長谷敏司さんインタビュー「アナログハック・オープンリソース小説コンテスト」について

 【インタビューの経緯】日本SF作家クラブとPIXIV事務局が初めて連携し、FANBOXの公式企画として「アナログハック・オープンリソース小説コンテスト」を、現在実施しています。8月3日から公募が始まり終了は10月4日。終了後にはコンテストの大賞と優秀賞をSF Prologue Waveでも掲載することになりました。このコンテストについて、アナログハック・オープンリソースを展開されている長谷敏司さんをお迎えして、編集部の伊野隆之がお話を伺いました。
 なお、本インタビューは、8月23日から8月31日にかけ、テキストベースで実施したものです。

伊野:今回は、既にSF Prologue Waveでも告知させていただいた「アナログハック・オープンリソース小説コンテスト」について、コンテストの狙いや、期待と言ったところを伺いたいと思います。もっとも、募集のページ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13448914)で既にメッセージを書いていただいてますし、atwiki(https://w.atwiki.jp/analoghack/)でも「アナログハック・オープンリソースついて」という形でなぜこのような形での設定の提供を進められているかも書いておられるので、そっちを読んで下さいと言うことになってしまいそうなんですが、コンテストの企画の経緯や、何か特に強調されたいようなことはありますでしょうか?

長谷:このような機会をいただきありがとうございます。
 アナログハック・オープンリソース小説コンテストは、「思ったように好きに書いてくださってよい」のですが、「オープンリソースを使ったからこそのものを作りたい」と考えてくださるかたもいると思います。ただ、オープンリソースをきちんと使おうとされるかたほど、情報量の多さに戸惑うのではないかと考えています。
 まず「コンテストの企画の経緯」ですね。これは、ドラマチックな話ではありません。
 別件でpixivの小説チームの社員さんとメールをする機会があったんですね。そのとき「『アナログハック・オープンリソース』を使用した小説コンテストをpixivで開催し、長谷先生に選考・ご講評頂けないか、という企画が少し前からチーム内であがっています」というような、お誘いをいただいたのです。フットワークの軽さが今の時代らしいなと思って、やることにしました。オープンリソースに特化した発表の場があるとよいと思ったこともあります。発表の場としては、オープンリソースの小説原稿を募って同人誌を出そうか考えたこともあるのですが、この方法だと知らないかたが新たに触れてくれるということもないんですよね。世界が狭くなってしまう。それで、どうしたものか考えていたところにお話いただいたので、本当にありがたかったです。
 特に強調したいのは、せっかくpixivさんのコンテストという場なので、すでに使っていただいたことのあるかたにも初めて触れるかたにも自由に作っていただきたいということですね。オープンリソースは「公開のしかたにはある程度の約束がある」のですが、「基本的に創作自体を縛るルールはありません」。アナログハックという、「『人間のかたちをしたもの』に人間が感情を抱いてしまう性質を利用して、人間の意識に直接ハッキング(改変)を仕掛ける」ギミックや、あるいは他のオープンリソースの設定を使ったりして、自由に作ってみてください。
 アナログハック・オープンリソースは、もともと現代ふうのSFを、誰でも手軽に作れるようにするためのものでした。手軽に使っていただくことが目的のものなので、誤っていても追加しても削っても自分の書きたい物語への部分使用でも内容にビタイチかすってなくてもだいじょうぶです。

伊野:こちらこそお忙しいところありがとうございます。
 早速ですが、この企画はpixivさんの側からアプローチがあったのですね。僕自身の認識不足で、イラストのイメージが強かったのですが、小説も盛り上げていこうと言うことなので、ありがたいことだと思いました。それに、確かに、今の時代らしいフットワークの軽さを感じますね。
 ところで、今回の企画を見たとき、いわゆるシェアードワールドのようなものを想像したんですが、そうでもないということでしょうか? SFではジョージ・R・R・マーティンの「ワイルドカード」や、ホラーでは「クトゥルフ神話」なんかが代表的なシェアードワールドものですし、SF Prologue Waveでもシェアードワールドをやっています。「Eclipse Phases」というテーブルトークロールプレイゲームの世界で、僕も書いているんですが、A4で400ページ近いルールブックがあって、それを首っ引きで書きました(笑)。
 ただ、今のお話ですと、技術や社会、年表のような細かい設定を公開されてますが、「アナログハック」のような設定の一部を使っていれば、全ての設定に従う必要は無いと言うことでしょうか?

長谷:pixivさんのフットワークは、この5年くらいの小説周辺の変化の高速化を強く感じますね。
 今回のコンテストで使っていただきたいアナログハック・オープンリソースは、小説『BEATLESS』の設定部分をオープンにしたものです。作品のキャラクターとストーリーは出版社にも権利があるので、設定だけを、企業と分離したウェブ上のwikiを借りて公開しています。
 オープンリソースは、射程としては『BEATLESS』の実質的な続編を誰が描いてもいいように門戸を開けているということでもあります。長谷自身が続編を書くことを妨げないようにはルールを作っていますが、面白いと思っていただいたかたに好きに書いて欲しいと考えたのです。これは、「設定は全部オープンにしておくから、これを利用して長谷以上の新作を作れるなら好きに作ってほしい」ということでもあります。そのために、オープンリソースは、『BEATLESS』のキャラクターが登場したりしない限り(詳細はサイトのポリシーとFAQをチェックしてください)、二次創作ではなく一次創作とみなして商業利用なども妨げないようになっています。こうしたことから、「アナログハック・オープンリソース」は、シェアードワールドのように使うこともできますが、本質的にシェアードワールドではありません。
 オープンリソースは、もともと現代的なSFを書きたい人たちへの、創作のハードルを下げるのに利用してほしかったんです。21世紀も初頭を脱しつつある今、新技術が次々に現れて、「SFを書くことに興味がある」かたはたくさんいると思います。ですが、情報と変化にあふれている、創作にはわりとハードルが高い状況でもあると思うんですね。
 たとえば、今、ロボットものを書くとして、「テーマとキャラはあるけど、物語に必要な周辺部をつくるのはめんどくさい」というひとは、けっこういるんじゃないかと考えたわけです。ギミックを作って整合性をとったり、環境の細かいところを構築したりするのは、めんどくさいんですよね。SFの商業作品だとここが見せ所なんですが、この作業を楽しいと思うかたは少数派ではないかと。「そういうのが好きなのがSF作家でしょう」という考え方もありますが、もう必ずしもそうでなくてもいいかなと思ったこともあります。1話4000文字みたいな文字数でウェブ小説を連載している人たちがたくさんいる中で、SF小説の設定構築なんかは、テンポ感やスピード感が違うのかもしれないなと。
 とはいえ、削ればテンポを守ることはできるとは思います。ただ、ほぼ全部を削るためにイチから積み上げるのは、趣味のためにやるのはけっこうしんどいですよね。なので、自由に使っていいオープンリソースを用意して、興味のあるユーザーさんに好きに削ってもらおうかと。
 SFに不慣れなかただけでなく、書き慣れたかたやプロのかたにも使ってみていただきたいなと思います。長谷にしても、小説によって、設定を何ヶ月も準備して仕込んでおいたり、そこまでせずに書きたいものだけに絞ったり、選択して書いています。短編のためにそこまでは作らなくていいと判断したときや、お願いするライターさんにそこまで頼むのは厳しい場合など、商業でもいろんな使用シーンはありえるなと思っています。
 そういうわけで、「誤っていても追加しても削っても、自分の書きたい物語への部分使用でも内容にビタイチかすってなくても」だいじょうぶなのです。

伊野:ご説明を伺うと、僕自身のイメージが今やってるシェアードワールドに縛られ過ぎてた気がします(笑)。創作のハードルを下げるという意図からすると、通常のシェアードワールドではハードルが下がるどころか、上がっちゃう気がしますので。僕自身は設定を山ほど作って、使うのはごく一部という、まさに削るために積み上げると言うことを喜々としてやっちゃう方なのですが、逆にキャラクターを縦横無尽に走らせたい物語がある場合には、設定に掛ける労力を削って、キャラクターを深掘りするとか、キャラクターを動かすことに注力できるので、スピーディーで良いのかも知れないと思いました。アナログハックというギミック自体もスキップしうると言うことは本当に「自由にお書き下さい」なんですね。
 ところで、このアナログハックというのは、今まで何となく思っていたことに名前を付けると言うことで、すごい発見だと思ってます。うちに2匹ネコがいて、人間の形ではないんですが、よく意識を改変されているような(笑)。まじめな話で言うと、もしかすると僕らの意思疎通自体も、心が通じたと思うのは一方だけの思い込みで、要はミラーニューロンの誤動作とか、コミュニケーションの不可能性とか、そういう普遍的なテーマにも繋がるように思います。

長谷:アナログハックは、2011年に小説連載開始した頃、元々は初音ミクが盛り上がっていたことから考えた設定でした。そのギミックを中心に『BEATLESS』を書こうと思ったのは、2009年の産総研の『HRP-4C 未夢』のような人型ロボットが出始めていたことがありました。もう10年以上前ですが、少女型のダンスするロボットのことを覚えておられるかたもおられると思います。当時の空気としては、『鉄腕アトム』が近づいてきたような雰囲気だったのですが、現実のロボットの性能はまったく違いました。その差は、今もそうですが、とても大きいものだったのです。なので、現実にすでにあるAIとロボットの延長として、人間社会にロボットが普及する未来世界を書きたかったのです。そういう現実の延長の世界で、「人間とロボットの関係は、どういう仕組みで繋がるのか」と考えたのが、アナログハックです。
 本物の人間型ロボットが出始めた時期に、現実の延長としてロボットが社会に普及する世界でのギミックを作ったことが、うまく働いたのだと思います。アナログハックを知ってくださっている研究者のかたがいたりするのは、現実の技術がかなり進んだところで作ったビジョンだからではないかと。
 『BEATLESS』は、2011年に書いて「5年もてばいいか」と思っていたのですが、10年経ってもそれほど古くはなっていない。今書いていたら修正するだろうと思うところもありますが、ロボットキャラクターの女性性の道具化にもうすこし注意したほうがよかったとか、何人かのメインキャラクターの描き方を変えたほうがよさそうとか、物語まわしの部分です。コアギミックのアナログハックは、今時点の情勢でも使えなくなる兆候が発見できないので、もう10年くらい寿命があるかもしれませんね。となると、アナログハック・オープンリソースのほうが、元作品の『BEATLESS』よりも寿命が長くなる可能性もありますね。

伊野:「アナログハック」というギミックが特定の時代背景があって登場したのだとしても、普遍性のある概念であり、いろいろ深掘りできる余地も多そうですから、そんなに簡単には寿命が尽きるものでもないと思います。SFのギミックは最初の作者以外に使われることによって普遍化し、深化していく事があるように思いますので、今回のオープンリソース化はギミックの普遍化に向けた作者による一つのアプローチの可能性を示したようにも思いました。
 ところで、コンテストに話を戻しますと、もう既にいくつもの作品が読めるようになっていて、いくつか目を通したんですが、かなり力作があると思って見ています。最終的に長谷さんが選考を行われるということですが、大変なことを引き受けられたなぁ、と(笑)。評価の上で、ここは重視したいとか、ここは押さえて欲しいとか有りましたら、差し支えのない範囲で教えて下さい。

長谷:皆さんに使って頂いてギミックが普遍化してくれたら、それはありがたいですね。アシモフのロボット3原則も、現実のロボットには適用できないと言われながらも、もう70年も引用され続けています。
 コンテストには、ありがたいことに、すでにいくつも作品をご応募いただいていますね。実は評価のうえで、「ここは重視したい」というところは、本当に〝ありません〟。今回のコンテストは、応募要項が「アナログハック・オープンリソースの設定・世界観を利用したオリジナル小説を募集します。」と、ゆるくなっています。これは、応募者さんが面白いと思うものや興味深く感じたものを、そのまま書いてくださいということです。求めているのは、応募者さんが面白い、興味深いと感じてくださったもの、そのものです。長谷が面白いと思う設定を、自由に使えるようにオープンにしたので、これを皆さんが面白いと思う創作にして打ち返していただけたらありがたいなと考えています。その作品を読んだ読者さんが、影響を受けてさらに何か創作を広げてくださったら、本望という感じです。どう使ってくださったかを見るのを、とても楽しみにしています。

伊野:すいません、何か野暮な質問でした。オープンにされた設定で、いろんな人が自由に小説を書くというのは、世界が広がっていく感じでいいなぁと思いました。今回のコンテストでは大賞作品や優秀賞の作品をSF Prologue Waveで紹介させていただけると言うことなので、すばらしい作品が生まれることを期待しています。また、今回のようなケースをきっかけに、FANBOXの企画とSF Prologue Waveが連動したような企画ができると良いと思っています。

長谷:本当にいろいろな作品に出逢えるとよいですね。SF Prologue Waveで掲載のときはよろしくお願いしますね。
 ただ、前述のとおり、自由に使って頂きたいものなので、SF色が強くない作品を最終選考担当の長谷が選んで、掲載いただくことになるかもしれません。SF Prologue Wave読者の皆さんには、それもSF作品のオープンリソースが広く受容いただけた結果で、SFのひとつの可能性と温かく見守っていただけますとありがたいです。すでにいくつもの作品を投稿いただいていますが、どんな作品をこちらにご紹介できるか、自分もとても楽しみです。
 この先も、FANBOXとSF Prologue Waveの連動企画ができるとよいですね!
 今回の記事では、ご協力いただきありがとうございました。長谷が普通に文章を書くより、対談形式で読者さんにわかりやすいものになったと思います。

伊野:こちらこそありがとうございました。すばらしい作品を掲載できることを期待しております。