「企業コラボレーションの可能性(第1回)」

 【座談会の経緯】一般社団法人、日本SF作家クラブは、清水建設株式会社とのコラボレーションプロジェクト、「建設的な未来」(https://www.shimztechnonews.com/topics/sf/index.html)を実施してきました。
 この度、このプロジェクトの第一期が終わり、第二期が開始されるにあたって、プロジェクトコーディネーターの大橋博之さん、作家クラブ事務局として調整に当たった鬼嶋清美さん、寄稿者でありPrologue Wave編集部の伊野隆之に加え、企業コラボレーションに詳しい大澤博隆さんと宮本道人さんを加えて、第一期の成果を振り返り、第二期を展望するとともに、SF作家と企業とのコラボレーションの可能性について展望した座談会を行いました。
 なお、本座談会は9月20日から10月11日にかけ、テキストベースで実施したもので3回に分けて掲載します。

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■第1回 試行錯誤しながら、コラボレーションはスタートした

伊野:清水建設さんとのコラボレーションプロジェクト「建設的な未来」の第一期では、とても良い機会を与えてもらったと思っています。たまたま日本に帰国したとき(伊野隆之はタイ王国在住)に、作家クラブの総会に出席することができて、スロットに空きがあったというラッキーな展開で、しかも清水建設さんのサイトで座談会まで組んでいただきました(後述)。
 今回の座談会は第一期を振り返り、第二期を展望するとともに、企業コラボの可能性について展望するということで、ちょっと大風呂敷なんですが、プロジェクトコーディネーターの大橋さんが司会も引き受けていただけると言うことで、まずはプロジェクトのきっかけあたりから、よろしくお願いします。

大橋:コラボレーションすることになった、ことの起こりは2019年4月11日に、清水建設さんのハウスエージェンシーの担当さんから僕に仕事のオファーがあったのが切っ掛けです。
 担当さんとお会いしたのは、4月19日の日本SF作家クラブの総会の後、第39回日本SF大賞贈賞式の前でした。
 打ち合わせの席で担当さんから、「清水建設の技術の紹介を目的とした『テクノアイ』というオウンドメディアがある。そこに執筆して欲しい』との相談が持ちかけられました。
 その時、「日本SF作家クラブとコラボレーションできませんか?」と提案したんです。
 なぜ、僕自身への依頼に対して、日本SF作家クラブとのコラボを提案したのかというと、丁度、日本SF作家クラブの総会で鬼嶋清美事務局長(当時)が「日本SF大賞の協賛先を探している」と話していたのが理由です。そのことが総会直後ということにあり、頭に引っかかっていたんですよ。
 日本SF作家クラブの中心事業の「日本SF大賞」は、ご存じの通り、第34回までは徳間書店さんの協賛で開催されていました。
 ちなみに、日本SF大賞は、「徳間文芸賞」として、大藪春彦賞、日本SF大賞、日本SF新人賞の3賞を同時に、東京・日比谷のホテル・東京會館で贈賞式を行っていました。
 2013年で徳間書店さんは降りたので、それ以降に会員となった方は東京會館での「徳間文芸賞」を知らないでしょう。大きな会場で、マスコミや書店員さん、銀座のホステスさんも参加する豪華なものでした。
 そこまでではないものの、大御所や地方の会員が「参加したい」と思ってくれるような魅力あるパーティを開催して欲しいという気持ちもありました。実はそこに近づけるのが僕の目標なんです。
 小松左京さんや筒井康隆さんによって誕生した日本SF大賞ですが、小松さん亡き後、徳間書店さんが降り、スポンサーがいない、という状態に陥りました。
 その後、ドワンゴさんに名乗りをあげてい頂けましたが、それも長くは続きませんでした。
 それも当然のことで、このご時世、単に「協賛してください」という話は虫が良すぎます。
 なので、単に清水建設さんに作家を紹介するのではなく、日本SF作家クラブとのコラボにすることで、日本SF作家クラブをバックアップして頂く方が良いと考えました。
 このコラボの提案に対し、担当さんは理解を示してくれたので、第39回日本SF大賞贈賞式で鬼嶋さんに報告して、コラボは可能かを確認しました。
 なので、プロジェクトコーディネーターでもなんでもなく、偶然の産物でスタートすることになったんです。

鬼嶋:日本SF作家クラブは一般社団法人になったばかりで、収入としては会員が払ってくれる年会費しかないというのが実情でした。日本SF大賞の協賛はありましたが、より多くの協賛や企業とのコラボレーションを探りたいということを総会の場で述べたように思います。クラブにやってくる話はだいたい「〇〇先生に書いていただきたいので紹介してください」ということで、橋渡しして終わりだったのです。それに「どこそこを知っているから紹介するよ」と言ってくれる話あっても、あまり具体的ではない。そうしたら贈賞式の場で大橋さんから、清水建設さんから作家クラブとコラボの話があるというので、それはいいねということで、理事会に報告をしました。理事会内でも是非やろうということになりました。大きな企業とのコラボは社団法人になったクラブにとって絶対プラスになると思いましたので、願ったりかなったりという気持ちでした。そして、大橋さんが設定してくれて、清水建設の本社に伺うことになったのでした。

大橋:それで、井上雅彦さんに執筆者の人選をお願いして、鬼嶋事務局長(当時)以下、7名で、6月26日に、清水建設さんを訪問し、作家と清水建設さんサイドの認識の確認を行いました。
 その後、清水建設さんの方から「建設的な未来」というコンセプトが出てきて、僕の中では方向性が固まった感じです。
 清水建設さんのテクノロジーを発展させればどんな未来が描けるか、をテーマに、1年かけて、12人のSF作家がショートショートを書くプロジェクトが、10月15日に草上仁さんの「海が、見える」からスタートしました。途中、コロナの影響で更新が1か月ずれましたが、12回も終わってみるとあっという間でした。
 鬼嶋事務局長(当時)にはいろいろと助けてもらったというか、手間を取らせて悪かったというか、反省しています!

伊野:鬼嶋さんが頑張って社団法人化し、ちゃんと作家クラブとして契約ができるようになったことで、この企画が動いたわけですから、契約の実務をやって頂いた以上の貢献だと思います(笑)。
 ところで、最初のラインアップを担当したのは井上雅彦さんだったんですね。僕が参加した時の総会では錚々たるメンバーが既に決まっていて、あと二人をどうするかという状況だったんですが、どうやって決めるのかを質問させて頂きました。その時に、後ろの席から「そんなことを聞くってことは書きたいんでしょ」と、背中を押される形で手を上げさせて頂きました。その後、清水建設さんのサイトを見て悩んでたんですが、草上さんの「海が、見える」が出たときには、正直、焦りました。僕自身、綺麗な落ちのあるショートショートには苦手意識があったので、まずったかな、と。自分の作品の経緯は、清水建設さんの対談でも話したのですが、宇宙発電の話なら僕だろう、ということでルナリングを題材にしました。清水建設の技術者の方の突っ込みも鋭く、大橋さんにはご心配をおかけしましたが、好評だったようで良かったです。
 他の方の作品で言えば、例えば新井さんの根っからポジティブな感じや、ホラーじゃない井上さんの作品とか、面白く読むことができました。「建設的な未来」というテーマがあったことで、テーマアンソロジーのようなおもしろさも出たんじゃないかと思います。

大橋:井上雅彦さんとしては、テクノロジーをベースにSFが書ける人をチョイスするということでかなり悩んだと聞いています。
 伊野さんとしては、寄稿者として冠ありきはどうだったですか?
 やっぱり、やりづらいとか……。

伊野:どれくらい技術縛りをキツく考えるかだと思います。僕は割と厳密に考えてしまって、草上さんのを読んだ時点ではルナリングくらいしか小説に出来ないと思ってしまいました。それで急いで書いてみたという状況でした。後で他の方の作品を見るとそんなにキツく考えなくても良かったようですが。
 井上さんからすると、僕はショートショートを書ける人というカテゴリに入っていなかったんじゃないかと。デビュー前を含めてオチが落ちてないという指摘を頂いた事が二度ほどありますので(笑)。

鬼嶋:伊野さんの「ルナからの帰還」は清水建設の皆さんの評価が高かったと思います。クライアントの想定していた「自分たちの技術をベースに未来を描く」というリクエストに正面から応えてくれていたからでしょう。
 そしてこのプロジェクトの立ち上がりで井上雅彦さんが選者を果たしてくれた役割は非常に大きかったです。大橋さんと私だけだといくら「皆さんショートショートを書いてください」と声がけしても、人が集まったかどうか。そこをアンソロジストとしての井上さんのアドバイスをいただけたのは本当に助かりました。
 もうひとつこのプロジェクトで大きかったのは、いわゆるSF業界というか国内の出版社などとは違う業界から、日本SF作家クラブという組織がどう見えるのか、仕事の依頼先としてどういう期待をされているのかを見ることができたということですね。
 わたしも本業は清水建設側に近い立場なので、あちらが作家にどうリクエストしたらいいのか、逡巡していたり企業の立場として意見を通したいというのはよくわかりました。その点では最初のころ、どんなふうに進めていけるかなというところは手探りでした。
 そこを第一話になった草上仁さんはうまく応えてくれました。

大澤:清水建設さんと日本SF作家クラブのプロジェクトについては、AIxSFプロジェクト(https://aisf.work/)でも話題になっていました。AIxSFプロジェクトは人工知能とSFの相互作用の調査を中心的なテーマとして研究を進めています。人工知能分野では、SFがイメージを広げ、研究者がその影響を受け、その研究成果がSF作家にイマジネーションを与える、という相互の影響がありますが、こうしたお互いに影響を与え会う関係は人工知能に限らず、多くの技術分野で見られるものだと思います。
 本プロジェクトでは特に、建設という課題とSFの相性が大変良く、作家クラブと組む意義が高い、筋の良いプロジェクトと感じました。建設は、人間が自らの技術で自らの接する居住空間、ひいては環境を変えていく、という営みだと思います。以前、研究でお話を伺った際に、自らを「空間設計」とおっしゃられていた建設関係の研究者の方がいました。建設業の方々は、単に物を作っているだけではなく、我々の生活を設計している人たちです。そのため、我々が思っているより遥かに広い視野で物事を見ておられると感じますし、SFに通じる精神を持っておられる方々だと思います。そうした企業の方々からSFに対して、ビジョンを描くプロとしての価値を見出して頂いたというのは、大変嬉しいことだと思います。
 実際、描かれた作品を見ても、狭く建設物のみ扱うのではなく、広く環境設計、それによる人間社会の変容というテーマで話を書かれている方が多く、流石だなと思いました。また、どの方も自らの作風を押し出しつつ、小説を書かれているのも、視点の多様性があって、いいですね。

宮本:僕も大澤さんと同じように、作品に様々なバリエーションがあるところが面白いと思いました。多様な建築が描かれているのはもちろん、それに接する多様な人の立場も描かれている。さらには建築がメインではなく背景的に登場している話もあって、フィクションと建築の関係にもいろいろな形があるなと勉強になりました。
 また、扱うスケールが大きいと同時に生活に密着したものであるという建築の性質が、うまくSFによって意外なものに変換されている作品が多かったのが印象的でした。そういう作品を清水建設さんがどう捉えたか、個人的には知りたいですね。建築が門外漢である僕の読み方と、清水建設さんの中にいる方の読み方は、おそらく大きく違うでしょうし。それから、企業コラボの場合、作品の発表だけがゴールではなく、作品の制作過程での議論も成果だったり、これらの作品が清水建設さんに何らかの影響を与えることもゴールの一つと捉えているのではないかと思います……そこらへん、いかがだったでしょうか? ぜひうかがえれば幸いです。

大橋:従来、企業が作家に小説を依頼し、PR誌に掲載する、自社のwebサイトに掲載する目的は、「人寄せ」「にぎやかし」だったと思います。
 もちろん、今回のコラボレーションもその延長ではあったのですが、「テクノアイ」というwebサイトのテーマが「清水建設には建設以外にもさまざまなテクノロジーがあることを伝える」だったのが功を奏したと言えますね。
 「清水建設さんのテクノロジーを発展させればどんな未来が描けるか」という視点を入れたことで、ただの「人寄せ」「にぎやかし」とは異なる企画になったと僕も思っています。
 清水建設さんがどう捉えたかは、伊野隆之さんと清水建設さんの技術者の座談会「人が宇宙に行く時代・人の行くところに「建設」あり」(https://www.shimztechnonews.com/hotTopics/feature/vol14/dialogue01.html)で「我々が本来構想したこととは違う活用方法が生れることがとても刺激になりました」と感想をもらっています。この感想は嬉しかったですね。
 第一期の反省点なんですが、企業とコラボレーションする意義について、もう少し考えてから取り組む必要があるかもしれません。
 他にも作家への対応がしっかり出来きれなかったとか、迷惑かけてしまったとか、個々の反省は沢山あります。
 特に謝らないといけないのは、イラストを担当してくれた麻宮騎亜さんに対してです。ホント迷惑をかけたままで終わってしまいました。

鬼嶋:いままで日本SF作家クラブの名義で本を出していても、実態は個人がそれぞれ書いて編集は出版社がやっているので、クラブにその経験がなかったわけです。そこが一般社団法人になって、クラブが注文を請けて応えるということができるようになったので、これは経験を積んでいくしかないですね。会員のみなさんにとっても、年会費を払っているだけじゃなく、クラブの看板があるからやれることがあるという認識になってくれたらいいですね。
 参加してくれたみなさんへのフォローという点では、反省点はあります。わたしも事務局長とはいえそもそも作家やライターでなく、また編集者ではないので、作家に原稿を依頼する(される)という経験がない分、うまくできたかどうか。また清水建設側もチャレンジの部分が大きかったので、どこまで要望を出して良いのかというところで悩まれているということも伝わってきたので、もっとうまくつなげられるように動くべきだったなと思いました。
 ともあれ、契約としては1年ということでしたが、先方から2年目をやりたいというリクエストをいただきましたので、まずは及第点はもらえたのかなと思っています。

伊野:書ける場所の確保という点ではありがたいと思います。それに業界の外から作家側にアプローチするルートがはっきり見えたという意義も大きかったんじゃないでしょうか。これからどんな事例が出てくるか分からないですが、作家クラブに話しをすると、何かできそうという感じが出てきたと思います。あと、宮本さんのおっしゃった部分に関して座談会で、技術者の方とお話しさせていただいた時に感じたのは、やっぱり第三者がどう見ているかに関心があるんだなあという点と、ルナリングのような射程の長い技術であっても、社会実装を強く意識されている点でした。このあたりは第二期に向けても意識しておきたいと思います。

(第2回に続く)

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■第1回 試行錯誤しながら、コラボレーションはスタートした

伊野:清水建設さんとのコラボレーションプロジェクト「建設的な未来」の第一期では、とても良い機会を与えてもらったと思っています。たまたま日本に帰国したとき(伊野隆之はタイ王国在住)に、作家クラブの総会に出席することができて、スロットに空きがあったというラッキーな展開で、しかも清水建設さんのサイトで座談会まで組んでいただきました(後述)。
 今回の座談会は第一期を振り返り、第二期を展望するとともに、企業コラボの可能性について展望するということで、ちょっと大風呂敷なんですが、プロジェクトコーディネーターの大橋さんが司会も引き受けていただけると言うことで、まずはプロジェクトのきっかけあたりから、よろしくお願いします。

大橋:コラボレーションすることになった、ことの起こりは2019年4月11日に、清水建設さんのハウスエージェンシーの担当さんから僕に仕事のオファーがあったのが切っ掛けです。
 担当さんとお会いしたのは、4月19日の日本SF作家クラブの総会の後、第39回日本SF大賞贈賞式の前でした。
 打ち合わせの席で担当さんから、「清水建設の技術の紹介を目的とした『テクノアイ』というオウンドメディアがある。そこに執筆して欲しい』との相談が持ちかけられました。
 その時、「日本SF作家クラブとコラボレーションできませんか?」と提案したんです。
 なぜ、僕自身への依頼に対して、日本SF作家クラブとのコラボを提案したのかというと、丁度、日本SF作家クラブの総会で鬼嶋清美事務局長(当時)が「日本SF大賞の協賛先を探している」と話していたのが理由です。そのことが総会直後ということにあり、頭に引っかかっていたんですよ。
 日本SF作家クラブの中心事業の「日本SF大賞」は、ご存じの通り、第34回までは徳間書店さんの協賛で開催されていました。
 ちなみに、日本SF大賞は、「徳間文芸賞」として、大藪春彦賞、日本SF大賞、日本SF新人賞の3賞を同時に、東京・日比谷のホテル・東京會館で贈賞式を行っていました。
 2013年で徳間書店さんは降りたので、それ以降に会員となった方は東京會館での「徳間文芸賞」を知らないでしょう。大きな会場で、マスコミや書店員さん、銀座のホステスさんも参加する豪華なものでした。
 そこまでではないものの、大御所や地方の会員が「参加したい」と思ってくれるような魅力あるパーティを開催して欲しいという気持ちもありました。実はそこに近づけるのが僕の目標なんです。
 小松左京さんや筒井康隆さんによって誕生した日本SF大賞ですが、小松さん亡き後、徳間書店さんが降り、スポンサーがいない、という状態に陥りました。
 その後、ドワンゴさんに名乗りをあげてい頂けましたが、それも長くは続きませんでした。
 それも当然のことで、このご時世、単に「協賛してください」という話は虫が良すぎます。
 なので、単に清水建設さんに作家を紹介するのではなく、日本SF作家クラブとのコラボにすることで、日本SF作家クラブをバックアップして頂く方が良いと考えました。
 このコラボの提案に対し、担当さんは理解を示してくれたので、第39回日本SF大賞贈賞式で鬼嶋さんに報告して、コラボは可能かを確認しました。
 なので、プロジェクトコーディネーターでもなんでもなく、偶然の産物でスタートすることになったんです。

鬼嶋:日本SF作家クラブは一般社団法人になったばかりで、収入としては会員が払ってくれる年会費しかないというのが実情でした。日本SF大賞の協賛はありましたが、より多くの協賛や企業とのコラボレーションを探りたいということを総会の場で述べたように思います。クラブにやってくる話はだいたい「〇〇先生に書いていただきたいので紹介してください」ということで、橋渡しして終わりだったのです。それに「どこそこを知っているから紹介するよ」と言ってくれる話あっても、あまり具体的ではない。そうしたら贈賞式の場で大橋さんから、清水建設さんから作家クラブとコラボの話があるというので、それはいいねということで、理事会に報告をしました。理事会内でも是非やろうということになりました。大きな企業とのコラボは社団法人になったクラブにとって絶対プラスになると思いましたので、願ったりかなったりという気持ちでした。そして、大橋さんが設定してくれて、清水建設の本社に伺うことになったのでした。

大橋:それで、井上雅彦さんに執筆者の人選をお願いして、鬼嶋事務局長(当時)以下、7名で、6月26日に、清水建設さんを訪問し、作家と清水建設さんサイドの認識の確認を行いました。
 その後、清水建設さんの方から「建設的な未来」というコンセプトが出てきて、僕の中では方向性が固まった感じです。
 清水建設さんのテクノロジーを発展させればどんな未来が描けるか、をテーマに、1年かけて、12人のSF作家がショートショートを書くプロジェクトが、10月15日に草上仁さんの「海が、見える」からスタートしました。途中、コロナの影響で更新が1か月ずれましたが、12回も終わってみるとあっという間でした。
 鬼嶋事務局長(当時)にはいろいろと助けてもらったというか、手間を取らせて悪かったというか、反省しています!

伊野:鬼嶋さんが頑張って社団法人化し、ちゃんと作家クラブとして契約ができるようになったことで、この企画が動いたわけですから、契約の実務をやって頂いた以上の貢献だと思います(笑)。
 ところで、最初のラインアップを担当したのは井上雅彦さんだったんですね。僕が参加した時の総会では錚々たるメンバーが既に決まっていて、あと二人をどうするかという状況だったんですが、どうやって決めるのかを質問させて頂きました。その時に、後ろの席から「そんなことを聞くってことは書きたいんでしょ」と、背中を押される形で手を上げさせて頂きました。その後、清水建設さんのサイトを見て悩んでたんですが、草上さんの「海が、見える」が出たときには、正直、焦りました。僕自身、綺麗な落ちのあるショートショートには苦手意識があったので、まずったかな、と。自分の作品の経緯は、清水建設さんの対談でも話したのですが、宇宙発電の話なら僕だろう、ということでルナリングを題材にしました。清水建設の技術者の方の突っ込みも鋭く、大橋さんにはご心配をおかけしましたが、好評だったようで良かったです。
 他の方の作品で言えば、例えば新井さんの根っからポジティブな感じや、ホラーじゃない井上さんの作品とか、面白く読むことができました。「建設的な未来」というテーマがあったことで、テーマアンソロジーのようなおもしろさも出たんじゃないかと思います。

大橋:井上雅彦さんとしては、テクノロジーをベースにSFが書ける人をチョイスするということでかなり悩んだと聞いています。
 伊野さんとしては、寄稿者として冠ありきはどうだったですか?
 やっぱり、やりづらいとか……。

伊野:どれくらい技術縛りをキツく考えるかだと思います。僕は割と厳密に考えてしまって、草上さんのを読んだ時点ではルナリングくらいしか小説に出来ないと思ってしまいました。それで急いで書いてみたという状況でした。後で他の方の作品を見るとそんなにキツく考えなくても良かったようですが。
 井上さんからすると、僕はショートショートを書ける人というカテゴリに入っていなかったんじゃないかと。デビュー前を含めてオチが落ちてないという指摘を頂いた事が二度ほどありますので(笑)。

鬼嶋:伊野さんの「ルナからの帰還」は清水建設の皆さんの評価が高かったと思います。クライアントの想定していた「自分たちの技術をベースに未来を描く」というリクエストに正面から応えてくれていたからでしょう。
 そしてこのプロジェクトの立ち上がりで井上雅彦さんが選者を果たしてくれた役割は非常に大きかったです。大橋さんと私だけだといくら「皆さんショートショートを書いてください」と声がけしても、人が集まったかどうか。そこをアンソロジストとしての井上さんのアドバイスをいただけたのは本当に助かりました。
 もうひとつこのプロジェクトで大きかったのは、いわゆるSF業界というか国内の出版社などとは違う業界から、日本SF作家クラブという組織がどう見えるのか、仕事の依頼先としてどういう期待をされているのかを見ることができたということですね。
 わたしも本業は清水建設側に近い立場なので、あちらが作家にどうリクエストしたらいいのか、逡巡していたり企業の立場として意見を通したいというのはよくわかりました。その点では最初のころ、どんなふうに進めていけるかなというところは手探りでした。
 そこを第一話になった草上仁さんはうまく応えてくれました。

大澤:清水建設さんと日本SF作家クラブのプロジェクトについては、AIxSFプロジェクト(https://aisf.work/)でも話題になっていました。AIxSFプロジェクトは人工知能とSFの相互作用の調査を中心的なテーマとして研究を進めています。人工知能分野では、SFがイメージを広げ、研究者がその影響を受け、その研究成果がSF作家にイマジネーションを与える、という相互の影響がありますが、こうしたお互いに影響を与え会う関係は人工知能に限らず、多くの技術分野で見られるものだと思います。
 本プロジェクトでは特に、建設という課題とSFの相性が大変良く、作家クラブと組む意義が高い、筋の良いプロジェクトと感じました。建設は、人間が自らの技術で自らの接する居住空間、ひいては環境を変えていく、という営みだと思います。以前、研究でお話を伺った際に、自らを「空間設計」とおっしゃられていた建設関係の研究者の方がいました。建設業の方々は、単に物を作っているだけではなく、我々の生活を設計している人たちです。そのため、我々が思っているより遥かに広い視野で物事を見ておられると感じますし、SFに通じる精神を持っておられる方々だと思います。そうした企業の方々からSFに対して、ビジョンを描くプロとしての価値を見出して頂いたというのは、大変嬉しいことだと思います。
 実際、描かれた作品を見ても、狭く建設物のみ扱うのではなく、広く環境設計、それによる人間社会の変容というテーマで話を書かれている方が多く、流石だなと思いました。また、どの方も自らの作風を押し出しつつ、小説を書かれているのも、視点の多様性があって、いいですね。

宮本:僕も大澤さんと同じように、作品に様々なバリエーションがあるところが面白いと思いました。多様な建築が描かれているのはもちろん、それに接する多様な人の立場も描かれている。さらには建築がメインではなく背景的に登場している話もあって、フィクションと建築の関係にもいろいろな形があるなと勉強になりました。
 また、扱うスケールが大きいと同時に生活に密着したものであるという建築の性質が、うまくSFによって意外なものに変換されている作品が多かったのが印象的でした。そういう作品を清水建設さんがどう捉えたか、個人的には知りたいですね。建築が門外漢である僕の読み方と、清水建設さんの中にいる方の読み方は、おそらく大きく違うでしょうし。それから、企業コラボの場合、作品の発表だけがゴールではなく、作品の制作過程での議論も成果だったり、これらの作品が清水建設さんに何らかの影響を与えることもゴールの一つと捉えているのではないかと思います……そこらへん、いかがだったでしょうか? ぜひうかがえれば幸いです。

大橋:従来、企業が作家に小説を依頼し、PR誌に掲載する、自社のwebサイトに掲載する目的は、「人寄せ」「にぎやかし」だったと思います。
 もちろん、今回のコラボレーションもその延長ではあったのですが、「テクノアイ」というwebサイトのテーマが「清水建設には建設以外にもさまざまなテクノロジーがあることを伝える」だったのが功を奏したと言えますね。
 「清水建設さんのテクノロジーを発展させればどんな未来が描けるか」という視点を入れたことで、ただの「人寄せ」「にぎやかし」とは異なる企画になったと僕も思っています。
 清水建設さんがどう捉えたかは、伊野隆之さんと清水建設さんの技術者の座談会「人が宇宙に行く時代・人の行くところに「建設」あり」(https://www.shimztechnonews.com/hotTopics/feature/vol14/dialogue01.html)で「我々が本来構想したこととは違う活用方法が生れることがとても刺激になりました」と感想をもらっています。この感想は嬉しかったですね。
 第一期の反省点なんですが、企業とコラボレーションする意義について、もう少し考えてから取り組む必要があるかもしれません。
 他にも作家への対応がしっかり出来きれなかったとか、迷惑かけてしまったとか、個々の反省は沢山あります。
 特に謝らないといけないのは、イラストを担当してくれた麻宮騎亜さんに対してです。ホント迷惑をかけたままで終わってしまいました。

鬼嶋:いままで日本SF作家クラブの名義で本を出していても、実態は個人がそれぞれ書いて編集は出版社がやっているので、クラブにその経験がなかったわけです。そこが一般社団法人になって、クラブが注文を請けて応えるということができるようになったので、これは経験を積んでいくしかないですね。会員のみなさんにとっても、年会費を払っているだけじゃなく、クラブの看板があるからやれることがあるという認識になってくれたらいいですね。
 参加してくれたみなさんへのフォローという点では、反省点はあります。わたしも事務局長とはいえそもそも作家やライターでなく、また編集者ではないので、作家に原稿を依頼する(される)という経験がない分、うまくできたかどうか。また清水建設側もチャレンジの部分が大きかったので、どこまで要望を出して良いのかというところで悩まれているということも伝わってきたので、もっとうまくつなげられるように動くべきだったなと思いました。
 ともあれ、契約としては1年ということでしたが、先方から2年目をやりたいというリクエストをいただきましたので、まずは及第点はもらえたのかなと思っています。

伊野:書ける場所の確保という点ではありがたいと思います。それに業界の外から作家側にアプローチするルートがはっきり見えたという意義も大きかったんじゃないでしょうか。これからどんな事例が出てくるか分からないですが、作家クラブに話しをすると、何かできそうという感じが出てきたと思います。あと、宮本さんのおっしゃった部分に関して座談会で、技術者の方とお話しさせていただいた時に感じたのは、やっぱり第三者がどう見ているかに関心があるんだなあという点と、ルナリングのような射程の長い技術であっても、社会実装を強く意識されている点でした。このあたりは第二期に向けても意識しておきたいと思います。

(第2回に続く)