「消失事件」岡和田晃

(PDFバージョン:shousitujikenn_okawadaakira
 ――J・ソウヤーとシルヴァーバーグ、二人の”ロバート”の想い出を、ささやかな密室劇として。

 わたしは立ち上がった。暖炉の火を強めようと、火掻き棒を手に取った。傍らに積み上げられていた木ぎれを適当に放り込む。燃え具合を確認しながら、高さを調節した。
 ロンドンもすっかり寒くなった。作業を終えて棒を置く。窓際からは、足早に帰路につく人々の姿がよく見える。霜が降りている。心なしか、皆、早足だ。
 わたしは雑然とした部屋のなかをゆっくりと見回した。窓の横には幅の広い机が据え付けられており、その上には得体の知れない化学実験用の設備が置いてある。わたしは弱火で燃え続けるガスバーナーの炎を確認した。フラスコの中の液体が蒸発して、もうほとんどなくなりかけているのに気がついた。ほっと息をついて、バーナーの根元にあるバルブを回し、火が消えたのを確かめる。間一髪。もう一度、フラスコを見直す。曇っているせいか、液体がすべて蒸発してしまったのか、微量ながら残っているのか、素人目にはよくわからない。
 どうやって言い訳しようか。友は、人一倍観察力が鋭い。きっとわたしの過失に気がつくことだろう。素直に謝るのが最良の手段だ。かれが鷲鼻を得意そうに唸らせながら、鷹揚に許しを告げる様が思い浮かぶ。かれに小馬鹿にされることには慣れきってはいるものの、やはりいい気持ちはしない。なにか、いい案はないものか。考えをめぐらせる。
 壁の隅、天井に近い場所に空いた弾痕を見つめた。きれいに「V.R (女王陛下万歳!)」という文字になっている。実に器用な芸当だ。たしか、多量のコニャックで酔っぱらっていたはずだが、彼が放った弾道には一分の狂いもない。友の真似をして、部屋の中をうろうろと歩き回る。至る所に散乱している、新聞や書類の山に足を掬われそうになる。暖炉の上にかかっている時計を見遣る。わたしはこっそりと、その隣にある写真立てを表に向ける。かの冷徹な女がわたしに笑いかける。
 アイリーン。かれが唯一、愛した女性。礼儀を失するわけにはいかない。わたしは軽く、彼女に会釈した。心なしか、彼女がわたしに微笑み返してくれたように思えた。収穫だ。自慢してやろう。 
 ……ただの写真を前に、どうしてニヤニヤしているんだ?
 頭を振り、妄念を吹き飛ばして、傍らのストラディバリウスを手に取る。丁重に扱わねば。手が震えた。弓はどこだ? 見回す。ソファの向こうに転がっている。腕を伸ばす。首に挟んだヴァイオリンがずり落ちそうになる。慌てて、もう片方の手で押さえ込む。体勢が崩れた。先ほどまで座っていた椅子に、見事にぶつかって、その勢いで、隣に置いてあった地球儀の球が、ものすごい音を立てて枠から外れた。ストララディバリウスを抱きしめ、しっかりと守る。床にぶつけた腰が痛む。ゆっくりと起きあがる。ヴァイオリンに傷がついてないのを確かめ、もとあった場所に安置する。
 わたしは椅子を直し、腰掛ける。テーブルの上に散乱している切り抜きと反故の山のなかから、書きかけの備忘録を探し当てる。万年筆の先を嘗めて、インクを湿らせる。友人の生態を、その奇矯な個性を最大限に生かしつつ、本人の満足のいくような形で世に知らしめようとすることは、何分にも難しいものがある。わたしは文句をこしらえ、数行読み進めるが、いっこうにらちがあかない。得体の知れない黒いイロニーが入り込んでくる。ああ、いい加減わたしは、なにかを語ることに疲れてしまった。語ろうとすることで、なにかを知っているふりをすることにも、信が置けなくなってしまったのだ。飽き飽きして、文机の反対側にあるソファーに寝転ぶ。枕元に置いてあった、ホラティウスの詩集を手に取る。小声で読んでみる。わたしのラテン語の発音はひどく怪しい。おそらく、日曜学校の教師にも敵うまい。
 ”苦難には、勇気をもって力強く、対処せよ。その一方、賢明になって、あまりに順風な風に対しては、はらんだ帆を畳め……”
 いったい、いつから、彼の詩はこんなに教訓的なものになったのだろうか?

 扉が開いて人が駆け込んできた。大きな音を立て、しっかりと閉める。かれは慌てて鹿討ち帽を脱ぐと、壁の帽子掛けにひっかけた。息をつく間もなく、インヴァネス・コートを脱ぎ捨てる。鷲を思わせる精悍な顔。いささか憔悴しているようだ。後にわたしは、その度合いを「いささか」なぞと形容してしまうのは、無慈悲な時間が、わたしの観察眼を曇らせるとともに、わたしの精神から、辛うじて存在していたはずの緊張感とでも言うべきものを、残らず奪い取ってしまっていたように思ったものだが。それはともかく、かれは椅に腰掛け、テーブルの上に置いてあったパイプを取り、火をつけて、出てきた煙を大きく吸った。僅かに開けた口から、欠けた歯が覗いた。
「……今日は正直しんどかったよ、ワトスン君。ぼくはいままでそこいらの刑事どもよりも、比較にならないほどの回数、いわゆる必死の捜査というやつを体験してきたし、大きな声では言えないのだけれど、泥棒の真似のようなこともやったことがある。そういえば、きみと共謀したこともあったっけ。そう、恐喝王ミルヴァートンの事件だ、なんだかひどく懐かしいな。
 おっと、話が逸れた。それにしても、今日みたいなのは初めてだったよ。なにせ、依頼人は自分なのだからね。自分の身は自分で守るというのは、この哀れむべき個人主義的なる時代においては、当然すぎるくらい当然なことではあるのだけれども、いやはや、他人が犯した過ちとはいえ、その尻拭いをさせられるとは思わなかった」
 わたしは曖昧にうなずいた。かれと共同生活を営んでいたのは、もうかなり昔の話になるのだけれども、当時でさえ、突然届いた電報を読んでいきりたったホームズが、何も用件を言わず、このベーカー街の221番を飛び出していくのは、さして珍しいことではなかったのである。そして今日も、かなり長い間離れていたかつての同居人と、久方ぶりに顔を合わせたのにもかかわらず、格別嬉しそうな顔をするわけでもなく、かれは、いつもと同じように、自分が手がけている事件のなかに、文字通り埋没してしまっている。
 だが、わたしはかれを知りぬいている。向こうにとっても、それは同じだ。とりたてて語り合うほどのこともない。ましてや、かれは、ロンドンで唯一の私立顧問探偵である。わたしが普段、なにをして、どんな生活を送っているかなど、顔を見ればお見通しだろう。
 けれども、戻ってきてぼやいたなり、かれはソファへと座り込み、片手でパイプをひょいとつまんでバランスを取りながら、ひらすらにタバコをふかしつづけている。そうして、思索に耽っているときの、あの独特の表情を浮かべているのだ。そうかと思えば、苛立ちながら部屋を歩き回り、また座り、始終落ち着きを無くしている。そのせいか、テーブルの上に散乱しているコカインの粉末と注射針にも一顧だにしない。
 よく見たらそれらには、厚く埃が被っている。一旦わたしがかれのもとを離れると、あれほど口を酸っぱくして禁じたにもかかわらず、たちまちかれは過去の悪習を繰り返してしまい、麻薬中毒者特有のある種の弱さを露呈させていたのであったが、肉体の老化によって歯止めがかけられ、夢見心地の少年がド・クィンシー風の詩域から成熟とともにそれとは知らず追い払われるがごとくに、灰色の世界をあるがままに受け入れるようになったのであろう。ましてや、わたしが部屋のなかをいじくりまわし、お気に入りのストラディバリウス――これはいまだに、収集家の垂涎の的なのだが――それをあやうくおしゃかにしそうになったことなど、知る由もないようだ。
 しかし、わたしは幾分せっかちだった。法的には三度目、肉体的には四度目の結婚を終え、気楽な独身生活に舞い戻ったものの、妻帯者特有の、あのせわしなさは抜けていなかったのだ。わたしの無粋な問いかけに、ホームズは怪訝な表情を隠さなかった。けれども、さすがに遠方から足をはこんで来た友に対する情が勝ったのか、すぐにいつもの冷静な調子に戻ると、かれは椅子に腰掛け先ほどとはうって変わったやんわりとした表情で、こう語ったのだった。
「やれやれ、君にはもう何度ともなくぼやいたように、この因果な職業から身を引いたら、サセックスあたりの田舎に引っ越して、養蜂でもして余生を過ごそうと思っていたのだけれども、当分そんな暇はできそうにないね。まったく、往年のスコットランド・ヤードのお仲間――ほら、あの無能なレストレードだよ――でさえ、今や公務から身を引いて、南フランスで悠々自適の生活を送っているというのに……」
「きみ自身が依頼人とはどういう意味だい?」
 かれは眉を吊り上げた。途端にわたしは思い出した。話の腰を途中で折られるのは、かれが何よりも忌み嫌うことだったのだ。この手の峻厳なる性情はいまだ変わらずか、と思ったのも束の間、年相応の分別がついたのか、かれは軽くため息を吐くことで、感情を顕わにした。よく見ると、かれが疲れたように見えたのは、一時的な疲労のせいというよりも、むしろ、無慈悲な時代の荒波が残した痕跡のためのようであったのだが、皺だらけの鷲めいた横顔に根付いた絶望が、一層深くなったように思われた。しばし沈黙が訪れたが、わたしのしまったという表情――昔ながらのものだ――を見て、これ以上相手がでしゃばることはないだろうとふんだのか、とにかく、かれはさしたるとがめだてもせずに、話を続けたのだった。心なしか、楽しげに見えた。
「哲学的な言い回しというやつさ。これを発明した人間は天才だね。ぼくはプラトンやヘラクレイトス、ディオゲネスなぞに始まるこうした連中には、有能な大道芸人に対する程度の興味しか持ち合わせていなかったのだけれども――なにせ前口上ばかり長くて、いざ芸の時間になったらもう真夜中だったりするからね――明確な事柄を迂遠な言い回しで表現することによって相手を煙に巻くというのは、考えてみれば、なかなかうまいやり方だと思えるようになったよ。ぼくも歳をとったということかな。
 それはともかく、こういうことさ。実に滑稽な表現だけれども、要は、ぼくに、見る眼がなかったのだ。預金者の立場だったら、金を預ける銀行をきちんと選ぶだろう。同じことだよ。原稿を預けるんだったら、相応の防備が整った場所に送らなければいけなかったということだ。コックス銀行の頭取には、昔『ラオコオン』に関するちょっとした事件で関わりがあったな」
「ああ、その件はぼくも憶えているよ。原稿に書いたりもしたっけね。でも、結局発表はしなかったな。利害関係が絡むからって、頭取に泣きつかれたんだっけ」
「よく憶えているじゃないか。そう。ぼくはあの男、マンフレート・ベンジングにはちょっとした敬意を払っていてね。ドイツ人にもかかわらず、この大英帝国であれだけの地位に登り詰めた才覚もさることながら、愛書家特有の偏執狂めいた情熱に惹かれたのさ。『緋色の習作』以来、きみは何度も、ぼくが話す言葉の言い回しがひどく迂遠なものであるとか、ぼくに文学の知識や素養が欠けているだとか、さんざんに褒めちぎってくれた。おかげで君の熱心な読者たる凡庸なる皆々は、ぼくがほんとうにそうなのだと思い込んでしまった。が、書かれた言葉がどのような音楽的性質を持ちうるか、そう、どれだけ言葉として美しくなりうるかということ、つまり造形的、彫塑的な美については、常々ぼくにも関心があった。そんなわけで、なんとかあの偏屈な男と話を合わせることができ、その結果、ゴッドフリート・ヴィルヘルム・レッシングの『ラオコオン』の異稿に関した一連の騒動のことを伏せておく代わりに、この部屋に置いておくと困る書類を彼に預かってもらう、ということになったのだよ。ちょっとした役得も付いてきたね。なかでも、芸術家気取りのデカダンスたち、つまり前世紀末から細々と残り続けている滑稽なる頽廃的姿勢の継承者である諸君と知り合いになれたことは大きかったよ。――機会があれば、ぼくがシュテファン・ゲオルゲなる変名で作品を発表した『藝術草子』という小冊子を観てみて欲しいね。きっと驚くに違いない――まさに普遍的な、壮麗たる美の王国が、言葉という屋台骨にのみよりかかる形で、そこに屹立しているのだから。話が外れたな。そして当然ながら、その、ベンジングが守っていた金庫のなかには、わが愛すべきベンジング事件のものをはじめとして、きみが丹念に記録してくれた、愚かしくも愛すべき事件が書かれたノートの数々も含まれているというわけさ」
「思い出した。そうだったね。たしか『ソア橋』を発表する際に、原稿量が雑誌の要求する分に足りなかったので、穴埋めにそんな文章を書いたことがあるよ”チャリング・クロスのコックス銀行には、われわれが記した未解決の事件が数多く埋もれている、まさしく宝の山だろう”などとね」
「素晴らしい記憶力だ。そうだ。ぼくがきみを買うのはそこなんだよ。加えて、きみは単純な出来事に枝葉末節を付け加えて、深みがあると見せかけることに関しては、なかなかのものだった。読み手の期待する、血沸き肉踊る文章を書くことができるという特殊な能力を持つ人物は、今の時代、そうそういるもんじゃない。さしずめきみは、ホメロスとまではいかなくとも、ヴェルギリウスやオヴィディウスの語り口調で、くだらないゴシップを感動の叙事詩へと変えられるのだから、たいしたものだ。シェイクスピアには並ばぬものの、ベン・ジョンソンよろしく、月桂冠を受けてしかるべきだね」
 わたしは彼の皮肉を軽く受け流した。
「未発表の事件簿が盗まれたというわけだね?」
「さすがワトスン君、話が早いな。実のところ盗まれたのはほかでもない、われらが共通の財産なのだよ。というのも、きみがぼくの事件をあれほど丹念に、また面白おかしく書いて世の中に発表してくれなかったとしたら、たとえぼくがいままでこの稼業を続けてこられたとしても、いずれその功績は、忘却の彼方へと消え去ってしまっただろうからね。その点ぼくはきみという偉大な伝記作家には、最大限の敬意を払っているつもりだ。昔は、いずれ暇になったらぼく自身で回顧録や探偵学の指南書をものそうと思っていたのだけれども、いざ自分で筆を握ると、どうしてもうまくいかない。通り一遍のことはわけなく書けるのだけれども、距離がとれなくてね。鼻にかかったような、それでいてどこか力みすぎのものしか、出てこないのだよ。とりあえず書くことができたのは『ライオンの鬣』にまつわる事故の件と、なんだっけ、そうだ、諸事情から、いまだ発表されざる瘰癧病みの兵隊に関する小事件だけ。前者に関してはなんとか陽の目を見ることができたのだが、それも、きみのものしたものよりは遥かに人気がないと来ている。まったくもって情けない」
 わたしは正直、驚いた。常に全身から静かな自信をみなぎらせていたホームズが、このような気のぬけた台詞を吐くような男だとは思っていなかったからだ。だが、この偉大な諮問探偵は、一介の伝記作者の思惑を知ってか知らずか、晩年のダ・ヴィンチが描いたような曖昧な笑みを浮かべ、乾いた声で続け、
「来客だ」
 と、一言告げた。

 その後すぐに、この下宿の主で、ホームズのよき理解者だったハドスン夫人は、もう、だいぶ前に亡くなっていたということを聴かされ、彼の沈鬱の原因になんとなく見当がついたのも束の間、やってきた助手の青年が、一人の年老いた男を部屋のなかに招き入れた。丸顔に白髪をたたえ、全身から憂わしげな雰囲気を撒き散らしている。かれは勧められるままに腰をおろした。わたしはホームズのやり方を懸命に思い出し、相手の身なりをさりげなく観察しようとした。
 服にさほど関心がないわたしでも、かれの着ているスーツがひどく上等な仕立てによる代物であることは理解できた。おそらく、相当な身分の紳士だろう。しかし、相手が誰かはわからなかった。以前雑誌か何かで見た覚えはあるのだが。
「アーサー・コナン・ドイル卿だよ。今回の件に協力願えないかと思って、わざわざおいでいただいたのさ」
 ホームズに言われて、ようやく相手の顔と名前とが一致した。サー・アーサー・コナン・ドイル。ブーア戦争の勇士にして著名な歴史小説家。代表作は『失われた世界』に『ナイジェル卿の冒険』その他多数。部屋に備えられている、ホームズお手製の人名録を遠目で確認する。しばらく見ない間にそのノートはさらに分厚いものとなっていたのだが、そのDの項を調べるまでもなく、これくらいの経歴ならば、瞬時に思い起こすことができる。わたしも、まだまだ大丈夫だ。目の前に腰掛けている偉大な作家先生は、ホームズがわたしを紹介するのを聴いて、黙ってわたしに一礼した。こちらも挨拶を返そうとしたところ、ドイル卿は片手で制止した。
 わたしは唖然とした。いかに相手の身分が高くとも、このような、礼儀を欠いた扱いを受けるとは。わたしは口を開いて文句を言おうとした。だが、相手のほうが一歩早かった。
「どうか怒らないでいただきたい、ワトスン博士。わたしはあなたに敵意があるわけではないのです。しかし、そう、この握手という習慣には、どうにも納得がいきませんでな。というのも、以前南アフリカでの戦争に参加した際に、ブーア人相手にさんざん苦難を舐めたのですよ。握手をして、武器を持っていないとみせかけて安心させつつ、腹では武器を使わずに相手をやりこめる方法を考えている。数と腕力にまかせるしか能のない連中よりも、こういう手合いのほうが、よっぽどたちが悪いですな」
 わたしはなんとなく釈然としなかった。ドイル卿のとってつけたような言い訳が気に入らなかったせいもあるのだけれども、それ以上に、近年卿の周りで立ち始めた、妙な噂が気になったというのが大きい。
 というのも、ボスニアにおけるフランツ・フェルディナントの悲劇に始まった先の大戦で長男を失った痛手から、この偉大な作家先生は、怪しげな心霊術に懲りはじめたということで、口さがない世間の、野次馬精神と覗き見根性のよき対象となっているらしいからだ。最近では、コティングリーの山奥で妖精を発見したと新聞上で騒ぎ立てたり、自称「霊媒師」であるところのハリー・フーディーニなる怪しいペテン師の片棒を担いだアジ文章を書いたりと、とかく評判がよろしくない。世の中を騒がせてばかりいる。そう思うと、心なしかこの男の視線が、ひどくいやらしいものに思えてくる。はるか昔インドに滞在しているときに出会った、キング・コブラを思わせる狡猾な眼差しに打たれれば、とても心を許すつもりになどはなれはしない。文筆家というものはそもそも得体の知れない、時として非道徳的な精神の持ち主であるものだから、かれの心情が幾らか捻じ曲がっていたとしても驚くに足りない。天は二物を与えず。芸術の栄光を浴する定めにある者は、俗世の慣習に縛られるべきではないのだ。しかしそう考えると、卿よりもわたしの方が遥かに広範なる読者を抱えているという事実が、いささか珍妙に思えてくる。ある意味においては、わたしは卿に勝っており、そしてそれが正当であるのではなかろうか? なぜかといえば、自分で言うのも気恥ずかしいが、わたしは道徳的であることを信条としている。それは同時に大衆的であるということをも意味するのだが、それを恥じたことは一度もないからだ。言うなればわたしは、かなり正義感が強い男なのであり、一貫してその姿勢を貫き続けている。だとすれば、わたしはドイル卿よりも人間として誠実であり、それゆえに、かれよりも数段、すぐれた著述家であると言ってもいいのではないだろうか? まあ、知性においてはわが友人には到底及ばないのだけれども、とかく、正義と秩序を守るためには、いつでも身命を投げ出す覚悟でいる。それが、わたしの美徳なのだ。
「さて、なにからお話したらよろしいでしょうか」
 そんなわたしの内心を知ってか知らずか、初老の心霊術研究家の口調は穏やかだった。ここだけの話だけれども、もし心霊術なるものが存在したとすれば、それはどこまで有効なのだろう。人の心を読むことなどはできるのだろうか?
 だが、それを聴いたホームズは、相手を詰問するときに発するあの独自の態度を崩さず、にこやかに笑って、
「そうですねぇ。とりあえず、ここにいるワトスン君の原稿のありかを教えていただけないでしょうかね」
 と、答えたのだった。

 あまりにも単刀直入な態度にわたしは唖然としたが、海千山千のドイル卿は眉ひとつ動かさず、落ち着き払った様子だった。尋問に答えるつもりはないらしい。かれが内心なにを考えているのかは察しようがないのだけれども、開き直ったのか、それとも自分の潔白を信じているのか、とにかく自信に満ちている。
 相手が改悛し、自己の罪を告白するつもりがないと知ったホームズは、そのまま続けた。
「わかりました。ご自分でおっしゃるつもりがないというならば、代わりにわたしがご説明いたしましょう。ワトスン君、これからぼくが言うことをよく憶えておきたまえ。そして時間ができたら、またいつもと同じように回想録として纏めてくれるとありがたい。ぼくからの、たってのお願いだよ。さてドイル卿、どこからお話しすべきでしょうかな」
 ブーア戦争の英雄は、ホームズの挑戦的な態度にも、豚のように鼻を鳴らしただけで、答えようとはしなかった。名探偵は肩をすくめた。
「誠意ある解答が得られず、まことに残念です。こちらが真剣に問いかけているのを理解していただこうと、あえて同じ質問を二度させていただいたわけなのですが。それでは、とりあえず事態を整理するために、わたしがどのような経緯でアーサー・コナン・ドイル卿の知己を得たのか、そして、どうしてわたしがかれを未発表の事件簿を盗難した犯人であるのかを知ったかを、簡単に説明させていただくことにいたしましょう。ワトスン君もいいね。
 わたしがはじめてあなたに、そう、ドイル卿にお会いしたのは一八九三年の夏でした。間違いありませんね?」
 コナン・ドイルは相変わらずうんともすんとも言わなかったが、わたしは事の次第を理解した。なるほど、ホームズが改めて説明したがるのもよくわかる。
 というのもこの年はかれが世間一般には「死んでいた」とされる時代だったからだ。スイスのライヘンバッハで悪の総帥こと、モリアーティ教授と対決して、滝壺へと沈み、帰らぬ人となったかに思われたホームズ。かつて東洋で習いおぼえていた「バリツ」と呼ばれる武術を駆使し、間一髪のところで助かったのはいいものの、残党どもの始末に手間取って、ようやくベーカー街に舞い戻ってくるまでに、三年以上もの年月を要してしまった。その後、ホームズと協力して「教授」の片腕ことセバスチャン・モーラン大佐とやり合ったのが、どうしてか、それが、ひどく懐かしく思えてならなかった。
「ライヘンバッハの滝壺から這い上がってきたとき、ぼくはすでに死んだ人間になっていた。簡単に言えば、なんだか、生きていることに対して、ひどく違和感を憶えるようになってしまったのだよ。無論、モリアーティに打ち勝つことができたのは、ぼくの身体に染みついていた防衛本能の為せるわざだったのだろうけど、それ以上に、自分自身、そしてそのような本能そのものが、なにか遠い存在によって形作られたような……まあ、この場合は”神”と言っても差し支えはないだろう、そのような無数のなにかによって引き戻されてきたような、不可思議な印象を受けたのだよ。承知のように、ぼくはものごとを論理的にではなく、感覚的なやり方で説明するのはとかく苦手なのだが、あえて、素養に乏しい比喩表現を使って説明することにしよう。
 そう、ひたすら水に溺れていくような、そんな状態だったのだ。まあ、もちろん精神的にだが。重力のような、引力のような、なにかがひっきりなしにぼくの身体を海の底へ沈め引き裂こうとする。必死で這い上がろうとすれば、その都度足を引っ張られてしまう。ぼくは泳ぎは苦手ではないのだ。けれども、どうしてなのか、全身が鉛に変わったように思えて、うまく動くことができなくなってしまっている。息が苦しい。ひたすら沈み続ける。まるで拷問のようだったな。そう、競馬の耐久レースのようだったとでも言うべきか。陳腐な例えの繰り返しで申し訳ないが。どこまで長く息を止めていられるか、という我慢比べ。不毛と言えば不毛そのものなのだけれども、やめてしまえば、その時点であらゆるものが無に帰してしまう。辛かったよ。ぼくは自分でも好奇心が強いほうだと持って任じているのだけれども、さすがにあれは、こたえたね」
 わたしはふたたび、友の繊細な心情に驚かされた。セバスチャン・モーラン大佐に関する事件の回顧録を思い出し、もし、いまのような部分を付け加えて〈ストランド〉誌に掲載されていたとしたら、はたして読者はどのような反応を返したのだろうかなどと、くだらない想像にふけってしまった。もし書いてしまっていたならば、少なくとも、事件簿に対する、わたし自身の態度はまったくといっていいほど変わってきただろう。かつてのような即物的な命名、この場合では、『空き家の冒険』などというつまらないタイトルは付けずに変に抑制を利かせることなどもせず、もっと気の利いた、それでいて情愛のこもった書き方をしたはずだ。あのように筆を滑らせたりは、決してしなかっただろう。
 ホームズの話はつづく。
「そんなわけで、ぼくは西アジア、東南アジア、中国を転々としたあげく、南ドイツからスイスに抜け、アルプスを越えて、イタリアから船に乗り、北アフリカのアルジェリアに渡って、そこからケニアのナイロビにまで行ったのさ。長い旅だった。色々なことを憶えられてとても勉強になったよ。なによりもよかったのは、ぼくが旅した場所では誰もぼくのことを知らなかったことだね。ぼくは決して自己顕示欲の強い男ではないと思っているのだけれども、とかく噂好きのロンドンっ子の、好奇心の対象となりつづけることは、正直、あまり愉快だといはいえなかったからね」
 わたしはピンときた。以前も、この話は聴いたことがある。
「わかった、そこできみはドイル卿と出会ったのだね」
 名探偵はにやりと笑った。
「しばらく観ないうちに、ずいぶん頭がよくなったじゃないか。うん、感心したよ。それでは、少々脱線してしまうが、ちょっとしたおしゃべりをしてみよう。最近ぼくは、世の中の人々は年をとるにつれて、大雑把な形で四通りのパターンに分類されるようになるのではないかとないかと思うようになってきた。そのような哲学を披瀝することで、ぼくの描いた図像の理解を助けようと思うのだね。それでは四つのうちの一つは、時間が経つに連れて円熟していくタイプだ。まあつまり、これはきみだね。もう一つは、その反対。時が経つにつれてどんどん落ち目になっていくタイプの人々、特定の名前を出すと角が立つから、これは、そうだな、わが麗しき大英帝国とでもしておこう。あとは、時が経ってもまったく変わることのない人間。これは兄のマイクロフトとでも言っておこうかな。内閣で大臣クラスのポストを与えられても、相も変わらず、十年一日のような生活を送っているのだからね。『ディオゲネス・クラブ』通いも止めてはいないようだよ。そして最後は、時とともに変化していきながらも、言ってしまえば、時そのものを乗り越えてしまう人間のことだな。
 こう言うと、なにか超越的なものについて語っていると思われるのかもしれないけれども、なんのことはない。つまりそれは、周囲の時代状況によって、一つのラインでは語ることのできない変化を持つようになった人間のことを指すのだね。そう、ぼくの言うのは、時という、いわば無慈悲で強圧的な存在によってのみその評価を規定されるのではなくて、善きにしろ、悪しきにしろ、時代的なものや個人的なものを排除、というかそれをも乗り越えた個性を発揮する種の人間のことだ。残念なことに、近年この種の人々はとみに少なくなってきてね。そのうえ、いざかれらの内面を理解しようとすれば、本人や周囲が残した資料を繰るという、間接的かつ悲しい手段を頼るしか為す術がないのだから悲しいものだ。いや、そんなことはどうでもいい。肝心なことは、かれらがこの世から消え去ってしまった後に残されたものによるのだよ。
 そう、恐ろしいことに、その種の人間を抹殺するためには…そうだな、それらの資料を廃棄するだけで、ある意味、かれを殺害することすら、可能になってしまうのだ」

 正直に言って、わたしはうんざりした。かれの晦渋な言い回しには慣れていたつもりなのだけれども、こんな哲学めいた繰り言を聴かされるとは思わなかったからだ。もしかすると、ホームズ自身も寄る年波、まあかれ風に言えば、時の天秤の重みとでも言ったほうがいいだろうか、そのようなものに押し潰されて、ドイル卿のように、おかしな宗教や思想にかぶれるようになってしまったのかもしれない。いや、卿だけではなく「光栄ある孤立」を保っていたにも拘らず、先の大戦においてわが祖国は、迫り来たなにかによって、その根本的な活力のようなものを奪い去られてしまったように思えるのだ。だから、わたしにとっては特別な存在であるホームズも、いざ勃発した実際的な戦火によって、知らぬ間に廃墟と化せられていたとしても、驚くには至らないのではないだろうか。思い返せば、昔からわたしたちは衒学的な対話を好んではいた。けれども、一度そうした時間潰しに慣れすぎると、嘘から真が出るというか、冗談だと思っていたものごとを、本当に信ずるようになってしまうのかもしれない。
 いや、しかし。かれに限って、そんなことはないはずだ。わたしは漫然と、自分が過去にしたためた事件簿の数々を思い出していた。例えば、ジョン・オープンショウの事件。変死した叔父とその後継者の、行く先々に封筒で送られてくる、乾いたオレンジの種にまつわる悲劇。種の行き着く先には、必ず死が付き纏う。わたしはこの件における、ホームズとクー・クラックス・クランなる謎の組織のことを思い浮かべた。聞くところによると、この怪しげな人種差別団体は、近年アメリカにて大々的な復活を遂げる兆しがあるらしい。かれらとの静かなる攻防戦は、結果として、依頼人を見殺しにし、犯人だと断定している相手の足取りが立ち消えてしまうという後味の悪い結末を迎えてしまったのだったが、それゆえに、共有された苦い経験としてわたしの記憶に残っている。どうしたら、あのときのホームズの悔しげな表情を時などをだしにして忘れ去ることができようか。わたしでさえそうなのだから、苦難を重ねた友の精神が鈍るはずはない。
 少なくともわたしの信ずるところによれば、決して、かれは他人の考えを安易に受け入れ、自ら思考することを放棄する類の人間ではなかったはずだ。精神の自由を奪われるくらいならば、かれは死を選ぶことだろう。そのような態度は、いくら年老いたとしても、おそらく終生変わるまい。
 驚いたことに、卿も同じことを考えていたようだった。
「ホームズさんらしくないお言葉ですな。失礼ながら、わたしはあなたがもっと頭のよい方だと考えておりましたよ。あなたがおっしゃられた人間分類の法則そのものは、炉端での雑談の域を超えるかどうかはともかく、なかなかに感興をそそる考え方ではあると思うのですけれども、残念ながら納得はしかねますな……」
 かれはここで一呼吸おいたかと思うと、激しく咳き込んだ。長く続いたうえ、あまりに苦しそうなので、わたしは少し心配になった。立ち上がり、鞄を空け、薬を取り出そうとすると、なにか、冷たくて固いものが背中に突き当てられた。わたしは経験上それが何であるかを直観的に感じ取ったので、無駄な抵抗はせず、黙って両手を挙げることにした。あまりに単純な手に引っかかったのが情けなくて、わたしはかすかに身体を震わせた。
 ホームズは苦々しい表情をうかべていたが、声は平静だった。
「おやおや、先ほど申し上げました、記録を消去すると人間そのものが抹消されてしまうという、わたしの”陳腐な”仮説に反駁されるために、わざわざ、より手っ取り早い手段を用いて反対の事例を立証されるとは、さすがはドイル卿。戦時に英雄として活躍されたときの名声に劣らない、ご立派な行い。感服いたします」
 卿はわが友の皮肉など気にとめる様子もなく、わたしに銃を突きつけて黙っている。ホームズは依然として冷静だ。
「ワトスン君、とんだ迷惑をかけてしまったね。申し訳ないことをした。だが、卿がこのような蛮行に及んだのも、理由がないわけではないのだよ。というのも、ワトスン君、君のように機知に富んだ男ならば容易に理解できると思うのだが、かれには、われわれを殺すことなど不可能なのだ」
 しかし、そう言われても、安心などできるはずがない。わたしは、ガリデブというおかしな偽名を使い、なんとかして高性能の偽金製作機械を奪取しようとしていた凶悪な犯罪者がわたしを銃で傷つけたとき、ホームズが敵に向かって浮かべた、かつてないほどの憤怒の形相を思い起こした。が、現在目の前に立っているホームズの様子は、それとはちょっとかけはなれたもので、不思議な、それでいて、どこか柔和な空気を醸し出していたのだった。
 ドイル卿は依然として、わたしに拳銃を突きつけたまま動かなかったが、ホームズの余裕しゃくしゃくの態度にしびれをきらしたのか、しばらく睨み合った後に武器を降ろした。ほっとしたわたしは、近くの椅子にへたりこんでしまった。恥ずかしいことに、わたしの老いさらばえた肉体と精神は、最近ではめったに経験することもなくなったこの手の緊張に対して、めっきり弱くなってしまっているのだった。だがそれでも、わたしは二人が何を考えているのかを必死で推し量ろうとはしたのだが、どうにもうまくいかない。彼らの間に張り巡らされた緊張の糸が、単なる腹のうちのさぐり合いを越えた何かによるものだということは確かなのだけれども、それがどのようなものによっているのかは、いまひとつわからないのだ。
 二人は神妙な面持ちで見つめ合っている。その様子は、わたしが今まで目にしてきたり、小説などで読んできた、犯罪者対名探偵といった二項対立で割り切れるものではなく、二人の間には、このような例えはいささか珍妙に思えるかもしれないが、まるで親子のような奇妙な絆めいたものが、見え隠れしていたのであった。
「ワトスン君、怪我はないね」
 ぼんやりしていたわたしの耳に、ホームズがそのようにささやいたように思えた。というのも、その後、まさしく一瞬のうちに、まるで野生動物の決闘を連想させるような様子で起こった、ホームズとドイル卿の間の格闘が、わたしの注意を奪ったからである。しかし、仮にも何本もの伝記を記したことのある者の態度としてはまことふさわしからぬことに、わたしの位置からは、格闘の様子よりも、巻き添えを食らって床に落ち、激しい音を立てて割れたフラスコの方へと注意が向いてしまったというのが、正直なところであった。
 野生動物同士の食い合いは、どうやらホームズの勝利に終わったようだ。フラスコの割れる音とその中に入っていた沸き上がった液体が絨毯に浸食する、じゅうという音に気をとられていつつも、ドイル卿の腕から床に落ちた拳銃の金属音は、はっきりと聞き取ることができたからだ。遅れまいとすぐさま、わたしは顔を上げた。
 ドイル卿は顔をしかめ、右手を押さえていた。われらがホームズはその隙をついて、卿のふところから、二束の黄ばんだ原稿を取り出した。
 しかし、さすがに歴戦のつわものであるところのドイル卿、すぐさま体勢を立て直し、背後のソファーの上に置いてあったヴァイオリンを手に取ると、立ち上がりざま、大きく振りかぶって敵の頭上に振り下ろしたのだ。なんと卑劣な行動だろう、との思いが頭をよぎったのも束の間、ホームズは相手の攻撃を避けきれなかったのか、それとも愛器ストラディバリウスが、冷たい床に散らばる木屑となってしまうのに耐えきれなかったのか、結果として、かつてヴァイオリンだったものはホームズの頭に突き刺さった木製のガラクタと化してしまったのだが、友は表情一つ変えずにドイル卿に組み付いた。しかしその結果、かれの手にしっかりと握られていたはずの紙束は持ち主の手を放れ、ばらばらに散開してしまった。しかも運の悪いことに、ドイル卿が座っていた椅子の向こうには暖炉があり、原稿の大部分は燃えさかる火のなかに消えていってしまったのである。
「なんたることだ!」
 状況に気がついたドイル卿が叫んだ。振り向いて、火掻き棒を手に、暖炉のなかをほじくり返したが、それが単なる徒労であるのは誰の目にも明らかだった。しかし、肝心のホームズは落ち着き払った様子である。卿の狼狽ぶりとあまりにも対照的だったのが、妙におかしかった。わたしは慌てふためく卿の様子を、どこか醒めた目で見ていたが、もはや事態が取り返しのつかないものになってしまったことを理解したアーサー・コナン・ドイル卿は、へなへなとその場に座りこんだ。もはやわたしたちに暴力を振るおうという気力も失せたようで、小さく、何事かを呟いていただけだった。
 ホームズはかつてイタリア製の名器だったものの残骸を頭から取り除き、実に名残惜しそうに眺めた後、わたしのトランクを無造作に開き、傷の応急処置を始めたのだった。わたしは警官を呼ぼうかとホームズに問いかけたが、かれは静かに首を振り、
「スコットランド・ヤードの能無しどもには、事の次第が理解できるまい」
 と、言い放ったのだった。

 取り押さえられ、観念したドイル卿は、たどたどしい口調で、事の次第をわれわれに説明し始めた。わたしは結局のところ、かれとホームズがどうしてこの場で会談することになっていたのか、そのような根本的なことすらも理解できていなかったからである。
 ホームズが言った未発表の原稿が盗まれたという事件。おそらく、卿の乱行はこの件に由来しているのであろうが、わたしは、卿がどうしてあれは自分のものだと主張したのか、そこのところがわたしにはどうも理解できかねたのだった。
 しかし、ドイル卿によると、かれは、かれ自身のものを取り戻したに過ぎないというのである。そう、かれは、わたしが記した未発表原稿を指して、その本当の作者が自分であると告げたのだ。かれはその裏付けとして、棚のなかから一冊の本を取り出した。〈ストランド〉誌のバックナンバーである。しかも、かなり古い号のようだ。
 表紙を見て、ピンときた。
 〈ストランド〉誌にわたしがホームズの短編を執筆していた期間は、正直言ってかなり長い。自分でもいつからいつでだったか、具体的には記憶していないくらいだ。先の『ソア橋』の件のように、いざ指摘されれば辛うじて思い至るだけのなにかはあるのだが、わたし自身の手でそれを確認するすべはない。知らず、わたしの原稿は散逸してしまっていたからだ。おまけに〈ストランド〉はもはや廃刊になってしまっており、出版社に問い合わせても、見つけることは困難だろう。現在もぽつりぽつりと、過去の記録を書きとめておくことはあるのだが、その場合にはアメリカの〈コリアーズ〉という雑誌を発表の場としている。だがよく考えればアメリカからこの大英帝国まで雑誌を取り寄せてもらうにはかなりの時間が掛かると編集者に言われたがために、わたしは自分の原稿の管理を怠ってしまっており、こちらの確認も取れていないというのが現状となってしまっている。いや、稿料の方の請求を忘れたことは一度もないのだが。
 それにしても、不倫相手の耳を切り取って憎い相手に送りつけたという『ボール箱』事件に関する記録が、陰惨であるとして掲載禁止になったことをはじめ、〈ストランド〉には愛憎相半ばする思いがある。懐かしさと疑惑が綯い交ぜになった奇妙な感覚をもって、わたしは雑誌の黄ばんだページを開いた。そして、そこに記されていた、自分がものした記事を読みふけった。
 わたしは自分の文体があまり好きではない。どこか品位に欠けるというか、堅いというか、読んでいて引っかかるような文章なのだ。それなのにこれだけ読者の支持を得ることができたのは、わが友の特異な人間性と、それに附随する事件の奇怪さのおかげだろう。二、三冊斜め読みした後、次のような文章がわたしの目に留まった。
「……裁判の結果、モリアーティ一味のうちで、最も危険な人物が二人、それが最も執念ぶかいぼくの敵なんだが、罪にならなかった。だからぼくは二年間チベットへ行ってきた。そのあいだラサへも行って、面白かったし、ラマの長と数日を過ごしたこともある。ジーゲルソンというノルウェー人の非凡な探検記を、きみは読んだかもしれないが、あれがきみの親友のニュースだとは思わなかったろう。
 それから僕はペルシャを通過して、メッカをちょっとのぞき、エジプトのハルツームで回教王をも訪問したものだが、それらのことは外務省のほうへ報告を出しておいた。フランスへ帰って来てからは、南フランスのモンペリエのある研究所で、コールタール誘導体の研究をやったが、数ヶ月で満足すべき成果を得たし、ロンドンには敵が一人しかいなくなっていると知ったので、帰国しようと思っている矢先へ、こんどのパーク・レーン事件だ。これは事件そのものに心をひかれたのも事実だが、同時にある特定の人物に関するある種の機会が得られそうな気がしたので、大急ぎで帰ってきたわけだ……」

 わたしは思わずその記事のタイトルを読み直した。そこには『空き家の冒険』と書かれていた。

 わたしは見えざる悪意を感じた。わたしは本当に、この文章を書いたのだろうか? わたしは先ほどホームズが口にしていた、かれ自身における「空白の」時代についての経歴を思い起こした。そして、その差異を確認して、わたしは背筋が寒くなった。なんたることだ! なんたることだ! これは単なる記憶違いだ!
 わたしは慌てふためいた。その様子を見て、ドイル卿は、わたしがことの次第を感覚的に理解したことを認めたようだった。かれはたたみかけるような調子で、自分が未発表の原稿を盗みだすという卑しい行いに手を染めたのは、ひとえに、このような、すでに発表された虚偽の事実を、正しい歴史に変えるためなのだと言うのだった。
 わたしは、本能的な拒否感をおぼえた。どういうことなのだろう。かれは今まで、わたしが時宜を見計らって過去の事件であっても発表してきたことを見据えて、書くためのネタもとを消滅させようとしたのであろうか。かれはそんなくだらないことを企んでいたのだろうか? われわれの存在は、このちっぽけなインクの沁みにすぎないなどという、かの愚かしきハーバート・ジョージ・ウェルズの小説にも出てきそうにない陳腐な神秘主義的仮説をわれわれにつきつけようとしているのか? もはや老境にさしかかったとみられてもおかしくないわれとわが身にとって、思春期の少年の悩みごとのようなふぬけたたわごとはとても信じられないのは事実だが、この愛すべき名探偵と、極めて短い時間ながら生をともにしてきたわたしにとって、ものごとが見たとおりであるとは限らないということこそが、今や唯一の真理めいて感じられると告白したとしても、それほど恥にはならないであろう。いや、ホームズならば、その見たとおりでないものは、われわれがそれを論理的に見ることをしないから、それが真実の姿としてわれわれの眼に姿を現さないのであって、常に事実は、そこに現前しているのである。真理を覆い隠しているという、剥がれるべきイシスのヴェールなぞ、明晰な頭脳の前には、もとから無きに等しいのだ。
 わたしは依然として不安である。懸命に自分を納得させようとしたのだが、どれもこれも単に空虚に響くだけなのだ。わたしは自分が自分でなく、単に外部から規定されているだけのちっぽけな存在にすぎないのではないかと思えてならなかった。そういえば、かつて、ホームズがかような優れた能力を発揮できるようになったのは、無論、かれ自身の生来の能力によるものも大きいだろうが、それ以上に、ひとえに少年期に特別な教育を施されたからではないかと話したことがある。言うまでもなく、ホームズはわたしの仮説を笑って否定したが――いや、いま考えるとあれも否定だったのかどうかわからなくなってきた――、わたしは真面目に、揶揄する意図はなく、かれに相応しいだけの教育を施すことが可能な人物を羅列し、アリストテレスやヘーゲルなどの哲学界の巨星や、ソールズベリに代表される、現代の有能な政治家の名前を羅列したのだったが、傑作だったのは、ホームズ自身が言った、モリアーティ教授が家庭教師だったということにしてはどうか、というものだった――そうなれば、ライヘンバッハにおける二人の再会は、運命の邪悪な悪戯ということになる――この案をきっかけにして、われわれの考えはいつのまにか非常に突拍子のないものに発展した。しかし、思い返せば、日給十ポンドの家庭教師ジェームズ・モリアーティ大先生以上の名品はついぞ生まれなかった。記憶を甦らせてみたが、かの耽美主義者オスカー・ワイルドも、作中人物の口を借りて、自然は芸術を越えることはないと、声高らかに語っていた。だが、わたしはその意見には反対だ。事実は小説よりも奇なり、などという苔の蒸した慣用句を口にするつもりはないのだけれども、わたしが思うに、事実は小説であり、小説は芸術であり、芸術は事実なのであって、この種の三位一体的構造には、わたしのような三文文士はもとより、おそらくその道の権威であられるアーサー・コナン・ドイル卿も、異論を差し挟むことはないだろう。
 わたしはこれ以上なにを言えばいいのだろうか? わたしはわたし自身が何者であるかを、しっかりと心得ている。愚かなわたしにとっては、人生を通じて得ることができたものはまさしくこの点だけであり、そして同時に、老い先短いわたしにとっては、それが、自らたのむところとすることが可能な唯一のものでもあるのだ。わたしは自分が書いた、と信じざるをえない著作においては、伝記作家の領分を踏み越えるようなことは一度たりともしなかった。わたし自身の功績を誇るようなことはついぞ行わなかった、はずだ。記憶が奔流となって頭の中で渦を巻いている。ホームズととりかわした最初のやりとりを思い出す。わたしの手を握って「あなたはアフガニスタンに行ってますね?」としたり顔で語りかけたたかれに「ど、どうしてそれがおわかりですか?」と驚きとともに答えてしまったあのときから、わたしの運命は決まっていたのだ。
 仕方がない。繰り返すが、わたしは誠実な男だ。
 思い残すことはもはやない。


 風景と調和してあなたの家は築かれ
 近くの樹の思いより高くはならなかった。
 ここで娘たちはかの女たちの清らかな髪をあなたに捧げ
 息子たちは熱く燃えて大きな輪を結ぶ。
 あなたは青い明澄さの中にあなたの群が
 明るく深いあなたの祝典に常に備えているのを見ている
 あなたの群は肉体とその快楽を喜び
 誇り高く微笑みながら花の間を歩む。
 雲のような霧を目指してあなたの塔は聳え
 精神は翼を広げて重い大地を逃れ
 肉体は粉と砕けて天に向かわねばならない
 手強い意志が細やかさ増すバラになるように。
 苦行を経て尖りすぎたあなたの指が
 組み合わされるときあなたの大きく開いて見上げる目は
 敬虔な陶酔のうちに膝が弛んで跪き
 民はみな奇蹟の前に嗚咽して身震いするのを知っている。

 誰かが、詠っている。
 わたしは立ち上がった。暖炉の火を強めようと、火掻き棒を手に取った。急に寒くなったからだ。わたしは窓の外を一瞥した。心なしか、皆、早足だ。ロンドンにも、もうすぐ冬が来る。だがその寒さは季節柄ゆえのものではいことも、わたしはきちんと認識している。そう、虚偽にまみれたわたしの人生において、それこそが、現実感をもったただひとつの物ごとのように思われてならない。わたしがこうして二人の友の傍らにいて時を過ごしているその時間が、いつばらばらになって崩れ去ってしまうかは誰にも予測がつかないのであり、それを修復しようとすれば、今後はわたし自身がばらばらになって崩れ落ちてしまうであろう。その機会がいつ訪れるのかはわたしにはわかるはずもなく、近い将来、そう、今、こうしているときに決定的な瞬間が来てしまうやもしれない。そうなったらわた

〈了〉

[初出]「幻視社」第三号(2007年、幻視社)。

「TILL」(第2期第3号、新風舎、1999年5月)
ショートショート・コンテスト「短いのがお好き?」佳作「消えた事件」(選者:藤井青銅)より改題。

※引用はコナン・ドイル『シャーロック・ホームズの帰還』(延原謙訳)新潮文庫、シュテファン・ゲオルゲ『生の絨毯』(野村琢一監修、ゲオルゲ研究会訳)東洋出版より。

※再掲にあたって、一部の記述を修正した。

岡和田晃プロフィール


岡和田晃既刊
『アイヌ民族否定論に抗する』