(PDFバージョン:mydeliverer1_yamagutiyuu)
帰宅は十一時を過ぎていた。黄色い不在連絡票がドアに挟まっている。Eペーパーの連絡票で、荷物と届け主の概要が点滅していた。
「あ……そっか」
注文していた荷物だ。だがもうこんな時間。今日中に再配達などあきらめるしかない。といって、明日早く帰れる見込みもないのだが。
私は不在連絡票に目を通しながら、ドアを開ける。
「ん?」
首を傾げた。
――再配達時間制限なし。担当ドライバーへの電話は二十四時間受け付けます。――
なんだこれは、と思った。いつでも再配達してくれて素晴らしい、と思う前に。
「本当に? 何かの間違い?」
どうせ誰も出ないだろう、と思いつつ、わたしはペーパーに印刷されたアンテナにウォッチを近づける。ウォッチは自動的に番号を取得した。電話をかけてみる。
「あの、不在連絡票が……」
私は遠慮がちに言葉を続ける。本当に大丈夫なのだろうか、と思いつつ。
「はい! 今すぐ持っていきますね! 念のためご住所とお名前を」
とびきりの元気な声だった。疲れている様子は、――少なくとも電話口からは感じられない。
「美見里恵衣(みみり えい)。東京都湾岸区夢ノ島3―3―15。マリンパレス1108、です」
「はい、マリンパレスの美見里さん。すぐに持っていきます。一〇分ほどお待ちください」
通話は切れた。
私はウォッチでドアに触れると、鍵が開く。足取りは重い。資料作りのせいだ。新しい旅行先の開拓で、人気の出ている火星にするか、月面を拡充するか――。私は月面を軸に提案をするつもりだった。AIの売り上げ予測はやや月面に傾いていたが、AIは所詮現状から外挿したような予測しか出さない。それだけを根拠にプレゼンしても、会議は通らないだろう。
――自分が行けるわけでもないのに……。
私の入室を検知してアパートの明かりが点灯する。自然光に近いスペクトルに調整されたLED光は私の目を癒す。ソファに座ると、壁一面のウォールテレビが今日のニュースを自動的に流し始める。
「続いてワールドニュースです。停滞していた海南戦線では、米越連合軍とともに我が第一水陸機動団が島の西部から攻勢を再開、敵二個師団の撃破に成功したと統幕は発表いたしました。なお、この攻勢により、機械歩兵の被害は三〇〇台におよび、JSPCR、日本ロボット愛護協会は統幕および防衛省に対する抗議声明を……」
チャンネルを切り替えた。
「では、続いてボーカロボ・アイドルユニット、『ゆんゆんウェーブ』のナンバー……」
ウォールテレビを切った。
――ふう。
この頃、世界で活躍しているのはロボットばかりのようだ。
世界の表舞台はロボットのもので、人間は裏方に引っ込んだようだ。戦争をするのもロボット。歌を歌うのもロボット。売上予想を立てるのもロボット……。
それでも人の仕事は減らない。人間の欲望は底知れないからだ。地球上のすべてを旅行しつくした後は、宇宙に行きたいと言い出した。それがどれだけの資源を消費するのか、もはや誰も計算しようともしない。人間一人が消費するエネルギーは、ひと昔前は恐竜一匹分ともいわれたが、今は恐竜の群れひとつ分ぐらいだろうか。いやもっとかもしれない。
かつては人間の仕事を奪うと懸念され、ILOがロボット或はAGI(汎用AI)が就ける仕事を制限していたが、その制限も今や形骸化している。ILOが策定する「基本機械化業務」が世界的にロボットが就ける仕事とされるが、その中にはかつて人間が行っていたあらゆる種類の仕事が含まれている。
チャイムが鳴った。インターホンに連動したウォッチを口元にやる。
「はい」
「お届けに参りました! 雨河急便です!」
「あ、どうも」
私はドアを開ける。
「こんばんは……」
ドアの向こうにいた配達員は、年齢は私より一〇ほど下に見えた。つまりハイティーンといったところ。背は中程度、プロポーションはめりはりが利いて美しい。雨河急便の地味な蒼い制服に身を包んでいて、目立ちはしないが。
だが外見は、印象に残りはしたが私を驚かせるほどではない。若い子がバイトで配達員をするのもよくある。勤務時間が遅すぎるのは気になるものの。
私を驚かせたのは、彼女の上に浮遊している物体だ。静かな飛行音とともに、まるでそこにないかのように浮いている、平たい円筒形のドローン。
遠隔電波中継ドローン。人型のロボット、特に外見が人そっくりであることが必要なタイプのロボットにおいて、目立つアンテナを取り付けられない場合、外部との交信を中継することに用いられる。
「あなた……ロボット」
今まで配達は人間の仕事だったはずだが……。
「はい、ILOの規定が変わりまして、運輸関係の業務も基本機械化業務に含まれまして……」
にっこりとほほ笑む。
二四時間、再配達が可能になった理由がやっと飲み込めた。
そういえば最近自動運転車が公道を走るようになった、というニュースがあった気がする。自動運転車の基本技術はもう一〇年も前に完成していたが、事故の懸念があって今まで禁止されていた。
「はい、これがお荷物です!」
「ああ、うん、ありがとう」
荷物を受け取る。
「あ、これ、私の名刺です」
「名刺……」
私は首を傾げた。丁寧に差し出されたそれを、思わず受け取りつつも。
雨河急便、湾岸区夢ノ島エリア担当配達員、R・リルリ。
「今月から、弊社はヒューマン・サービスということで、いろいろな施策を展開しておりまして。もしよかったら」
「え、ええ……」
配達員をロボットに変えておいて、何が「ヒューマン」なのか。そう思ったが、今まで、こんなにきめ細やかな対応はなかった。それを「人間らしい」と表現することは可能なのかもしれない。
「では、今後ともよろしくお願いします、美見里さん!」
一礼して立ち去ろうとした、その時。
立ちくらみのようにふらりとよろめいたいたあと。
リルリはどさりと倒れた。私の目の前で。
山口優既刊
『サーヴァント・ガール』