「ザイオン・イズ・ライジング Part 1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zaionisrisingshoukai_okawadaakira
第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第6弾は、伊野隆之の新作「ザイオン・イズ・ライジング」だ。
これは第1期に掲載され、好評を博した連載「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の、直接の続編である。ふとしたことから、タコ型義体オクトモーフを着用する羽目に陥ってしまったザイオンと、彼にタカる知性化ガラス・インドラルの凸凹コンビの珍道中は、今回も健全である。

伊野隆之と言えば、眉村卓言うところの「インサイダーSF」――組織とその内部で生きる者に焦点を当てたSF作品の紛れもない傑作である――『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で名高いが、この「ザイオン」シリーズでは、インサイダーSFの伝統を的確に押さえた組織に生きる悲哀と、人間観を奥の奥まで見据えた、モンティ・パイソンにも通じるユーモア・センスが絶妙に利いた“おもろうて、やがてかなしき”、大人のための、どこか懐かしいSF世界が提示されているのである。
例えば宮内悠介の「スペース金融道」シリーズと読み比べてみれば、伊野隆之が何を狙っているのかが、いっそう克明に見えてくるのではなかろうか。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の好評に伴い、「ザイオン・イズ・ライジング」も2回に分けた形で提示させていただく。とりわけ、今回掲載部の後半から、次回掲載予定に連なる箇所では、魂(エゴ)と義体(モーフ)を乗り換えられる、『エクリプス・フェイズ』ならではの仕掛けが絶妙に効いており、ポストヒューマンSFとしての可能性も垣間見せてくれる。なんと引き出しの多い書き手だろうか。
そして知性化種。『エクリプス・フェイズ』は、知性化種について重点的に解説した『Panopticon』という追加設定資料集があるくらい、重要な設定である。コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズが、二級市民として知性化種を描き、その哀しみを行間に漂わせていたのだとすれば、伊野隆之の「ザイオン」シリーズは、知性化種と人間の内面の落差を、透徹した眼差し、距離をとったユーモアで描き出す。この作品を語る批評的言語は、いまだ成熟していないのではなかろうか。いささか奇妙な例えに思われるかもしれないが、現代版『東海道中膝栗毛』ともいうべきおかしみに満ちた作品ではないかと考える。
ともあれ、批評家泣かせのこの作品、読めば読むほど味が出てくるのは間違いない。他言は無用。存分に、熟成されたユーモアと政治のブレンドの妙味をご堪能されたい。(岡和田晃)

 

※この作品は改稿のうえ、伊野隆之『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ~イシュタルの虜囚、ネルガルの罠 〈エクリプス・フェイズ〉シェアード・ワールド』(アトリエサード)に収録されました(https://athird.cart.fc2.com/ca9/387/p-r2-s/)。

伊野隆之プロフィール


伊野隆之既刊
『樹環惑星
――ダイビング・オパリア――』