ライターの小山由美氏が「ちいき新聞」に寄稿した記事をアーカイビングする企画、第3回では、伊藤計劃会員のお部屋と本棚を写真付きでご紹介します(ご遺族の許可はいただいています)。もとの原稿では紙幅の都合で部屋・書棚の写真は1枚しか掲載できませんでしたが、今回は5枚まるまる掲載いたします。私自身、伊藤計劃『The Indifference Engine』(ハヤカワ文庫JA、2012年)に解説を寄せる際には、ご遺族の許可を得てお部屋と本棚を取材させていただいたのを思い出しました。(岡和田晃)
(PDFバージョン:itoukeikakulh3_koyamayumi)
<SF作家・伊藤計劃 本棚から垣間見るその横顔>
作家として活動したのはたった2年であった。34歳の若さで病に倒れ、才能を惜しまれながらこの世を去った伊藤計劃さん。その足跡を求めて、彼が幼少から晩年まで過ごした八千代市内の自宅を訪ねた。
●時間の止まった部屋に残る息づかい
窓以外のほとんどが本で埋まる六畳間。本の奥は二重三重にさらなる本が収納され、本棚の各段は重みで歪んでいた。
「お年玉をもらうと即本屋へ、という子どもでした。トイレにもお風呂にも本、食べていても歩いていても手から本が離れない。お蔭で電信柱にぶつかることもたびたびでした」。母の和恵さんは当時を思い起こすように微笑んだ。
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SFや専門書などで埋まる本棚にぽつんと犬の漫画が鎮座し、何かなごむ。伊藤さんは犬嫌いだったというが、家族が飼うハスキーの海(かい)とだけは気が合った。残業続きで構えず海にそっぽを向かれては、好物の焼き鳥を買って帰って仲直りした。後に部屋から箱のまま出てきたハスキーのオブジェは、伊藤さんの遺影とともに今日もリビングの片隅で家族を見守る。
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本棚には大量のDVDもひしめき合う。伊藤さんは映画通でも知られ、生前は年400本以上を鑑賞。病院を退院したその足で映画館へ向かうほどの情熱だった。
この秋、伊藤さんの未完原稿を芥川賞作家・円成塔氏が引き継いだ『屍者の帝国』が映画化。11月には代表作『ハーモニー』も劇場公開予定だ。
●高まる評価 自身は未踏の海外へ作品が羽ばたく
没後7年。彼の作品は国内外で受賞し、映画化され、海外では翻訳本の出版が相次いでいる。「死んだら終わりというけれど、死んでから計劃の人生が始まった」と和恵さん。一方この状況に「こんなことってあるのかしら」との戸惑いも繰り返すという。
彼はここで育ち、学び、伊藤計劃という大きな世界を作り上げた。その確かな証である本棚は今も生前そのままに、彼の家族と親友によって管理されている。
(「ちいき新聞」佐倉西版・八千代台版・東葉版、2015年11月13日号)
小山由美既刊(共著)
『子どもとでかける千葉あそび場ガイド』