「サーヴァント・ガール第五章一話(通算一七話)「イタリアにて」」山口優(画・じゅりあ)

サーヴァント・ガール2第五章一話(通算一七話)「イタリアにて」
<登場人物紹介>

  • 織笠静弦(おりかさ・しづる):物理学を学ぶ大学院生。二年飛び級をして入学しているため二〇歳。ひょんなことから、平行世界からやってきた「機械奴隷」であるアリアの主人となり、平行世界と「機械奴隷」を巡る暗闘に巻き込まれていく。戦いを通じてアリアと主人と奴隷を超えた絆を結ぶ。
  • アリア・セルヴァ・カウサリウス:ローマ帝国が滅びず発展し続けた平行世界からやってきた「機械奴隷」。アリウス氏族カウサリウス家の領地(宇宙コロニー)で製造されたためこの名となっている。余剰次元ブラックホール知性が本体だが、人間とのインターフェースとして通常時空に有機的な肉体を持つ。「弱い相互作用」を主体とした力を行使する。行使可能なエネルギー(=質量)のレベルは微惑星クラス。「道化」の役割を与えられて製造されており、主人をからかうことも多い。
  • 御津見絢(みつみ・けん):織笠静弦の友人。言語学専攻。静弦に想いを寄せているようだが、研究に没頭している静弦はそのことに気づいていない。おとなしい性格だが、客観的に静弦のことをよく見ている。いつしか静弦の戦いに巻き込まれていく。
  • 結柵章吾(ゆうき・しょうご):織笠静弦の大学の准教授。少壮で有能な物理学者。平行世界とそこからやってくる「機械奴隷」に対応する物理学者・政治家・軍による秘密の組織「マルチヴァース・ディフェンス・コミッティ(MDC)」の一員。静弦にアリアを差し出すよう要求し、拒否すれば靜弦を排除することもいとわない非情な一面も見せる。かつて静弦と深い仲であったことがある。
  • リヴィウス・セルヴス・ブロンテ:結柵に仕える「機械奴隷」。電磁相互作用を主体とした力を行使する。エネルギーは小惑星クラス。
  • ヴァレリア・セルヴァ・フォルティス:結柵に仕えていたが、後に絢に仕える「機械奴隷」。強い相互作用を主体とした力を行使する。エネルギーは小惑星クラス。
  • アレクサンドル(アレックス)・コロリョフ:結柵の研究仲間の教授。静弦が留学を目指す米国のMAPL(数理物理研究所)という研究機関に属している。
  • ユリア・セルヴァ・アグリッパ:主人不明の「機械奴隷」。重力相互作用を主体とした力を行使する。エネルギーは惑星クラス。
  • 雛森早苗(ひなもり・さなえ):結柵章吾のラボの職員。情報系の仕事をしている。
  • 亜鞠戸量波(あまりと・かずは):静弦の同級生。二二歳。「サーヴァント・ガール2」から登場。
  • ルクレツィア・パウルス:バンクーバーのAI学会で静弦らと出会った女性。台湾にあるスタートアップに勤務。「サーヴァント・ガール2」から登場。
  • 勅使ヶ原悠奈(てしがはら・ゆな):織笠静弦の大学の准教授。亜鞠戸量波の指導教員。インペリウム世界の謎に気づき始めている。「サーヴァント・ガール2」から登場。

<「サーヴァント・ガール」のあらすじ>
 岐阜県の「上丘(かみおか)鉱山」に所在するダークマター観測装置の当直をしていた大学院生の織笠静弦は、観測装置から人為的なものに見える奇妙な反応を受信した。それがダークマターを媒体としてメッセージを送信できる高度な文明の所産だとすれば、観測装置の変化を通じてこちらの反応を検知できるはずだと判断した彼女は「返信」を実行する。次の瞬間、目の前にアリアと名乗る少女が出現する。アリアは静弦が自分の主人になったと主張し、また、主人となった人間には原理的に反抗できないことも説明され、静弦は渋々アリアと主従の関係を結ぶ。
 しかし、現代文明を遙かに超える力を持つ機械奴隷を静弦が保有したことは、新たな争いの火種となった。実は、アリアと同種の機械奴隷はアリアよりも前からこの宇宙に流れ着いており、それを管理する秘密組織が存在していた。観測装置の実務責任者である結柵章吾もそのメンバーであり、彼は静弦がアリアを得たことを察知、自らの「機械奴隷」であるヴァレリア、リヴィウスを使って攻撃を仕掛け、アリアを手放すよう要求する。静弦は、自分を必死に守るアリアの姿を見て、アリアを手放さないと決意、辛くも結柵との戦いに勝利する。
 勝利後の会談で結柵にもアリアの保有を認められ、しばし穏やかな時が流れるが、静弦は自分が研究中の理論を、遙かに進んだ科学を知るアリアに否定されけんか別れする。その隙を突き、主人不明の「機械奴隷」ユリアに攻撃されるアリアと静弦。危機を察知した結柵がヴァレリアを、静弦の友人・御津見絢に仕えさせ、二人に救援に向かわせたこともあって、ユリアの撃退に成功する。戦いを通じ、静弦とアリアは主従を超えた絆を結ぶ。戦いの後、これ以上の攻撃を撃退する目的から、静弦とアリアは、絢・ヴァレリアとともに留学生寮に住むことになる。
<「サーヴァント・ガール2」これまでのあらすじ>
 静弦は留学生寮で新しく友人となった女子学生、亜鞠戸量波の部屋で彼女と一夜をともにする。アリアは静弦の行動にショックを受け、姿を消してしまう。アリアを追い、静弦は絢、ヴァレリアとともにアリアの目撃報告があったカナダ・バンクーバーに向い、そこで偶然出会った量波とも合流して、現地で開催されたAI学会に参加、アリアを見つけ出す。しかしアリアは、自らの存在をこの宇宙とは異なる余剰次元空間に逃避させる。静弦はヴァレリアとともにアリアを追うが、アリアは「自分は静弦様にはふさわしくない」と言い、姿を消す。静弦は絢の助言により心を決め、アリアの手がかりを求め、AI学会で出会い、アリアを見知っていると思われる女性、ルクレツィアの足取りを追って台湾に向かう。
 三人は、台湾で量波、そしてアリアとも出会う。しかしアリアは再び逃げてしまう。絢によって「セルヴァ・マキナの力を阻害し、アリアの失踪を手引きしていた犯人」と名指しされた量波とルクレツィアは、静弦・絢・ヴァレリアを巻き込んで瞬間移動を引き起こす。量波は自らが「行動派」と名乗り、他宇宙からの侵攻に備え積極的にインペリウム世界の技術を開発すべきだと説くが、静弦・絢は顕在化していない脅威に対し無用な混乱を招くとしてこれを拒否した。ドミナである量波のセルヴァ・マキナであるルクレツィアは、「他のセルヴァ・マキナを操る力」を行使しヴァレリアを操作、静弦・絢を葬り去ろうとする。そこに現れたアリアは、ヴァレリアに対抗し、静弦を助けるかに見えたが、ルクレツィアに操られていたため、作り出した余剰次元空間を作り出して静弦を閉じ込め、身動きを取れなくしてしまう。しかし、後にルクレツィアによる操作をはねのけ、逆にルクレツィアたちを攻撃、撃退する。
 その後、日本に戻ってきた静弦は、量波の指導教員、勅使ヶ原の呼び出しを受ける。勅使ヶ原は、行方不明となった量波について尋ねるが、同時に、静弦、量波、そして結柵が関わる何らかの秘密があることにも気づき、好奇心を持っていた。
 一方、量波は、MDC行動派のメンバーの「代理」として、ユリア・セルヴァ・アグリッパから、行動派の計画を明かされていた。その内容は、核戦争による現代の国際社会の崩壊と、MDC行動派による独裁体制の構築という、想像もできないようなものだった。

第五章一話(通算一七話)「イタリアにて」

「これはこれは! 奇遇だね!」
 そう呼びかけられ、静弦は振り向いた。
「勅使ヶ原先生! こんなところでお目にかかるとは」
 地下空洞特有の冷気が静弦を包んでいる。
 イタリア。グラン・サッソ山。
 その地下に設けられたトンネル状の空洞は、分厚い岩盤によって宇宙線から遮蔽される利点ゆえに、ニュートリノや重力子を観測する研究所が設けられていた。
 遠目にはティーンエイジャーにしか見えない勅使ヶ原悠奈が、静弦のそばまで駆け寄ってきていた。大きな双眸には思慮深さとともに――それよりも静弦を値踏みし、観察するような成分が多いようにも思えた。
「こんなところとは! 世界でも有数の研究施設だよ。私がいても全くおかしくないと思うが?」
(おや。私の方が大分上背があるのか)
 静弦ははじめてそれに気づいた。勅使ヶ原の放つオーラに気圧されて、実際よりも背を高く認識していたらしい。
 勅使ヶ原は微笑みながら静弦を見上げている。両手を腰に手を当てた。
「で、なにがそんなにおかしいのかな」
「……別におかしくはありませんが……すみません。先生のご研究はデータをAIに分析させる事だと思っていましたので。実験施設まで足を運ばれるとは」
「それは君こそだ。雀居先生は理論系だろう?」
「現象論ですよ。実験施設の把握は重要です」
 静弦は言ってから、なるほど、と気づいた。
「先生もそれで?」
「まあね。いいかい、データは嘘をつかないが、データが取得されたときの状況――コンテクストがわからなければ、その解釈を容易に誤認する。AIというのはデータを信じ切って結論を出そうとするが、研究者はそのコンテクストまで含めてAIの出す結論を評価しなければならない……もしかするととんでもなく間違っている可能性もあるからね」
「それではいつまでもAIは人の道具ですか」
「いや。身体を手に入れればいい。自分で実験すればいい。聖書に書いてあることを信じなかったガリレオは、自分自身で設計した実験で真実を求める人でもあった」
(なるほど……)
 静弦は声に出さず思った。
 超次元ブラックホールであるアリアがこの通常次元に肉体を持つ理由を勅使ヶ原が端的に表現したように思えたからだ。
「……ところで量波の行方は分からずじまいですか」
 そう話を振ってみる。「依然として姿を消している」ということはMDCルートで結柵から聞いていた。だから当然「知らない」という答えを期待していた。しかし量波が勅使ヶ原だけに何かを伝えている可能性はあった。
「そうだね。しかし彼女は強い。何か理由があってのことだろう。そこまで心配してないよ」
「強い……ですか」
「少し綺麗に言い過ぎたかな。生命力があるということだよ。……こういってもいいなら言うが、ふてぶてしいとも言う」
「おや。先生のラボでは結構活躍していたんでしょう? いいんですか、そんなに言って」
「いいさ」
 勅使ヶ原は苦笑した。
「私も人のことは言えないが、彼女も破天荒な性格のようでね。ラボに全く来ないくせにちゃんと結果だけは出す――。まあ指導教員としてはやりにくいが、非常に興味深い人間だと思ったものだ」
「……分かります。一面では頼りになるいい人ではあるんですけど、結構いろんな女性を口説いて回っているみたいでそこは辟易しますね」
 勅使ヶ原は肩をすくめた。
「おっと。それは聞かなかったことにしよう。学生のプライバシーに踏み込むのは教員としてはやってはならないことだ」
「まさか先生も口説いてきたんですか?」
「……ノーコメント」
 にやりと笑い、静弦を横目で見やる。人差し指を口に当てつつ。
「やめよう。ここにいない第三者のことをあれこれいうのは行儀が良くない。我々ホモ・サピエンスはそういうのが好きな種族ではあるがね」
(……あー。量波が口説くのも分かるな……)
 なんというか、勅使ヶ原には近寄りがたい知的なオーラがあるが、そのオーラをくぐってみると、無邪気さとエレガンスが同居するなんとも言えぬ魅力がある。ティーンエイジャーと見まがう童顔の愛らしさと洗練された衣服や物腰の組み合わせが、その魅力を高めているようにも見えた。
 そこまで考えて、静弦の脳裏にアリアのふくれっつらが思い浮かんだ。
(いけないいけない……)
「で、どう答えたんです?」
 静弦がそう言葉を継いだのは、あくまで他の話題が思いつかなかったからだ。しかし勅使ヶ原は別の受け止め方をしたようだ。
「だからノー・コメントだと言ってるだろう」
 そしてあきれたように首を振った。
「君は噂話のような習慣からは遠い人間だと思っていたがね。一般論として、私がそういう事態に出くわしたときの答えはいつも同じさ。――私は研究に没頭していたいし、そういうのは興味が無い」
「失礼しました」
 そう、話題を途切れさせる。
「まあそんなこんなはありつつ、彼女は優秀な学生ではあったんだがね……。私としても彼女のおかげで研究がはかどって良かったんだが。……ただ、どこかのタイミングでなぜか研究に興味を失ったようだった」
「……興味を失った」
「ああ。いつだったかな。カナダのダークマターの実験施設に勉強がてら派遣したときからだった気がする。いったい、何があったのか……」
 それからちらりと静弦を見た。
「君はいろいろと知ってそうな気がするんだけどな」
「買いかぶりですよ。量波は友人ですが、連絡は取れてません」
「ふ……そうかな? 私の勘は鋭いんだ。AIに頼らなくてもね。まあいい。さて、私のアポの相手が来たようだ」
 勅使ヶ原は、たったっと軽い足取りで先に駆けていく。
「チャオ!」
 彼女が呼びかけた相手は、ちょうど、静弦が探していた人物であった。
 ビアンカ・フィオーレ博士。
 MDCのメンバーだ。
 銀髪をポニーテールにくくっている。アイスブルーの瞳は透き通るようで美しい。
 背は静弦よりもやや高い。水色のジーンズに、白いセーターというラフな格好だ。
「……はじめまして」
 静弦は笑顔を浮かべて、手を差し伸べる。

 話は数日ほど遡る。
「……MDCの行動派が活動を活発化させていることは、我々主流派……向こうは『統制派』と呼んでいるようだが……も懸念している。何か対策が必要だ」
 結柵が言う。
 結柵章吾の執務室。
 そこには、静弦と絢、アリアとヴァレリアが呼ばれていた。
 比較的広い部屋の中。四人は結柵を囲むように置かれたソファ、オフィスチェア等に思い思いに座っている。アリア、絢は未だに結柵をややネガティブな感情を浮かべてにらむように見ていた。
 一方、ヴァレリアは何の表情も浮かべていない。
(あたしは冷静な顔ができてるかな……)
 静弦はふとそう思った。
 ヴェープでも吸いたい気分だったが、そう断りを入れるのもおっくうだし、そもそも断られる可能性の方が高い。結柵はヴェープもタバコも嫌いである。
 結柵自身はそれぞれの表情にも感情にも頓着していない様子で、話を続ける。
「彼等は既に、別の時空で戦闘すればいくら攻撃してもかまわない……という考えに至りつつある。全く影響がない保証はないし、危うい考えなのだが、彼等はインペリウム世界のことば明るみに出てもお構いなしとでも考えているようだ。懸念すべき冒険主義といえる。非常に不本意ではあるが、我々も実力行使するしかないかもしれない。幸い、戦力はこちらの方がまだ上だ。彼等に手痛い失敗を味わってもらい、しばらく行動を控えるよう仕向けるしかないだろう」
 そして、静弦に視線を向ける。
「……ちょうど、イタリア支部から救援要請が来ている。イタリアのMDCメンバーの一人、フィオーリ博士からだ。彼女のセルヴァ・マキナはアリアと同じ微惑星級で、アリアの次のターゲットになる可能性がある……と言っている」
「アリアの次……」
「行動派の戦略は相変わらず『弱いセルヴァ・マキナを実力で奪い取り、戦力を増強する』――ということであると思われる。そして、アリアは微惑星級だがかなり強いことが向こうにも知れ渡った。そこで、次のターゲットになるのが、フィオーリ博士のセルヴァというわけだ。我々としてはこれを奇貨とし、行動派を返り討ちにすることで、彼等の行動を抑制したい。これが今回の要請の基本的な背景だ」
「それで、静弦様と私にイタリアへ行けと。お忘れならお伝えいたしますが、静弦様はもともとMDCのメンバーではありませんよ。ゆえにあなたの要望に従う義務もありません」
 結柵は腕を組んだ。
「しかし御津見君は我々MDCの協力者という立場だ。そして、私は、彼とヴァレリアが君を捜索するに協力するのを許可していた」
「貸しというわけですか。しかし、それは話が違うのでは。結局、あれもMDC行動派の作戦だったわけで、貸しにはなりませんよ」
 アリアが言いつのる。静弦をかばうように。
「しかし、事の発端はアリアをきちんと管理できていなかった織笠君の責任だ。管理ができないのならアリアは取り上げる――と言っていたはずだが」
「しかし――」
 アリアがなおも口を開く。
「いいよアリア」
 静弦が遮った。
「……分かりました。確かに、アリアを失踪に追い込んだのは私です。その借りを返せというのなら、イタリアでもどこでもいきましょう」
 結柵はじっと静弦を見た。普段なら目をそらすところだが、静弦は臆せず見返す。
「うむ――それでは具体的な話に移ろう」
 結柵はやや満足げな表情になり、作戦案を話し始めた――。

「お待ちしていました、ミズ・オリカサ」
 気づくと、ビアンカ・フィオーレが静弦の手を握り返している。
 満面の笑みを浮かべてはいるが、その手のひらにはやや湿った感触があり、冷たい。
(この人も緊張してるんだ……当然だ、もう戦闘は始まっているかもしれないんだから)
 静弦は冷たい空気が充満するグラン・サッソの地下空洞全体を警戒するように見渡した。
 結柵の「作戦」というのはシンプルだった。
 ビアンカ・フィオーレ博士とそのセルヴァ・マキナは自由に行動させる。但し、彼女らを監視しつつ近づいてくる者を倒す。これが『アルファチーム』の仕事だ。ただし、誰も護衛がないのは敵に怪しまれるので、『ベータチーム』が、敵に見せるための――いわば囮の護衛の役割を果たす。
 尤も――ビアンカ・フィオーレのセルヴァ・マキナであるフラヴィアがその真の力を発揮するならば、護衛など不要ということになるのだが。
 フラヴィアは「電弱統一相互作用」を司る能力を持つと言われている。但し、そのために必要なエネルギーレベルが非常に高いため、実質的にはほとんど使えないセルヴァ・マキナとなっている。このようなセルヴァ・マキナには本来、相当に巨大なエネルギーが扱えるよう、惑星級、巨惑星級、あるいは恒星級が与えられてもいいのだが、微惑星級である。
「インペリウム世界でも、フラヴィアは危険と考えて安全措置として微惑星急にしたのではないか」
 ――と、結柵は感想を述べていた。
 ただ,現実としてフラヴィアはほぼセルヴァの力を持たないセルヴァ・マキナであり、弱相互作用は少なくとも使えるアリアよりも寧ろ弱い。
 しかし、アリアよりも尚、「使えないセルヴァ・マキナ」だったため、これまでは奪われる価値すらないと思われていた。
 だが、アレックス・コロリョフが「セルヴァ・マキナの扱えるエネルギーそのものを増大させる研究を独自に行っている」と明かしたことにより、俄然、奪われることを懸念しなければならない、価値があるマキナとなったのだ。
「我々にとっては使えないが、行動派に奪われてはならない手駒」――それが、フラヴィア・セルヴァ・ヴェスパシアのMDC統制派における評価であった。
 ちなみに、彼女の「ヴェスパシア」というコグノーメン(家名)を聞いたときの絢とアリアの感想がそれぞれ違っていて興味深くはあった。
「セルヴァ・マキナにおいて家名は性別によって変化しない慣習なのかと思っていたが、変化するのか」
 ――これが絢の感想である。
「……古い時代のセルヴァですわ。本来はコグノーメンも変化するはずですが、そのうち文法規則が無視されるようになってきたのです」
 それがアリアの感想だった。ちなみに古い――というのは帝国紀元でいえば二六〇〇年代のことだという。アリアが製造されたのが二七六三年なので、確かに一〇〇年程度古い時代に製造されたセルヴァ・マキナということになる。
「あの頃はセルヴァ・マキナの製造技術が完成した頃で、様々なセルヴァ・マキナが試みられたと聞いています」
(電弱統一相互作用の実現――ヒッグス場との結合がむき出しになるのかな……? 確かに興味深いけど、そんなことができたら世界がむちゃくちゃになるな……)
 静弦はぼんやりとそんな感想を抱く。行動派はそんなことを実現させて何がしたいのだろう。
(素粒子物理学の実験――ではないだろう。それは今更だ。それよりも『他世界からの侵攻に備える』が近いかな)
 未知のセルヴァ・マキナの戦力を備えた他世界からの侵攻に備えるのならば、確かにそれぐらいの研究はしておかなくてはならないのかもしれない。
(だが、この世界に混乱をもたらすのは願い下げだ)
「初めましてですね。来てくれて嬉しいです」
 ビアンカ・フィオーレのアイスブルーの瞳は、その手の平の湿り気に反して、陽気な雰囲気を湛えていた。敢えてそのような表情を作っているのかもしれないが。
「お世話になります、フィオーレ博士。シヅルとよんでください」
「では私もビアンカと。よろしくね!」
 ビアンカは少し語調をくだけたものに変える。それからぐっと握手した手を引き寄せた。かぐわしい香水の香りが鼻腔をくすぐる。ビアンカは耳元で低い声でささやく。
「あなたはベータチーム――『敵に見せる側』の護衛者だと聞いているわ。一緒に行動することになるわね……よろしくね……。それで、あの人は何者なの? スパイ?」
 あの人――無論、勅使ヶ原悠奈のことだ。
「いえ。我々の組織のことを疑ってはいますが、実態は何も知りません」
「本当に? 何も知らないふりして、カズハ・アマリトとつながっているんじゃない?」
「……いえ。分かりませんが」
「そう。用心にこしたことはなさそうね」
 ビアンカの小さな声は警戒感を隠さない。一方で顔は笑顔のままだ。
「ところで、――フラヴィアはどちらに?」
「あなたのアリアと同じよ。近くに待機させているわ」
 近くの余剰次元上の仮想空間にいる――という意味だ。セルヴァ・マキナにはすぐにばれる方法だが、人間にはばれない。一時的な隠蔽手段としては妥当だった。
「了解です」
 ビアンカは握手をやめ、静弦の両肩に手を置いて頬にキスする。ここまでの小声の会話を親愛の表現でごまかすかのように。
「じゃあ、案内しましょう。現象論をやっているあなたならよくご存じでしょうけど、ここでもダークマター測定をしてるの。何か改善点があったら何でも聞きたいわ」
 それから勅使ヶ原にも目を向ける。
「ユナ! おまたせ! グラン・サッソのツアーにいきましょう!」