書名: 『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』
編・解説: 岡和田晃
出版社: 未來社
出版日: 2014年2月5日
ISBNコード: 978-4-624-93442-2
値段: 2310円
〔転換期を読む22〕
「ハックション! ハックション! ハックション!」
感動のくしゃみだ。
感動? 感動のリズムは、人の理性を狂わせる。リズムこそ、狂わされなければならないのだ。とりあえず、くしゃみの母音を剥ぎ取ってみよう。
新しい言葉が必要なのだ。「これは単に文法的な用語の問題なんですよ。差別なんかじゃありません」と答えてしまうのは、差別をおこなってきた古い言葉の領域からの言い逃れに過ぎなかった。アイヌとヤマトの区切りのこちら、ヤマトの側から、あちら側のアイヌを十把一からげにして、「彼等」とまとめてしまうその立位置の思想性――問われているのはニッポン語なのだ。
(「飛ぶくしゃみ」より)
人と人とを隔て、差別と抑圧を産み出す「境界」。その解体を目論み、死の直前までゲリラ的な執筆活動を持続した反骨の作家、向井豊昭(1933~2008)。40年を越える執筆歴をもちながら、長らく黙殺されてきたその仕事を、若き文芸評論家・岡和田晃が、「近代・アイヌ・エスペラント」を軸に精選した傑作集。解説と詳細な年譜を付す。
【収録作品】
「うた詠み」(1966年)
「耳のない独唱」(1968年)
「『きちがい』後日談」(〔エッセイ〕1969年)
「エスペラントという理想」(〔エッセイ〕1974年)
「シャーネックの死」(〔エスペラント語翻訳、作ベンチク・ヴィルモシュ〕1976年)
「ヤパーペジ チセパーペコペ イタヤバイ」(2003年)
「飛ぶくしゃみ」(2007年)
「新説国境論」(2008年)
《著者略歴》
向井豊昭(むかい とよあき)
1933年東京都生まれ。祖父は詩人の向井夷希微(いきび)。東京大空襲を経て、下北半島の川内町(現むつ市)に疎開、中学卒業後は鉱山で働きながら青森県立大湊高等学校定時制川内分校に通う。鉱山労働で結核となり、長い療養生活を経た後、玉川大学文学部通信教育課程で教員免許を取得し、北海道日高地方の小学校で25年間勤務した後、上京。1966年、手書きの私家版で発表した「うた詠み」が「文學界」に転載され、注目を集めた。上京後の1996年、「BARABARA」で第12回早稲田文学新人賞を受賞、高齢ながら反骨の「マイナー文学」の作家として注目を集める。商業出版の単著としては、『BARABARA』(四谷ラウンド、1999)、『DOVADOVA』(四谷ラウンド、2001)、『怪道をゆく』(早稲田文学会/太田出版、2008)の三冊を遺した。死の直前までゲリラ的な作品発表を継続したが、2008年、肝臓癌で逝去。没後5年目の2013年には、遺稿から「用意、ドン!」が「早稲田文学6」に掲載された。その膨大な作品の一部は有志による「向井豊昭アーカイブ」で公開されている。教育者の立場から「アイヌ」問題に深く関わった先駆者の一人であり、エスペランティストとしても記憶されている。また、祖父をはじめ、埋もれた先駆者を再評価する文芸評論も多数発表している。
《編者略歴》
岡和田晃(おかわだ あきら)
1981年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。批評家、ライター。日本SF作家クラブ会員。2010年、「「世界内戦」とわずかな希望 伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」で第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞。著書に『アゲインスト・ジェノサイド』(アークライト/新紀元社、2009)『「世界内戦」とわずかな希望 伊藤計劃・SF・現代文学』(アトリエサード/書苑新社、2013)『向井豊昭の闘争 異種混交性(ハイブリティディ)の世界文学』(未來社、近刊)。編著に『北の想像力 〈北海道文学〉と〈北海道SF〉をめぐる思索の旅』(寿郎社、近刊)。翻訳書に『ミドンヘイムの灰燼』(ホビージャパン、2008)『H・P・ラヴクラフト大事典』(共訳、エンターブレイン、2012)など。晩年の向井豊昭と交流があり、作家の没後は遺稿の自費出版や向井文学についての講演を実施するなど、積極的に再評価を進めている。
【編者より】
以前、本「SF Prologue Wave」にて、私が学術出版社・未來社のPR誌「未来」に連載していた評伝「向井豊昭の闘争」を紹介いただいたことがあります(https://prologuewave.club/archives/1717)。
アヴァン・ポップ作家、向井豊昭の詳しい説明はそちらをご覧いただくとしまして、おかげさまで連載は「未来」2013年1月号をもって完結しました。同連載は単行本化を予定しています。
2013年8月に発売された「早稲田文学6」には、遺稿から「用意、ドン!」を採録、岡和田晃による解説「二〇一三年の向井豊昭」も併載され、東京新聞の時評で取り上げられるなど(評者:沼野充義氏)、話題を呼びました。
今回お届けするのは、その向井豊昭の傑作集です。60年代に書かれた「うた詠み」から、2008年、作家が亡くなる直前に書かれた「新説国境論」まで、エッセイや翻訳を含めた8作品を収めました。
60年代に「アイヌ」と教育運動に携わった者の立場から、その内在的論理を伝える「うた詠み」、「耳のない独唱」は、「アイヌ」の少女-女性の一人称を軸に、差別と貧困の問題を鋭く告発します。「「きちがい」後日談」は、網走市で今も開催されている「オロチョンの火祭り」でのある試みをベースに、教師として抱えた問題を独自の視点で綴ったエッセイ。
70年代に書かれた「エスペラントという理想」は、「アイヌ」問題から逃亡した向井が「世界語」エスペラントにかける希望を表明したもの。今読むと、いわゆる英語帝国主義、インターネットへの過剰な傾斜への批評として読めます。エスペラント語からの翻訳「シャーネックの死」は、独ソ戦のさなかハンガリーで起きた虐殺事件を描き、伊藤計劃ファンにも強くお勧め。
21世紀に入って発表された「ヤパーペジ チセパーペコペ イタヤバイ」は、音符が入り交じる奇怪なタイポグラフィを軸に、近代をゆるがす「大逆事件」の内実を考察する、まさにアヴァン・ポップな作品です。。
表題作「飛ぶくしゃみ」は、小熊秀雄の叙事詩「飛ぶ橇」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000124/files/661.html)を本歌取りした作品ですが、「飛ぶ橇」の登場人物がそのまま登場し、語り手とメタフィクショナルな対話を繰り広げる筒井康隆作品のような味わいもあります。
掉尾を飾る「新説国境論」は、病床で口述筆記された、短いながらも鬼気迫る作品。安直な「物語」に逃げず、最期まで戦い抜く反骨精神に打たれること、間違いありません。
なお、「未来」2014年4月号には、本書の刊行を記念した「「飛ぶ橇」と「飛ぶくしゃみ」――小熊秀雄と向井豊昭の民衆感覚」という論考が掲載されます。
これは旭川市で開催されている現代詩の公募文学賞、小熊秀雄賞の市民実行委員会(http://www.ogumahideo-prize.jp/index.html)会報「しゃべり捲くれ」11号(2014年2月15日発行)に掲載されたもので、好評につき、若干の加筆修正を経て、「未来」に全文転載されるはこびとなりました。「しゃべり捲くれ」11号は旭川市のこども富貴堂(http://homepage3.nifty.com/fufufunet/)に置かれるとのこと、また、「未来」2014年4月号は全国の有名書店で入手することが可能です。
岡和田晃既刊
『向井豊昭傑作集
飛ぶくしゃみ
(転換期を読む)』