「夢中で働け」江坂 遊

 日曜日の新聞にたくさん挟み込まれた宣伝チラシ。ふとその一枚に目が留まった。不動産屋の物件案内にこう書かれていたからだ。

“夢の中にあなたは家を持っていますか? お待たせしました。いよいよ夢中(ゆめなか)市誕生による第二区画が販売開始です”

 通勤のときに目にする大きな看板に書かれてあった不動産屋だったので、面白がって電話をしてみた。しかし、何度掛けなおしてもつながらない。夢の中の家など、ありえない話だから、誤植か悪戯に違いないのだが、わたしは妙にひっかかりを覚えた。ネット上のヴァーチャルな世界なら、あっても不思議ではないが、それならそうだと書くだろうし、アクセス手段も書かれていなかった。やはり気になって仕方がない。

“夢中市第二区画は完売しました”

 翌週のチラシを見て、これはどういうことかと思い、いてもたってもおられず、わたしは会社からの帰りに駅前の不動産屋に立ち寄ってみた。受付番号札を機械から受け取って十分ほど待つと、やっと番号が呼ばれた。なかなか、繁盛をしているようだ。
 スーツ姿の若い女性がブースに案内してくれた。
「お待たせしてしまいました。ご来店、ありがとうございます。第二区画の件でございますよね。それが本当に申し訳ありません。たくさんのご応募がございまして、弊社が取り扱っております分は、おかげさまで完売となりました。今、キャンセル待ちの方も多く、その件でしたらここにご記入ください。キャンセルはほぼないかと思われますが、第三区画の取り扱いができるようになれば、優先して責任をもってお知らせいたします。こうやって実際に足を運んでくださったのですから、それは当然です」
 何だか、よくわからないので、担当者におそるおそる疑問をぶつけてみた。
「えぇと、あのその、夢中市というのはいったいどこにできたんでしょうか」
 担当の女性はアニメの女子高校生が驚いたように長い手足を突っ張って驚いて見せた。
「まぁ、お客様、夢中市のことをご存知ないとは驚きましたが、失礼ですが、マイナンバーをタブレットにいただいてよろしいでしょうか。ありがとうございます。では、お調べしますね。すぐです。はい、わかりました。おぉ、これは、お珍しい、Dグループということでございますので、立ち退き勧告まで出ている方たちと同じですね。わたし、初めて実際にお会いしました。お客様は労働を拒否されておられる方ですね。それでは致し方がありません。残念ながら、夢の中の不動産はお買い求めになられません」
「えっ、どういうことですか。さっぱり意味がわからなくて」
 こっちもアニメの登場人物のお兄さん役に徹して、顔の前で両手を開いて可愛さを演出してみた。
「お客様、第三の経済活動エリアのことはご存知ですよね。現実の市場、ネットの中のヴァーチャルな市場。そして各人の夢の世界がつながった第三の経済活動エリアが今、あるということはご理解されていますよね。もしかすると、夢の中のニュース配信も拒否されているんですか。あぁ、何度も拒否されていますね。だからDグループなのか」
 にわかに、とても腹が立ってきた。
「体質的なものかも知れないが、僕は夢をあまり見ない。それが何だというんだ」
 担当者はキーボードをカチャカチャ叩いて、ディスプレイをこっちに向けた。
「確かに、三年前からまったく夢を見ておられないようですが、その最後の夢でこうおっしゃられています。再現してみます」
『おれは夢の中でも働かないといけないのか、なら、夢はもう金輪際見たくない』
 言われてみれば、そんなことはあったかも知れない。突然、寝言でそう叫んだと妻が言っていたのを思い出した。そのとき、妻はさげすんだ眼でわたしを見ていたということも、今、まざまざと思い出した。
「そ、それはあったかも知れない」
「はい。記録の再現ですから間違いありません。確かに、そう言われています。残念ですが、働かざる者、夢見るべからずでして、第三の経済活動エリアにあなたの入国許可がおりないのはそれが理由です」
 急に心細く不安になった。妻はいつもゴロンスーで、長時間睡眠のあとはいつも爽やかな顔をしている。頭の中に不安な黒雲がわいた。
「もしかすると、妻は第一区画で他の誰かと?」
 店の担当者は、ぱっと目を伏せた。