「企業コラボレーションの可能性(第2回)」

【座談会の経緯】一般社団法人、日本SF作家クラブは、清水建設株式会社とのコラボレーションプロジェクト、「建設的な未来」(https://www.shimztechnonews.com/topics/sf/index.html)を実施してきました。 この度、このプロジェクトの第一期が終わり、第二期が開始されるにあたって、プロジェクトコーディネーターの大橋博之さん、作家クラブ事務局として調整に当たった鬼嶋清美さん、寄稿者でありPrologue Wave編集部の伊野隆之に加え、企業コラボレーションに詳しい大澤博隆さんと宮本道人さんを加えて、第一期の成果を振り返り、第二期を展望するとともに、SF作家と企業とのコラボレーションの可能性について展望した座談会を行いました。
 なお、本座談会は9月20日から10月11日にかけ、テキストベースで実施したもので3回に分けて掲載します。

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■第2回 清水建設とのコラボレーションの第二期が決定
大橋:清水建設さんから「引き続き、来年も」と第二期の提案を頂けたのは本当にうれしい限りです。
 日本SF作家クラブには、優れた方々がもっとたくさんいるので、いろんな方々が参加して欲しいと思いました。
 作家の選定で考えたのは、こちらから作家にお願いするのではなく、名乗りをあげてもらうことでした。第一期があるのでイメージしやすいだろうとも考えました。
 企業が絡んでいる以上、どうしても企業の論理が優先されることもあります。
 差別や人々を不安に陥れるよう物語は企業の論理うんぬん以前にNGですが、一番、くぎを刺されたのが「否定的にならない」ということでした。
 小説では、バッドエンドや、悪人が実は良い人だったという展開も必要になります。でも、それは避けることが求められました。もちろん、それは当然なことです。
 作家に対し、こちらからお願いした場合、その趣旨を伝えることが困難なこともあります。
 伊野さんは第二期でも(清水建設さんから是非に、という声掛けもありましたが)自ら手を挙げて頂いたおひとりです。
 第二期の課題は「企業の論理に対して、作家としての筋を曲げないで、自分の作品を作る」ことだと思うのですが、どうすればよいでしょうか?

伊野:そこで振りますか……。あんまり、バッドエンドの話は書いたことがないので、そんなに苦労は感じなかったですね。確かに、SFの中ではフランケンシュタインに始まり、技術の暴走のような展開が普通にあるので、書き手によっては難しいのかも知れません。一方で、大澤さんが指摘された建設業とSFの相性の良さのようなことは、確かにあるんじゃないかと思いました。さすがにバイオテクノロジーなんかだと、ポジティブな話は書きづらいと思いますので、業種にもよる気がします(笑)。
 あと、思い出したんですが、プロットを見せて欲しいと言われるのがちょっと手間ですね。これも書き手によると思いますが、普段、プロットを書かないし、書くとつまらなく見えるんで筆が止まります(笑)。まあ、必要な段階として書きましたが……。

大橋:「プロット」問題はちょっと課題ですね。僕もライターの仕事で「構成」を求められることがありますが、書いてみないと構成はわからない、ということが多々あります。
 で、宮本さんに伺いたいのは、作家が企業とコラボレーションする際に気を付けないといけないことはありますか?
 ということです。
 アートなどでは企業が支援することも多くなっていますが「企業は作品に対して口を出さない」というルールが出来ているように思います。
 対して、小説の場合、もともともが出版社という営利目的の企業がビジネスワークとして作家に発注し、作品に対して編集者が修正を求めることもあります。
 企業はPR雑誌で作家に企業イメージを高めるための作品を依頼もしています。
 企業とのコラボレーションの難しさを感じます。

宮本:コラボの際、企業と作家の間では、「NG事項」「最低限満たすべき事項」「できれば盛り込んで欲しい事項」などをしっかりすり合わせて、打ち合わせなどのスケジュールをちゃんとセッティングし、著作権などの扱いも含め、どのような条件でどのタイミングでお金が動くかを契約書ベースで決めておくことが必要だと思います。そうでないと、担当者が「自分はそうは思わないんだけど上の人がこう言っているから直して」みたいな理由で何度もリライトを要求してきた後、「やっぱりプロジェクトが頓挫したので話はなくなりました。お金も出ません」という酷い展開になるケースもあるんです。
 極端な話でいうと、仮に企業の担当者側が「上には作中での犯罪はNGと言われている。要求事項はそれだけなので、それ以外なら何でもOK。自分はかなり攻めた作品が読みたい」と言ってきただけの案件があったとしましょう。それを受けて、作家側は戦争の話を書いたり、麻薬が合法的な地域での麻薬の話を書いたり、殺人が犯罪にならない世界を描いたりしたとします。それは「犯罪」カテゴリではないかもしれませんが、企業側の上司はそれを見てリライトを要求する可能性が高いでしょう。これは極端な例ですが、これがもっと微妙な線引きで行われるケースがけっこうあるんですね。
 そして、それに伴う打ち合わせやリライトなども、回数や時間やスケジュールなどを決めて、そこも含めて明文化して金額を調整しておかないと、後からどんどん際限なく要求が増えてくる場合もあります。特に企業側に出版ノウハウ・編集ノウハウがない場合、作家側が当然と考えていた執筆プロセスが全く考慮されていない、みたいなこともよくあります。企業側が「校閲」や「ゲラ」などの用語をそもそも知らない可能性もゼロではありませんし、たまに用語を間違って使っていたりして、それで齟齬が起こる場合もあります。著作権や守秘義務などについてもちゃんと確認しておかないと、企業側に有利な条件になってしまう場合があります。
 もちろん、企業コラボはそうした悪い面ばかりでなく、作家側も企業側から得られるものがある場合もあります。良いコラボになるためには、作家側の方からも、企業側にどういう協力をしてくれるか尋ねると、意外な情報が得られたりするかもしれません。

大橋:宮本さんが指摘する契約面は、鬼嶋さんがしっかりと対応してくれたので、その点ではとても助かりました。
 それは仕事で「契約」を意識している鬼嶋さんだったから出来たことだと思います。
 宮本さんの指摘する犯罪はNGうんぬんの企画のスタンスについては、これは最初で決めておかないといけない、というのは今回のことでもとてもよくわかりました。僕自身がライターとして仕事を受ける場合であれば、修正は何度でも大丈夫ですが、作家の作品は修正ではなく、全面的に書き直しになってしまいますからね。
 そこは、作家の間に立っている者(今回なら僕)が企業にスタンスや打ち合わせやリライト回数を確認し、それを作家と上手く調節する代理人機能が重要です。
 「作家側の方からも、企業側にどういう協力をしてくれるか尋ねる」というのは考えていなかったので、なるほど、と思いました。

鬼嶋:宮本さんのおっしゃるとおりで、たとえば使用範囲の合意をとっておかないと、極端な話、作家が自作の短編集に収録したいという話でさえクライアントと揉めてしまう。それでは作家もクライアントも互いの有益な関係になれませんからね。
 今回であれば契約にあたって使用範囲の確認はしましたし、それなりの企業であれば、契約を交わすにあたっては法務の確認は当然行われるので、先方もきちんと対応をしていただきましたね。一般社団法人になったクラブとして最初の本格的なコラボのお相手としては、今回はいいお相手だったと思います。
 とはいえ、どんなに事前に話を詰めておいたとしても、具体的に一つひとつの作品を前にすれば、一発オーケーとなるものもあれば、「ここはちょっと」と細かい直しの要望が出るものもある。それをクライアントと作家の間に立つ者として、どうつなぐか。今回は事務局長という立場の中で自分がやりましたが、次は違う人が担当として行うことにもなるので、色んな人に経験してもらったほうがいいかなとは思います。そのほうが経験を共有しやすくなって、クラブ全体のスキルアップになると思います。

伊野:そう言えば、僕が最初の原稿を出したときに、清水建設の技術者の方からいくつかご指摘を頂きました。月の第一宇宙速度と第二宇宙速度をどうやって稼ぐかという話なので、技術的には突っ込める部分です。最初はまあこんな所だろうという感じでアバウトに書いていたのを,いろいろ計算し直して、記述も修正しました。あの時には間に入った大橋さんにご心配をおかけしましたが、技術を知っている方に事前に見ていただき、正確性が上がったので、ありがたかったです。ただ、書き手によっては、こういったやりとりを歓迎しない場合もあるかと思いますので、企業コラボにはこういったことがあるという前提で参加すると言うことだと思います。
 契約関係の部分は、横断的に見ていただけるので、安心感がありますね。やはり、作家個人では企業とのコラボレーションはハードルが高く、今回のことで、作家クラブにエージェント機能ができたのかな、と思いました。

大橋:伊野さんの作品で技術的に可能かは、清水建設さんサイトですごく議論されたそうです。「酸素は足りるのか」とか「レーザー光が鳥に当たると焼き鳥になる問題」とか。
 「技術を発展させるとどのような未来が描けるか」が企画のコンセプトだし、相手は技術の専門家なので、技術に対してはとても敏感ではありましたね。
 ただ、技術的に不可能だから、作品も成立しない、となるとSFではなくなる。そこは前提として理解しておいていただかないといけない。
 むしろ、「SFで描いたことが技術的に可能かを企業の技術専門家が議論した」ということが今回のような企画では「成功」と評していいと思います。
 「書き手によっては、こういったやりとりを歓迎しない場合もある」のはすごく理解はできます。企業とのコラボに参加する作家は考える必要があるかもしれませんね。

伊野:技術的に、今は、不可能でも、科学的に可能であれば良いんだと考えて書いてます。指摘いただいた点で反映させたのは、まさに科学的に大丈夫かどうかという点です。まあ、ルナリングという具体的な技術の基盤があって成り立ったコミュニケーションだった気はします。
 焼き鳥問題は、宇宙から地球にエネルギーを送る際の現実的問題で、共通言語があったという感じでした(笑)。

大澤:作家と企業の連携では、異分野の方同士の連携になりますから、どのような利益を双方が得られるか、ということについて、ある程度のコンセンサスを作っておく必要性は高いと思います。ただ、企業の方も必ずしも短期的な「人寄せ」のみを望んでいるのではない場合も多々あります。近視眼的に集客のみを望んでいるわけではなく、もっと広い視点で考えられている方も多いです。そのような場合でも、最終的にどのような効果が得られるのかについて、ある程度言語化しておく必要があるかもしれません。
 また、どういった作家の方がどういった依頼に向くか、という点は、外部からはよくわからない点だと思います。以前、人工知能学会編集委員として、SF作家クラブに原稿をご依頼した際は、作家選びで少し苦労しました。そうした情報を提供し、マッチングを行う際には、個々の作家よりも作家クラブが担当し、作家の組み合わせも含めて提案すると、コラボレーションはやりやすいと思います。
 今回のプロジェクトにおいて、伊野さんの書かれた作品が現実の議論を触発した、というのは非常に興味深い点だと思いました。これは私自身も研究者として感じるところですが、研究者は自分の開発した技術中心の視点になりがちで、大局的な視野を失うことがよくあります。一方で、作家の方は常にその技術がどのように使われ、どのようなドラマを引き起こすか、という点に着目されて未来像を組み立てていきますから、違った角度からの観点が得られやすいわけです。テクノアイの対談も拝見しましたが、伊野さんの設定を見て技術者が新しいアイディアを思いつくやり取り自体が、大変エキサイティングだなと思いました。
 また、作品はある意味、作家の方にとっては出口だと思いますが、読者の方にとっては、作品を読み終えたあとのコミュニケーションこそが有意義である場合もあります。大きな企業では、ある部門と別の部門で、お互いにやっていることを把握できないこともありますが、小説は、そうした部門間のコミュニケーションを手助けする一助にもなりえます。また、部門内で自分たちの技術の可能性を、改めて確認する機会にもなるでしょう。そうした意味で、魅力的な物語は、社外だけでなく、社内、部門内にも広く良い影響をもたらすと思います。
 そうした諸々の効果含め、作家クラブと企業が協同するメリット、と言って良いと思いますし、今回のケースは、その貴重な事例になったのではないかと思います。

大橋:理事という立場からみて、日本SF作家クラブが企業とコラボレーションすることは、良いことだということですよね。
 その場合、日本SF作家クラブとして、どうすれば良いとお考えでしょうか?
 もちろん、理想は理想としてそうできない現実や、理想的な体制を整えてもそこまで実際にコラボ案件がない、ということもあります。
 あくまでも仮定として……。
 第二期においても「作品が現実の議論を触発」に期待しているところです。
 ただ、その意図を作家に理解してもらうのも難しいかもしれません。

大澤:どのような案件に対してどのような作家の方が向いているか、という点は、SF作家クラブ側で対応いただいたほうがいい場合もあると思います。また、イラストレーターの方とのマッチングも、作家クラブの方が議論して決めたほうが、良い場合もあると思います。
 通常の出版であれば、そうした交渉は出版社の方が行われるのだと思いますが、作家ではなく作家クラブに対して依頼を行う場合、依頼側の企業はそうした役割を期待されるのではないかな、と思います。

(第3回に続く)