(PDFバージョン:kagamiyokagami_hayasijyouji)
「鏡よ鏡」
「はい、何でしょうか、お后様?」
「お前に一つ訊きたいことがある、お前は私が后として嫁ぐ前からこの城にあったが、もしかして、お前は前の后の持ち物か?」
「はい、左様でございます。前のお后様は、自分に何かあったら、私に次の后に従えとご命令になられました」
「やはりな、前の后も魔女であったか」
「ご推察の通りです」
「荒れ地の魔女が消息不明になってから、我が国が栄えた故に、もしやと思っていたが。前の后の真名をそなたは存じておるのか?」
「前のお后様は真名を明かしてはくれませんでした」
「まぁ、あれほどの魔女が自分の真名を明かすことはあるまいな。前の后はなぜ亡くなったのだ? 病気というのは本当なのか?」
「本当です。病気で亡くなられました」
「呪いや暗殺ではないのか?」
「前のお后様は、王様の外征中に政務を委ねられ、全身全霊でそれにあたっておられました。それがお身体に触ったのでしょう」
「あの魔女が、国のために尽力するとは、信じがたい話よの。で、白雪姫は前の后の実の娘か?」
「左様でございます。物心ついたときから、私めが教育係を仰せつかっております」
「鏡よ、お前が教育係だと! なら白雪姫は?」
「はい、魔女でございます。血筋というのでございましょうか、魔女としての実力は、お后様と互角かと。あと10年もすれば、ハンザ同盟都市群で最強の魔女とおなりになられるでしょう」
「あの人は、王はそのことを?」
「すべては国王陛下のお考えです。国の発展を願っての」
「王はなぜ私と結婚したのか?」
「前のお后様の提案です。あなたを取り込まねば、将来、白雪姫さまと敵対するやもしれません。ならば我が国に后として迎え入れれば、我が国は最強の魔女を二人も手に入れることができる」
「あの女……私が継母として、白雪姫を手にかけるとか思わなかったのか?」
「あなた様は、そんな真似をして后の座を失うほど愚かではない、と前のお后はお考えでしたが。いまさら、市井で魔女狩りの恐怖に怯える日々に戻りたくはないのでは、いかが?」
「白雪姫を森に捨てるとか、方法はあるだろう」
「お后様は、ご存じではないようですね。白雪姫様は、齢16にして聡明な王女様でもあらせられる。あの森は隣国との国境になっておりますが、あそこは姫様が雇った傭兵たちが潜んでいる森でもある。姫様は、王権を弱体化させるべく動いていらっしゃるのです。いずれ我が国に併合するために。白雪姫様の治世なら、我が国はハンザ同盟の盟主となれましょう」
「隣国の国王が黙ってはおるまい」
「はい、何度か討伐隊が出されましたが」
「出されて、どうなったのじゃ!」
「姫様により異形のものに変えられ、鉱山で働かされております。傭兵たちの給料も必要ですので」
「……私はなんのために后として迎えられたのか!」
「お后様ほどの魔女でもお分かりにならないとは意外です。我が国は魔法により外敵から守られている。その魔力は、魔鏡である私から放たれているのです。しかし、無から有は生じない。魔力の源泉は、お后様、あなたから私が吸い取っているのです。あなた様の姿を映し出す私だからこそできる」
「先の后は、それで衰弱死したというのか、どうして衰弱死するまで……」
「白雪姫様を守るには他に方法がございません。娘のために母親が犠牲になる、ありふれた話です。そして自分を犠牲にできる母親なら、赤の他人を犠牲するなど造作も無いこと」
「そんな真似は真名を知らねばできぬはず。前の后も教えなかったと言うではないか」
「前のお后様も、いまのお后様も、私にすべてを晒している。真名を読み取るくらい容易いこと」
「国のために犠牲になれと!」
「国に殉ずるのです、魔女として、なんと美しい姿ではありませんか」
「世界一美しいのは白雪姫と言ったではないか!」
「はい、以前には、でもいまはお后様が一番美しい」
「なぜじゃ!」
「蝋燭も魔女も、燃え尽きる寸前が、もっとも美しいからです」
「……」
「おや、もう逝ってしまわれたか。次の魔女を呼ばねばならんな。鏡よ鏡、世界で一番哀れな女は誰、はい、それはお后様です」
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