「モンスター!モンスター!TRPGソロアドベンチャー『猫の女神の冒険』リプレイ その1」齊藤(羽生)飛鳥

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モンスター!モンスター!TRPGソロアドベンチャー
『猫の女神の冒険』リプレイ
その1

 齊藤(羽生)飛鳥
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※『猫の女神の冒険 「モンスター!モンスター!TRPG」ソロアドベンチャー』(ケン・セント・アンドレ著、岡和田晃訳、FT書房、2024年)のリプレイ小説です。本作は日本SF作家クラブでも紹介されていますが(https://sfwj.jp/members-publication/monster-monster-trpg/)、世界で2番目に古いTRPGのデザイナーで、2025年にはデザイナー歴が半世紀になるケン・セント・アンドレの最新作。

本作は1人でも遊べるソロアドベンチャーと、それを多人数版でプレイできるようにしたGMアドベンチャーが掲載されています。本作はGMアドベンチャーを経験した齊藤飛鳥さんが、改めてソロアドベンチャーに挑んだものを、小説風にまとめたものです。主人公は「FT新聞」No.4152の「『GBクトゥルー短編集小説リプレイvol.4『クトゥルフ深話』」と共通していますが、単体でも楽しめます。

●はじめに

『猫の女神の冒険』は、まずTRPGでプレイしました(その節は、岡和田先生を始め、参加者の皆様たいへんお世話になりました)。
たいてい中世ヨーロッパ風世界観か現代が舞台の作品が多いTRPGでは珍しい、古代エジプト風世界が舞台となっていて、とても楽しかったです^^
その『猫の女神の冒険』がソロアドベンチャーにもなっているということで、プレイせずにはいられませんでした!
TRPGではモンスターのウルク(目先の欲望に弱い粗忽系男子)でプレイしたので、ソロアドベンチャー版では別のモンスターにして、TRPG版とは一味違った冒険を楽しもうと、ウッキウキして選んでいたところ、種族の選択項目に「人間」が目に留まりました。
そう言えば、『猫の女神の冒険』は導入が「わけあってウルクの衛兵に追いかけられてピンチ」とあり、TRPG版では各自「わけあって」の部分を自由に考えてもよいとなっています。
これだけ自由度と柔軟性が高い設定なら、昔自分がソロアドベンチャーをプレイしていて、バッドエンドを迎えさせてしまったキャラに復活戦として新たな冒険をさせられることができるのではないか?
この時、真っ先に頭に浮かんだのが、以前『ゲームブック クトゥルー短編集2 暗黒詩篇』所収の「クトゥルフ深話」の主人公の灰鼠深尋(はいねず・みひろ)でした。
「クトゥルフ深話」は、仲間達と力を合わせて積極的に困難に立ち向かっていく正統派主人公が魅力的だったのですが、プレイヤーが私だったばっかりにバッドエンドを迎えさせてしまったという申し訳なさがありました。
『猫の女神の冒険』が舞台となっているズィムララ世界と、『クトゥルフ深話』が舞台となっている現代地球は、だいぶかけ離れているので、その辺りをすり合わせて『猫の女神の冒険』と融合させるために自分なりに妄想していたら、いつになく長くなってしまいましたf^^;
そこで分割掲載して下さることになり、御厚意まことに感謝いたしますm(_ _)m そういうわけで、今回の小説リプレイは、「クトゥルー神話の世界の探索者が、ズィムララ世界の冒険者になっている」という、何とも摩訶不思議なシチュエーションになっております。 最後になりますが、このたび羽生飛鳥名義でKADOKAWA様より『賊徒、暁に千里を奔る』が、11月29日に刊行予定となりました!(編注:無事に発売されました) 鎌倉時代に実在した盗賊小殿(ことの)を主人公にした歴史ミステリです。 足を洗った元盗賊の老侍の所へ、運慶や後鳥羽院などの鎌倉時代の有名人が訪れて彼の過去の悪事の謎解きをするというのが、あらすじです。興味のおありの方は、お時間ある時に御笑覧下さいませm(_ _)m

※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

0:深尋、再び
暗転。
暗澹
暗黒。
暗黙……。
魚人たちの群れによる極彩色の悪夢を漂う中、黒い人影が再び私の前に現れた。
そいつは、アメンホテプだか何とかトテップだかいう邪神だと、無駄に御丁寧な自己紹介をした後、こう語りかけてきた。
「灰鼠深尋(はいねず・みひろ)。キミの悪あがきは、とてもボクを楽しませてくれたよ。キミが全身全霊賭けて救おうとした地球はきれいさっぱり滅んじゃったけど、ご褒美に新たな世界へ送ってあげる。そしてまた、ボクを楽しませて」
「断る」
「キミに拒否権及び選択肢があると思う?」
それから、地響きと土煙と共に、私は自宅ごと見知らぬ異世界に放り出されたことを知った。
『オズの魔法使い』のドロシーか、私は。
そんな感想を胸に抱きつつ、おそるおそる窓の外を見る。
我が家は、小高い丘の上に落とされたようだ。
眼下には中世ヨーロッパ風の景観が広がり、あの黒い人影野郎が喜びそうで癪に障るが、驚いた。頬をつねって夢ではないか、古典的な確認作業までした。
それから、ネット環境をチェックした。
予想通り、どれも電源すら入らない。
ネット環境を使えないグレーハッカーなんて、四次元ポケットのない青い猫型ロボットと同じ。
あの黒い人影野郎は、私が最大限の実力と才能を発揮できない世界へ放り出し、高みの見物を楽しもうという魂胆らしい。
これで私が絶望すれば、あいつが大喜びすると思うと、面白くない。
ここは簡単にくじけず、もっと現状把握して好転を目指そう。
私はうちにあった双眼鏡で外の景色を観察することにした。道行く人々がいるので、そこに焦点を合わせて見てみる。
どの人も、龍探索や最終幻想してそうな、ファンタジーな格好をしていた。
今のウサ耳ドクロのイラストがプリントされたTシャツと中学校時代の体操着のハーフパンツ姿で外出しては、絶対に浮くこと間違いなしだ。そもそも、元いた世界でもこの格好では外出しない。
……よく考えたら、地球の存亡を賭けた戦いに、なんでこんなだるだるなファッションで挑んでいたんだろうな、私……。
……と、あれこれふり返ればきりがない。
確か去年のハロウィンで使った仮装用の衣装が残っているはず。
私はクローゼットを開け、「万霊節用」と黒いサインペンで書かれた段ボール箱を探し出す。
中には、デブ猫ヒデヨシの着ぐるみと共に、中世ファンタジーでよく見かけるスタテッド・レザーと探検家の基本セットという名のリュックサックがあった。
後は武器があればいいのだけど、私は平和と非武装を心から愛する日本人グレーハッカー。銃刀法違反になるような物は家に一切置いていない。
前にバックパッカーのアルマス・ハンにお土産でもらったエクスカリバー型のペーパーナイフなら、短剣代わりになりそう。包丁と違って鞘もついているから、持ち運びも安全だ。
あと、もうちょい破壊力とリーチがあるエモノがほしい。
私は、ロフトを探る。
あった。前にアウトドア用に買った、多機能スコップ!
これなら、ショート・ソード代わりになるし、ある程度は使い慣れている。
モカ色のスタテッド・レザーとスコップだと、モグラを擬人化したみたいなコーデだけど、気にしている場合ではない。
この格好なら、あの黒い人影野郎が私をどんな地獄へ放り出してくれたのか、偵察しに行っても違和感なくこの世界に溶けこめる。
そうだ。換金性が高そうだから、趣味でコレクションしていたパワーストーンをいくつか持っていこう。
私は、ファンタジーな外出支度を終えると、家を出てふもとの街へ赴いた。
こうして歩くこと30分、ようやく街に到着した。
幸いなことに、住民達には日本語が通じた。厳密に言えば、お互い違う言語で会話しているのだが、なぜか通じ合ってしまうのだ。不思議だが、便利だ。
(キミへのサービスだよ)
脳内に黒い人影野郎の声が聞こえた。完全に野郎のおもちゃ扱いで忌々しく思ったが、ここで腹を立てては奴の思うつぼ。気に留めず、私はこの世界の第一歩を踏み出した。
まず、宝石店でパワーストーンを換金して6gpを手に入れた。
それから宝石店の主人が、私のスコップを見ながら、手っ取り早く稼ぎたいなら、北の洞窟へ行ってそこの宝石の原石を採ってくればいいと仕事を持ちかけてきた。
本当、この手の異世界はすぐに仕事が手に入るから無職にならずにすむ。その点は、元いた世界よりも労働環境がいい。
かつてはグレーハッカーというインドアな職業だったけれど、体を動かすのは嫌いではない。週に3回は運動不足解消にジムとキックボクササイズへ通っていたから、体力には自信がある。
稼ぎたいし、体力にも問題がないので、私は迷うことなく宝石店の主人の話に乗った。
それが、間違いのもとだった。
洞窟は、ウルク達の採石場だったのだ。
宝石店の主人が、何も知らないよそ者を騙し、宝石の原石泥棒をさせる計画だったと気づいた時には、ウルクの衛兵たちに追いかけ回されていた。
魚人たちの群れにトラウマ持ちの私だが、今度はウルクたちにトラウマ持ちになりそうだ!
直接この修羅場へ送りこんでくれた宝石店の主人への恨みもなくはない。ただ、あいつへ売ったパワーストーンは前に入手した『黄衣の王』のちぎったページでくるんであるから、いずれろくな目に遭わないのは確実だから、まだ許せる。
許せないのは、あの黒い人影野郎だ。奴がどこからか今の私の現状を見て笑っていると思うと、ウルクたちに捕まって殺される恐怖よりも、奴への怒りや恨みつらみが先立つ。
こうなったら、何が何でも生き延びてあいつをぶん殴る。
私は、気を取り直して出口を探す。
怒ったウルクの衛兵たちが接近してくる物音が聞こえるけど、この袋小路の廊下では、他に行き場がない。
救おうと思った世界が滅ぶ。
パソコンの画面越しに、仲間が魚人たちに惨殺されるのを目の当たりにする。
そして、黒い人影野郎に現在進行形でもてあそばれている。
あいつをぶん殴るためには何が何でも生き延びたいのに、なんてことだ!
世界を救おうとしていた時は、自分の持てる知識と人脈を駆使して戦うグレーハッカーだったけど、ネット環境もなければ仲間もいない今の自分は、無力な冒険者。
くやしさがこみ上げてくる。
「私の願いを聞き届けられる神々よ、どうかわたしをお助け下さい! いかなる代償とてお支払する覚悟です!」
苦しい時の神頼みならぬ、悔しい時の神頼みで、気がつけば私はそう叫んでいた。
叫んだら、ウルクたちに居場所がばれてしまうのに、何をしているんだろう?
まだ正気が完全に戻ってないのかな。
ああ……今度こそ終わったな、人生。
前は世界が滅んだけど、今度は私が滅ぶんだな……。
その時、背後でまばゆい閃光がほとばしる。
驚くと同時に、遠方から聞いたことのない声が響く。
「そなたの請願を受け入れましょう」
「かなり不意打ちの無茶ぶりだったのに、いいの!?」
「死を免れるつもりなら、転移門へと足を踏み入れなさい」
「転移門? よくわからないけれど、この閃光の中へ足を踏み入れればいいのね? わかった!」
ウルクたちの怒号が近づいて来る。
黒い人影野郎をぶん殴るためには、何が何でも生き延びる。
その願いをかなえてくれる相手が現れたんだ。
迷っている暇はない。
私は、転移門をくぐり抜ける。
落下、そして、また落下。
ひたすら落下。
ここまで5秒。
遊園地の絶叫マシンのような落下感に、ちょっと涙目になりかけたところで、足元に地面があるのを感じられた。
よろよろと移動を再開する。
もう、私が今までいた洞窟ではない。
まるで、クイズ番組でおなじみの古代エジプト神殿を彷彿とさせる場所だった。ただし、こちらは古びたところが一切ない、ピカピカの新品の神殿だ。
あまりの荘厳な雰囲気に飲まれかけたところで、私の目の前に猫のような頭部をした身長2.1メートルの女性が、古代エジプト風な服を十割増しセクシーにしたファッションを着こなし、立っているのに気がついた。すごいファッションだ……。でも、実際の古代エジプトの服は、女性も胸丸出しという、現代日本人からすれば度肝を抜かすデザインだったことを考えれば、まだセーフか。
私があれこれ考えていると、猫のような頭部の女性が語りかけてきた。
「武器を置きなさい、定命者よ。話し合いましょう。わらわセクメトが、そなたの嘆願を聞き入れ、命を助けたのです」
私の願い。
それは、あの黒い人影野郎をぶん殴ること。
それを聞き入れて助けてくれたということは、このニャンコ女神様は、あの邪神に匹敵する御力の持ち主!!
ここは、彼女と良好な関係を築かねば!!
ビジネスは、最初の7秒で印象が決まるから、ベストコンディションで面談しないと。
その時、ニャンコ女神様の背後に、もう一人、どちらかと言えば小柄で、やっぱり十割増しセクシー古代エジプトファッションをした黒い巻き毛にピンクの角と翼をはやした悪魔っ娘がいるのに気づいた。
よく見ると、足がひづめだ!
でも、あの黒い人影野郎や魚人たちにくらべたら、圧倒的にまともだ。
私は、ニャンコ女神様に言われた通り、ペーパーナイフとスコップを床に置いた。

1:深尋、女神と面談する
あの何とかトテップとか抜かした黒い人影野郎によって陥っていた窮地から私を救ってくれたとは、ニャンコ女神様は紛うことなく真の女神。女神オブ女神。奴と対抗し得る力を持つ偉大な女神。もうこれでもかってくらい、女神様。喜んで跪いて頭を垂れるわ。
それから顔を上げると、ニャンコ女神様が微笑んでいるように見えた。
「生命を救っていただき、感謝いたします、ニャン……セクメト女神様。私はあなた様にお仕えします」
そして、信頼を勝ち取って力を得て、いつの日か必ずあの黒い人影野郎をぶん殴る。
セクメト女神様は、わたしの言葉に大きく笑った。
「定命者よ、そなたは愉快ですね。立ちなさい。わらわに忠誠を誓えば、そなたは不死にもなれます。それを望むなら、ですが」
不死より、あのヒキガエルのウンコみたいな黒い人影野郎をぶん殴る力とチャンスが欲しいな。
そう思ったけど、ビジネスにおいて、いきなり本音をぶちまけるのは、悪手。
私は、セクメト女神様に笑みを返した。
女神様は、肩をすくめて話を続けた。
「テン=メア、この冒険者が身を清め、リフレッシュできるような場所へ連れて行ってあげなさい」
テン=メアと呼びかけられて、セクメト女神様の後ろに控えていた悪魔っ娘が私のそばに来る。
「さっぱりしたら、今宵夕餉を御一緒いたしましょう、深尋。魚がお好きだといいのだけど」
「サーモン丼を先頭に、シラス丼も海鮮バラチラシ丼もマグロ丼もナメロウ丼も大好きです」
「後でそのレシピを作って提出するのを最初の奉仕としていただくとして、あなたに望む本来の奉仕が何かをお話いたしましょう」
セクメト女神様は、そう言って私にウィンクする。よかった。つかみはOKみたいだ。
だけど、まだ自己紹介していないのに、どうして私の名前がわかったんだろう? これも、女神様の偉大なお力のなせる業なのかな。
私が考えていると、テン=メアが甘い声で話しかけてきた。セクシー系美女の見た目で萌え声とは、最強ではないか。
「では、深尋。どうぞ、あたしと一緒に来て下さいな」
彼女は今まで私たちがいた大広間から連れ出すと、活き活きとした表情を見せる。
「ようこそ、ズィムララの世界へ。ここは驚異に満ちた場所。あなたがあたしたちに力を貸し、何よりご主人様に奉仕してくれるのなら、まさしくぴったりのタイミングで来てくれたってことになるわね」
そう言いながら、彼女は私を神殿の下層にある数種類のプールがあるフロアに案内してくれた。

2:深尋、リフレッシュする
好みの水温のプールに入ってもいいとのことで、日本人ならお風呂というセオリーの下、私はありがたくぬるま湯の温度のプールを選んだ。
土埃にまみれた装備を脱いでベンチに置くと、私はプールに浸かる。
大浴場に浸かっている気分だ。ITビジネスパートナーのアブドル・アフ・アキビに招待されて行ったスパを思い出す。……アブドルも、世界と言うか地球もろとも滅んでしまったのかと思うと、涙が出てきそうだ。
「入浴のお手伝いをしましょうか~?」
しんみりしていたところへ、陽気な声が聞こえてきたので、我に返る。
プールサイドには、風呂付きメイド三人娘が両手に石鹸やローションを抱えて現れた!!
しんみり気分は吹き飛んだけど、何か風呂をのぞかれていて恥ずかしい!!
「ありがとね。でも、石鹸やローションとか入ったそのトレイを置いて行ってくれればいいから」
「は~い!!」
風呂付きメイド三人娘は、来た時と同じ陽気な声で返事をして去って行く。
それから、心置きなく入浴してさっぱりとリフレッシュして風呂から上がった。
そこには、十割増しセクシー古代エジプトファッションの正装が用意され、武器や鎧は消えていた。
平たい顔と胸に似合うかな、古代エジプト風ファッション? セクメト女神様とテン=メアみたいにスタイルがいい人たちが着ているのを見る分にはきれいだからいいけれど、いざ自分が着るとなると、相当ハードルが高いんだよね……。
私が悩んでいるのをどう勘違いしたのか、テン=メアは武器や鎧は現在修繕やメンテナンス中だと教えてくれた。
それから、テン=メアはウェルカムドリンクとばかりに、ミルクのようなワインの入った杯を渡して庭へ案内しにかかる。
完全に、これ以外の服はあるか、聞くタイミングを逃してしまった。
こうなれば、自棄だ!
私は、勇気を振り絞って十割増しセクシー古代エジプトファッションの正装を着た。胸が緩くてウェストがきつい。体形改善、もっと頑張ろう……。
それから、テン=メアの案内に従い、庭に出た。
その瞬間、美しさに思わず息を飲んだ。
可憐な花々。そよ風。心地よい香気。青々とした空。黄金のように赤々と輝く沈みゆく太陽。
ここしばらく、地殻変動や放射能の灰の雨とかの異変に蝕まれた地球を見てきただけに、この美しい風景に激しく心を揺さぶられた。
月は3つもあるけど!
「すごくきれい……」
陳腐だけどこれ以上適切な表現を、私は見つけられなかった。
それから、私は小高い丘の頂上部にある美しいピラミッドの中にいることに気づいた。底部には一筋の川が流れている。このピラミッドは街、あるいは小さな都市の中心部に位置しているみたいだ。
「深尋がいるのは、セクー=アテムというセクメト女神様の支配下にある主要な都市なの」
「つまり、首都みたいな所ね」
「そういうこと。ねえ、深尋は今までどんな戦いをしてきたの?」
「あまりたいした戦いはしてないよ」
私は、苦い顔になる。
「地球っていう私達の種族が住んでいる惑星の存亡を賭けた戦いに、仲間達と一緒に力を合わせて挑んで見事に敗北しちゃったから。生き残っているのは、私だけなんだ」
「たいしたことないって、何だっけ!? 自分達の世界を守る戦いって、充分たいしたことあるわよ。セクメト女神様は、大きな戦いに挑む気概があるから、あなたを見込んだのね」
「テン=メア、もしかしなくてもいい子!?」
荒んでいただけに、テン=メアの優しさが身に染みる。
「慈悲深いセクメト女神様にお仕えしているから、当然!」
テン=メアは、いやみなく冗談めかして答える。
久しぶりに気の置けない会話ができて、私はほっとした。
「さあ、女神の夕餉に加わる時間になりました。行きましょう」
テン=メアは、私の手を取ってセクメト女神様のピラミッドまで案内してくれた。

(続く)

∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙され、その奥深さに絶賛ハマり中。
現在『シニカル探偵安土真』シリーズ(国土社)を刊行中。
大人向けの作品の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表し、2024年現在、『歌人探偵定家』(東京創元社)を6月に刊行。11月29日には『賊徒、暁に千里を奔る』(KADOKAWA)を刊行予定。

初出:「FT新聞」No.4320(2024年11月21日)
※本作はSF Prologue Wave掲載作品です。再録にあたり、新たにAIを用いたアートワーク(ディレクション:岡和田晃)を加えました。

■書誌情報
モンスター!モンスター!TRPGソロアドベンチャー
『猫の女神の冒険』
著 ケン・セント・アンドレ
訳 岡和田晃
絵 スティーブ・クロンプトン
https://ftbooks.booth.pm/items/5889199

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