「わたしの伯母さん」柳ヶ瀬舞

   わたしの伯母さん(柳ヶ瀬舞)

 鬼気迫る勢いで、猛烈に自転車をこいだ。夕暮れを迎えても、容赦なく照りつける太陽を背に感じて、前のめりになって必死で前に進んだ。
「あー!」
 特に意味のない言葉を叫んだ。叫ばずにはいられなかった。居たたまれなくて、恥ずかしかった。けれど、入ることの出来る穴はなかったので、勢いに任せて自転車をこいだ。
 コンビニで買ったアイスが溶けてしまう。後付けの、もっともらしい言い訳をして自分の羞恥心から逃げ出している。

   ※

 私の住んでいた所は、ベッドタウンと呼ぶには田舎すぎた。
 田んぼが広がり、それを縫うように川が流れていた。駅に行けば、大きな街まで簡単に出られた。けれど、バスの本数は一時間に一本あればいい方だった。
 親たちはみんな車を持っていて、よく郊外のショッピングモールに連れて行ってもらった。田舎特有の幹線道路沿いのショッピングモールだ。出かけると言えばその程度だった。
 遊びたいざかりの高校生の私は、まわりには何もなかったので、それなりに充実した学食でダラダラ過ごしていた。さもなくば、仕方なく自転車をこいで、ファミリーレストランでお喋りをしていた。こんな田舎なのに原付バイクは禁止されていた。
 娯楽とは縁遠い、何もない土地で私は育った。

 私が高校に上がる年に、伯母はこの地に戻ってきた。
「いまさらなんで戻ってきたんだろう。あのまま東京にいればよかったのに」
 母は伯母に含むところがあったようだ。
 東京で暮らしていた伯母と、この土地でずっと生きてきた母。少なからず軋轢(あつれき)があっても仕方がない。
 祖母が亡くなって、一年後に伯母がこの地に帰ってきた。そろそろ家をどうにかしよう、と親族で相談していたときだった。
「おばあちゃんの面倒も見ないで……」
 母の言うことはもっともだ。伯母はふらりとこの地に戻ってきて、気ままに過ごしているように見えた。

 引っ越してくる前に、伯母がこの地に戻って来たのは、年に一、二回だった。親戚の冠婚葬祭やお盆に顔を出していた。
 親戚の集まる席で、伯母は常に浮いていた。
 冠婚葬祭などで女は『女衆』と、男は『男衆』と呼ばれて、女ばかりが忙しなく(せわしなく)働いていた。親戚の男たちはビールを飲んで騒いでいた。私も『女衆』のひとりなので、おじさんたちにお酌をしていた。
 伯母は『女衆』の中に入らなかった。入れなかったと言った方がいいのかもしれない。
 伯母は結婚をしていなかった。子どももいない。おじさんたちは見下げるように『女じゃない、半端モノ』と伯母を見下し、おばさんたちは『何もしないでフラフラしている』と怒っていた。
 そんな中で、伯母さんはどこ吹く風で子どもたちと遊んでいた。
 法事の席で親戚のおじさんたちの相手に疲れて、庭に出ると伯母さんが立っていた。
「おばさん、暑くない?」
「大丈夫だよ。誰の娘だっけ?」
 親戚は多く、私は誰が誰だか分からなかった。伯母もきっと、そうだったのだろう。
「ひとみの娘です」
 ああ、ひとみの娘か、と伯母は何度か頷いて言った。
「お母さんのお姉ちゃんだよ」
 このひとが変わり者の伯母か、と納得した。
「アイス食べたくない?」
 伯母の投げかけに、私は曖昧に頷いた。今、家を出たら、お母さんに何か言われて面倒だと思った。
「私のせいにしてくれていいよ」
 私の考えなんてお見通しと言いたげに、伯母は笑った。
 コンビニは遠かった。それでもおじさんたちの相手よりマシだった。暑い中歩いて、コンビニの日陰でガリガリ君を食べた。汗をかきながら食べたガリガリ君は、とても美味しかった。
 私を誘ったことは伯母なりの気遣いだと思った。
 伯母のことを不思議なひとだと感じた。大人に気配りをされることは、そのときまでなかったからだ。
 両親からはもちろん子ども扱いをされていたし、学校の教師は威圧的で、私は単なる普通の生徒だった。大人が私を対等な人間だと扱うことはなかった。
 子どもが大人に気を配られることがあるのだ、という事実に驚いた。
 
   ※

「由帆さーん。ガツンとみかん買ってきたよー」
 『私には名前がある』と言って、伯母は『おばさん』と呼ばれることを嫌った。
 首元が伸びたTシャツにステテコ姿で、由帆さんは顔を出した。
「ありがと。これお金」
 由帆さんは五百円玉を私に渡した。
「暑くて死ぬ」
 玄関で倒れ込んで、制服のポロシャツの裾をバタバタさせた。
「夏休みじゃなかったっけ?」
「夏期講習。もーやだー」
 由帆さんがアイスの包みを破る音が聞こえた。
「励め励め。そのぶん歳取ったときに楽になるよ」
「今も、未来も楽したい」
「人生、そう簡単に出来ていないんだよ」
 アイスが溶けるよ、と由帆さんが言ったので、私は渋々体を起こした。

   ※

 由帆さんは、亡くなった祖母が住んでいた古い家に住み着いた。庭は草木が鬱蒼(うっそう)と茂り、雨漏りが心配な木造一階の家だった。
 線香の香りがした祖母の家は、由帆さんが住むようになって変わった。由帆さんからはいつも『文化』の味と香りがしたからだ。

 由帆さんと仲良くなったのは、彼女が越してきてすぐのことだった。
「伯母さんにびわを持って行きなさい」
 五月の半ばに、母は面倒くさがる私に、庭で取れたびわを持たせた。
 私はびわが嫌いだった。庭にたくさんなっていて、飽きるほど食べていたからだ。びわの存在は田舎くさくて野暮ったいものだ。
 自転車を十五分走らせた。玄関までの、けもの道のような小道を自転車を押して通った。
 玄関のチャイムを押したけれど、壊れていたのか、音は響くことがなかった。私は声を出して由帆さんを呼んだ。
「ああ、京子か」
「びわ、持ってきました」
 由帆さんは昼寝をしていたのだろうか、寝ぐせがついた髪をかいて、あくびをした。びわの入った袋を渡すと、由帆さんは心底嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。大好きなんだ」
 せっかくだから上がっていく? と由帆さんはためらいながら言った。姪である私を扱いかねていたように見えた。
 五月はすでに夏だ。かいた汗を見られることが恥ずかしくて、由帆さんが姿を消している間にハンカチで拭いた。
「わざわざありがとう」
 伯母はちゃぶ台の上にグラスを置いて、私に飲むように促した。
 グラスの中身を飲むと、ミントの爽やかさが口に広がり、砂糖の味があとを引いた。
「美味しい」
「さっぱりするでしょ。マンタローって言うの。フランス語でミント水って意味」
 古いちゃぶ台の上に出されたものが、フランスの飲み物だと想像していなかった。
 家で出る飲み物は麦茶か、せいぜい紅茶かコーヒーだった。けれど、由帆さんが出したミント水は『文化』の味がした。
 祖母が住んでいた頃の家とは違った。確かに古い家だし、ところどころ修繕が必要だった。
 けれど、由帆さんが住むようになって家は変わった。シミがついた本や大量のレコードが所狭しと並べられていた。台所に立つと、知らないスパイスが並べられていた。
 家からは祖母の気配はなくなり、由帆さんの香りが家になじんでいた。
 
 由帆さんは悩みとは無縁の、楽しい日常を過ごしているように見えた。
 私がいるときは古い本を読み、とがめる人間もそばにいないので、大音量でレコードを聴いていた。
 由帆さんが小説家だと知ったのは、出会ってからずいぶんあとのことだった。作家は、きらびやかで、面白いことがたくさん起きている、おしゃれな職業だと思った。だから由帆さんは生きることで生まれる悩みとは、無縁なのだと勝手に思っていた。
 あとになって、由帆さんの書いた小説を読んだ。由帆さんが書いていたものはファンタジーで、軽やかさは無縁だった。
 ドラゴンにどう頑張っても勝てない主人公が苦しむ話。投獄されたお姫様が悲嘆に暮れて泣くことも出来ない話。登場人物たちの感情はどれも重々しく、窒息しそうな激しい感情の中でもがいていた。
 そんな小説を由帆さんが書いたとは思えなかった。
 由帆さんが書いたエッセイを読んでも、現実の由帆さんとは繋がらなかった。
 てきとうな暮らしぶりから想像出来ない、繊細さを感じる文章だった。エッセイには由帆さんの葛藤と苦悩が書かれていた。
 田舎の生活の窮屈さ、家族との衝突、学校での居場所のなさ。ささやかだけれど、生活で不便を感じる衝突と摩擦を書いていた。
 由帆さんも、私のように、居たたまれない日々を送っていたのかもしれない。ただ生きていきたい。呼吸をしたい。けれど、この地ですることは難しかった。私にとっても切実な、大事な問題だった。
 それでもあの土地で由帆さんは屈託なく笑っていた。笑顔に曇りはなく、楽しそうだった。由帆さんに苦悩は似合わなかった。
 結局、由帆さんという人間を私は理解出来なかった。

   ※

 意地になったようにアイスにかぶりついた。キーンと響いて頭を抱えた。
「今日はどうした? 元気ないね」
 元気はいつもないと言いたかった。日常で不満はあったけれど、いちいち口にしていられない。そんなことより、早くこの田舎を出ていくことが大事だった。
「由帆さんはなんでこんな所に戻ってきたん?」
「うーん。まあ、恋人と別れたから」
「由帆さん、彼氏いたの!?」
「そんなに驚くことなくない?」
 だって、という言葉を飲みこんだ。
 由帆さんの生活は、てきとうと言えばまだいい方で、正しくはズボラだった。服装だっていつも寝間着みたいだったし、汚れた食器はいつもシンクに山積みだった。これが自然な状態だから、と言って庭の手入れもしなかった。
「失敬な。一緒に住んでいたときは、ちゃんとしてたよ」
「なんか想像出来ない……」
 由帆さんは私の頭を小突いて、笑った。
「なんで別れちゃったの?」
「十分だと感じたから、かな」
「何が十分なの?」
「京子は好きなひととかいないの?」
 由帆さんは私の問いには答えず、逆に私に質問した。
 どう答えるべきか、悩んで口ごもった。食べきったアイスの棒を指先でもてあそんだ。
「すごく子どもっぽいから話したくない」

 彼が好きだった。
 居心地の悪い学校でも、彼と一緒にいることが楽しかった。昨日聞いたラジオで流れた音楽について話したり、TV番組のくだらなさに毒を吐いたり、学校の授業のつまらなさを嘆きあった。友だちとして、ずっといたくて、『好き』になる予定はなかった。
 告白をして、その『好き』は一瞬の気の迷いだったと気づいた。一緒にいたいという欲望を、恋にすげ替えて、私は楽をしたかっただけだった。
 感情を鋳型にはめて、綺麗にラッピングして、ベルトコンベヤーに流す。恋にしてしまって、儀礼的に告白をして、誕生日やクリスマスを一緒に過ごす。
 彼としたかったのは、そんなことではなかった。
 ふざけあって、くだらないことで笑って、つらいときには何も言わずにそばにいる。それが欲しかった。それだけが。
 ただ彼が別の子を好きになって、状況が変わった。
 彼がその子に取られてしまいそうで焦った。そんな感情が湧く私も、ただ女なのだと思い知らされた。
 彼がいなくなったら、私は学校でひとりきりになってしまう。どこにも居場所がなくなってしまう。焦りを恋にすり替えて、安心したかった。
 好意を偽ったことは、当たり前だけれど、自分を嫌いになる理由には十分すぎた。バカバカしくて泣く気にもなれなかった。

「由帆さんは今、幸せなの?」
 話を変えたくて、由帆さんに聞いた。
「そこそこ、かな? ふたりでいるときに感じる不幸より、ひとりでいる自由の方が好きだよ」
 由帆さんはてらいなく言って、いつも通り笑っていた。由帆さんのその笑顔は今も覚えている。
 由帆さんの言葉は私を動かした。
 恋をした彼と一緒にいる私は不幸だったのだろうか。今の私は自由なのだろうか。答えは出なかった。けれど、由帆さんの言葉は、頭の中でぐるぐるとマーブル模様を描いた。
 思い出すと、由帆さんとはいつも答えの出ないことを喋っていた。由帆さんと過ごした最後の夏のことだった。

   ※

 その年度の春に志望校に合格して、上京した。
 大学生活は高校生活より楽しかった。東京では誰も私を知らなかった。だから一から関係を築くことは難しかった。けれど、難しいぶん、うまく人間関係を築けるようになると、自信に繋がった。
 サークル仲間に恋をした。もう自分が女であることを嫌悪しなかった。それは成長なのか、諦念なのか分からない。恋人とただ一緒にいたい、という気持ちだけではいけない。一緒にいて何をしたいか。どんな恋人でありたいのか。相手と価値観の擦り合わせをして、ともに目的意識を持って、具体的に関係を築く。『好き』という感情は純粋なものでもなんでもない。関係を維持するコストとして、『好き』は単純な燃料だった。
 ひとりぼっちで所在がないことは、相変わらず怖くて、さびしいことだった。けれど多くのひとがさびしさを抱え、それを誤魔化すためにはしゃいだり、お酒を飲んだりするのだと知って少し安心した。
 燃料としての『好き』も、さびしさを誤魔化すことも、人間として当たり前の感情だと知った。けれど、どこかで不純だと感じていたし、いやらしいと思った。
 彼氏といるとき、私は幸せだった。その度に由帆さんの言葉を思い出した。ひとりでいる自由を手放しているのかもしれない、と不安になった。そう思うと不安になった。幸せだ。けれど、不安はつねにつきまとっていた。

 私が上京して二年後、由帆さんは乳がんで亡くなった。四十八歳だった。
 葬儀に出席するために帰郷すると、母は泣いていて、慰めるのが大変だった。私に由帆さんの愚痴をこぼしてばかりだったけれど、母なりに由帆さんが好きだったようだ。
 由帆さんが亡くなって、衝撃を受けなかったと言ったら嘘になる。由帆さんはこの土地に戻ってきたときはすでに、世捨て人だった。世間のことには関心を示さず、自分の世界に耽溺(たんでき)していた。由帆さんはこの田舎で、本と音楽だけを携え、少しずつ現実を捨てていったのだ。そう考えると納得出来た。由帆さんがいないことはさびしい。けれど、由帆さんの覚悟を前に、私が何か言うことは失礼だと思った。せめて由帆さんが死を前にして、自由を謳歌出来ていたと思いたかった。

 通夜は真夏の夜に行われた。
 親戚と忙しなく動いていると、東京から何人か来たことに気づいた。
 どこから聞きつけたのか、編集者という人たちがいた。芳名をもらうときに、彼らが東京から来たことを知った。そして彼らは礼儀正しく頭を下げ、手を合わせ、焼香を済ませた。一連の流れはスムーズで、隙がなかった。葬儀の席に慣れているのかもしれない、と思った。

 通夜振る舞いの前に、ひとりを除いて、東京からの来客は去って行った。
 背の高い、由帆さんより少し年下だろう女性が、献杯の席にいた。
 ひとりだけだったけれど、席で浮いてはいなかった。由帆さんの死を悼んでいたようで、青ざめて神妙な顔をしていた。
 親戚のおじさんたちの相手に疲れて、トイレに行くと彼女が洗面台に手をついていた。私がトイレから出ても彼女は同じ姿勢のままだった。
「大丈夫ですか?」
 今気づいたように、彼女は顔を上げ、鏡越しに私を見た。
「大丈夫」
 彼女はにっこりと笑い、再び洗面台を見つめた。
「本日は来てくださり、ありがとうございます。伯母もきっと喜んでいると思います」
「だといいんだけれど」
 彼女はため息をついて、体と目線を上げた。
「編集者さん、ですか?」
 再びにっこりと笑った。
「彼女みたいなひとは、二度と現れないでしょうね」
 そう言った彼女から、私は目線をそらした。笑いながら、涙声になっていたからだ。
 失礼します、と言って逃げるようにトイレから出た。
 彼女はそのあとすぐに帰ったのか、姿はもう見えなかった。

 そのあと、夏休みをいいことに、伯母の家の片づけに駆り出された。
 由帆さんの家の荷物はいつの間にか最低限のものになっていた。本はいつの間にか紐で縛られて、いつでも捨てられるようになっていた。そして服も夏服しか残されておらず、自分の死期を分かっていたのだと改めて思った。
「欲しいものがあったら持って行きなさい」
「いいの?」
「どうせ捨てるんだから。形見分け」
 母はてきぱきと動いていた。悲嘆に暮れることはなく、懐かしい品に笑顔を見せた。由帆さんが亡くなった直後は、あんなにわめいていたのに。現金なものだなと母を少し軽蔑した。
 のぞき見のようで気が引けたけれど、由帆さんの机の引き出しを開けた。空になっていることに安堵して、引き出しを閉めようとした。けれど、引っ掛かりを手に感じて、引き出しの奥をまさぐった。すると一枚の写真が出てきてどきりとした。
 由帆さんと、通夜の席で見た背の高い女性とのツーショット写真だった。
 由帆さんと彼女の関係は分からない。けれど、由帆さんはとても幸せそうだった。
「どうしたの?」
 母が不思議そうに私を見たけれど、なんでもない、と答えた。
 デスクの上に残った本に写真を滑り込ませ、この本が欲しい、と母に言った。

   ※

「いやあ、今日も暑いですねえ」
 陽介は無難な挨拶をして、家に上がった。母は嬉しそうで、父は居間に引っ込んだままだった。
 由帆さんの七回忌のために帰省した。
 せっかく久しぶりに顔を合わせるのだから、婚約についても話しちゃおうよ、と陽介と事前に話し合った。
 電話であらかじめ伝えておいたけれど、母は嬉しくて興奮しているようで、父はいつも以上に無口で、くちびるを強く結んでいた。

 陽介はサークル仲間で、大学時代から付き合っている。色々と考えているのだろうけれど、陽気な人間で、一緒にいると穏やかな気持ちでいられる。私のワガママにも付き合ってくれる、貴重なひとだ。
 私の最大のワガママは、結婚を渋っていたことだ。
 これからも陽介以外に、好きになるひとが現れないことは分かっている。ただ結婚という形式が私に合っているか、ずっと疑問だった。
 ふたりでいる不幸。ひとりでいる自由。由帆さんの言葉は、地鳴りのように私の中で響いていた。
 ことあるごとに、由帆さんのことを思い出すのは、疑問からくる不安だったのだろうと思った。そして今も、陽介と幸せになれるのだろうか、と不安は響いている。
 由帆さん、あなたは恋人といたとき、本当に不幸だった?
 返事がないことは分かっている。それでも、仏壇の前で手を合わせながら、問いかけた。

 由帆さんの住んでいた家は、もうない。あまりに古かったので取り壊して更地にした。田舎の土地なので、買うひとも現れず、平らな地面だけがある。 
 背の高い女性と再会することは二度となかった。たぶんこれからも、会うことはないと思う。写真を挟んだ本は、あれ以来、開くことなく、本棚に差したままだ。

 歳を取ったおじさんたちの相手に疲れて、庭に立った。
 由帆さんの言葉の意味をいくら考えても、答えは出ない。
 ふたりでいる不幸と、ひとりきりの自由のどちらがいいか。由帆さんは自由を謳歌していたのだろうか。
 由帆さんはもういない。そして真意をたずねたとしても、きっとはぐらかしただろう。
 太陽はこれでもかと輝いている。あまりの眩しさに、私はよろけて反射的に新しい命が宿っているお腹を抱えた。

   〈了〉