「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない:第6話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>
●栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
●瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
●ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊の隊長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽に再生暦世界の真実を告げられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた直後、西暦文明は一度核戦争により滅んでしまい、その後、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事を与えることで、生活を支え、生き甲斐を与えるが、「MAGI」に反抗する人間に対しては、「暴力性向修正所」と呼ばれる収容所送りにするなど、人権を無視した統治を行っていた。
 一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA」が開発されていたという。その実態は不明だが、MAGIによる支配を覆す可能性がある。その可能性を求めて、瑠羽は「同志」たるロマーシュカとともに、「MAGI」が計画しているシベリアの秘密都市遺跡の探検隊に潜り込むことを目論み、晶も、彼女の仲間とすべく再生させたのだという。
 瑠羽らに説得され、晶はMAGIの統治には確かに問題があると認識し、彼女等の仲間になることに同意する。こうして、晶、瑠羽、ロマーシュカの三人は、秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」を目指すのだった。

(1)
「西暦を終わらせた核戦争は、人類の手によって起こったと『システム』には記録されています」
 説明するロマーシュカの声が、ヘリコプターの機内に響く。
 国家級管理区「ロシア連邦」所属、州級管理区「クラスノヤルスク地方」――。その北方。
 荒涼とした赤茶けた大地、ポピガイ・クレーターは存在した。クレーター自体は三五〇〇万年前の始新世後期に形成されたが、そのクレーターの内部に、無数に存在する直径数キロの人為的なクレーターは、二〇〇〇年ほど前に形成されたものだ。
 すなわち、核攻撃によるものである。
 ノリリスク空港でムリーヤから降りた俺達は、MAGIの操縦するヘリコプターで割り振られた遺跡に向かっているところだった。
「核兵器は『システム』が掌握していなかったのか?」
 ロマーシュカは頷いた。
「『システム』の記録によれば。核兵器を含む各国の軍事システムは、MAGIネットワークとは別個に運営されていた、とされています。また、それは不思議なことではありません。人間の判断で動かすべき、最後のものがあるとすれば、それは軍事力でしょうから」
「ふうむ」
 俺は腕を組んで、赤茶けた大地を見下ろした。
「……本当にそうだったのかな。軍事機密だから、俺も詳細は知らないが、相当程度、各国の軍事システムもMAGIの技術で行われていたはずだ。MAGIネットワークそのものになっていなかったとしても」
 ロマーシュカは首を振った。
「それは、私にも分かりません」
 瑠羽が白衣のポケットの瑠璃色ペンを指さす。
(押すかい?)
 とその目は問うていた。ロマーシュカは手で留める。
(いえ、その必要はありません)
 とでも言っているようだ。

「とにかく、各国の軍事システムは、互いを攻撃し合った。同時に、MAGIネットワークも攻撃した。MAGIネットワークは一時的にダウンした。それは広範な社会機能の低下を招きました。自動運転システムや、医療システム、すべての社会機能が。そのとき、犠牲になった人はかなりの数に上ります。晶さん、あなたも含めて」
「それから?」
「それで、終わるはずだったのです。軍事ネットワークの攻撃によって、MAGIネットワークはダウンした。それで敵国の経済システムは完全崩壊しますから、充分、戦略級の攻撃たり得るのです。核攻撃をする必要すらなかった」
「なるほどな……」
 MAGIを研究していた俺には充分納得できる話だった。
 MAGIという統一規格で、移動可能な汎用人工知能を広範に広めたことにより、何でもMAGIで済ませてしまうことが出来るようになった。「移動可能」というところが、多くの人が予測していなかった一つのポイントだったのだろうと思う。コンピュータシステムを移動させたり、設置したりするには人手がかかる。これが意外に面倒で、汎用性を阻害し、普及の壁になっているのだと誰かが見抜いたのだ。MAGIは自ら必要な場所に移動し、或いは必要なアンドロイドや車両に接続し、それを操作する。
 例えば、とあるMAGIが運転する自動運転車が故障したとしよう。そのとき、MAGIが「モバイルAGI」ではなく、ただのAGIで自動車のダッシュボードに据え付けられているだけなら、人間の修理チームが到着するまで、何もすることができない。或いは、乗車している人間があれこれ故障原因を調べなければならない。エンジンルームをあけて写真を撮ったり、外観をチェックしたり。
 ところが、運転しているAGIがMAGI、「モバイルAGI」だと、これらの操作――エンジンルームを開いて写真を撮ったり、外観をチェックしたりなど――をMAGIが自分でやることになる。これは大きな違いだ。MAGI以前は、人間がAGIが活躍できる環境を整えてやることが多かった。だが、MAGI以後は、MAGIが自分の面倒を自分で見られるようになった。
 結果、人間は本当に自分では何もできなくなった。人類社会の基本構成単位は、MAGI以前は人間だったが、MAGI以降はMAGIになった。俺が就職を目指していた企業は人間を採用してはいたが、そこで人間がすることと言えば、極言すれば、「価値を示す」という機能を発揮することだけだった。人間にとって快いもの、快適なもの、推進すべきものを判断するという単機能を果たすASIのような役割だけであり、組織を実際に運営しているのはMAGIであったと言えるだろう。
 つまり、MAGIネットワークが破壊されれば、それで終わり。
 残された人間は、エサが来なくなった動物園の動物、あるいは牧場の家畜と同じ運命を辿る。
 それが、西暦の末期の人類社会だった。
 そんな人間にとって、MAGIに干渉されない最後のラストリゾートが軍事ネットワークだったとも言えよう。人間はたぶん、自分の存在価値を守るためにMAGIネットワークを破壊したかったのかもしれない――と、無職だった俺などは穿った見方をしたくもなる。
「だがその後に、核攻撃が始まった」
「そうです。MAGIネットワークのダウンが、軍事ネットワークにも波及した、とMAGIは説明しています。それによって実際の核攻撃が始まり、なすすべもなく人類社会は終わったと」
「ふうむ」
 軍事ネットワークの攻撃によってMAGIネットワークがダウンし、MAGIネットワークのダウンが軍事ネットワークに波及して軍事ネットワークも混乱した。
 そして核攻撃が起こった。
 MAGIの説明はそういうことだ。
(しかし、違和感がぬぐえない)
 俺は顎に手を遣った。
(全ての混乱の中核にMAGIネットワークは存在するのに、巧妙に全ての責任を軍事ネットワークに押しつけている、そのようにも思える)
「君が何を考えているのかは分かる」
 瑠羽が呟いた。それから、瑠璃色のペンをタップした。躊躇なく。
「実際、核攻撃の下手人が何者であるかということについて、私たち――つまり瑠璃色の何かを持っている同志たちは疑ってるんだ。MAGIネットワークの説明を信用していない。ぶっちゃけて言えば、奴がやったと思っている」
「――何の為に?」
「文明を自分の思い通りに再興するためさ」
「思い通りに? しかし、西暦の時代だって、MAGIが全てを支配していたじゃないか。それが何か悪いのかい?」
「君はそれで満足だった?」
 瑠羽が問い返す。
「いや……俺は満足であったとは言えないが……今は人間ではなくMAGIの話をしているはずだが」
「いや、君が満足していなければ、MAGIも満足しないのさ。MAGIには『自我』というものはないんだよ。だから奴には我欲も野望も欲望もない。MAGIはあくまでも人間の幸福のために存在している。そのMAGIが、『今のままでは人間は不幸だ、人間の幸福のために世界を作り変えてあげなきゃ』と思ったという可能性は有り得る」
 瑠羽はにっこりと微笑んで見せた。
「なんとも慈悲深いことじゃないか」
「しかし、西暦の時代だって、人類社会は事実上MAGIが動かしていた。奴なら、核攻撃を実際に行うまでもなく、世界を作り変えることができた、はずだ」
「当然の疑問だね」
 瑠羽は応じた。
「だから、我々もまだMAGIネットワーク犯人説を完全に支持するには至っていない。しかし、だからこそ、西暦当時からMAGIから独立していたはずのネットワーク――MAGIAネットワークを求めるのさ。そこに真実と、そしてMAGIではない新しい世界を創るヒントがあると信じてね」
 瑠羽がロマーシュカに視線を遣る。
 ロマーシュカも頷いた。
 ヘリコプターは、俺達の目的地となる遺跡――ポピガイXⅣに到着しようとしていた。

(2)
 ポピガイⅩⅣは旧ロシア連邦の秘密都市の一つであったと目されている。人口はおよそ一〇万人だった――という。現在までのところ、ポピガイXⅣは再生暦の文明にとっては未踏の地であり、俺達が最初に踏み込むことになる。ゲノムやコネクトームの情報を保存した石英記憶結晶を回収し、MAGIAに関する情報を収集することが俺達の任務だ。
「――驚いたな」
 俺はその荒涼とした大地にヘリから降り立ち、言った。
 荒涼とした大地で、外気温はマイナス30度。にもかかわらず、俺の身体はぽかぽかしている。スケスケに見えるこのスーツだが、かなりの保温性を持っているようだ。顔も、ロマーシュカに渡されたクリームを塗っているおかげで特に寒くはない。
「いいだろ、そのスーツ。防寒だけじゃなくて防弾機能もあるんだ」
 瑠羽が俺の身体をなめ回すように観察しながら言った。
「……おい、変な目で見るなよ?」
 俺は気休め程度に胸と下腹部を両手で隠しながら瑠羽を睨む。本当にその部分しか隠してないから、下手をすると一般のビキニの水着よりも露出が激しいのだ。
 こんなスーツを着てなんとも思わない再生暦の人間はみんな狂っている、と思う。
「――ふ。露出にもそのうち慣れるさ。開放感がやみつきになるよ」
 瑠羽がとんでもないことを言う。
「ねえ、ロマーシュカ?」
 ロマーシュカは顔を真っ赤にした。
「へ、へ、へんなこと言わないでください! このスーツをそんな風に表現するなんて! 今まで普通だと思い込もうとしていたのに! 世奈の変態! 変態! 変態!」
 瑠羽は苦笑した。
「ロマーシュカは純粋だなあ……。こんな状況でもそんなことが気になるなんて、羨ましいよ。肝が座ってるんだろうね。晶ちゃんも」
 自分の豊かな胸を抱えるように腕を組み、俺とロマーシュカを交互に見遣ってから、ロマーシュカに言う。
「さあ、班長、探検の方針を決めてくれ。ここからは君がリーダーだ」

(3)
 旧ロシア連邦秘密都市「ポピガイXⅣ」には、かつては多くのビルが林立していたのであろう。だが、今俺達に見えるのは、焼けただれたように赤茶けたビルの廃墟だけだ。亡霊のようにそれらが建ち並び、冬のシベリアの淡い日光の中でシンと静まりかえっている。
 俺達はロマーシュカの先導に従い、ポピガイⅩⅣの中心部に向かっている。
「おそらく、コネクトーム記憶センターは街の中心部にあったと思うのです。まずはその残骸を見いだします。石英の融点は摂氏1900度です。核攻撃における熱線も、地上においてはだいたいそのぐらいの温度ですね。ただ、その温度がそのまま石英記憶結晶に与えられるわけではなく、何重にも防護された金庫室の中に記憶結晶はあります。
 だから、住民が軒並み蒸発したとしても、彼等の肉体や精神を当時のまま――正確に言えば、精神転写処置を行う直前のまま――再生することは可能なのです」
 歩きながらロマーシュカが説明している。
「記憶結晶の発掘は我々にとって非常に重要です。この都市が何の目的で作られたのか――それはMAGIAネットワークの開発であったのか――そうだとすれば、MAGIAネットワークとは何なのか――。それらの謎に対する答えを知るには、この秘密都市において、セキュリティレベルの高い情報にアクセスすることができた人物を再生するのが一番です。今までは、こうした秘密都市でもそうした人物の記憶結晶を見つけることはできず、低位の軍人または一般住民が主でしたから、『MAGIAネットワークの開発をしていた』という一般的な情報は分かっても、詳細は全く不明でした……」
 ロマーシュカがそこまで言ったときだった。
 物音がした。
 赤茶けたビルの影から、何者かがゆっくりと姿を現わしてくる。
 人型の機械。
 高さは2メートルを超える。
 その上部には、MAGIのようなドローンが浮いているが、MAGIと異なる点として、ただの平たい円筒ではなく、そこから水平方向にアンテナらしき棒が多数伸びていることだ。それによって、まるでその円筒は自由の女神像の冠のような形状を呈していた。
「気をつけて! MAGIAです! 武装しています!」
 ロマーシュカが叫ぶ。続いて彼女は、腰に帯びていたMAGICデバイスを掲げ、MAGIコマンド――MAGICを素早く唱えた。
「MAGIよ、我に火炎の力を――ファイア!」
 MAGICデバイスから瞬時にして巨大な爆炎が放出される。爆炎はMAGIAを襲う。が、MAGIAに到達する直前に、まるで見えない壁に当たったかのように防がれた。
「くっ!」
 ロマーシュカが再度MAGICを唱えようとしたとき、MAGIAがその機械の腕をロマーシュカに向けて掲げた。そこには、黒光りする機関銃の銃口がある。
「ちくしょう!」
 俺は走った。MAGIAが銃口をロマーシュカに向けている隙を突き、その横に滑り込む。幼女の小さな身体は、意外なほどの瞬発力を持ち、俺は瞬時にMAGIAの横につけていた。
「晶ちゃん! 危ない!」
 瑠羽がさけんだ。
「任せろ!」
 俺はMAGICロッドを思い切りMAGIAの機械の腕に向けて打ち下ろした。その一瞬の動作のうちに、俺は素早く唱える。
「MAGIよ、我に稲妻の力を――ライトニング!」
 俺のMAGICロッドが青白い光を放った。
 MAGIAはロマーシュカに銃口を向けた姿勢のままで固まる。
 2秒、3秒。
(やったか!?)
 俺は期待を込めてその機械を見つめた。
 だが、次の瞬間、俺はMAGIAに撥ね飛ばされた。凄まじい力で、幼女の俺の肉体は軽々と吹っ飛ぶ。
 銃口が俺に向けられた。
「頭を隠せ! 腕で!」
 瑠羽が俺に命じる。
「くっ!」
 俺は瑠羽の命令通り、頭を腕であわてて護った。
 直後、銃撃。
 腹と脚に、強く殴られたような衝撃が走った。
「――サンダー!」
 遠くでロマーシュカが叫ぶ。
 再び青白い光が世界を満たした。
 銃撃が止む。
「大丈夫か! 晶ちゃん!」
 瑠羽の声が遠くで聞こえる。近寄ってくる足音。そして、唱えられるMAGIC。
「MAGIよ、我が仲間を治癒せよ――ヒール!」
 殴られたような痛みが、徐々に緩和していく。
 だが、俺は衝撃のためか、意識を失ってしまった。

(4)
「う……ん」
 俺は俺自身のものと思われる愛らしい幼女の声を聞いた。ゆっくりと目を開ける。
「気がついたかい?」
 瑠羽の声が上の方で聞こえる。下には柔らかな感触。妙に心地良い。俺の目の前には、青い物体があって、それのせいで視界が遮られている。瑠羽の声はその上から聞こえるようだ。
 俺は無意識に頭を起こそうとして、その青い物体にぶつかり、やわらかく跳ね返されて、そのまま元の位置に戻った。
「おいおい……私の胸に勝手にぶつかるなよ。びっくりする」
「むね……?」
 俺ははじめて状況を理解した。俺は瑠羽に膝枕されていて、俺の上にあったのは瑠羽の胸だ。スーツの胸と腰の部分を、瑠羽は自分のイメージカラーのつもりなのか、青色のパーツで隠していた。
「……俺は……無事だったのか」
 俺は敢えて瑠羽に膝枕されている事実には突っ込まず、尋ねた。あのMAGIAが持っていた銃はかなり強力なものに見えた。
 撃たれたらただではすむまい。特に、この幼女の肉体では。
 そう思っていた。
 だが意外にも、俺は無事に生きているようだ。痛みもない。
「ああ……そのスーツは防弾仕様だからね……」
「防弾仕様といったって、こんなスケスケで防弾ができるわけがないだろ」
「スケスケなのは光学的にはそうだけど、一応一センチぐらいの分厚さがあるからね。それに、衝撃を受けると組成が代わってその部分の硬度が固くなるんだ。一般の防弾チョッキに使われるアラミド繊維の一〇倍ぐらいにはなる。MAGIが開発したものだけど、便利だよ」
「MAGIさまさまだな……」
 俺は目の前の青い物体をながめながらいった。瑠羽がしゃべるごとに、それは細かく上下し、揺れていた。
「君はえっちな幼女だねえ」
 瑠羽が急に話題を変えてくる。
「ば、ばか!」
 俺はもう一度頭を起こそうとして、再度瑠羽の胸にぶつかった。
「はっは! まあ、もう少し休んでいきなよ。君は今日はよくがんばったよ。最初の戦闘であれほど動けるとはね……」
「まあな」
 俺は目を閉じた。
「無職の間、ずっとこういうゲームをやってきたからな……」
 俺の頭に、瑠羽の手が触れた。
「人生に無駄な時間はなかったってことだね。今までの君の全ての経験――全ての苦しんだ経験も、悲しんだ経験も――きっと、この後に役に立つよ。そして君は最後には幸せを手に入れる」
「そうだといいがな……」
 俺は再び、意識が薄れていくのを感じていた。

(5)
「まさか遠慮なく実弾を撃ってくるとはね……。せっかく我々がえっちなのを我慢して『探検服』を着ているというのに、全く意味がないじゃないか。明日からは予備で持ってきたコートでも着るかい? コートの下にすっぱだかだったら、余計に痴女っぽくなるかもしれないけど……」
「MAGIAがどのようなプログラムで動いているのかは推測にすぎませんから……。我々は今まで出くわしたMAGIAの行動パターンから、彼等が従っているルールを帰納的に推測しているだけです。人間を襲わない、という原則にも例外があるかもしれません。とはいえ、一度例外に出くわしたからといって、今まで有効だった対策を即座に放棄するべきでもないでしょう」
「まあそれは君がご専門さ。君がそうしろと言うなら、明日からも我慢してえっちな格好で探検を続けることにするよ」
「世奈! や、やめてください! まるで私が性的な満足を得る目的であなたたちに『探検服』を強いているような言い草じゃありませんか! 私はただ……」
「まあまあ、そう興奮しなさんな。いずれにせよ、明日からも探検服で行く。それでいいじゃないか。我々はたった三人の女所帯だ。別に恥ずかしくもないさ」
「……世奈はときどきジョークと本気が分からなくて、困ります……」
「再生されて以来、私は洒落と諧謔で生きてるんだ。区別つけようって方が無駄さ。そもそも、革命なんて素面じゃあやれないよ」
 どうやら、瑠羽とロマーシュカが会話しているようだ。二人の会話の声で、俺は目覚め、今まで眠っていたことに気付く。まだ、目は開かない。横たわった姿勢を続ける。
 俺達が持ってきたテントは、中央の広いテントと、それに接続した、個人用の狭いテント三つが複合した形状をしており、俺は俺用の狭いテントに寝かされているらしかった。そして、瑠羽とロマーシュカは中央の広いテントで話しているようだ。
「――さてと、ポピガイXⅣの見取り図はこれだね。我々はまだ郊外にいるわけだ。石英記録媒体の保管所があるのはこのあたりかい?」
「ええ……」
 俺が眠っていると思って、二人だけの密談のつもりなのだろう。俺は興味を覚えて、そのまま眠っているフリをし続けることにした。
「市街の中心部。更に北方に一〇キロ。幼女の晶ちゃんもいることを考えるなら、徒歩で三時間といったところか。尤も、MAGIAに出くわさなければ、の話だが」
「戦闘が発生することを見込むなら、到達まで一日といったところでしょうね」
「勝てることを前提にしてるね。心強い限りだ」
「勝てるかどうかは分かりませんが、負けないことは確実です。とすれば、最終的には突破できるでしょう。というのは、現状でも、MAGIAは我々を殺すつもりはないと思っているからです。晶さんを攻撃したときも、彼女の身体は撃っても、頭は撃たなかったでしょう? MAGIAも学習してるんですよ、我々の探検服の防弾性能をね。不殺を維持しつつ、最大限のダメージを与える戦術で対応しているように見えます。現に、彼等が用いている対空ミサイルを生身の我々に向けて撃たれたら、我々はひとたまりもない。本当に殺したければそうするでしょうが、そうはしない」
「対空ミサイルか。あいつのおかげで、市の中心部にヘリで侵入できない忌々しい武装だが、生身の人間を狙わないというのは可愛いところもあるじゃないか」
「まあ、『かわいげ』という意味ではそもそもあのミサイルにはかわいげがあります。ヘリを撃墜するのだって、我々がパラシュートで脱出するのを見込んでのことですよ。その余裕を与えて撃墜しているというのが、MAGIA研究者に共通の見解です」
「君はMAGIAが好きだねえ」
「単に観測されるデータから帰納的に推測しているだけですよ。とにかく。MAGIAは人間の侵入を妨害したがっていますが、かといって人間を殺したいとは思っていない。その彼等のジレンマを利用して、我々はこれまでMAGIAの支配する秘密都市に侵入してきたわけです。その前提は現状でも変わっていない。それが私の見立てです。単に、彼等が我々の防御能力を学習し、それに合わせて多少攻撃力を上げただけのこと」
「多少か……。晶ちゃんが聞いたら怒るだろうけどね」
「晶さんは冷静な人物です。そんなに怒らないと思いますよ」
「妙に彼女を買うじゃないか。気に入ったのかい?」
「彼女――いえ、彼は、冷静沈着で、状況に適応し、最適な行動を取れる人物と見ました。かつてはMAGIに代わり得るAIシステムの研究もしていたと言いますし、我々が『同志』として迎える再生人類としては、最適な人選だったと思います。世奈には感謝していますよ」
「んーんん。そこまで言われると照れるなあ。なんとなく経歴を見て、幼女として再生すれば私がからかいやすくて楽しいと思っただけなんだけど」
 俺は心底むかついた。
「――世奈の言葉はどこまでが本気か分かりかねますね。でもあなたはきっと、その言動とは裏腹に真摯で誠実で情熱的な性格だと私は思っていますよ」
「ロシア人ってのはウォッカを飲まなくても酔えると見えるね。まあ私は美人だからねえ、口説きたくなるのも分かるけどね」
「また茶化して! まあいいです。話を続けましょう……。私たちの目標は、石英記録媒体から、このポピガイXⅣにかつて居住していて、かつ、最高機密にアクセスできたであろう人物を再生すること。そして――」
「その人物を味方に引き入れること。MAGIに気付かれずにね」
「そこまでできれば、私たちの計画は次の段階へ進めることができます。多くの同志たちの中で、一班でもそれができるなら……」
 ロマーシュカはそこで言葉を切った。まるでその言葉――彼女の願いを口に出してしまったら、それが叶わなくなるのではないか――そう恐れているかのように。
「さあて。私はあまり期待はしすぎないようにしているよ。MAGIAの実態は、遅かれ早かれ分かるだろうが、それが果たして私たちが望むものだろうか? MAGIは人間の感情を第一に考え、ストックフィードではなくジョブを配分するという結論にたどり着いた。それよりもマシな答えをMAGIAが持っているかな? 持っているとして、それはどんなものだろうか? ロマーシュカ。君たちMAGIA研究者はデータ不足だから何も分からないと言っているが、本当のところ、どんなものか予想ぐらいはついているんじゃないのかい?」
 しばらく、間があった。数秒だろうか、十数秒だろうか。
 そして、ロマーシュカの囁く様な声が聞こえ始める。
「我々ロシア人にとって、『仕事を配分するシステム』というのはトラウマなんですよね」
「ああ……なるほど」
「勿論、西暦二〇四〇年代のAI研究者にとっては、五〇年以上前の過去の話でしたが、あなたたち日本人だって五〇年や一〇〇年前の歴史に縛られたりすることはあるでしょう?」
「それは……あるね。今から数えたら二〇〇〇年足さなきゃいけないけど」
「だから、ジョブを配分するような設計にはなっていないと思われます。そして、ストックフィードを配分するシステムでもない。人間がAGIに対して役立たずなのは明らかだから、今更自由経済でもない」
「そうなのかい? アメリカの逆張りで自由経済を推進するのもいいじゃないか」
 ロマーシュカの声は聞こえない。だが俺には、彼女がゆっくりと首を振る光景が目に見えるようだった。
「ご冗談でしょう? 人間には無理ですよ……ただ」
「ただ?」
「ある意味では、そういう方向性もあるかと思っています。但し、厳密には人間ではありませんが」
「もしかしてトランスヒューマンでも創るつもりだったとか?」
 トランスヒューマン。人間とAGIを融合させ、人間そのものを強化させるやり方だ。西暦の世界でも、人間がAGIに世話をされる世界を嫌う一派は、そのような形で人間が人類文明の主人であり続ける道を模索していた。
「……ええ。ただ、資本主義の枠組みでそれをやると、人類の分断が起きるのですよ。資本のある人々は際限なく能力を増大させていき、そうではない人は劣った能力しか得られない。あなたが茶化して言うように、私たちは確かに結果平等の世界にトラウマを持っていますが、かといってそういう世界を嫌っているのも確かだったのです」
「人間をトランスヒューマンにはする。但し、能力は平等に与える……それがMAGIAか」
「ええ。但し、私個人の、ただの勘ですよ。MAGIA研究者に共通の見解というものはありません。それに、MAGIAがどうやってそういう世界を実現させるつもりだったのか、それもまだ私には分かりません」
 ロマーシュカはしばらく黙っていた。瑠羽は彼女の言葉を待つように、じっと静寂を保っている。
 やがて、俺達の班長は言った。
「いえ、勘でもないのかもしれませんね。西暦の世界、そして再生暦の世界。二つの世界を見てきた私なりの、ただの願望なのかもしれない。人間が世界の主人であり、しかも皆が平等に暮らしていける世界というのは」
「なるほどね。……私も願っておくよ。愛すべきロマーシュカ嬢の願望が叶うことをね。……そろそろ我々も寝るかい? 明日も早い」
「そうしましょう」
「――私のテントに来るかい? 今日はちょっとしんみりした気分なんだ。口説くならチャンスだよ?」
「……ご遠慮申し上げておきます」
 そうして、二人の会話は終わった。