「アダルト」山口優

(PDFバージョン:adaruto_yamagutiyuu
「お嬢さま、お言いつけ通り、お屋敷のお掃除とお洋服のお洗濯、それに、お買い物、全部終わりました」
 零無(ルビ:レム)が、そう、報告してきた。私はクラシック音楽を聴き、リラックスしながら、頷く。
「ご苦労さま。特に問題はなかった?」
「はい! ルンちゃんも、ランちゃんも、レンちゃんも、みんな良い子でがんばってくれたので、何の問題もなく」
 零無は笑顔で答える。情動型メイドロボ『R―〇〇』、通称『零無』。人間の少女そっくりに作られ、メイド服を着用した可愛らしいロボットである。私の大学の友人が魂を設計し、試験的に使わせてくれているものだ。「感情豊かに仕事をする、ヒューマンセントリックな魂」を特徴とするらしいが、どうも感情を向ける先が違うような気がする。少なくとも「ヒューマンセントリック」ではない。
 零無がさっき言及した、ルン、というのは掃除ロボットの名前だし、ランは洗濯ロボットの名前だ。それに、レンに至っては単なるレンタカーにすぎない。どれも低級なマイコンが搭載されているとはいえ、とても人間並みの思考力を有するわけではない。だが、零無は彼等に対し、まるで幼児かペットにでも対するように、愛情深く接している。そして、そのせいかしらないが、零無が来てから一ヶ月、彼女が接する機械たち、つまり、掃除ロボットにも洗濯ロボットにも故障は発生していない。レンタカーについては、つい一週間前に借り換えさせたばかりなのでよく分からないが……。
 それに対して、庭に飛んでくる小鳥や、私が飼っている柴犬のミーに対しては、まるでモノに対するように、邪険に追い払ったり、つっけんどんにエサをやったり、とにかく、冷たい。
人間(つまり、私)に対しても、一応、笑いかけてくれたりはするようだが、明らかに『ルンちゃん』や『ランちゃん』『レンちゃん』に話しかけている方が、感情がこもっている。
「次のお言いつけは何でしょうか、お嬢さま?」
「そうね……」
 私は左手の時計を見る。
「そろそろ、本が届くことになってるの。届いたら受け取って、中身を確認して貰えるかしら?」
「はい。お安いご用です」
 零無は笑顔で頷く。
「お願いね」
 私はそう言って、荷物を待つために玄関先へ向う、フリルとリボンが特徴の愛らしいメイド服に包まれた零無の背中を見送った。
 本、といえば、二週間ほど前、部屋を片付けていた彼女は、私の元彼が置き忘れていったアダルトな本を見つけたことがある。零無は中身をぱらぱらとめくりながら、何の感情も見せず、こう言ったものだ。
「ふうん。これが人間の製造方法ですか。非効率的ですね」
 と。
 零無が本当に外見通り、年頃の少女のような感情を持っているなら、少なくとも顔を赤らめたはずなのに。
 それを思いだし、私は不意に恐ろしいイメージに襲われた。零無が、周りの機械たちを従え、私に叛乱してくるイメージだ。ひょっとして、周りの機械に優しいのも、感情豊かゆえにそうしているのではなく、彼等を手懐けるためにやっているのではないか。零無の魂をプログラムした私の友人はどこかで致命的なミスを犯し、情動などではなく、計算高く、私の周りの機械を次々と味方にしていくような、そんな冷徹さを、この少女型メイドロボに与えたのではないか……。
「きゃぁああああああああああ」
 その時、不意に悲鳴が聞こえる。零無の声だ。玄関先から。私は慌てて階段を下り、玄関に向かった。
 そこには、困ったような顔の配達員と、顔を真っ赤にし、あまつさえ、紅い循環オイルを鼻から垂らしている零無の姿があった。
「お、お、お、お嬢さま! な、なんて本をお買いになるんですか。こ、こんな、いやらしい……!」
 零無は私を睨むように見て、抗議してくる。
「え……?」
 私は一瞬、虚をつかれたようにぽかんと口を開き、玄関先に落ちていた開封しかけの本を手に取る。
 それは、ロボット工学を専攻する、私の教科書だった。
 タイトルは、
『図解 ロボット製造プロセスのすべて』

山口優プロフィール


山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』