「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第14話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第14話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>
栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊の隊長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
ソルニャーカ・ジョリーニイ
 通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
アキラ
 晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。この物語の主人公である晶よりも先に復活し、MAGIA=ポズレドニクの王となった。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的。
団栗場 晶の記憶に出てきたかつての友人の一人。AGIにより無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張する。
胡桃樹 晶の記憶に出てきたかつての友人の一人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ます。
<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視した統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして探検隊隊長のロマーシュカ。そこでMAGIAに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達の「王」に会わせると語る。念のためロマーシュカを残し、アキラと瑠羽は、ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴き、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの王「アキラ」と出会う。MAGIを倒すことには前向きなアキラ。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような社会を造るつもりだと示唆する。瑠羽はアキラに協力しないよう晶に促すが、長く無職でいた晶はアキラの言葉に惹かれそうになる。しかし、ロマーシュカの強い説得により、アキラの目論見に加わることを拒否、バイオハックだけ行って、アキラに対抗する力を得る。アキラは晶が自らに従わないことを知ると、晶を攻撃、これを受けた晶は地球の低軌道上まで弾き飛ばされ、同時に意識を失うが、アキラの力を得ていたためシステムにより自動的に宇宙服が生成され無事だった。晶はアキラを迎え撃ち、辛くも圧倒して地表に叩き落とす。

 
 『こちらBRAVE『栗落花晶』専属班。現在レベル九九相当のMAGIAエージェントと交戦中。ポピガイⅩⅣ付近の全パーティに支援を要請する。繰り返す……』
 標準MAGIC「コミュニケーション」による救援要請は、ポピガイⅩⅤの探索を担当する、第一五五班班長、ミシェル・ブランの耳にも届いていた。
 多少の外国人訛りはあるが、流ちょうな英語だ。MAGIの機械翻訳だと丁寧すぎる言い回しになるはずなので、おそらくしゃべっている本人が英語を操っている。
 ちょうど、仮設プレハブ拠点で起床して、顔を洗っていたときだ。
『……マジ?(Really?)』
 ミシェルは鏡の前の自分の顔に向けて問いかけた。銀に近い針のように細い金髪のミシェルは、自分の色素の薄いグリーンの瞳を覗き込んだ。
『レベル九九って、それはラスボスじゃない……』
 二五年生きてきたが、レベル九九出現というニュースを聞くのはこれが初めてだ。しかも、それを倒す為の呼びかけを今、受けている。
『――聞いたか? さっさと行くぞ。リーダー!』
 後ろから駆け込んできたガブリエラ・プラタが鋭く言う。濃い褐色の肌にストレートなボブカットの黒髪の女性。年齢はミシェルと同じ。
 ミシェルとガブリエラは、現在、他のパーティメンバーと別れ、二人で行動していた。ミシェルら四人は、数週間前からポピガイⅩⅤに入り、石英記憶結晶の探索の任務に就いていたが、探索範囲が広すぎるので、二手に分かれることにしていたのだ。後の二人はオリビア・アグハとジャクリン・アルジェントだ。サブリーダーのオリビアに統率を任せている。
『オリビアにはあたしから連絡を入れた。あいつらも独自に現場に向かう』
 ガブリエラは言う。
『一五五班の稼ぎどきだぜ。レベル九九なんて、これは思ってもみない大物だ』
『大物なのはそうだけど』 
 ミシェルは肩を竦めた。
『それだけ倒すのは大変そうよ』
『バーカ。だから今、パーティたくさん集めてるんだろうが。それにこっちにもBRAVEがいる。戦力はその時点で互角だ。あたしらが考えるべきなのは』
 ガブリエラは鏡越しににやりと笑って見せた。
『こっちがどれだけラスボスの討伐に貢献できるか、ということだけなんだよ』
『――分かった』
 ミシェルは腹を決めることにした。
『バクルス(杖)!』
 上位MAGIC『バクルス』は、MAGICロッドを呼び出すMAGIコマンドである。彼女のMAGICロッドは、細長い棒のような形状ではあったが、下部に細かい刷毛のようなものがついており、寧ろ箒(ルビ:ほうき)に近い。その箒のようなロッドを振りかざし、ミシェルは更に上位MAGICを唱える。
『ヴェスティス・ムータティオ(衣服変形)!』
 ミシェルが着ていたネグリジェの繊維は、繊維質の自律ナノマシンとしての本来の姿を取り戻し、ミシェルの身体からするすると外れていく。だが次の瞬間には、絡まり合って別の衣服の形状を為した。
 頭部以外の全身を覆う透明なスーツの上に、胸部と腰部を覆う、暗色のハーフトップとミニスカート。頭には同じく暗色の鍔の広い尖った帽子。足下は革製を模したダークブラウンのブーツ。
 ハーフトップとミニスカートの布地はゆったりとした重厚なローブを思わせる。さながら、魔法使いが着るような。
 ミシェルはMAGIシステムによってサイエンティスト職が配布されているが、彼女は自身を、MAGIコマンドを操るもの――MAGICIANと秘かに自称していた。西暦時代の文献に耽溺する彼女は、MAGICとMAGICIANについて、西暦時代の旧い文献にならったイメージを自己に投影していたのである。すなわち、『魔法』と『魔法使い』――と。
 MAGICロッド――魔法の箒を構えたまま、ミシェルは口を開く。
『MAGIシステムへ。活動ログ。一五五班はレベル九九のMAGIAエージェント出現との報に接し、直ちに現場に急行、この討伐に貢献せんとす。以後の一五五班の活動は全てこの討伐の為に行われるものである。現在――』
 ミシェルはひさしの大きな暗色の帽子の端を手に持ち、空を見上げた。
『天気晴朗なるも、風強し』
『おい、準備はできたか?』
 プレハブの仮設拠点から飛び出してきたガブリエラ。彼女も透明スーツをベースとした戦闘服を着ている。ブーツと黒い革製のビキニアーマーが基本的なデザインで、背中にはマント、腰にはMAGICソード。
(……私たちが人間であることを相手に分からせるためのスーツ――効くといいけどね)
 ミシェルはちらりと思う。一五五班としては勿論、ミシェル自身も、MAGIAエージェントと交戦するのは初めてだ。サイエンティスト職としてMAGIシステムの支配する社会に貢献してきた自負はあり、そのおかげで上位MAGICを操れる権限は得ているものの。
『ガブリエラ! 後ろに乗って』
『ほいきた』
 ガブリエラは身軽にMAGICロッド――ミシェルの認識では魔法の箒――の後ろに乗る。
『バクルス・ムータティオ(杖変形)!』
 ミシェルが唱えた。
 箒の前後がぐんと伸びた。前方の箒の柄が伸びた先には二枚の翼が展開、その付け根にはリフトファンが出現する。後方には更に大きな二枚の翼、そしてリフトファン。
 箒の穂の部分はエンジンのノズルのようになる。
『ヴォラーロ(飛べ)』
 ミシェルが命ずると同時に、四つのファンが同時にけたたましい音を立て、箒は急上昇する。
『このままポピガイⅩⅣを目指す。オリビアたちにも伝えて。一五五班としての合流は不要、各自の判断で戦闘してよし、と』
『了解だ。――いくらぐらい儲かるかな?』
 ガブリエラはわくわくを抑えきれない、という声で後ろから言う。
『さあね。レベル九九なんだから、一〇万ゴールドぐらいかしら』
 一ゴールドといえば、サンドイッチひとつ程度の値段だが、一〇〇ゴールドもあれば、豪華な食事もできるし、そこそこの宿でゆっくり泊まれる。一〇万ゴールドというのは、一人の冒険者が得る年収としても充分な額だ。
(この娘のように楽観的になれればいいけどね)
 ミシェルは思った。石英記録媒体があるのだから、死んでも復活するし、体内ナノマシンのおかげで少々の負傷は回復MAGICで回復できる。ならば敵に倒されるよりも、敵を倒した時のことを想像する方が建設的なのかもしれない。
 少なくとも、MAGIシステムが支配する世界ではそうなのだ。
(しかし、敵はレベル九九。MAGIが保障するこの世界の仕組みそのものを破壊しかねない)
 ミシェルは知っていた。
 彼女たちはおとぎ話の世界に住んでいるのだ。
(それにしても、おとぎ話の世界だってのに、ラスボス――魔王とでも呼べば良いかしら――を倒すのにお金の話しかしないなんて、世知辛いことね)
 いや、それも間違いなのだろう。
(どんな世界だろうと、人間が集まって暮らしている以上、それが世知辛さの原因になるのよ)
 一つ間違いなく言えることは、レベル九九とはいえ、「魔王」は圧倒的に不利だろうということだ。MAGIAには何かこだわりがあるらしく、貨幣経済がないのだ。取引もなく、従って、共に戦う者を、このように容易には集められない。
 それに対して、MAGI勢はこうやって、ゴールドに惹かれて付近の冒険者がいくらでも集まってくる。
 MAGIシステムはGILDで職業を配布するなど、冒険者のキャリアの初期には自由度が少ないが、それに文句を言わずに与えられた職で与えられたクエストをこなし、徐々にレベルアップしていくと自由度が増えていく。
 MAGI勢に属する人間たちの不満を溜めないための措置なのだろうとミシェルは思っていたが、こういうときにゴールドで釣ってMAGIのやらせたい仕事を冒険者らに自発的にやらせるにも便利なシステムではあるだろう。
(人は不満を持つ。自らが自由に動けないことに。そしてその自由とは、他者と取引する自由も含まれる。皆で取引し、協力する、それによって大きな仕事ができる)
 だが、その結果として、西暦時代と同じ不幸を人間に与えることにも、MAGIはおそらく気付いている。
(取引は格差を生む。取引を続けていけば、ずっと取引に成功している者は富み、失敗していくその他大勢は貧しくなる。だから『社会』という、人間の取引のネットワークをそのまま放置してはおけない。GILDで職を配布することに頑なにMAGIが拘っているのはそれが理由だ。でもMAGIにはどうしても全て廃止することができない。人間同士の取引を。交流を)
 赤茶けたクレーターの中央に、ポピガイXⅣが見えてきた。激しい炎が噴出する場所がある。そこで戦闘が行われているのだ。
(なぜなら、『社会』は、人間の不幸だけでなく、幸福の源泉でもあるのだから)
 上位MAGIC『ヴォラーロ』により飛翔していたMAGICロッドに、ミシェルはそっと命じる。
『ランディング(着陸)』
 こちらは単純な操作なので、標準MAGICで充分だ。
 ミシェルはガブリエラとともに降りていく。
 おそらくは、不幸を拒絶するがゆえに幸福をも拒絶した、その者たちの中で最も強い存在のいる場所へと。