なかなかピンとこない英語のタイトルですが、機械翻訳にかけても「ケチャップでカリカリ」となるだけで、あまり状況は変わらず。
裏表紙の説明文を機械翻訳に掛けるとこんな感じ。
「人はドラゴンの問題に干渉してはいけないと言われています。あなたはカリカリしていて、ケチャップと一緒に食べるとおいしいからです。
さあ、ドラゴンの巣窟へ。
他のヒーローやヒロインたちと一緒に、史上最大の肉食動物に立ち向かうチャンスを掴みましょう。
ドラゴンの内戦を目撃してください。
ニューオーリンズの戦いの実話を聞く。
ドラゴンの腹の中はどうなっているのか?
猫がドラゴンの卵を盗むと災いをもたらす理由を知る。
核兵器による破壊から私たちを守るドラゴンライダーのグループを紹介する。
現代のドラゴンの伝説をたどっていくと、思いがけない発見があります。
などなど。
あなたはカリカリしていて、ケチャップと一緒に食べるとおいしいことを覚えておいてください。」
ということで、この本はドラゴンをテーマにしたアンソロジーで、やっと表紙の絵が腑に落ちます。でもなぜ、ケチャップがドラゴンと関係があるの、ということで調べると、まず、「Do Not Meddle in the Affairs of Dragons For You Are Crunchy and Good with Ketchup(ドラゴンには関わるな、なぜならカリッとしたおまえはケチャップによく合うからだ)」という形で引用句(quote)になっており、その一つのオリジンが、シェエリン・ケニヨンというベストセラー作家が2002年に発表した「Dragonswan」という作品の冒頭に出てくる「Be kind to dragons, for thou art crunchy when roasted and taste good with ketchup. (ドラゴンには親切に。あなたはローストするとカリッとなり、ケチャップをつけるとおいしいから)」という文章らしい(ちなみに、日本でも翻訳が出ていて、タイトルは「永遠の恋人に誓って」。翻訳者がどう訳しているのか気になります)。
もう一つ、元になったと言われているのが、かのトールキンの「指輪物語」の第1部「旅の仲間」に出てくる「Do not meddle in the affairs of wizards, for they are subtle and quick to anger. 魔法使いには、おせっかいをやくな、変幻自在で、よくおこる(瀬田貞二・田中明子訳)」という文章。
ということで、ドラゴンとカリカリとケチャップには密接な関係があったらしい。
ふう。
それで、紹介文の下の寄稿者を見ると、いかにも欧米な名前に混じっている「Takayuki Ino」ってだれ?
ちなみに目次には、「The Dragon Sword of Valenharel – Takayuki Ino」とあったりします。
これは、SF PrologueWaveで発表した「ヴァレンハレルの黒い剣」の英語版なのです(アンソロジーの趣旨に合わせてタイトルを変え、作品の内容も、若干変えています)。
翻訳者の名前も無く、つまり、「翻訳、自分!」。
SF&F小説のマーケットは英語圏が大きいので、いつかは自分の作品が英語になると良いと思っていましたが、数年前までは自分で翻訳できるとは考えていませんでした。
自作を翻訳しようと思った一つのきっかけは、本名で書いた法律の解説書への反応です。前職の公務員時代、担当していた法律の海外講演を一手に引き受けていました。そんなわけで、英語のプレゼン資料と読み上げ用の原稿が手元にあり、これらをまとめて残しておこうと英語で本を作ったところ、海外の多くの知人に褒めてもらえたため、気を良くしていました。
もう一つは機械翻訳の精度の向上です。公務員を辞めてお手伝いを始めたコンサルの仕事で機械翻訳を使い始め、それなりに癖もわかってきたところで、自作の翻訳に手を出してみました。ただ、今の機械翻訳のレベルでは、定型的なメールなんかはともかく、小説の翻訳は無謀でしかないわけです。日本語の小説の文章は、主語は平気ですっ飛ばすし、時制はあって無いようなものです。文章としての形が、融通無碍なところが難しい。ですから、この翻訳は、まずは機械翻訳の間違いをチェックするというところから始まりました。
良くある間違いが主語の間違いや、発話者の性別。日本語には男言葉と女言葉という便利な道具がありますが、英語ではいちいち指定しないといけない。単数と複数、特定されているのかいないのか(aとthe)などなどの修正が必要です。もちろん、文意が変わっているところもあり、そこは改めて英作文。機械翻訳で出てきた単語という材料はあるので、ゼロからの作文よりは楽ですが、それなりにしんどい作業です。また、「ヴァレンハレル」では、youを古英語風のthouに変えるという小細工も必要でした。そんなこんな完成した翻訳文も文法チェッカーで確認するとさらにダメ出しが……。
自分翻訳にトライしたのは、これが最初ではありません。送った結果、没になったものもあります。そんな中で翻訳に苦しんでいる、時制がおかしい、というネガティブな指摘だけではなく、アイデアが気に入ったというポジティブな反応や、他の作品を読んでみたいという海外の編集者の反応があり、それで、初めて出版という結果につながったのが、この「Crunchy with Ketchup」の「The Dragon Sword of Valenharel 」です。
もちろん、僕の英語が小説の英語として完璧だったわけでは無く、アンソロジスト兼エディターのキャロルさんからは、余分なthatをいくつも削除され、今の形になりました。
ここまでの労力に対する経済的なリターンは微々たるものですが、英語圏のマーケットはオリジナルアンソロジーに限らず、Web MagazineやPod Castなど、公募が多く、まだまだチャンスがありそうなので、引き続きチャレンジしてみたいと思っています。
少なくとも、僕の作品は(僕にもわかる)読みやすい英語になっていますので、もし、英語で書かれたドラゴンの話に興味をお持ちの方がおられましたら、是非、ご一読ください。
僕も、他の作者の作品をこれから読もうと……。