『タコ型義体の金星限定処世訓』――『エクリプス・フェイズ』ソロジャーナル「タコ型義体着装記」リプレイ小説
齊藤(羽生)飛鳥
【おことわり】
本作は、「Role&Roll」Vol.226に掲載された『エクリプス・フェイズ』のソロジャーナル「タコ型義体着装記」(作:岡和田晃)をプレイした記録(ジャーナリング)です。
ソロジャーナルとは、ゲームのプレイ記録がそのまま小説になってしまうことを目指してデザインされたゲームを指しますが、「タコ型義体着装記」は、伊野隆之『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ』(アトリエサード)に収められた表題作を下敷きにしています。
【第一部:模造記憶】
わたしの名前は、聖河(ひじりかわ)さゆり。
金星の北極近郊を漂うバルーンハウス在住で、タコ型義体着装をしている、ちょっぴり多感なジェンダー・アイデンティは女の子。
お気に入りのサンリオキャラクターは、ハンギョドン。
実は今、人生最大のピンチに陥っているの。
それはね……。
問1:25日
バルーンハウスの中でまったりのんびり過ごしていたら、アラームがけたたましく鳴り響き、わたしはあわててカレンダーを見た。
25日。
何度見ても、変わらないその日は、借金の支払い期日!
お金を返す目処が立ってないのに、支払期日当日!
どうしようどうしよう……。
困った時は、現実逃避!
XP(体験再生)ゲーム『鳥獣ギガントマキア』に興じよう!
ゲームの中なら、わたしは巨大カエルを操って、祖国を侵略してくる巨大ウサギと巨大サルと戦いながら、隠された世界の秘密を解き明かして人類を救う、選ばれしカエルマスターだから!
問2:借金取り
『鳥獣ギガントマキア』に興じるうちに、我が家のセキュリティ画面に不穏な数字が表示される。
60秒、50秒、……10秒。
セキュリティは強制解除され、XPゲームの電源が落とされる。
せっかく巨大ウサギとダンスバトルするイベント中だったのに、セーブする余地も与えないとは、、血も涙もない……。
「借金の期日にXPゲームに興じておられるとは、返済の目処が立たれたんですよねぇ、さゆりさん?」
借金取りの代理でやって来た従僕ドローンのサーヴィターは、横柄な態度でうちに上がるなり、わたしのタコつぼ型ベッドに着地する。
「うわ、雑菌が1万3千579も検知できた。なんて不衛生な。まさに、社会を蝕むばい菌だな」
うちへ来て1分も経たないうちにサーヴィターは敬語をやめる。
「で、ばい菌さんよぉ。うちの借金、とっとと返してもらえねえか。こっちだって暇でもなけりゃあ慈善事業をしているわけじゃあないんだ。社会常識の範囲内にある契約の精神に則ったビジネスをしているんだ。そこら辺、わかっているだろうな。あ?」
マゾ気のある者だったら、思わず背筋が震えるほど興奮するであろう罵倒のラッシュに、わたしは……。
問3:処世術
……タコ型義体着装の利点を生かし、床と同化するくらい平身低頭した。
「すみません! あなた様の仰る通り、わたしは社会のばい菌、取るに足りないゴミ、糞の中の糞、糞虫でございまするぅ!」
ひたすら卑屈、とにかく卑屈。
「この世で最も汚らわしくも卑しい愚かなタコちゃんなのでありまするぅ! 優しくされる資格なんて、とっくの昔になくしてしまったアンチクショウなんでございます! 鼻糞よりも取るに足りない者なんです! もっと、もっと罵って痛めつけて下さいませぇ!」
サーヴィターは、卑屈にやり過ごすわたしを、カメラアイで冷たく見据えていた。
ノーリアクションってのも、けっこうこたえるなー……。
問4:駆け引き
サーヴィターは、卑屈に平身低頭のわたしをよそに、わたしの支援AIへのアクセス権に侵入すると、有無を言わさず口座情報を拡張現実(AR)として可視化させる。
うわぁ、嫌な現実を直視させられちゃったよ……。
「支払いが利子分にも足りてないぞ!」
サーヴィターの声の音量がMAXになる。
卑屈作戦も、現実を直視した今となっては効果はない。
仕方ない。
「払ったはずですよ。何か不具合があったのでは? 後で確認してみます」
どうだ、この絵に描いたような姑息なその場しのぎ!
自分がやられたら、めっちゃイラっとくるけれど、卑屈作戦が通用しないなら、居直り作戦に切り替えるしかない!
問5:激怒
わたしの返事に、サーヴィターはわざとらしく歯車の音を出し始める。これは、彼が怒った時に出すBGMだと前に噂で聞いたことがあった。
「こちらが把握している情報に間違いはない。それに、積み立て分は半分に圧縮できたはずだ。何より、おまえの生活費はこんなもんで充分だ!」
狂った歯車の音を出しながら、サーヴィターは私の口座残高を一気に抜いた!
「ご、ごむたいなぁ……」
わたしは、へなへなと崩れ落ちる。でも、膝はない。タコ型義体であるオクトモーフを着装しているからだ。だから、相手には床にぺっとりとへばりつくように広がったようにしか見えなかっただろう。
「わたしは他人からよく大いなるクトゥルフの落とし子と思われ、本気出せば10メートルに巨大化しそうとかって言われているけれど、本当はか弱い乙女なの。ガラスのように繊細なの。縁日のヒヨコのように儚いの。いったいこれからどうすればいいの!」
「意志薄弱で欲望に目がくらみやすくて無計画な脳みそをしている結果、借金まみれになったのを、かっこつけて言われてもな」
サーヴィターはわたしをばっさり一刀両断してから続けた。
問6:重圧
「次回は利子分以上に払ってもらうからな。ちゃんと稼ぐんだぞ。返済さえきっちりこなしてもらえば、融資枠も大きくできるし、そっちの事業も拡大。Win-Winだな」
重圧とも発破ともつかない言葉をかけられたわたしは、「出世払いだと思ってください」とジョークを飛ばした。ちょっとしゃくれた感じの顔で言うのがコツだ。
間髪入れずサーヴィターに吹っ飛ばされた。
所詮は従僕ドローン。AIに高度なジョークは通じなかったか……。
「つまらんジョークを飛ばす奴は嫌いなんだよ。チッ、不愉快だ。ここは落語の『たがや』のXPを聞いてAIをクリーニングしよう」
こいつ、高度かつ洗練されたジョークを学習していやがった!
形容しがたい敗北感に塗れつつ、わたしは内から出て行くサーヴィターを見送った。
問7:窮地を脱した後
ひとまず、窮地を脱したことだし、精神集中のため、自分の墨で水墨画を描こう。
題材は、何がいいかな。
「鳥獣戯画」のカエルとウサギの相撲の場面でも描こうかな。
それとも、仙厓義梵の指月布袋図にしようかな。
タコ型義体って、自前で墨を出せるから、水墨画はコスパがかからない趣味でいいんだよね。
よし、気分転換も兼ねて雪舟の慧可断臂図の超大作を挑んじゃえ!
問8:仕事
水墨画を描いているうちに、入神の領域と言うのかな? 無の心になっていって、何だか悟りを開けそうなくらい心が落ち着いたから、仕事に戻ろう。
わたしは、雇用主のアクバルに、金星の空中都市のニュースを伝えた。
最近売れ筋の『水性ペンと油性ペン、禁断の恋を覗き見しちゃうぞ☆』というポルノXPが『鳥獣ギガントマキア』とコラボして『水性ペンと油性ペン、二人で鳥獣ギガントマキア☆』という全年齢向けXPゲームになって火星よりも先に金星で配信されるというニュースだ。
これはまだ一部にしか知られていないニュースだから、アクバルが知ったら驚くだろうな。
問9:隠蔽工作
ついでに、『鳥獣ギガントマキア』の体験レポートも添えているうちに、わたしは仕事に夢中になった。
成果も、思ったほど悪くな・さ・げ!
だけど、念には念を入れる必要があるよね。
だって。
正 体 を 知 ら れ る わ け に は い か な い か ら。
さてと、偽装エゴIDを駆使して、なりすましの準備をしなくちゃね!
聖河さゆり?
知らない子ですね。
これにて、隠蔽工作は終了!
誰も私の正体に気づいていない。
ウフフのフ……。
【第二部:真の記憶】
問10目覚め
まぶしい!
何処からか、何者かの声が聞こえる。
「金星にようこそ。ここは金星の大気の底だ。そしておまえはタコなんだよ」
目が覚めて最初に聞く言葉が、情報過多すぎて、私は一瞬何を言われたかわからなかった。
が、すぐに反論に出た。
「私は人間だ。知性化種なんかじゃない」
落ち着き払って言ってから、今の発言は知性化種への差別に繋がるのではないかと不安になった。
多様性が謳われる社会だが、それはまた多様性の名を借りた自分の主義主張の押し売り社会でもある。
知性化種「なんか」という発言を、知性化種の権利擁護委員会だか何だかに知られては、社会的に抹殺されかねない。
私は、上げ足を取られないように、もう一度見えない誰かに告げた。
「私は人間だ。知性化種のように見えるだろうがな」
「なんでTake2をやっているんだよ」
私が落ち着き払っているのが、面白くなかったらしい。興醒めした声が返ってきた。
問11拷問
「ふふふ、少しは驚いてもらわんとつまらん。おまえは私の所有物で、私はおまえを自由にできる。例えば、こんな具合にだ」
興醒めした分を取り戻そうとするかのように、声は嗜虐性を帯びる。
それから、私の吸盤に焼きごてのようなものがあてがわれた!
焼けつくような痛みと同時に、香ばしい香りが押し寄せてくる!
何て奴だ!
火傷の痛みばかりか、食欲までそそる匂いを感じさせて空腹を誘発させるなんて!
背徳的な空腹感は、体の痛みに匹敵するほど私の心を痛めつけた。
問12交渉
「おまえが大富豪ザイオン・バフェットだということはわかっている。凍結されたアーカイブから魂を解放させてやったんだ。むしろ感謝してほしいな。ザイオン。おまえのせいで俺の生まれ故郷は財政破綻した。両親は仕事を失った。俺を太陽系で有数の金持ちにしろ。おまえの隠し財産にアクセスできるようにするんだ」
声は一方的に話を続ける。
おかげで、私は現在の状況を把握できた。
凍結されていた魂を、何の断りもなくタコ型義体に着装されてしまったのだ。
私の義体にヒト型ではなく、タコ型義体を選んだあたり、声の主はタコなら刻もうが焼こうが罪悪感がわかない類の人間らしい。
すると、奴は魚介類大好きジャパニーズ系かもしれない。あいつら、欧米圏の人間には嫌悪感を催すモンスターにしか見えないタコを、おいしい食材と見做す稀有な連中だから。
相手がどんなタイプか想像がついたところで、私は交渉に取りかかることにした。
「200万、いや1000万出す」
問13決裂
「はした金や責任逃れはNGだ。一国の経済、いや私の運命をおもちゃにしたツケは負ってもらう。次に来る時までに、おまえの個人資産へのアクセスコードを吐き出しておけ。そうすれば、ここ金星の最下層労働者としてやり直しの機会を与えてやらんでもない」
「な、なにぃ!」
私は絶望で目の前が真っ暗になる。
大富豪として生まれ育った私が最下層労働者として人生再スタートだなんて、冗談ではない!
労働者という名の合法奴隷制度を、貧乏人どもが反発していた理由が、今ならわかる。自分がその立場に落ちたくないのだから、他の連中も落ちたくないもんな!
誰もが平等の社会なんて、単なる戯言きれいごと、と思っていたが、そうじゃない。自分が落ちぶれた時の安全策を用意するという意味でも重要な意味があったんだ……。
いつまでも自分がセレブでいられるなんて、浅はかな幻想にすぎなかったんだ。
こんなことなら、現役大富豪時代に権力の座にしがみついているんじゃなくて、持てる権力を駆使して、最下層労働者でも、お仕事は定時で残業なし、福利厚生充実と、社会改革をしっかりしておくべきだった……。
問14束縛
……と、後悔しても現状がよくならないから、反省終了。
ここはさっさと苦痛に強いオクトモーフの特性を活かし、ボルトに束縛されていた自分の触腕をくちばしでつついて切ろう。
いい具合に、さっき焼きごてで焼かれた吸盤のある触腕がある。
そこをつついて……あれ? 香ばしくてうまいな、これ。ソースと青のりをかければ、もっといけそうだ。
気がつけば触腕をかじっておいしく食べてしまったおかげで、けっこうなダメージを伴ってしまった。
問15脱出
ついつい食が進んだせいで時間はかかったけど、なんとか束縛は解けた。
あとはこの場から脱出するだけ。
この地下室、一見すると左右対称な構造だけれども、中央で両手の触腕をのばした時、3時の方向と6時の方向の壁だけが若干せまい。
すると、この壁のどこかに……。
壁をノックしていくと、思った通り、一ヶ所だけ音が違う場所があった。
そこを何度か押したり撫でたりするうちに、隠し扉が開いた。
よし、抜け道発見!
問16食堂
抜け道を通って脱出した先は、雪国ではなく、労働者タコが集う、巨大な食堂だった。
木の葉を隠すなら森の中、タコが隠れるならタコの中!
私は、北極鉱区開発公社の作業員に紛れて働くことにした。
「おまえ、見ない顔だな」
「新入りなんです」
タコ同士だと顔の違いがわかるみたいだけど、人間にはまるでわからないようなので、私は難なく作業員になりすますことができた。
そんなある日、アクバルと名乗るヒトのように直立したタコの男が私に話しかけてきた。
「どっから逃げてきたかは知らないし、詮索するつもりもないが、そんなナリなら、すぐに見つかっちまうぜ。どうだ、俺のところに来ないか?」
他の労働者タコ達よりもボロボロのズタボロの私が目についたらしい。
アクバルの提案には、一理ある。
私は黙って頷いた。
北極鉱区開発公社最後の晩、私は今の状態や心情を細かく書き留めた。いずれ、回想録にまとめるつもりなのだ。
人が回想録を書くのは、いくつか理由があるが大別すると、この二つだ。
欺瞞と自己顕示。
さて、私の回想録を書く理由は、このどれに当てはまるかな。
もしかしたら遠い未来に現れるかもしれないこの回想録の読者の反応を思い描くと、私は楽しくなった。
【第三部:新たな処世も悪くない!?】
耐環境スーツと削岩機を借り、ときには石英義体に乗り換えながら、私は毎日アクバルの下で働いた。
幸い、アクバルには「自分がこき使って虐げている相手が牙を剥いて歯向かってくるかも……」という被害妄想、言い換えればロボット・コンプレックスがないタコだった。
よく言えば、こき使っている相手に歯向かわれたくなければ、環境改善すればいいと考える健全な精神の持ち主で、悪く言えば悪党に利用されやすいカモだ。
おかげで、真面目に働けば働くほど、徐々に彼の信頼を得ていった。
問17経営
追手を気にせずに済むのはありがたい。
だけど、アクバルの経営がどんぶり勘定なのが見えてきてしまった。
ちゃんとレシートを取っておかないし、領収書ももらわないなんて、基礎からしてなっていない。杜撰もいいところだ。
見かねた私は、前職は経営コンサルタントだったとアクバルに匂わせた。
「何だよ、先に言ってくれよ! じゃあ、経営立て直しをまかせてもいいか?」
どんぶりなのは勘定だけでなく、スタッフの雇用に関してもだ。
でも、この大雑把ぶりが、今の私にはとても好都合だ。
資金繰りに窮するフリをするのも、なかなかどうして大変だ。アクバルの経営を破綻寸前に追いやり、それから劇的な回復を演出することで、アクバルの恩に報いたって形になるんだからね。
返すあてもない借金をしたのも、すべてはこの演出のため。
借金取りのサーヴィターに卑屈ぶって平身低頭した様子も、会社の借金の一部を自分の口座から払ったことも、すべてアクバルへ送ったゲームの体験レポートの中に実況動画の形で滑りこませ、私がどれだけ彼と会社のために骨を折ったかわかるようにしてある。
今の私は、大富豪のザイオン・バフェットではなく、アクバルの会社の経営コンサルタコの聖河さゆりだ。
そしてもう一つ、アクバルの会社に、なくてはならない存在だ。
問18調査
追手からは見つかっていないし、アクバルからは恩返しをする律儀なタコとして絶大なる信頼を得ているし、なかなか快適な日々を送っている。
けれども、私を捕まえたのは誰なんだろう?
これは、いつまでも放置できる謎ではない。
私は自前のネットワークを駆使して調査を進めることにした。
金星政府が推進している、知性化種の人権獲得キャンペーンの議員たちの力を借りて調査を進めると、ついに事実が明らかになってきた。
問19正体
凍結データから私をよみがえらせてオクトモーフを着装させたあげく、逆恨みして拷問にかけていたサディストの名は、マデラ・ルメシュ。
超資本主義の走狗たる星間大金融企業ソラリスの中級パートナーだ。
親戚にジャパニーズ系がいたため、好物は魚介類。
特に、タコ焼きとタコのオリーブオイル焼きが好き。やはりな。
しかし、マデラは私の口座に直接、手を出せない。というのも、私の正体は、経営コンサルタコの聖河さゆりでもなければ、大富豪ザイオン・バフェットでもない。
“大破壊(ザ・フォール)”で地球を壊滅させた戦闘AI、ティターンズを手引きした者にはほかならないからだ。
本名と本当の素性は、秘密。
サーヴィターが私を評して「社会を蝕むばい菌」と言ったのは、かなり核心に近い。
私は、地球を蝕み、この宇宙から消し去ったのだから。
こんな私を、しいて呼ぶなら、全人類のユダ、現代宇宙のロキ、かな。
問20追跡者
だからこそ、マデラの手引で、私を狙う者がいる。
私を稀有な食材だとみなす、美食家のバトゥークだ。
……。
……。
……。
……うん、わかるよ。
この回想録を読んでいる諸君。
私が、ごたいそうな素性を明かしたからには、いったいどんな凄い奴に追われているのか、誰もが期待していたのは、手に取るようにわかる。触腕いっぱいのタコだけに。
だがね、現実ってのは、こういうものなんだよ!
私も追跡者の黒幕が、食欲旺盛な美食家野郎とわかった瞬間、膝がほしくなったよ! 膝から崩れ落ちるためにもね!
もっとドラマチックな展開を期待していたけれど、私に待ち受けているのは、どこの誰とも知らないおっさんの胃袋から全力で逃れるための戦いだ。
天文学的大殺戮を引き起こした大罪人を、シリアスな自己陶酔にひたれなくさせるのが、神が私に与えたもうた罰なのか!?
常にコントも真っ青な状況に翻弄され、宇宙の道化を演じるのが、私に与えられた罰なのか!?
もう、色々とツッコミが追いつかないよ!
陰に日に迫りくる追手の気配。あちこちで感じる。
これまで正体が露呈せずに来たけど、時間の問題かもしれない。
私はもとのサヤに戻るときが来たようだ。
オクトモーフを着装した生活はこれでジ・エンド。
戦闘AIティターンズを手引きした自分が悲劇の英雄だと信じていたあの頃が、懐かしい。
今の私は、単なる宇宙の道化。
そういうわけで、これから大きな何かを成し遂げようと理想に燃えている諸君に、これだけは伝えておく。
現実は、諸君の理想のようにはならない。
シリアスなんて、それこそ、絶対にならない。
待ちかまえるのは、自分は悲劇の英雄なんかではなく喜劇の主役であることを痛感させられる運命だ。
ふっ……地球ごと人類を大量殺戮すれば、自分の人生、何かが変わると信じて疑っていなかった。
だけど、何も変わらなかった。
私は相変わらず私のままで、単に義体や所属する場所が変わっただけ。
本当の意味での変化とは、周囲の破壊や殺戮では決して得られないのだ。
このことにもっと早く気がついていれば、ティターンズの手引なんかしなかったのに……。
いまさらそんなこと言っても、詮無いこと。
さあ、もう行かなくては。
回想録には、ここまで綴っておこう。
《回想録はここで絶筆》
回想録発見者付記:“大破壊(ザ・フォール)”で地球を壊滅させた戦闘AI、ティターンズを手引した者が書き残した回想録は、ここで唐突に終わりを告げる。
今、彼、あるいは彼女、もしくはそれは、どこにいるのか。
我々ファイアウォールは、引き続き調査を続行する。
美食家のバトゥークに調査協力を仰ぐことも検討すべきだが、その場合は動物型義体を着装したセンティネルを派遣しないこと。
なぜなら、ウサギ型義体を着装した私は、左耳の先を奴にかじられ、持って行かれた。
これ以上、奴の被害者は出したくないので、できれば奴の歯が立たない石英義体のセンティネルが望ましい。
~センティネル:ジャータカ・ジャクソンの報告書より一部抜粋~