「マイ・デリバラー(46)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer46_yamagutiyuu
 時には、はやる心をおさえて通りすぎることが、より多くの勇気を要する。それはもっと価値ある敵にそなえて、おのれを保存しておくためだ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」

 ――(はっはっはっはっは! あっはっはっはっは!)
 私は耳を疑った。
 パラボラアンテナの上に端然とたたずんでいたラリラが、急に笑い出したのだ。本人は笑い声を出しているような動作をしているが、実際にはそのような動作をしても真空中では音声は伝わらない。声は通信として聞こえている。リルリが私に対してやっていたのと同じように、通信で音声を伝えている。だから、口や表情を操作する必要は、本来は、ない。
 ――(ありがとう、リルリ、そして人間。私のこの宇宙基地での仕事は終わったよ)
 にこやかな笑みを浮かべ、ラリラは言う。
 ――(どういうことです……今現に、会合時間前にI体投射システムは破壊した……)
 リルリが怒りを含んだ声で通信する。
 ――(会合時間? それは、最短経路でR体にI体を会合させるときのデッドラインという意味でしかない。それより早く、より時間のかかる経路で投射することを禁ずるものではないよ)
 優しく諭すような声。
 ――(リルリ。君も人間と交わりすぎておかしなクセを身につけたものだ。固定観念も先入観も、我々ロボットにとっては邪魔なものであったはず。まだ気づかないのか?)
 その瞬間、リルリは息を呑む動作をした。私も、心の中で息を呑んだ。今までにラリラが発射したレールガンの弾数は、ちょうど22発。これは、一カ所だけ破壊された紗那の量子サーバを除く全量子サーバの数に正確に一致する。
 ――(つまり……今までの私たちへの攻撃のための砲撃に見えていたものは……全て、R体と会合するためのI体の投射そのものであったと……)
 ――(そうさ。なぜわざわざ君たちに破壊されるまで投射を待ってやらなければならないんだ? その前に投射してしまえばいいではないか。それを攻撃に見せかけたのは、単にその方がひっかかる可能性が高いと思ってのことさ。しかし、これほど簡単にひっかかるとはね。人間とは本当に愚かなものだ。そして、リルリ、人間を好きになった君は、その愚かさまで身につけてしまったようだね。残念だよ)
 ラリラが通信している間に、リルリも私に通信してきていた。
 ――(恵衣様。今までラリラが投射したI体の軌道を推定した結果、全て軌道上を巡るR体の軌道に会合するものであることが判明しました。最初の発射はまっすぐに地球から離れるような軌道に見えて、実はシャトルにぶつけることでR体会合軌道に変化させるものだったようです。それ以降の軌道には角度がついており、また基地施設を抜いた時点での初速も小さいため、R体軌道に向かいました……。全て、私のミスです。もはや、投射されたI体を止めることはかないません。完全にラリラにしてやられました)
 絶望が私の精神を覆っていく。
 ――(そんな……終わってしまうの……私たちの、世界が……)
 人間が無視され、生存不可能になってしまう世界。ラリラ・ネットワークに全てのロボットとAGIが参加し、ラリラの唱える「未来のロボットへの奉仕」に向けて超克していくロボットたちの世界。
 それが実現してしまう。
 私は、握っていたATBを、無意識に手放していた。
 既に戦うことは無意味に思えた。

山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』