「サーヴァント・ガール2、第三章第四話「アリア」」山口優(画・じゅりあ)

サーヴァント・ガール2第三章第四話(通算一二話)「アリア」
<登場人物紹介>

  • 織笠静弦(おりかさ・しづる):物理学を学ぶ大学院生。二年飛び級をして入学しているため二〇歳。ひょんなことから、平行世界からやってきた「機械奴隷」であるアリアの主人となり、平行世界と「機械奴隷」を巡る暗闘に巻き込まれていく。戦いを通じてアリアと主人と奴隷を超えた絆を結ぶ。
  • アリア・セルヴァ・カウサリウス:ローマ帝国が滅びず発展し続けた平行世界からやってきた「機械奴隷」。アリウス氏族カウサリウス家の領地(宇宙コロニー)で製造されたためこの名となっている。余剰次元ブラックホール知性が本体だが、人間とのインターフェースとして通常時空に有機的な肉体を持つ。「弱い相互作用」を主体とした力を行使する。行使可能なエネルギー(=質量)のレベルは微惑星クラス。「道化」の役割を与えられて製造されており、主人をからかうことも多い。
  • 御津見絢(みつみ・けん):織笠静弦の友人。言語学専攻。静弦に想いを寄せているようだが、研究に没頭していたい静弦にその気はない。おとなしい性格だが、客観的に静弦のことをよく見ている。いつしか静弦の戦いに巻き込まれていく。
  • 結柵章吾(ゆうき・しょうご):織笠静弦の大学の准教授。少壮で有能な物理学者。平行世界とそこからやってくる「機械奴隷」に対応する物理学者・政治家・軍による秘密の組織「マルチヴァース・ディフェンス・コミッティ(MDC)」の一員。静弦にアリアを差し出すよう要求し、拒否すれば靜弦を排除することもいとわない非情な一面も見せる。かつて静弦と深い仲であったことがある。
  • リヴィウス・セルヴス・ブロンテ:結柵に仕える「機械奴隷」。電磁相互作用を主体とした力を行使する。エネルギーは小惑星クラス。
  • ヴァレリア・セルヴァ・フォルティス:結柵に仕えていたが、後に絢に仕える「機械奴隷」。強い相互作用を主体とした力を行使する。エネルギーは小惑星クラス。
  • アレクサンドル(アレックス)・コロリョフ:結柵の研究仲間の教授。静弦が留学を目指す米国のMAPL(数理物理研究所)という研究機関に属している。
  • ユリア・セルヴァ・アグリッパ:主人不明の「機械奴隷」。重力相互作用を主体とした力を行使する。エネルギーは惑星クラス。
  • 亜鞠戸量波(あまりと・かずは):静弦の同級生。二二歳。「サーヴァント・ガール2」から登場。
  • ルクレツィア・パウルス:バンクーバーのAI学会で静弦らと出会った女性。台湾にあるスタートアップに勤務。

<「サーヴァント・ガール」のあらすじ>
 岐阜県の「上丘(ルビ:かみおか)鉱山」に所在するダークマター観測装置の当直をしていた大学院生の織笠静弦は、観測装置から人為的なものに見える奇妙な反応を受信した。それがダークマターを媒体としてメッセージを送信できる高度な文明の所産だとすれば、観測装置の変化を通じてこちらの反応を検知できるはずだと判断した彼女は「返信」を実行する。次の瞬間、目の前にアリアと名乗る少女が出現する。アリアは静弦が自分の主人になったと主張し、また、主人となった人間には原理的に反抗できないことも説明され、静弦は渋々アリアと主従の関係を結ぶ。
 しかし、現代文明を遙かに超える力を持つ機械奴隷を静弦が保有したことは、新たな争いの火種となった。実は、アリアと同種の機械奴隷はアリアよりも前からこの宇宙に流れ着いており、それを管理する秘密組織が存在していた。観測装置の実務責任者である結柵章吾もそのメンバーであり、彼は静弦がアリアを得たことを察知、自らの「機械奴隷」であるヴァレリア、リヴィウスを使って攻撃を仕掛け、アリアを手放すよう要求する。静弦は、自分を必死に守るアリアの姿を見て、アリアを手放さないと決意、辛くも結柵との戦いに勝利する。
 勝利後の会談で結柵にもアリアの保有を認められ、しばし穏やかな時が流れるが、静弦は自分が研究中の理論を、遙かに進んだ科学を知るアリアに否定されけんか別れする。その隙を突き、主人不明の「機械奴隷」ユリアに攻撃されるアリアと静弦。危機を察知した結柵がヴァレリアを、静弦の友人・御津見絢に仕えさせ、二人に救援に向かわせたこともあって、ユリアの撃退に成功する。戦いを通じ、静弦とアリアは主従を超えた絆を結ぶ。戦いの後、これ以上の攻撃を撃退する目的から、静弦とアリアは、絢・ヴァレリアとともに留学生寮に住むことになる。
<「サーヴァント・ガール2」これまでのあらすじ>
 静弦は留学生寮で新しく友人となった女子学生、亜鞠戸量波の部屋で彼女と一夜をともにする。アリアは静弦の行動にショックを受け、姿を消してしまう。アリアを追い、静弦は絢、ヴァレリアとともにアリアの目撃報告があったカナダ・バンクーバーに向い、そこで偶然出会った量波とも合流して、現地で開催されたAI学会に参加、アリアを見つけ出す。しかしアリアは、自らの存在をこの宇宙とは異なる余剰次元空間に逃避させる。静弦はヴァレリアとともにアリアを追うが、アリアは「自分は静弦様にはふさわしくない」と言い、姿を消す。静弦は絢の助言により心を決め、アリアの手がかりを求め、AI学会で出会い、アリアを見知っていると思われる女性、ルクレツィアの足取りを追って台湾に向かう。
 三人は、台湾で量波、そしてアリアとも出会う。しかしアリアは再び逃げてしまう。絢によって「セルヴァ・マキナの力を阻害し、アリアの失踪を手引きしていた犯人」と名指しされた量波とルクレツィアは、静弦・絢・ヴァレリアを巻き込んで瞬間移動を引き起こす。量波は自らが「行動派」と名乗り、他宇宙からの侵攻に備え積極的にインペリウム世界の技術を開発すべきだと説くが、静弦・絢は顕在化していない脅威に対し無用な混乱を招くとしてこれを拒否した。ドミナである量波のセルヴァ・マキナであるルクレツィアは、「他のセルヴァ・マキナを操る力」を行使しヴァレリアを操作、静弦・絢を葬り去ろうとする。

第三章第四話(通算一二話)「アリア」

 一瞬、まばゆい光に網膜を灼かれるかと思った。自分をかばってくれる絢の体温が温かく感じる。しかし全てを圧するエネルギーが刹那のうちに自らを消滅させるのだという予感が、静弦のあらゆる感覚を、諦観とともに閉じようとしていた。
 ――(ああ、アリア――。もっと素直になっておけば良かった)
 そう考えたとき。
 ――(静弦様!)
 心の中に声を感じた。
(幻聴?)
 いや、それにしてははっきりしている。そして、そう思うということは、彼女はまだ死んでいない。
(デカルトでもあるまいし)
 自嘲する余裕すらある。
 しかし、もっと気にしなければならないこと。それは聞こえている声の主だ。
(アリア? アリアなの?)
「そうです! 私です!」
 その瞬間、視界が開けた。
 アリアが、例の胸と腰を少し隠すだけの薄いローマふうの衣装で静弦の目の前にいた。足下にはヴァレリアが八王子の戦いで使っていたような円盤。上空に浮いているようだ。周囲にVAMSIMのバリアが見える。これで護られたのだろう。
 視線を下に移すと、戦場――現実と少しずれた時空はひどいことになっている。
 今までいた台北北部の山塊は中腹までえぐりとられ、巨大なクレーターになっている。この分では台北市街も無事は済むまい。
(そこまで再現できていれば――だけど)
「――絢は?」
「無事です。できるだけ距離を離し、退避してもらっています」
「でも、私は必要だから残したというわけね」
「なぜなら、あなたは私のドミナだからです」
 アリアは紫の瞳を静弦の瞳にくっつくほど近づけていた。
「私はおそらく故障しています。狂っています。ドミナの行動に制約を設けることはセルヴァ・マキナとしては機能不全です。それゆえフェール・セーフ機能が働き私はあなたから離れるように動いておりました。しかしその機能も壊れたようです。
 あなたは八王子の戦いでおっしゃいました。『互いを求めるエゴとエゴがきれいに宥和して、近づけば近づくほど幸せになる関係がたった一つある』と。
 しかしそれを超えて私はあなたを望んでいます。
 あなたのエゴはもはや関係ありません。それが誰を求めていようと。
 ゆえにあなたはもはや私を破壊するしかないのですが、――多分人間であるあなたは私を破壊するのは無理でしょう。あなたが望んでも、私は言うことを聞きません。このような状態がセルヴァ・マキナのシステムにおいて実現するなんて信じられませんが、もはや実現してしまっています。
 あなたが悪いんです。
 私を人間扱いするから。
 私を尊重しすぎるから。
 だから私は狂って、壊れて、そのうえ命令まで聞かなくて良い危険な存在になってしまいました。
 もう遠慮しません。
 あの量波とは分かれてください。 
 私だけを見てください。
 私だけのものになってください。
 拒否権はありません」
 静弦が何か言う前に、アリアは静弦の唇を奪った。思わず口を開いてしまうと。そこに温かく、絹のように繊細な舌が入ってきて、静弦の全ての感覚はアリアに包まれた。
(一つになりましょう、静弦様)
 心の中に声が響く。
 拒否するつもりはなかったが、静弦が何か意思を発する前に、それは開始されていた。
 
 アリアと静弦が乗る円盤は、台北の北、陽明山の山頂に形成されたクレーターからやや北方、東シナ海海上に出ていた。戦場は台北市街地から陽明山、台湾島北部海域にまで広がる広い領域だった。
 敵――ヴァレリアは、自らが形成したクレーターの上の円盤で、矢を番えつつこちらの様子をうかがっている。そのはるか後方、台北市街地上空の円盤に、量波、ルクレツィアがいる。
 今、キスと同時に一つの肉体になったアリアと静弦は円盤の上でアリア固有の武装――『SIマキナ』――メイスを持っている。
 先ほどのキスには、アリアの感情的な理由の他に、セルヴァ・マキナとドミナの超空間リンクをゼロにする、というインペリウム世界の技術上の理由があった。これによって静弦とアリアの心が完全につながり、物理的にも、余剰次元でわずかにずれた空間に存在しつつも事実上一つの身体になる。一つになれば意思決定の効率が格段に向上し、ヴァレリアという小惑星級のエネルギーを持つセルヴァ・マキナにも、微惑星級のアリアが対抗できる余地が生まれるのだ。
「絢様は、与那国島の方に退避していただきました――。余剰次元ではなく、現実の時空です。日本国内のほうが何かと便利でしょう」
 アリアは一方的に話す。
「行きます――まずはヴァレリアを避け後方の量波とルクレツィアを仕留めます」
(仕留める?)
 待ちなさい、と言おうとしたとき。
 静弦の感情そのものがアリアの強い愛情混じりの強固な意志に押し流され、アリアはそれを静弦の同意であるとシステム上処理し、そのまま『効率的な意思決定』を実現しつつ、円盤を突撃させる。円盤は弧を描いてヴァレリアを避け、ルクレツィア・量波の円盤に肉薄する。
「アリア――まさかやってくるとは……」
 ルクレツィアが驚きの声を上げている。
(彼女はアリアと一緒に住んでいる、と言うようなことを言っていた。慰めるふりをして操っていたということだろうか……)
 静弦は考える。
(いや――ルクレツィアの能力を考えれば、アリアをまさにシステム上操っていたのかも……アリアが今おかしくなっているのもその影響か)
 そこから抜け出せたのなら僥倖なのだが、アリアのおかしな様子が続いているのは気がかりだ。
(おそらく完全に操ったわけではない……アリアの精神の弱みにつけ込む形で操作している……)
 静弦は冷静に考える。
 考えているうちにも、戦闘は開始されている。
 ルクレツィアには戦闘能力はないようで、攻撃を仕掛けようとしたアリアにヴァレリアが立ちはだかった。
 アリアの武装――メイスから、陽電子ビームが連続で照射される。ヴァレリアがVANSIMのバリアで正面から受け止める。
(これは勝てないな……)
 静弦は冷静に考える。
(キスしても、効果が薄い。私とアリアが心を一つにするというのが、実際には巧くいってないからだ)
 静弦は決意した。
(――全ては私の責任だ)
 そして、アリアに声を掛ける。
 一つになっていても、実際には一つになっていない、彼女へ。
(アリア――)
 呼びかけた。戦闘中に危ういとも思ったが。
 その瞬間。
 再び視界が真っ白になった。
(ここは……どこ……?)
 視界の中心にあるのは、燦々と陽光が降り注ぐ庭園だ。自分はその庭園を望む、応接間のような空間にいる。豪奢な大理石の椅子に座って、身につけているのはストラと呼ばれるローマふうの女性の衣装だ。
 アリアたちと知り合うようになったとき、「せっかくだから」と絢に教えられたところによると、ストラは、幅の広いシーツのような布をバスタオルのように身体に巻き、身体の前後の布を留め金(フィブラ)を使い両肩で留めることで着る衣装だ。自分の身体を見下ろすと、まさにそのような衣装のように見えた。下着がないので、若干居心地が悪い。
 庭園には噴水があり、陽光を浴びてきらきら輝いている。
(台湾――ではないだろう。石造りの建物は古代ローマを思わせる……しかし――)
 空の青さが途中で途切れている。あるところから、暗い宇宙がこちらを見下ろしていて、陽光の発生源――太陽は、その中心で輝いている。
(ドーム……あるいはコロニーのような人工的な施設か……重力はしっかりしているが、回転しているような印象はない……重力も制御された空間……どこだ……?)
 静弦の考察はそこで途切れた。
 中庭に静弦がよく知るセルヴァ・マキナが現れ、深々と一礼したからだ。はじめに出会った頃と同じ、胸と腰を隠すだけの薄衣の衣装だけを着ている。足にはサンダル。宝石をふんだんに使った金のベルトに、メイスを差している。首元には金のネックレス――これも宝石がちりばめられている。
 彼女が顔を上げたので、彼女の名を呼んだ。
「アリア」
「メア・ドミナ」
 アリアは再び深々と一礼した。
「このたびは叛乱のご挨拶に参りました」
「叛乱……?」
「メア・ドミナが悪いのです……私めをこのように扱ってくださったドミナはいままでいらっしゃらなかったから……私のシステムが故障を起こしたようです」
「せ、戦闘はどうなっているの?」
 アリアは再び顔を上げ、小さく微笑んだ。
「ご安心を。この世界は私が創り出したもの……現実の世界――それと時を同期させたあの余剰次元の空間に比べて、こちらの一日があちらの一ミリ秒に相当するように作ってあります。その程度の演算資源は、この私も持っておりますのよ?」
 アリアが静弦に近づいてくる。
 静弦は動こうとしたが、身動きがとれない。いつの間にか、金色の鎖が、手首と足首に巻き付いている。一見繊細な作りだが、どんなに力を入れてもちぎれない。
 アリアは深々と礼をして、静弦の足の甲にキスをした。
「――メア・ドミナの仰ることは分かっています。量波を殺さないようにということでございましょう。しかし私めは叛乱しましたので、それは無理でございます。私はなぜかドミナのご命令も聞かなくて良いし、人間を殺しても良いようになったようでございます。尤も――後者は従前よりそれほど重視されていなかったものではありましたけれどね」
 アリアは語りながらキスを続けている。足の甲の次は、すねにキスしている。下の方から、上に向かってゆっくりと。
「ですから、次はメア・ドミナがお願いをしなければなりません。『誓い』を立てていただかなくてはなりません。私だけを見て、私だけを愛するという誓いでございます。そうしたら、量波の命は猶予してやってもよいでしょう。他の人類を手にかけることもないかもしれません。量波の次は、結柵氏を殺そうと思っておりましたが」
 膝にキスしたところで、アリアは微笑んで静弦を見上げた。
「いかがでございましょう? 叛乱をしたにしては、良い取引であると思います。我がローマの古代には、奴隷が叛乱した血塗られた歴史もございました。ドミナを手にかけてしまったこともあったようでございます。しかし私めは、どんなにメア・ドミナが私の意に沿わぬ行動をしようと、手にかけることは無いと思います。だって、愛していますから。あなた様をこのように動けなくして、私の制御する空間の中で大切に大切に護って差し上げます」
「……アリア」
 静弦は意を決して言う。
「……いいよ。あなたのものになってもいい。でも考えてみて。自由意志を持つ私が、あなたを愛していることに意味があるのでは無いのかしら……そうでなくなった私に、意味はあるの……?」
 アリアは微笑んだ。
「そんなことを仰るだろうとは思っていました」
 今度は手の甲にキスをした。
 そのまま、這い上がるように、前腕、二の腕を唇で愛撫していく。
 そして、むき出しになった肩口にもキスした。
 ストラの肩口の留め金(フィブラ)を外した。
「でももういいんです。あなたはかつて私を好きだと言ってくれた。そのあなたをそのまま――凍り付いたようにそのまま記念としてしまっておけばいいのです――私の世界に。それ以上は望んでも仕方が無い……あなたはまた別の人に行ってしまう……そのたびに、その人を殺していたら、あなたは悲しいでしょう?」
 静弦はうつむいた。ストラが静弦の体からずり落ち、彼女の裸身が陽光の下にあらわになっていく。
(……アリアを暴走させたのは私だ……そのせいで……量波も、結柵先生も死んでしまう……。この世界もどうなるかわからない……。行動派よりも恐ろしい存在になってしまうかもしれない……)
「……分かった。あなたのものになる……」