立候補した。

 しかし私はとにかく文法にうるさい鬼校閲で、温厚な八杉さんは、寄稿作家たちと校閲の間で板挟みになりがちだった。いろいろとご迷惑をおかけしてしまった。

 それでも多くの書き手が集い、実績を積み重ねていったのは、八杉さんの人望あればこそだと思う。すべてを包み込んで、ふんわりとまとめあげる徳の高さは、とても真似のできないものだった。

 Prologue Waveがまったくのゼロから着々と実績を積み重ねていき、アンソロジー掲載や韓国語翻訳(これは私の数少ない手柄)を含む海外への紹介が実現したのは、出発点としての八杉さんがいたからこそだった。

 だが編集の仕事は、作家と両立できるものではなかった。編集長として活躍すればするほど、執筆ペースが落ちるのは否定しようもないことだった。結局、八杉さんは編集長の座を副編集長だった片理誠さんに譲り、執筆に専念することとなる。公式の退任理由は、お父上の介護だった。もちろんそれもあるだろう。だが書くことに専念したことで、確かにクオリティと執筆ペースは格段に上がった。

 出版社からの依頼で、八杉さんの活動歴をまとめ、再評価を促す記事を書いたことがある。その後しばらくして宴席で会う機会があったのだが、「父が、あの記事をすごく喜んでくれたんです」とうれしそうに語ってくれた八杉さんの表情が印象に残っている。八杉さんにとって、介護はお父上との大切な時間だったのだろう。お父上の介護体験をもとに書かれた「追想」(https://prologuewave.club/archives/5002)は、ベスト作品のひとつだ。これは韓国語訳された作品のひとつで、かの地でも反響があったようだ。

 その後を継いだ片理さんの奮闘も忘れてはいけない。八杉さんも片理さんも、小説家の立場に立った編集方針を大切にした方だった。書き手と作品に敬意を払うこと。それがお二人から学んだことだ。

 今は片理さんも退かれ、気が付けば最初から残っているのは私だけだ。だが岡和田晃さん・伊野隆之さん・大野典宏さん・大和田始さん・忍澤勉さん・川嶋侑希さんと数多くの仲間に助けられ、Prologue Waveは今も続いている。

 思いがけない別れがつらい。だが、作品が読まれ続けるかぎり、作家は生き続ける。これからもPrologue Waveという場を守って行こう。八杉さんの短編をまだ読んでいない、という人は、ぜひ訪れてみてほしい。作品を守り、後の時代まで伝える。それが八杉さんが私たちに託したバトンだと思う。