「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第13話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>
・栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
・瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
・ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊の隊長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
・ソルニャーカ・ジョリーニイ
 通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
・アキラ
 晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。この物語の主人公である晶よりも先に復活し、MAGIA=ポズレドニクの王となった。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的。
・団栗場 晶の記憶に出てきたかつての友人の一人。AGIにより無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張する。
・胡桃樹 晶の記憶に出てきたかつての友人の一人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ます。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視した統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして探検隊隊長のロマーシュカ。そこでMAGIAに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達の「王」に会わせると語る。念のためロマーシュカを残し、アキラと瑠羽は、ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴き、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの王「アキラ」と出会う。MAGIを倒すことには前向きなアキラ。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような社会を造るつもりだと示唆する。瑠羽はアキラに協力しないよう晶に促すが、長く無職でいた晶はアキラの言葉に惹かれそうになる。しかし、ロマーシュカの強い説得により、アキラの目論見に加わることを拒否、バイオハックだけ行って、アキラに対抗する力を得る。アキラは晶が自らに従わないことを知ると、晶を攻撃、これを受けた晶は地球の低軌道上まで弾き飛ばされ、同時に意識を失うが、アキラの力を得ていたためシステムにより自動的に宇宙服が生成され無事だった。意識を失っている間、晶は過去の友人達とのオンライン飲み会の記憶を思い出していたが、瑠羽からの通信により目を覚まし、アキラを迎え撃つべく剣を抜く。

 
「こちらMAGIシステム」
 急に耳に聞こえてきた言葉に、俺は戸惑う。
「MAGIだと?」
「レベル九九、職種BRAVE『栗落花晶』、あなたは急速にレベルアップしたため、システムによるサポートが必要と判断。通信中」
「BRAVE?」
「Battle and Rescue Activity Vanguard Executer――戦闘及び救助活動先導執行者。レベルアップに伴いGLIDポピガイXⅣ支部があなたに配布した職業。あなたはレベル5『フリーター』から、レベル99『BRAVE』にジョブチェンジした」
「……受諾するしかないんだろうな」
 俺は諦め声でつぶやいた。
(ふん――勇者というわけか)
「あなたは全ての市民に先駆け戦闘及び救助活動を執行する責任を持つ重要な役職。BRAVEパーティ『晶』に所属する。あなたが班長」
「瑠羽やロマーシュカは?」
「BRAVEパーティ『晶』のサポートメンバーとなった」
「了解だ。で? 事実を告げる以外に何をサポートしてくれる。奴がここに来るんだろう? 俺は奴と同じレベルになったと思っているが、勝てるのか?」
「勝てる」
 MAGIシステムは断言した。
「なぜだ」
「あなたはレベル九九。ポズレドニク王と同レベル。但し、システムのサポートがあり、システムがポピガイⅩⅣに派遣した探険パーティのサポートがある。あなたが有利」
 そう告げると同時に、俺のヘルムの表面に情報が映し出された。
 青のドットがシベリア、ポピガイ・クレーターの中央部にひときわ強く輝いている。その周囲に無数の緑の点があり、徐々に青の点に近づいている。
 青の点の近傍に点滅する赤の点。
 そして。
 地球の重力圏を脱し、俺の方に向かってまっすぐに突っ込んでくる、眩しいほどに赤い点。
 俺の鼓動が一気に跳ね上がった。
「――青が瑠羽たち俺と同じパーティ、緑がMAGI勢、赤がポズレドニク勢か。そして、光の強さはレベルだな」
「あなたの知力なら説明不要と判断した」
 口の中が乾くのを感じる。
「OK。いいぜ。俺はゲームは得意なんだ。あのアキラ――ポズレドニク王を相手にチュートリアルをやってくれ」
「現在のあなたの位階で使えるMAGICは、開闢MAGIC。あなたは光系と炎系を得意とする。ここは真空だから炎は使えない。光系開闢MAGIC『ベヘラーグ』が最適な選択肢です」
「――? それが光を意味するのか?」
「標準MAGIC『ライト』、上位MAGIC『ルクス』、最上位MAGIC『フォス』、原初MAGIC『バハ』、そして、開闢MAGIC『ベヘラーグ』です。開闢MAGICはMAGIシステムの根幹となすエネルギーシステムを使用するMAGICで最初期に設定されたもの。ゆえにこの名があります。レベル九九以上でなければ使用不能。事実上、あなたとポズレドニク王しか使えません」
 俺は目を細めた。
 スクリーン上の赤い点は近づき、肉眼でも小さな点として見えつつある。
 俺は剣を構えた。
「奴を狙えば良いんだな?」
「はい。標準MAGIC『ロックオン』を使って照準を固定してください」
「『ロックオン』」
 俺はMAGIC――MAGIコマンドを音声コマンドシステムで送信した。
 そして――。
「開闢の光よ。全てを灰燼に帰せ! 開闢MAGIC『ベヘラーグ』!」
 瞬間、俺の鎧の背面が巨大な翼のように展開した。剣で指し示した先に、圧倒的な光の道が、瞬間、出現する。俺のヘルムのバイザーが対閃光防御のため、明度を極端に下げたのだ。
 更に、閃光は俺から放たれたものだけではなかった。前後左右上下、あらゆる方向から、俺が指し示した軌道上の一点に、光の道が出現している。
 その明るさは、明度を極端に下げた俺の視界からでも、世界を覆い尽くす激しい閃光として映った。
 この宇宙の開闢、ビッグバンのような。
(……やったのか……?)
 明度の戻った視界。俺は目をこらして光の放たれた位置を見つめた。バイザーの視界に重畳された情報では、アキラを示していた強く光る赤い点は消えている。
「……MAGI、奴はどうなった?」
「光学的、電磁的、ネットワーク的索敵では反応を確認できず」
「ネットワーク的?」
「MAGIとポズレドニクはネットワークを共有しています。ネットワークに接続していれば、その位置が推定できます」
「……しかし、それでは安心できないな」
 俺は油断なく周囲を見渡す。
 そのとき。
「緊急警報! 小惑星接近中! 回避推奨」
 急にシステムが告げた。
「しろ! 回避!」
 その瞬間、俺は加速を感じる。俺が前後左右もわからぬまま、ぐるぐると視界が変わっていく。その俺の目の前を、一瞬、巨大なクレーターが通り過ぎていった。速すぎてはっきりとは見えなかった。
 だが、間違いなく小惑星だ。
 俺は通り過ぎていったそれを呆けたように見ていた。直径は数百メートルはあるだろうか。それが、地球をかすめるように、宇宙空間を滑るようにとんでいく。
(クソ……あれもアキラの仕業か……? 小惑星をぶつけるとは……)
 俺は背筋が寒くなった。
(奴を倒したのかどうか分からない。そこに小惑星をぶつけられた……。MAGIは『勝てる』と言ったが、あてにならないな……)
「よく避けたな! オレの開闢MAGIC『ドハレイド』を!」
 俺のヘルムに通信が響いた。
 俺のよく聞き知っている声。復活した女としての俺の声。
「アキラ!」
 俺は振り向きざま、剣を相手に叩きつける様に振り下ろした。俺の動きに対応して背中のスラスターが姿勢を制御してくれる。
 ヘルムのバイザーを押しつけるようにくっつけて、間近でアキラが俺を睨んでくる。
「何故オレの誘いを断る! 何故お前を蔑んだ人間社会に味方する!」
「うるさい! 俺は人間社会は嫌いだが、人間が全部嫌いというわけじゃない!」
 俺が力一杯アキラを押しのけるように剣を押すと、アキラは弾き飛ばされ、数十メートル離れた位置でスラスターを噴かして静止した。
「アキラ! お前も覚えているだろう! 俺は再生暦世界で新たな仲間を見つけたが、西暦世界にも、団栗場や胡桃樹がいた! 俺は、お前は、独りだったわけじゃない! 人間全てを憎んでいたわけじゃない!」
「ふん。団栗場に胡桃樹か」
 アキラは嘲笑するように呟いた。
「知っているか。一〇〇年ほど前、オレがこの再生暦世界に復活したとき、奴らも一緒に復活したんだよ」
「……一〇〇年も前にか……」
「その時にもGILDはあり、オレたちはみな、年齢三〇代の男として復活した。みんなフリーターにさせられた。オレは怒り狂ってな、強制収容所行きになった。団栗場は仕事なんてしたくないと言ったが別にフリーターでもいいという態度だった。胡桃樹はフリーターからでもレベルアップすればいいと。オレだけがオレに与えられた立場に我慢できず、強制収容所行きだ。オレは気性が荒い人間と見做され、このままでは一生収容所暮らしだと言われたよ」
 数十メートル先の、透明スキンタイトスーツに赤い鎧、赤いティアラが付随したヘルムを被るアキラの小さな姿。俺はそれを訝しむように見つめた。
「……それは気の毒だったな」
「だが、そこでMAGIはある条件を出した。性別を変えてみないかというのだ。性別を変えれば暴力性向は抑えられる、人格も記憶も引き継げるから、と」
(MAGIのやりそうなことだ)
 MAGIは人間を尊重しているわけでは全く無い。奴は、「人間を幸福にする」という、与えられた目標を機械的に実行するだけのシステムであり、マシーンだ。個々の人間の意思、感情、思いを尊重するような感覚を持ち合わせているわけではない。
「それは……過激な提案だな」
「奴も試行錯誤していたようだ。人間の暴力性を抑えるには何が一番の方法なのかと。性別を変えても自我の連続性は保てるのか。そして何より、その人間の幸福度は高まるのかと」
「お前はその実験に選ばれた」
「奴が収容所に囲っている人間モルモットの中ではそこそこ知力が高い個体で、状況の変化にも耐え得ると評価されたわけさ」
(なるほどな……。俺が、いや、俺のオリジナルであったアキラが、何故性別を変えられたのか、謎が解けた)
 瑠羽もその事情は知らなかっただろう。単にアキラの性別が女になっていたから、俺も女として復活させた。バイオハックのためだけに。遺伝子を一致させるためだけに。だが、瑠羽が言っていた『女になれば暴力性向が抑えられる』という言葉は、俺が性別を変更させられて復活させられた理由としては、回り回って正解だったわけだ。
「で、収容所を出られたのか」
「ああ……そして、団栗場、胡桃樹とパーティを組むことになった」
「良かったじゃないか」
 アキラはそこで、少し黙った。やがて、嘆息するように言う。
「ふ……お前は女として復活したが、そこまで女として生きてきたわけじゃないのだな」
「どういう意味だよ」
「想像してみろ。奴らのように社会性がなく女に縁のないやつらのパーティに女が入ったらどうなるか」
「――くだらん。女とか男とかいう前に、お前はお前だろう。俺は俺だ。俺と胡桃樹、団栗場の関係はそんなことでは変わらん」
 俺は淡々と言い放つ。それ以外に言いようがなかったのだ。
「それに、胡桃樹には一定の社会性があったぞ。団栗場はどうだかしらないが」
 と、親友を擁護することさえした。
 その瞬間。
「お前に何が分かる!!!!」
 叫ぶと同時に、アキラが動いた。いや。視界から消えた。だが、MAGIシステムの情報サポートによってブーストされた俺の認識は、奴が俺の直上に遷移したことを察知した。
「――『ロックオン』!」
 情報画面に捉えたアキラの赤い光点を睨みつつ、MAGICを唱える。
「『ベヘラーグ』!」
 俺は馬鹿のひとつ覚えのように光系開闢MAGICを放つ。
 閃光。明度を大幅に下げるバイザー。瞬間、アキラも叫んでいた。
「『ドハレイド』!」
 俺が放った閃光は奴の持ってきた小惑星にそのまま直撃した。一瞬で蒸発する小惑星の構成要素。主に酸化珪素と金属からなる蒸気が俺の眼前の空間を満たす。
「索敵システムにエラー。BRAVE『栗落花晶』周辺宙域の電磁波探索不可」
「馬鹿め!」
 背後で声が聞こえる。
 背後?
 いや、金属蒸気で通信も阻害されているはずだ。俺のヘルムに直接、アキラのヘルムが押しつけられている。
 ざくり。
 俺は腹に異様な感覚を覚えた。
(さされた……?)
 気が遠くなるのを感じる。腹から真空中に血が噴き出した。
「止血用ナノマシン最大稼働。スキンタイトスーツ気密確保」
 MAGIシステムが淡々と対応する。
「緊急離脱システム起動。敵との距離を取ります」
 俺の背中のスラスターが自動的に反応し、背後のアキラを吹き飛ばす勢いで噴出する。距離を取り、アキラに正対する姿勢に制御されていく中、俺の耳に矢継ぎ早にMAGIシステムの声が響く。
「内臓修復システム全力稼働。ナノマシン減少。HP(ヒットポイント)、体内ナノマシンによるダメージコントロール能力の低下に伴い、九九九から六〇〇に下がります。脳内グリコーゲン減少。思考力減退。MP(マジックポイント)、九九九から五〇〇に下がります。脳内シナプス回路を使用したMAGICプログラム演算に支障。開闢MAGIC使用不可」
 一瞬、灼熱の鉄棒を突っ込まれたように感じた激しい痛みは、既にひいている。MAGIシステムの効果だろう。さすが、二〇〇〇年後の技術ということか。
「ベヘラーグは使用不可か」
「今後は、原初MAGIC『バハ』の使用を推奨」
「どれぐらい落ちる?」
「原初MAGICはレベル八九相当。使用できるエネルギーは一〇の一六乗ジュールとなる。あなたはレベル九九のとき、使用できるエネルギーは一〇の二六乗ジュールだった。およそ一〇の一〇乗分の一となる。大幅な減少。ポズレドニク王には効果なし」
「一〇〇億分の一か。レベルが一つ上がれば一〇倍だったな。ひどいインフレだ。どうなってる?」
 どうなってる? ――という曖昧な質問が仇になったか、システムは早口で説明し始めた。
「レベル七〇中盤までは使用エネルギーに大きな差なし。例えばレベル五であったあなたは、システムから共有されるエネルギーがマイナス六八ジュールだったため、殆どあなたの肉体に貯めたカロリーでMAGICに必要なエネルギーを賄っていた。最大でも二〇〇〇キロカロリー、八〇〇〇キロジュール程度。このエネルギーレベルはレベル七〇中盤になるまで変化なし。そこまでは上位MAGICまたは標準MAGICで対応。レベル七九で最上位MAGICに到達」
 システムの説明が続くうちに、アキラが迫ってくる。
(どうする? 次に奴の攻撃を受けたらもうおしまいだ)
 奴は光系開闢MAGICベヘラーグも、(おそらくは)土系の開闢MAGICであるドハレイドもまだ自由に撃てるだろう。そして、俺にはそれに対抗する手段が無い。
「おい、勝てると言ったな? 勝てないぞ」
 俺は投げやりな文句を言った。
「敵は一対一の戦闘を継続することを狙っている。地上に戦場を遷移させることを推奨」
「味方パーティの力を借りるのか」
「――そのとおり」
「とはいえ、奴の使えるエネルギーは一〇〇億倍だろう。人数を揃えたって焼け石に水だ」
 言いつつ、俺は根本的な疑問に行き当たった。
(その無茶苦茶な、ふざけたエネルギーはどっから来ている?)
「おい、MAGIシステム、戦場を遷移させることには賛成だ、だがその前に一つ、ターゲットを見つけたぞ」
 俺は言った。そして、MAGIと俺の間で短くやりとりが交わされている間に、アキラが迫ってくる。
「終わりだ、晶!」
 通信を通して奴は叫ぶ。
「逃げろ。めいっぱいだ。さっき指定したターゲットが攻撃できる位置に向かえ」
 俺は指示した。
「――了解」
 MAGIシステムは言う。
 既に戦いではない。弱者が圧倒的強者から逃げまくるだけだ。しかも、アキラの方が軌道上では下に位置しており、俺を上へ上へと追い詰めているので、地表――味方がいる場所にも戻れない。俺はスラスターの推進剤の続く限り、上に逃げ続けなければならない。この絶望的な逃亡劇は、俺の推進剤が切れたとき、或いは、アキラが俺に『ロックオン』して開闢MAGICを当てたとき、終わるだろう。
「いつもどおりの飲み会のつもりだった……」
 俺にベヘラーグの光線を連射しながらアキラが通信してくる。
「パーティを組んで最初に敵を倒した後だ……しかし団栗場がオレをおそってきやがった……。奴は友人だったオレなら相手してくれると思っていたのかもしれん……。オレはレベルが足りず、胡桃樹に助けを求め、胡桃樹と連携して奴を倒し、収容所送りにした。それだけならまだ良かったが……胡桃樹は邪魔な団栗場を排除してオレと二人きりになる計画だったらしい……。オレは奴も倒して収容所送りにしなければならなかった」
 遠すぎて奴の顔は見えない。だが声は泣きそうになっている。
「……西暦時代、男である人生なんてくだらないと思ってたさ。今は不遇だが、性別が違えば何か別の世界が見えるのかもなと。だからMAGIのくだらん誘いにも乗った。だが同じだ。女の人生もくだらん。オレは悟ったんだ。くだらないのは人間を相手にすること全部だ。人間社会全てだとな!」
 俺は――というよりMAGIシステムは、アキラの開闢MAGICによる、四方八方からの光線を受け続けている。レベル九九の恩恵で、俺はシステムのサポートを存分に受けているから、回避という面では未だに奴と同レベルなのだろう。だが(多分MAGIなりのこだわりのあるシステム設定のせいで)ダメージを負った俺は奴と同レベルのMAGICは既に撃てない。あるいは、MAGIC――MAGIコマンド体系自体に、発動者である人間のシナプス回路を使用しなければならないという仕様があり、その仕様はシステムであるMAGI自身にも、もはや改変することは不可能なのか。
「アキラ!」
 俺は叫んだ。
「お前は何を求めてるんだ? お前はAGIの研究がしたかった。そうだろう? 何故人間社会を滅ぼす話をしている。社会がお前に何をしようと、全ての友人に裏切られようと、お前はただ愚直に好奇心のままに知りたいことを追究する――そんな性格だったはずだ」
「ああそうさ! だがそのためには人間が邪魔なんだ! だから滅ぼす! それから独りで好きなことをやるさ。独りでな!」
 俺はじっと、地球軌道、はるか下のアキラを見つめた。
「これがもう一つの俺の可能性……人間嫌いの俺がたどり着いた極北の姿か……」
 俺は呟く。
 俺がアキラをバイオハックしたとき――つまり、俺が奴の思惑通りにMAGIが支配する世界を破壊する試みに賛同しかかっていたとき、確かに俺も奴と同様に世界の滅亡を願っていた。いや、世界というよりは、人間社会の崩壊を。
 俺は今でも人間社会というのはクズのようなものだと思っている。その思いに変わりはない。その俺の中で、団栗場、胡桃樹との西暦世界での思い出は、ロマーシュカの言葉とともに俺の思考を、「人間社会はクズだが破壊するほどではない」と思い直させた大きな要因であった。
 だが、アキラはその、信じていた思い出に――胡桃樹と団栗場に――裏切られたのだ。
 そして、奴にはロマーシュカがいなかった。
「そうか……」
 俺は言う。アキラに答えて。
 奴が辿った運命、俺が辿った運命は、もはや決定的に異なっていた。
 俺が性的に成熟していない幼女の姿で復活させられたのは瑠羽の配慮なのかも知れない。女だけのパーティに所属させられたのも。おそらくは、瑠羽はそのようにして、俺がアキラと同じ絶望を味わわないように配慮した。そう、彼女は、アキラが絶望した理由もなんとなく察していたのかもしれない。
 そして、瑠羽が俺に用意した運命が、俺の思考を決定的に変えてしまった。37年間、アキラと俺は人生経験を共有していた。だが、その後の辿った道が、大きく変わってしまったのだ。だから、あのとき、アキラに説得されてぐらついたときも、俺はロマーシュカの言葉で目覚めてしまった。
(アキラ――分かるぜ? 俺もお前と同じ運命を辿っていたら、お前になったかもしれない。だけどな――)
 俺は言葉を継ぐため、口を開く。
「だが、もうお前は俺じゃない。俺は邪魔だとは思っていない。瑠羽もロマーシュカも……それに、再び復活するかも知れない団栗場も胡桃樹もな。ロマーシュカ以外の三人は、俺とお前の経験を総合すると救いようのないクズかもしれない。だが、だからといって滅ぼそうとは思わない。人間は泡のようなものだ。時には分裂し、時には一緒になる。大きな泡になれば、それだけ大きな仕事も出来るだろう。俺は、好きなときに分裂していたいし、たまには一つになりたい。ずっと独りは、俺は嫌だ!」
 俺は大きく剣を振りかぶった。
「終わりだ、アキラ……切り裂け、原初MAGIC『バハ』!」
 一筋の光条が、原初MAGIC『バハ』の光線が、宇宙を刺し貫いた。アキラとは別の方向に、まっすぐに伸びていく。
 そして、それは一つの衛星に激突した。
 太陽からのエネルギーを反射し、必要な場所に届ける衛星。
 今それは、アキラの要求に従い俺をそのまま光線で攻撃したり、所望の小惑星に対して光圧をかけて加速させたりするのに使用されていた。
 今現在、地球上でレベル九九のエネルギーを利用して攻撃するのに必要不可欠な位置にある、衛星。
 それが、俺の『バハ』を受け、爆発四散した。軌道を外れ、ちょうどポピガイのあたりに向けて落下していく。
 あっけにとられるアキラ。
(MAGI、今だ!)
 俺はシステムに指示した。
 俺のスラスターがありったけの推進剤を噴射して突進する。アキラが避ける間もなく、俺はアキラに剣で攻撃を浴びせていた。
 その腹に、剣を突き立てる。
「ぐっ!」
 俺のバイザーとアキラのバイザーが接触する。
「……これでおあいこだな」
 俺はにやりと笑って、自分自身の分身に告げた。
 急速に落下していく俺とアキラ。
「何故だ!」
 アキラが叫ぶ。その声はバイザーを通じて俺の耳に直接届く。
「何故お前は、人間を信頼する!」
「信頼などしていないさ。期待もしていない。人間はみんな、馬鹿で、ゴミで、クズだ。そう言いたいなら、そう言っても強ち間違いじゃない。だがそれは俺自身も同じだし、この社会は欠陥だらけの個体が互いを補い合うことでできている」
 高度がぐんぐん減っていく。
 MAGIがバイザーに表示した情報によれば、俺とアキラが怪我しないように、最終段階で噴かす燃料は残っていて、MAGIは親切にも自動でそれを噴かしてくれるらしい。
「お前も昔はそういう冷静な判断力ぐらいあったはずなんだがな……。どこかで壊れたらしい。収容所の中か、或いは久しぶりに団栗場や胡桃樹に会ったとき、懐かしさにまみれて期待値があがってしまったか」
 間近に迫る地表。
 瞬間、俺の背中にパラシュートが開くのを感じた。
 アキラの背中にも開く。
 二人の効果速度に微妙な差が生じ、俺が突き刺していた剣はアキラの腹から抜け、アキラの鎧の内側に見えたスキンタイトスーツは自己修復していく。同時に、アキラの頭部を覆っていた鎧のヘルムとバイザーも折りたたまれ、首回りのパーツになる。俺のヘルムとバイザーにも同じ変化が起こったか、俺の視界はバイザーから解放され、クリアになる。顔面に風を感じる。シベリアの強い風だ。
「それがお前の結論か……?」
 大気を降下しつつ、アキラがバイザーなしの直接の、ギラギラした目で睨みつけてくる。
「……人間社会に対して一つの結論を出せるほど、俺は絶望しちゃいない。それは死ぬ寸前にやることだ」
 俺は淡々と答える。
「だったら、今、死ね!」
 アキラが降下しながら襲いかかってくる。
「お前が冷静さを失って何が残る!」
 俺は諭すように叫んだ。俺という人間は、冷静に、ロジカルに、研究すること、知を探求すること、好奇心を満たすことが生きる目的みたいなところがあった。だからHALの研究所に入ることにも拘り続けたのだ。
 だがアキラは、人間社会を破壊したいという絶望に意識を塗りつぶされ、そんな俺という人間の本質まで捨てている気がした。だから人間社会に早々に結論を与え、断罪しようとしている。俺も辿りかかった危うい道だが、俺はロマーシュカと、(おそらく)瑠羽のおかげでその道を回避した。
「オレという人間を分かったような口を利くな!」
 アキラが剣を俺に叩きつける。
「お前こそ、俺という人間の本質を見失っている!」
 俺はそれを剣で受ける。
 同時。俺とアキラは地表に着地していた。そして、俺達の近傍、俺が破壊した反射衛星が落下、爆発四散する。炎は天に届くかというほど伸びた。太陽エネルギーを保存するバッテリーでも大量に積んでいたのだろう。
 その炎は、つばぜり合いをしてにらみ合う、俺達の姿を影絵の様に浮き立たせた。