(PDFバージョン:hokkaidoutinnbotu_yasugimasayosi)
低い地鳴りが轟く。
同時に大地が揺れた。
それほど大きな揺れではない。でも、家具や棚がかたかた震える。
ぼくは体を強張らせ、不安な気分で部屋を見回した。
揺れの対策はしてあった。この程度でモノが落ちることはない。それでも地面が揺れると、根源的な恐怖がどうしても這い上がってくる。
揺れがおさまったので、再び空中投影型のディスプレイに目をやった。
情報サイトでは特番のニュースプログラムが組まれていた。
年配の地球物理学者の博士が、鬼気迫る表情で訴えている。
「地下およそ三千メートル近くのマントル層に、地殻へと押し上がろうとするホットプルームと呼ばれる対流がある。問題になっているのは南太平洋の地下にあるホットプルームだ。これが昨今、原因不明の極端な枝分かれを起こし、さらにはその一部がとてつもない勢いで活性化していることが判明した。先鋭的に活性化したホットプルームの先端は、北海道を狙い撃つように急速に近づいておる……このままでは北海道の地下にあるマグマを刺激し、大雪山系、十勝火山系は間違いなく大噴火を起こす。それだけではない。樽前や駒ケ岳も爆発するだろうし、アトサヌプリや雌阿寒岳も吹っ飛ぶはずだ。つまりだ、北海道のありとあらゆる火山からマグマが噴き出すことになる。それこそ地中にあるマグマをすべて空にする勢いでな。そうなれば地表の重量に耐え切れなくなって大規模な地盤沈下が起きる。それは北海道を乗せている北アメリカプレートを脆弱にさせ、千島海溝に向けて地盤を大きく傾かせるだろう。するとどうなるか。海水が地盤沈下を起こした北海道へ一気に流れ込むことになる。
いいかね。
あと一年で北海道は沈没するのだ。
マグマによって日本列島に咲く灼熱の華となって燃え盛ったのち、海底へと散華する……それが北海道の運命なのだ」
この博士の予測は嘘や勘違いではなかった。
その後、様々な調査が行われ、北海道は確実に沈没することがわかった。
ぼくは夕焼けに染まる街を眺めた。
世界屈指の大都市ユウバリ。
白樺の林のように並び立つ超高層ビル群が見える。いつもは景観を壊さないよう光学迷彩がかけられ、山や川など豊かな自然が望めるのだが、ここ何日も続く揺れの影響による損傷のチェックをしやすくするため解かれていた。
そこに落ちゆく太陽がかかる。
北海道が世界でもっとも先進的な国家として日本から独立して十年あまり。
その始まりは富良野上空にときどき現れていたUFOとの交流による。ちょっとしたことがきっかけで道民が精神レベルのファーストコンタクトに成功し、互いを同胞―ウタリ―と認め合うようになったのだ。
結果、その地球からおよそ二十五光年ほど離れた星の異星人との独占的な交易が行われ、北海道は地球外のテクノロジーを得たことで経済的にも政治的にも急速に発展、独立を果たしていた。
しかし、沈む。
世界各国は道民を助けようと手を伸ばした。そこには好意もあれば、異星人との独占交易を我が物にしたいといった思惑もあった。
逃げ出す道民。または何もしないほうがいいと残る道民。
その騒ぎに収拾がついたのは、異星人からの申し出だった。
北海道を助けましょう。我が星に招きます。
それは北海道に住む人類だけを助けるといった意味ではなかった。
北海道の大地そのもの、森や湿地に湖、そこに住む生き物すべてをそっくり地球上から運び出して助けるということだった。
実は異星人はこれまで、北海道にある道民を含めた自然環境すべてを一個の生命体としてみなして交流していたのだ。
海の藻屑と成り果てるよりはと、多くの道民はこの話に賛同し、異星人と共同で脱出計画が立てられた。
プロジェクト・イオマンテ。
オゾン層をフィルム化して北海道全土をドーム状に覆い、大陸棚の海や地殻そのものを浮かせる反重力フィールドを展開させる計画だった。
すべての作業を完了させるのに一年近くかかった。
北海道のあらゆる火山を噴火させるきっかけになるホットプルームは、もうそこまで迫っていた。
また揺れた。ディスプレイの映像が乱れる。今度はこれまでより大きい。
外は陽が暮れ、空には星がぽつぽつ現れていた。
そこに瞬く星と違う円盤型の光る物体がいくつか見えた。
いよいよかとぼくは思った。
あの「UFO」は先導役である異星人たちの宇宙船だった。いざなってくれる目的地は彼らの星……人類には発音できない名前のため、道民はカムイと呼んでいた。
そのカムイへとぼくたちは向かう。
地鳴りが止まない。大地は揺れ続けた。
浮上には突き上がるホットプルームの圧力が利用されていた。断続して起きていた揺れはその影響だった。
そして、風に吹かれてふわりと飛ぶ、綿毛のついたタンポポの種のように、北海道は夜空へと浮き上がった。
(了)
八杉将司既刊
『Delivery』