「メタポゾン10号案内」忍澤勉

「季刊メタポゾン」公式サイト
http://www.metaposon.com/works.html

「出版社名」
  発行・株式会社メタポゾン 
  発売・有限会社寿郎社
「発売日」
   2013年12月
「ISBNコード」
  ISBN-10: 4902269651
  ISBN-13: 978-4902269659

「季刊メタポゾン」第10号が11月8日に発行されました。

 このメタポゾンでは第8号から日本SF評論賞有志による「連作評論」が続いていて、今号はその3回目となります。

  今回は忍澤勉の「新しい核の時代とタルコフスキーの視線」と岡和田晃氏の「『伊藤計劃以後』と加速化する陰謀論」が掲載されました。

 忍澤は、福島原発事故以降の時の流れを新しい核の時代と捉え、その中で生きる私たちにアンドレイ・タルコフスキーがどのような「遺産」を残していったかを論じています。一般には芸術至上主義的な監督として考えられがちなタルコフスキーですが、各作品の随所に核兵器や原子力発電への言及をみることができるのです。今回は「惑星ソラリス」以降の作品で、彼が核の時代にどのような視線を向けていたのか、そしてその最後の作品の最後のシーンが彼の最初の長編作品にどう回帰していくのかを考えていきます。

 また岡和田氏は、伊藤計劃氏の活躍が、グローバリゼーションと新自由主義経済に席巻されることで無効を宣言されたかに見えた現代文学へ新たな息吹を導き入れた、としたうえで、主に仁木稔氏の最近の二つの作品を取り挙げ、スタイルこそ異なるが、共通する世界認識が存在していると論じています。

 仁木氏の「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」には、「妖精」と名付けられたクローン人間が登場しますが、彼らに対する人々の執拗な残虐性が、現代社会、とりわけネット上に表出されている無軌道な暴力と重なり合っていると岡和田氏は指摘しています。また同じく仁木氏の「はじまりと終わりの世界樹」では、アメリカのパナマ侵攻、湾岸戦争、そしてイラク侵攻といった現在の紛と近似な世界と、そこに巻き込まれた語り手の「痛み」が描かれることで、現代社会の宿痾を現前させていると岡和田氏は評してもいます。両作に共通しているのは、現代に蔓延する「陰謀論」的な感性に対する批評意識です。

 メタポゾン10号には、こういった私たちの作品以外にも、さらに興味の尽きない小説や論考が多く掲載されています。

 日本SF作家クラブ会員でもある樺山三英氏の「セヴンティ」は、大江健三郎氏の「セヴンティーン」の本歌取りともいえる作品で、某文藝誌で掲載寸前に中止となった問題作ですが、忍澤が扱った「核」の問題や、岡和田氏が論じた「陰謀論」の問題も中心に据え、近未来の日本社会の精神性を予測も含まれたSFともなっている、アクチュアルな意欲作です。

 荻上チキ氏と木村草太氏、そして司会の大西赤人氏による「鼎談:憲法は、人と生きるルール」は、二十一世紀に思想を形成してきた若い論者が、社会や憲法をどう考えているかという点でも興味深い内容となっています。

 他にも大西赤人氏による大西巨人氏の聞き書き「夏冬の草」、長谷川集平氏の小説「ベガーズバンケット」、加藤喬氏の「モントレー風便り」、小路幸也氏の小説「石田荘物語」、川勝徳重氏が「静岡SF」の書き手である藤枝静男の随筆を漫画化した「妻の遺骨」など、読者に多くのものを問いかけてくる作品が揃っています。

 総合誌が苦戦を強いられている中で、あえて社会性を誌面に展開することを矜持としているこのような雑誌は貴重な存在といえるでしょう。応援のほどよろしくお願いいたします。(忍澤勉)

忍澤勉プロフィール


季刊メタポゾン
『季刊メタポゾン
第10号(2013年暮秋)』