『猫の女神の冒険』に出かける準備はいいか!?
岡和田晃
モンスターになって遊べるTRPG『モンスター!モンスター!TRPG』が、ついに日本に上陸!
世界で2番目に作られたTRPGのオリジナルデザイナーであるケン・セント・アンドレが作った新しいシナリオで遊ぶソロアドベンチャー(1人用シナリオ)『猫の女神の冒険』が、正規でライセンス取得のうえ、2024年8月11日に発売になります(イベントで先行発売、以後、8月末頃に通販や実店舗へと出回る予定。)。
まったく新しいファンタジー世界ズィムララのエジプト風地域「エヂプトランド」で、猫の女神の依頼でデーモネス(女デーモン)とともに冒険が繰り広げられます。この新しい冒険を複数で遊ぶためのデータ集と、ルールブックなしで遊べる簡易ルールが付属しています。
――けれども、まだ購入のための決め手を欠いている人もいらっしゃるかもしれません。そこで、そっと背中を押すため、訳者の立場から、同書のセールスポイントの(一部)をアピールしたいと思います。
・ポイント1:イージーモード搭載!
ゲームブックやコンピュータRPGのような「ひとりで遊ぶRPG」の起源は、T&Tに代表されるTRPGソロアドベンチャーにあります。しかし、それこそ〈ファイティング・ファンタジー〉のようなゲームブックに比べて、ソロアドベンチャーのルールは複雑です。
『猫の女神の冒険』は、この問題をスッキリ解決しています。そう、イージーモードの搭載です。ふだんTRPGをプレイしない方や、TRPG系ソロアドベンチャーのルールが複雑すぎると思う方は、イージーモードで試してみてください。驚くほどサクサク進められます。
ちなみに、このイージーモードは原書にもある公式のもので、日本語版のスタッフがオリジナルで作成したものではありません。
・ポイント2:ベテランのフレッシュな力作!
『猫の女神の冒険』のデザイナーのケン・セント・アンドレは、世界で2番目に古いTRPG『トンネルズ&トロールズ』(T&T)の作者として知られています。TRPGはコンピュータRPGよりも前に発明されたものですから、世界で2番目に古いRPGの作者でもあるわけです。
世界でいちばん古いTRPGはご存知『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ですが、その作者たるゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーネスンは、どちらも故人。ケンはバリバリ現役ですが、ギョウカイ最年長クラスの作家であるのです。
しかし、作品じたいは新鮮そのもの。システムはオールドスクールの流れを汲むものですが、世界観やストーリーはまったく斬新です。ソロアドベンチャーやゲームブックに慣れた方でも、驚きの展開が待っています。ケンは独自の世界を作ろうとしていて、小説家としてかなりの修行を積んだのも明らか。そうした手触りを感じていただきたく存じます。
・ポイント3:翻訳がんばりました!
岡和田は文芸翻訳とゲーム翻訳・デザイン、すべての仕事をしてきましたが、そのような経験をフルに動員しました。原著のエラッタも修正し、読みづらい部分はリスペクトを持ちつつ、再構成。世界でいちばん遊びやすいバージョンになったとの自負はあります。
もちろん、これまでの私の仕事と同じく、これはサポートしてくださった皆さんに、深く支えられてのことであります。発売されたらスタッフリストをご確認いただき、その豪華さに驚いてください。
・ポイント4:トロールや蛇系の種族が充実!
『猫の女神の冒険』の簡易ルールには、8種類の種族が収められるようになっています。特に、ジャングル・トロールにズィムといったトロール系、リレッキにウアジーといった蛇人間系のクリーチャーが収められており、ズィムララ世界の豊穣さが垣間見えます。
ちなみに、この8種類の種族というのは、バージョン違いが複数ある簡易ルールに、それぞれ登場するものを、この機に訳者が統合・再整理したものです。日本語版の簡易ルールがいちばん贅沢な作りになっているわけですね。
・ポイント5:そもそもズィムララ世界とは?
ずばり、『猫の女神の冒険』の公式ワールドです。T&Tの公式世界であるトロールワールドがそうであるように、ズィムララも“複数の現実の結節点”となっています。『猫の女神の冒険』の冒頭も、キャラクターが窮地に陥ったところ異世界たるズィムララに召喚される場面から始まります。
元々は、L・スプレイグ・ディ・キャンプ&チャールズ・プラット〈ハロルド・シェイ〉シリーズや、ハネス・ボク『金色の階段の彼方に』のような、現実世界から異世界へ行くファンタジー小説の伝統に則っています(その手のものがお好みならば、ラノベの「異世界転生」ものとして読んでいただいても、問題ないと思います)。
ただ、トロールワールドは、発表されたソロアドベンチャーたちにゆるやかな連関を持たせるものとして、もとはT&T完全版で打ち出されたものであり――もちろん、原型となるワールドは作られているわけですが、完全版が出るまでまで、公式設定集としては出ていなかったわけで――要するに、設計思想としてはボトムアップ型です。
一方、ズィムララにおいては、もともと月が8つある異世界(ひとつ墜落して現在は7つ)であり、そこに各地から避難してきた(旧約聖書の『出エジプト記』みたいな)人たちが混在し、結節点としての性格が最初から明確に打ち出されています。つまりトップダウン型なのです。トップダウンでのクロスオーバー性は、TRPGとのコンバート案付きで盛んに発表されているグラフィック・ノベルと連動させるためでもありましょう。
英語のズィムララ関係の資料でも、トロールワールドはよく言及されますが、ズィムララはトロールワールドに限らず、多数の世界から避難してきたクリーチャーがたくさんいる世界であることは、忘れてはなりません。元々のズィムララ起源のモンスターたちもいます。
つまり、あくまでも避難元の一つがトロールワールドということで、原著はそういう形で切り分けがされています。T&T世界と『モンスター!モンスター!TRPG』の“近さ”(ルール的な互換性)を示すと同時に、しっかり“別作品だよ”というメッセージにもなっているわけですね。
ところで、ズィムララ世界における墜落した月はルーミス(Lumis)と呼ばれ、『猫の女神の冒険』でも少し言及されるのですが、これはケンと縁が深い、ある亡くなったゲームデザイナーに掛けているのでは……というのが、杉本=ヨハネさんの指摘でした。そのデザイナーの名前と、原文の綴りじたいは異なるのですが、音は同じで、詩ならば韻を踏ませられるレベル。古強者の方々は、そう「深読み」して思いを馳せるのもアリだと思います。
■書誌情報
モンスター!モンスター!TRPGソロアドベンチャー
『猫の女神の冒険』
著 ケン・セント・アンドレ
訳 岡和田晃
絵 スティーブ・クロンプトン
https://ftbooks.booth.pm/items/5889199
初出:「FT新聞」No.4209(2024年8月2日)より改稿