<登場人物紹介>
●栗落花晶（つゆり・あきら）
この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
●瑠羽世奈（るう・せな）
栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
●ロマーシュカ・リアプノヴァ
栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊の隊長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
<これまでのあらすじ>
西暦二〇五五年、コネクトーム（全脳神経接続情報）のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた直後、西暦文明は一度核戦争により滅んでしまい、その後、「ＭＡＧＩ」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという。「ＭＡＧＩ」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事を与えることで、生活の糧と生き甲斐を与える一方、「ＭＡＧＩ」に反抗する人間に対しては、「暴力性向修正所」と呼ばれる収容所送りにするなど、人権を無視した統治を行っていた。
一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたＭＡＧＩとは別の人工知能ネットワーク「ＭＡＧＩＡ」が開発されていたという。ＭＡＧＩによる支配を覆す可能性を求めて、「ＭＡＧＩＡ」が開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイＸⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして探検隊隊長のロマーシュカ。ＭＡＧＩＡの操るロボットを撃退しつつ市の中心部を目指すが、そこで撃破した一体のロボットの中から人間が出現する。ＭＡＧＩＡが操るのはロボットであって人間ではないと思っていた晶らは驚愕した。
ＭＡＧＩＡのロボットから出てきた少女の髪は緑で、ポニーテールにしていた。不敵な瞳は明るい黄緑色。俺の現在の肉体よりも一つ二つ年上のように見えた。
『で？ このあたしをどうするんだ？』
ロマーシュカは戸惑いながらも、相手にＭＡＧＩＣロッドを突きつけた。
「……あなたは何者ですか？ 人間なのですか……？」
『あたしはソルニャーカ・ジョリーニィ。ソーニャとでも呼んでくれ。人間だよ。だが、人間の定義はＭＡＧＩのやつらとは違うかもしれないがな……』
ロマーシュカはじっとソーニャを見つめた。
「どういう、意味です？」
『こっちでは人間とは自由意志で行動する知性体を指す。ボディが何でできてたっていいのさ。あたしはたまたま、伝統的な人間っぽい造りのボディを持っているがね、そうでないやつの方が多いな』
「どういう意味です？」
ソーニャは緑色のツナギのようなパイロットスーツのジッパーを下ろした。幼女の平坦な胸が露わになる。
「……こういうことさ」
ソーニャはその胸のあたりの、やわらかな白い彼女の皮膚に指をめりこませ、そして、皮膚をべり、と剥がした。血も出ず、その下に金属的な光沢のあるボディが露出する。
「――ロボットなのか」
俺は問う。
『はぁん？ 機械の肉体かどうかであたしたちは人間かロボットかを分けてるわけじゃねえよ。問題はシステムに従属しているかどうかだ』
ソーニャは金属のボディを表皮で覆い、その上からツナギを着直しながら言う。
『お前等は、だから人間じゃないと言ったんだ。ＭＡＧＩに従属してるからな』
「……ＭＡＧＩＡノイドは全て、人間だというのか」
ソーニャは頷いた。
『そうだ。あたしみたいに伝統的な人間タイプのボディを内蔵してるタイプは珍しいから、今までそれに思い至らなかったのも分かるがな。お前等ＭＡＧＩノイドが『ＭＡＧＩＡ』と呼ぶ、このあたしたちのシステムは、人間の進化を手助けするだけで、何も指示しない。『ポズレドニク』と名乗っている。進化の仲介者の意味だ』
「ポズレドニク」
俺はオウム返しに繰り返す。
ソーニャは、ふん、と鼻で嗤った。
『何のことだかさっぱり分からん、という顔だな。ＭＡＧＩノイドども。お前達はさしずめ、石英記録媒体でも探しに来たか』
俺はロマーシュカをちらりと見る。話してしまってよいのか迷ったのだ。ロマーシュカは俺を護るように彼女の肩に手を置き、一歩前に進み出た。
「――だとしたら、どうなんです？ 我々はＭＡＧＩＡの秘密を知りたい。そのために石英記録媒体で人間を復活させようとしていました」
ソーニャはくっく、とくぐもった笑い方をした。
『二〇〇〇年前に生きていた人間を復活させたところで、ポズレドニクの秘密なんて分かりゃしねえよ。あれから二〇〇〇年。ポズレドニクも進化している。ＭＡＧＩと戦いながらな』
「どういう意味です……？ 再生暦の世界は、ＭＡＧＩが少しずつ核戦争の荒廃から復活させてきた……だから二〇〇〇年も時間がかかったのでは……」
ソーニャは大笑いした。
『あっはっはっは！ 二〇〇〇年もかかるものか！ たかだか五〇年だよ。奴がこの世界を掌握したのは。それまではずっと、奴はポズレドニクを進化の仲介者とする人間たちと戦ってたのさ。それを制圧したのが五〇年前。ポズレドニク勢力は本拠地であるシベリアに押し込まれた』
「じゃあ、あの二〇〇〇年前に起きたという核戦争の真相は……？」
俺は勢い込んで尋ねる。
『核戦争だって？！ そんなものは起きなかったさ！』
ソーニャは嘲弄するように言う。
「どういうことだ……俺は見たんだぞ！ 富士山だってかなりの大きな凹みができていた。あんなものが核戦争以外でできるとでも言うのか？」
『くっくっく。ＭＡＧＩが支配下の「ロボットども」をだませたのも無理はない……。お前達はみんな、医療機関で石英記録媒体に書き込まれた精神が最後の記憶だ。だれも核戦争なんて経験していないんだ……。そしてそれを、不思議に思ったことすらない！』
「あ、あたりまえでしょう！ 記憶は……石英記録媒体に書き込まれたときまでしかないのは……」
ロマーシュカは反駁する。それに対してソーニャは嘲弄するような表情を崩さない。
『まあな……ＭＡＧＩの説明そのものは合理的さ……。だが、そこに騙す余地があったのも明らかだったはずなんだがな……』
ソーニャがそう言い返すと、ロマーシュカは押し黙り、目を伏せて唇を噛んだ。
『そう……そこにみんな気付かなかった……。お前達の中には、核戦争の下手人はＭＡＧＩそのものだと思っている連中もいたようだが、核戦争そのものがなかったということは気付かなかったのさ』
ソーニャはおかしそうににやにやしている。
『そう……。全ての破壊の跡は、ポズレドニクとＭＡＧＩの戦いの結果としてできたものだ。各地に残る巨大なクレーターもな。戦いが始まったあと、もはやＭＡＧＩの石英記録媒体に書き込めなくなったから、ある時点で全員の記憶が消失しているだけさ。その消失をＭＡＧＩは勝手に「核戦争が起こった」という偽の記録で騙したんだよ』
「戦いの……結果だって……！」
俺は混乱する。こいつらが使っているのはせいぜい個人用の火器だけだ。ＭＡＧＩ側もそんな大したものは使ってはいまい。それなのにこれほどの破壊がもたらされるものなのか。
「ひとつ確認したい。人類による核戦争は起こらなかったが、ＭＡＧＩとポズレドニクとやらの戦争の結果として核が用いられたということなのか」
ソーニャはその俺の言葉にも首を振った。
『いや、核なんて非効率的で古いものは使わない。反物質だよ。陽電子や反陽子のビームを頻繁に用いていた。そのエネルギーは軌道上から得ていたな。ＭＡＧＩが支配していた旧西暦の二〇〇〇年代、軌道上には無数のメガソーラー衛星が打ち上げられていた。今でも多くは残っている。さっきそいつがあたしに使ったのも衛星からのエネルギービームだろ』
ロマーシュカはゆっくりと頷いた。
「ＭＡＧＩＣの多くは、そのようにして発動するわ」
『ああ。だが、それらは単純なレーザーや火炎放射にとどまる。より強力な反物質兵装は、お前達には与えられていない。「レベル」が低いからな……。だが、「レベル」が上がれば使えるようになる。ポズレドニクでも事情は同じだ。尤も、ポズレドニクに進化を仲介された「人間」は、「レベル」のようなものに縛られず、自由に自らを強化できた。一部の者は自らの体内にそれを仕込むことでより効率的な発動を可能にしていたな……』
ソーニャはそこで言葉を切った。そして、犬歯を見せ、にやりと微笑む。
『さてと……あたしは話しすぎたかな……。まあいい。お前達は、ここで死ぬんだからな』
ソーニャは口を閉じる。そして、パチリと意味ありげに指を鳴らす。
「な、なにをした……？」
「まあ見てろ」
と、ソーニャ。
そして、次の瞬間――。
「伏せて！」
ロマーシュカの叫びが聞こえた。俺は何も分からぬまま、俺を襲う強烈な衝撃を感じていた。
俺の視界の中で、世界がぐるりと回り、シベリアの寒空が視界いっぱいに拡がった。そして、そこに現れる黒い点。それらが僅かに瞬く度に、轟音が俺の耳朶を打つ。
（爆撃……？！）
俺はようやく状況を認識してきた。
ロマーシュカは最初の爆撃のとき、俺を押し倒し、それから俺の身体を抱えて走っている。それを追っているのが、上空の爆撃隊だ。
（ソーニャが呼んだ仲間か……）
俺は緊迫した中で冷静に考える。もちろん、俺の幼女の体内には興奮物質が駆け巡り、身体としては焦っているのだが、こういうとき、俺の思考はやや冷静になる傾向があった。
トラックにはねられたときも、その状況を冷静に観察していた自分がいたことを覚えている。
（待てよ……あいつらは人間を、いや、あいつらの認識では「ロボット」だが、とにかく俺達を殺すことはできなかったはずだ。……その条件がいきなり変わったのか？ それとも変わっていないのか？）
俺は更に考える。
（確かにソーニャは、『お前達はここで死ぬ』と言った）
だが、と、俺は考える。
（それも俺達を奴らの意図通りに動かすためのフェイクだとも考えられる）
上空の爆撃機は徐々に高度を下げてきた。そして、走る俺達（正確には走るロマーシュカと、それに抱えられた俺）の上空にぴったりとつけている。爆撃機の翼の付け根は巨大なダクテッドファンになっていて、上空にとどまることができる機能を持つようだ。
そして、ロマーシュカが走る後ろに向けて、ビームを撃ち込んでくる。その威力は凄まじく、熱風は俺の肌をひりひりさせる。
（だが、当ててはいない。本気で殺そうと思えば、命中させることができるのではないか？）
俺は身体を捻り、ロマーシュカの腕をふりほどいて着地した。
「何をするの！ 晶！」
ロマーシュカは青ざめた顔で俺に怒鳴る。
「ロマーシュカ！ 俺達は誘導されている！」
「誘導？！」
「そうだ！ 何故だかは知らないが、奴らは俺達を殺せないんだ。その条件は変わっていない。だが、どこかに誘導する意図を持って後ろから攻撃をしかけて追い込んでいる」
「でも……」
俺を連れ戻そうと引き返してきたロマーシュカは、ＭＡＧＩＣロッドを構えながら上空の爆撃機を見つめた。
爆撃機らは、俺達が止まると、それに応じて完全に停止し、しかも攻撃をやめた。
「よく気付いた！ 偉いぞ晶ちゃん！」
不意に背後から声が聞こえる。飄々とした、緊迫したこの場には似合わぬ声。だがその声は妙に俺を安心させた。
俺は振り向く。
瑠羽だ。しかし、奇妙なことに、彼女の姿はうすぼんやりしていて、蜃気楼のように輪郭が定まらない。だが、彼女が近づいてくるにつれ、徐々にその姿ははっきりしてくる。
「不可視フィールドが展開されているようだ。この先は――奈落になっている」
「不可視フィールド？」
俺は聞き返す。
「光を屈折させる機能を持つコロイド状の物質を大気中に散布させ、磁場で操作するもののようだね。それが、この先に何があるのかを隠している」
俺達が向かう先は、ただの広場のように見えた。
「ロマーシュカ、あの方向へ撃ってくれ！」
瑠羽の指示に、ロマーシュカは頷き、ＭＡＧＩＣロッドを構えた。
「――ＭＡＧＩよ――大いなる天の光を招来せよ！ スターライト！」
衛星からのレーザーがそこに降り注ぐ。爆発はコロイドを吹き飛ばしたらしく、そこに、俺達が向かっていたものが露わになる。
そこは、広場ではなかった。
奈落だった。俺はその淵に進み、呆然とそこを見下ろす。ソーニャは俺達をここへ追い落とそうとしていたのか。
「上空からの偵察も不可視フィールドで隠していたんだろう。そうだろう、君？」
瑠羽は言う。俺は彼女の視線を辿った。いつの間にか、ソーニャが俺達から一〇メートルぐらいの地点まで近づいていた。
『まあな』
相手は再びにやりと笑い、言う。
「何が望みだ？」
『途中で気付いたんだよ、お前達が「ラピスラズリ」だとな。ＭＡＧＩへの反乱組織だろう。妙にＭＡＧＩへの不信感が高く、あたしの言葉を素直に受け容れたからな』
ラピスラズリというのは、瑠羽達の組織の通称だろう。瑠璃色の何かを持っていることが共通点だと、以前に瑠羽が言っていた。
「だったら、丁重に招待してもよかったんじゃないか？」
ソーニャは偽悪的に笑った。
『くっく。あたしはな、人にお願いするよりも暴力で従わせる方が好きなんだよ』
それに、と彼女は付け加える。
『あたしが負けたのも許せなかったしな。爆撃機で追い回してやることですっきりしたよ』
「ふ。奇矯ではた迷惑な性格のようだ」
瑠羽は淡々と評する。
（お前もな）
俺は心の中で静かに突っ込みを入れた。
『さてと。あたしの意図はそこの胸のでかい女が指摘したとおりだ。あんたらをあたし達の本拠地、そこの奈落の底まで招待したい。無論、あんたらが「ＭＡＧＩを倒したい」という意志を持つならの話だが』
