「私という死者の記憶(下)」伊野隆之

  DAY 3

 地表への降下は、どちらかと言えば乱暴なプロセスだ。降下モジュールは惑星の夜の側を回り、地表へと向かうが、内部に押し込められた私には、外を見ることが出来ない。
 降下と落下の境界がどこにあるのか判らないが、リフティングボディでの降下は、空気抵抗の大きな自由落下とさほど変わらない。だから脆弱な荷物である私は、衝撃吸収ジェルを充填したカプセルの中に押し込まれ、地表との衝突の衝撃を受け流す。
 私を収納した衝撃吸収カプセルは、着地の際に、カプセル自体の慣性によって、降下モジュールの前方に押し出される。開いたカプセルから滑るように抜け出すと、そこは惑星の地表だ。
 降下モジュール自体は使い捨てで、フレームが落下の衝撃を吸収してぐしゃぐしゃに潰れている。
 主観的にはさほど時間が経過しているわけではないが、最後に惑星の土を踏んでから、客観時間においては約二十年が経過していた。この惑星の重力はほぼ一Gで、特に身体が重いと感じる理由はないはずなのに、自分の足で大地に立つ感触には違和感があった。
 降下地点は岩盤の露頭だとリトルマギーは言っていた。周囲は巨大な一枚岩が広がっているように見える。
 潰れた降下モジュールから、脚のある楕円体が現れ、二つに割れてウォーカーが姿を現す。
「まともに着陸できたようだな」
 リトルマギーよりも頭の悪いウォーカーが皮肉を解するとは思わないが、つい、そんなことを言ってしまう。
「計画通りの着陸です。今後の調査に何ら問題はありません」
 森の中を行くのだから、どちらかと言えばスリムな躯体を想像していた。けれど目の前のウォーカーはずんぐりしている。背中には透明なキャノピーに覆われた私が座るためのシートがあり、その後ろには食糧やテント、調査に必要な機材を収納する大きな瘤のようなものがあった。四つ足で立つその姿は、まるで角のないサイの様にも見える。
「おまえはライノだ。それでいいな?」
 ウォーカーの主人はリトルマギーだ。それでも、地表ではウォーカーの主人でいたいと思う。
「それで構いません」
 一般名称であるウォーカーより、個別の名前があった方がやりやすい。ただそれだけだった。
「で、ライノ。このマスクを外しても大丈夫かな」
 入植地として選ばれる惑星は、少なくとも入植時点では呼吸可能な大気を有していたはずだ。だからと言って、その大気が現在でも呼吸可能だとは限らない。火山活動や、生物的な汚染など、深刻な大気の汚染が起きる可能性がいくらでもある。
「まだ評価は終わっていません」
 ライノが杓子定規に言う。
「さっさとやってくれ。この検疫マスクは息苦しい」
 フルフェイスのヘルメットのようなものだった。呼吸する空気を濾過するだけでなく、目の粘膜を介した汚染物質への暴露を防ぐようにも出来ている。だが、その一方で、目が乾くし、呼吸も苦しい。
「安全措置の時間短縮は対応不可能です」
 予想通りの反応だった。
「それでも急いでいるふりくらいはして見せたらどうだ?」
 つい、そんなことを言う。
「意味のないことです」
 やはりウォーカーは、まともな話し相手になりそうにない。
 降下地点から入植地への移動は、概ね快適だった。大気中の汚染物質の確認も終わり、検疫マスクを外した私には、ライノの背で周囲の風景を楽しむくらいの余裕があった。
 一枚岩の露頭は、一キロほど進んだところで草に覆われ、それから先は灌木の生える林になった。木々は貧弱で、先を阻むほどではないが、次第に見通しが悪くなっていく。
「気をつけてくれよ」
 ライノに声をかけたのは、そろそろ崖が近づいてきているからだった。
「あと、一キロほどで崖に着きます」
 多分、軌道上の調査船が、低軌道に配置した観測衛星を通じて正確な位置を把握しているからだろう。ライノの答えは妙に自信ありげに聞こえる。
 程なくして鈍重なウォーカーが歩みを止めた。ライノを降りた私は、目の前に広がる窪地の中を見渡した。
 多分、発砲コンクリートなのだろう。森の中に真っ白な建物が、微妙に傾いた状態で並んでいるのが見えた。建物自体が損壊している様子はなかったが、木々の間に見える舗装された路面は波打ち、無数の亀裂が走っていた。その様子は、探査船で見たシミュレーションと変わらない。
 ライノは、周辺の地盤の状態を確認しながら、窪地の中に降りるルートを探していた。その足下が、時折、ぐずぐずと崩れる。リトルマギーは、ウォーカーで下に降りることができると言っていたから、ルート探しはライノに任せ、私は今夜の寝床になるテントの設営を始めた。薄くて通気性のあるテントの素材は、その一方で簡単に破れることのない強靱な素材だった。ちょっとした外敵なら、テントにこもっているだけでやり過ごせる。それに、周囲に対物センサーを設置しておけば、安全性はさらに高まる。もし何かが関知されたとしても、待機状態のライノが起動し、追い払ってくれるだろう。
 ふと気付くとテントの床を小さな虫のようなものが這い回っていた。生態系の評価にはまだ手を付けておらず、危険な毒虫がいるかも知れない。有害な昆虫もどきによって崩壊した入植地もあるのだ。直接、触れないように気をつけながら、テントから虫を追い出した。
 寝床の準備が終わった頃、日は既に傾いていた。森からは何か獣めいた声が聞こえている。私が味気ない夕食を食べている間、ライノはその声がする森の方を見ていた。
 日没を見届けると、空には小さな月と満天の星が現れる。調査船が放った観測衛星は見えないだろうが、目をこらせば、より大きな調査船自体なら見えるかも知れない。

 DAY 4

 暗がりの中で、私は意識を取り戻した。身体のあらゆるところに痛みがある。多分、ちょっとした打撲に擦り傷もあるだろうが、身体は動くようだ。首を動かし、上半身を起こす。手探りで探したランプの明かりを点けると、押しつぶされて変形したテントの中に私はいた。
 やはり、崩落に巻き込まれたのだ。
 記憶が戻ってきていた。テントの中で眠りについた私は、奇妙な振動を感じて目を覚ましたのだった。立ち上がろうとして、その場に倒れてしまう。地面が揺れ、テントの床が傾いていた。そのまま投げ出されるように上下が逆転し、落ちていく感覚があった。多分、その後で気を失ったのだろう。記憶はそこで途切れている。
 とりあえず、全身に痛みはあったが、骨を折るような、大きな怪我はないようだった。這うようにしてテントを出た私は、ランプをかざした。
「気がついたようだな」
 小さく、だがはっきりと囁くような声が聞こえた。訛りはあったがはっきりと聞き取れる。
「誰だ? どこにいる」
 同じように囁き声で応じたのは、大きな声を出すのが躊躇(ためら)われたからだった。
「おまえの目の前にいる。大きな声は出すなよ。ランプも消した方がいいな。急な動きもまずい」
 ランプの光量を落とし、目をこらすと、暗い中から男のシルエットが現れた。
「何者なんだ?」
 間の抜けた質問だと思う。この惑星にいるのは、失われた入植地の生存者と私だけだ。
「それは後だ。歩けるか?」
 とりあえず、動ける。
「大丈夫そうだ」
 立ち上がった私は、小声で答えた。私たちがいるのは天井の低い洞窟の中だったが、歩くのに腰を折るほどではなかった。
「じゃあ、俺の後に黙って付いてこい。安全な場所がある」
 男は、周囲の音に聞き耳を立てるようにしながら洞窟のようなところを歩いて行く。私は、その後ろを黙って着いて行く。
 ふと気付くと、上から明かりが差し込んでいた。もう、朝になっているようだ。改めて男の姿を見ると髪も髭も伸び放題で、痩せこけている。顔は炭か灰でも塗ったのか、薄汚れていた。
「もうすぐ上に出る。なるべく音は立てるなよ」
 洞窟の外は森だった。若い森らしく、大きな木はない。陽光が樹冠を抜けて地面に届いている。
「あと少しだ」
 その森を息を潜めるように歩いて行くと、目の前に白い建物が見えてきた。僅かに傾き、壁には無数の亀裂が走っている。
「入り口は埋まっているが、中は問題ない」
 男は建物の窓から中に入った。その後を追って、私も建物の中に入る。
「気をつけろ」
 微妙な傾きのせいで平衡感覚がおかしくなりそうな階段を、手すりを頼りに登った先に、入植者たちがいた。ざっと見て二十人ほどいる。男に女、老人に子供。誰もが薄汚れ、痩せ細って見えた。
 いく組もの目が、私を見ていた。私を案内してきた男が、顎で床に座るように促す。
「おまえは何者なんだ?」
 肌にはつやがなかった。すり切れ、薄汚れた服を身に纏った姿は、いかにも崩壊した入植地の生き残りらしく見える。
「メドウズだ。ブライアン・メドウズ。失われた入植地の調査をしている」
 隠すべき情報はなかった。
「おまえ一人なのか?」
「残念ながら、そのとおりだ」
 入植者の間にざわめきが広がる。多分落胆のざわめき。この様子では文明への復帰を期待していたとしてもおかしくないが、私一人では叶わない望みだ。
「何をしにこの星に来た?」
 私は状況を説明する。失われた入植地の調査をしていること、私の経験が星間評議会で最も影響力の大きな自治惑星であるネビルの開発庁に送られ、そこで評価が行われること。対応の優先順位はネビルにとっての有用性と資源制約に基づいて決定されること。
「すぐに救援が来るわけではないのだな」
 私をここに連れてきた男だ。内心の落胆を反映してか、疲れたような表情をしていた。
「この星に価値があれば期待できるだろう。だが、そのためには、あなたたちが何者で、この入植地に何があったのかを説明して貰う必要がある」
 私の言葉に男はため息をついた。
「長くなるぞ」
 男はディエゴと名乗った。濃い褐色の肌と深い緑色の瞳で、それは入植者全員に共通する特徴だった。
「おまえは土壌についてどんなことを知っている?」
 ディエゴはそんな言葉から、この入植地のことを話し始めた。

  DAY 5

 一晩を傾いた建物の中で過ごした私は、昨日、用意された食事を食べながら聞いた話を思い出していた。ディエゴが語った土壌の話だ。岩石を起源とする砂や粘土だけでは土壌にならない。多様な微生物とその分泌物や死骸の分解物が複雑な複合体となって土壌を形成している。そんなことだ。
 地球では、数十億年単位の時間を掛けて形成された土壌を加速的に形成することが出来れば、入植地が成功する可能性が大きく高まる。この惑星で使われたのは、生物的な技術だった。
「見た目は蟻だが、遺伝的にはシロアリに近い。顎が強くて巣を作るためには岩だって囓(かじ)る。そういう生き物を使ったんだよ。腸内に特別な細菌叢(そう)があって、あらゆる有機物を分解できる。この惑星にはびこっている針金みたいな植物だって、俺たちが持ち込んだ蟻もどきにはいい餌だったのさ……」
 それだけで崩壊への道筋は想像できた。十分に管理されない技術は暴走する。
「その蟻が問題を起こしたと?」
 思い詰めたように、ディエゴが大きく息を吐く。
「封じ込めが上手くいかなかった。いつの間にか入植地を取り囲むように巨大な巣が出来ていて、建造物の重さの所為で大規模な陥没が起きたんだ」
 それが、この窪地が出来た原因だった。
「どうして入植地が?」
 今となっては、その問いの間抜けさがよくわかる。巣を壊された蟻は、巣が攻撃を受けた時と同じように反応する。つまり、入植者は蟻の敵と見なされて攻撃された。
「おまえは運が良かった。おまえが壊したのは使われていないところだったからな」
 入植者のほとんどが蟻の餌になった。それが、ディエゴの説明だった。
「でも、なぜここに留まっているんだ?」
 そう尋ねた時、ディエゴは食事のプレートを無言で指し示した。
 私が食べていた、ゴムのような物。
「それは蟻の死骸に生える菌類でね。この惑星で食糧に出来るのは、それしかないのさ」
 ディエゴは、菌類の採取に出ていて、私に気づいたのだという。
「蟻の巣に出入りしていて大丈夫なのか?」
 私はディエゴに尋ねた。
「奴らが出す特別なフェロモンがあるんだよ。こっちが大人しくしていれば、無視してくれる」
 その言葉を聞いた私は、周囲に立ちこめる微かに甘酸っぱい匂いに気がついた。

  DAY 6

 私は囚人だった。周回軌道を巡るナイトクロウラーⅢから、専属の看守であるリトルマギーは、惑星を巡る観測衛星群を介して、私を監視している。そのことを忘れたつもりはないが、念頭から消え去っていたのは事実だ。同じように、ライノのこともすっかり頭から抜け落ちていた。
「なんだ、あの音は?」
 おもむろにディエゴが言った。
 遠くから機械音が聞こえる。普通の音ではなく、金属がこすれ合うような、甲高い音だった。
 ディエゴが窓から身を乗り出し、私はその手から押しつけられた双眼鏡を覗き込む。
 ライノだった。ただ、その様子がおかしい。ギクシャクとした不自然な動きで、ふらつきながら近づいてくる。その背後では、地面がうごめいているようにも見える。
「おい、あれは?」
 咎めるようなディエゴの言葉。
「私の相棒だよ。多分、私の方に向かっている……」
 私の位置は、常に探査船によって把握されている。その位置情報がライノに共有されている。
「まずいぞ。こっちに向かってくる」
 改めて双眼鏡を覗き込んだ私は、ライノの異変の原因に気がついた。ライノに黒っぽい物がまとわりついている。
「蟻だ。無数の蟻を引き連れてきている」
 ディエゴの声は氷のように冷たかった、
「あれを止められないのか?」
 ディエゴが私の腕を掴んだ。ライノがまともな状態なら、私の指示を理解するだろう。けれど、とてもそうは見えなかった。
「ライノ、止まれ!」
 大声で叫んでも、私の声は届かない。建物が小刻みに揺れ始めていた。
「逃げろ。ここはもう危ない!」 
 ディエゴの指示で入植者達は一斉に建物から出ようとする。その後を追おうとした私の前にディエゴが立ち塞がった。
「おまえはここにいろ。この疫病神が!」
 ディエゴの拳が私を打つ。その瞬間、衝撃と共に意識が飛んだ。
 ただ、それで良かったのかも知れない。探査機の飛ばした観測衛星は、新しい陥没に次々と飲み込まれる入植者達の様子を記録していた。入植者達は穴に落ち、地中からあふれ出てくる蟻の群れに飲み込まれていく。それは私も同じだった。

  DAY X

 私が覚醒したのは、既に次の星系に向けて減速を始めた時点だった。
「そう言えば、あの入植地はどうなった?」
 覚醒したばかりの私の問いに、リトルマギーが答える。
「建物ごと地中に飲み込まれました。生存者は、一人も確認できません」
 多分、私自身を含めて。私の記憶が、そう告げていた。
 無数の蟻に生きながら喰われていた私は、脳内に埋め込まれた親指の爪ほどの大きさのチップから、救難信号が発せられたのを知っていた。生物としての私が死んだ後も、そのチップが発する救難信号は止まらない。肉を食われ、骨を喰われ、私の身体が土壌を構成する成分になっても、チップは救難信号を発し続ける。
 やがて、調査船から射出された回収ユニットが、私の身体があった場所からチップを堀り出す。
 私に死は許されていない。星系の間を移動する間に、医療コクーンで再び作られた新しい私に、私の経験が書き込まれたチップが組み込まれる。
「入植地の痕跡らしい場所を発見しました」
 リトルマギーが、そう告げた。
 古い記憶と共に生まれた新しい私は、また、次のミッションへと送り出される。
 調査船のモニターに映るのは、赤茶けた砂漠に覆われた惑星だった。