「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第38話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第38話」山口優(画・じゅりあ)


<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら):この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな):栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ:栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ:晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ:通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場:晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹:晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン:シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ:シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー:「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
  • 冷川姫子 :西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
  • パトソール・リアプノヴァ:西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
  • フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ:ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人。

<これまでのあらすじ>
 西暦2055年、栗落花晶はコネクトームバックアップ直後の事故で亡くなり、再生暦2055年に八歳の少女として復活。瑠羽医師から崩壊した西暦文明と、人工知能「MAGI」により復活した再生暦世界、MAGIによるディストピア的支配について説明を受ける。瑠羽はMAGI支配からの解放を目指す秘密組織「ラピスラズリ」に所属しており、同じ組織のロマーシュカとともに、MAGI支配からの解放を求めてロシアの秘密都市、ポピガイⅩⅣの「ポズレドニク」を探索する。「ポズレドニク」は、MAGIに対抗して開発された人工知能ネットワークとされていた。三人はポズレドニクの根拠地で「ポズレドニクの王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ遺伝子を持つ女性で、年齢は一〇歳程度上だった。彼女は、MAGIを倒すのみならず、人間同士のつながりを否定し、原始的な世界を築く計画を持つ。
 晶はアキラに反対し、アキラと同じ遺伝子を利用して彼女のパーソナルデータをハック、彼女と同等の力を得、仲間たちと協力し、戦いに勝利。晶はMAGI支配に反対しつつも人とのつながりを大切にする立場を示し、アキラに共闘を提案。アキラは不承不承同意する。決戦前夜、瑠羽は晶に、MAGIが引き起こした西暦世界の崩壊を回避できなかった過去を明かす。
 北極海でMAGI拠点を攻撃する作戦が始まり、晶たちはメイジーの圧倒的な力に直面する。それは西暦時代や再生暦時代には考えられなかった重力制御を含む進んだ科学技術を基盤とした新たなシステムによる力だった。
 一方、その数年前から、プロクシマ・ケンタウリ惑星bでは、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤがこの新たなシステムをMAGIが開発していることを察知し、これに対抗すべく暗躍していた。彼女は胡桃樹、団栗場(二人は女性の姿として復活させるべくMAGIが準備していた)、および冷川姫子のデータを奪って三人を復活させ、三人の助力も得て、MAGIの新たな力に対抗するシステム「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築。三人を率いて晶たちの救出に向かった。

「あんた、何であいつにずっと従ってるのよ? あんたならいつでも逃げれたんじゃないの?」
 もと団栗場静紀の女性は、もと胡桃樹千秋の女性にそう問われ、ため息をついた。
 二人は、銀河級飛行MAGIC「パタール」で、時空を歪曲させつつ、北極点付近の転移点(アルファケンタウリから地球への転移点だ)から、カナダ北部の島、エルズミア島方面へ高速で空中を移動している途中であった。
 シベリア方面からチベットへ退避した一隊を冷川姫子が、グリーンランド方面へ撤退した一隊をフィオレートヴィ・ミンコフスカヤが、そして、カナダ北部エルズミア島から、北米方面に撤退した一隊を二人が救出する手はずになっていた。
 もともと、二人はグリーンランド方面へ救出に向かう予定だったのだが、フィオレートヴィが『知人の娘がいる。私があっちに行く』と言いだし、急に担当が変わったのだ。
 だが、別にどちらでも良かった。シベリアからチベットに撤退した部隊には栗花落晶がいるようなので、そちらだけは気まずく、避けたかったが。
 緊急事態ではあるが、こちらも銀河MAGICを持っているので、おさおさ負けるとは思えない。その余裕が、胡桃樹をして緊急時らしからぬ問いを発せさたものらしかった。
 ちなみに、胡桃樹は自分の性別が簡単には変更できないと悟ってからは、諦めたのか、若干しゃべり方を女性口調にしていた。適応力のありすぎる彼――いや、彼女らしい選択と言えた。
「しょうがねえだろ。逃げてどうするんだよ」
 一方の団栗場はそこまでの適応力を持ち合わせていない。もともと、他人にどう思われようと気にしないたちだ。どんな姿だろうと自分のしゃべりやすい口調でしゃべればいいと思っているし、逆に胡桃樹のような適応のありすぎる態度は、自分というものがなさすぎるのではないかと思っている。
 今、二人はMAGIが定めた馬鹿馬鹿しい「冒険服」とやらに身を包んでいる。これは、頭部をのぞく全身を透明でありつつ気密・防弾機能を持つスキンスーツで包んだ上で、胸部と腰部、それにブーツの部分だけを不透明なパーツで包むもので、概ね、伝統的なビデオゲームにおける女性キャラが着用する「ビキニアーマー」のような形状である。
 フィオレートヴィによると、MAGIがこうした形状の冒険服を定義するに至ったのは、フィオレートヴィ自身が創りあげた「ポズレドニク」システムへの対抗上の戦略らしい。フィオレートヴィはMAGI勢の冒険者を攻撃はするが、人間は非殺傷とする原則で戦うようポズレドニクの原則を決め、かつ、人間の識別に皮膚表面の血流を使うように定めた。それで肌の露出ができるだけ多くなるように冒険服が進化したらしい。
「まあ仕方ないんだよ。今更新しい、性能の良い冒険服を開発するのも骨が折れるからね。既存のものを流用するのが一番いい」
 とあの幼女は言っていたが、何が「仕方ない」のかさっぱり分からなかった。全て彼女自身のせいではないか。
「あんたの技術力なら、銀河ノードを一つぐらいハックしてあんたの好きなように生きても良かったんじゃないの」
 胡桃樹はまだ言葉を続けている。彼――もとい、彼女の冒険服は、ライトブラウンで、髪も同じ色に染めた上で、ポニーテールにしている。このファッションも彼女なりの「適応」なのだろうか。
「エネルギーは無尽蔵、小麦とトマトとピーマンのプランテーションでも作って好きなだけピザでも食べてればいいんだし」
 一方の、団栗場は、冒険服の色は黒。髪も黒髪のままでシンプルなショートカットだ。何の工夫も適応もない。ただ、「これから戦闘があるんだから少しは節制してくれよ? 終わったらいくらでも食べていいから」というフィオレートヴィの言葉に説得され、少し食事制限をしていたので、そこまで探検服を窮屈に感じる体型にはなっていない。今はまだ。
「――ねえズーシュカ、そう思うでしょ?」
「チーズがないぞ。それと、俺は団栗場静紀だ」
「ありがたいことにあのフィオレートヴィとかいう生意気な幼女が新しい名前をつけてくれたじゃないの。その姿で団栗場って言われた方が違和感があるわ。さっさとあんたも順応したら?」
 シズキだからズーシュカらしい。
「お前は適応力がありすぎるんだよ、胡桃樹」 
「チーニャよ、今は。チーズがないなら牧場も作ったら、ズーシュカ」
 胡桃樹はチアキなのでチーニャという名前が与えられていた。
「なんでそこまでしなければならん、チーニャ」
 一応、相手の呼ばれたいようにチーニャと呼んでやる。
「何度も言わせるな。俺は働くのが嫌なんだよ」
「だってMAGIからもフィオレートヴィからも逃げるんなら、自分で自分の面倒を見るしかないでしょうが。自給自足よ。社会があんたに与えるルールや慣習が嫌なら、社会から与えられるものを全部拒否して自分で全部やればいいのよ」
「――お前、皮肉ってるわけか?」
「いえ。ただあたしはプラグマティストなだけよ。いつだってそうだったでしょ」
(まあ……こいつはまともな仕事がなくなってからもしつこくバイトを続けてたぐらいだからな……)
 団栗場は認めざるを得ない。
「お前の理屈は嫌いだが、お前の言う方法をやっても良かったんだよ、俺は。プランテーションも牧場も、最初にコードを組めば、後は全部自動化できるだろうからな。実質的には働かなくても生きていけるだろう。ただな、あいつは是非俺の力が借りたいと言ったんでな。それでまあ力を貸してやるのもやぶさかではないと思ったわけさ」
「――何よあんた、単純ね」
 胡桃樹――もとい、チーニャは少し驚いた顔をしてこちらを見た。
「……考えても見ろ。俺達の人生で、そんなことってあったか? 相手から頭を下げて、『是非これをやってくれ、お前の力が必要だ』って経験が。いつだって、こっちから頭を下げて仕事をやらせてくれ、という立場だった。就職もそうだし、研究提案もそうだった。まあ研究は興味があったから、俺からやらせてくれっていうのも別に間違っちゃいないがな。だが、俺はな、働くのが嫌なんじゃなくて、多分、人に頭を下げてまで働かせてくれって言うのが嫌だったんだよ。それぐらいなら働かずに楽をして暮らしたいと思ってた」
 チーニャは更に驚いた顔をした。
「ばっかみたい。要するに人から頼まれたら仕事をやってもいいって? あんたってそんなに殊勝なやつだったっけ?」
「俺の殊勝さを試す機会が今まで一度でもあったか? 西暦時代に」
 チーニャは肩をすくめた。
「――なかったわね、そういえば」
「だろう。いや、皆無だったわけじゃないぞ、チーニャ。お前、研究でわからんことをよく俺に聞いていただろうが」
「そうだったわね――まあ」
「特にお前の博士論文の、『モバイルAGIネットワークにおける妥当なエネルギー分配の方法』の章はまるまる俺のアイデアで書いたようなものじゃないか」
 二人――それに、栗花落晶が所属していた研究室は、モバイルAGIやそれを超えるシステムの研究がテーマであった。その中でも、チーニャ(胡桃樹)やズーシュカ(団栗場)は、モバイルAGIの完全自律進化の研究をテーマしており、自律的にエネルギー分配を行う方法論の研究もそれに含まれていた。
 モバイルAGIネットワークにおける妥当なエネルギー分配の方法、というテーマにおいて、チーニャ(胡桃樹)の相談を受けたズーシュカ(団栗場)は、スケールフリーネットワークの原則でエネルギーを分配する方法を提案した。スケールフリーネットワークとは、ネットワークノードに典型的なスケールは存在せず、エネルギーレベルの格差は膨大なものになる、という指摘だ。
 人間社会における経済力や影響力(インフルエンサー力)、その他自由な交換が可能なあらゆる価値はそうなるのが自然だ。
 MAGIネットワークにおいても、全てのノードに平均的なエネルギーを分配することは非効率的であり、主要なノードにエネルギーを集中させざるを得ないだろう、とズーシュカ(団栗場)は考え、その効果を実証したものである。
 フィオレートヴィによると、現在のMAGIにおいては、冒険者のレベルが一増えるごとにMAGICに使用可能なエネルギーは一〇倍に増えるらしいが、これはどうやらズーシュカ(団栗場)のアイデアが元になっているようである。そのくせ、分配される「ゴールド」という名称の経済価値はスケールフリーにしないよう、パーティで共有する仕組みを導入しているらしい。効率性と平等性の狭間でMAGIも苦労しているようだ。が、ズーシュカ(団栗場)の立場で見れば、「人間を社会参加させようとするからそんな苦労するんだ」となる。
 ただ、彼――もとい、彼女の「殊勝さ」は、そのような苦労はもしかすると一部では必要なのかしれない、と思い始めていた。
 どうやらフィオレートヴィは、ポズレドニクに社会参加の否定を、MAGIに社会参加の肯定を、ラピスラズリに両者の折衷を担わせ、進化論的に三勢を競わせる枠組みを構想しているらしいが、そうするとズーシュカ(団栗場)の立場に一番近いのはラピスラズリということになるだろうか。
 これから救出するのもラピスラズリ勢だと聞いているので、その意味ではちょうどいいのかもしれない。

「ミシェル! これはちょっとまずいかもだぜ!」
 ガブリエラ・プラタの言葉に、ミシェル・ブランはうなずくしかなかった。
「充分分かってるわよ。それでもなんとかするしかないでしょうが! 私はMAGICIANなのよ。なんとかしてみせる」
 上位MAGIC「バクルス」にて稼働させている箒(ほうき)形状のMAGICロッドにまたがり、後ろにガブリエラを乗せて、ミシェルは今、必死で漆黒の巨人たちの追跡から逃れているところだ。
 カナダ北方、エルズミア島からまっすぐ南下し、バフィン島を経てハドソン湾からオンタリオ州とケベック州の州境にほぼ沿ってトロント上空に至ったところで、ついに巨人たちに追いつかれてしまう。
 ガブリエラ、ミシェル以外の攻撃隊メンバーは先に撤退させており、二人は追跡してくる巨人たちを引きつけつつ殿を務めていたが、そろそろ「引きつけつつ撤退を続ける」というのも限界だ。
 巨人が黒いビームを放つ。
 いや、「黒い」のではなく「暗い」のだ。時空をゆがませ、光の経路が邪魔されているので、そこだけ暗く見えるビームなのだ。
(既存のMAGICでは防御不能だ!)
 ミシェルは素早く判断し、一気に下降する。ナイアガラの滝の中に飛び込み、膨大な水流の中をくぐり抜けて身を隠そうとする。
 だが、巨人のビームは二人を追尾し続ける。ビームの通過につれて、滝の水がゆがんだ時空に従い曲がりつつ流れ落ちていく。
(もうだめだ……!)
 ミシェルはガブリエラを箒から蹴り飛ばし、滝壺のできるだけ深いところに沈んでいったのを確認する。
 箒を握り、びしょ濡れのままナイアガラの滝の上空に一気に上昇する。ビームは尚も追ってくる。
「――原初の光よ。我を貫け。全てを消失させよ。原初MAGIC『バハ』!」
 MAGIネットワークにおけるMAGICの体系には、一つの抜け道がある。自身に対する攻撃、つまり自爆を試みると、緊急対応プログラムが走り、一つ上級のMAGICを使う権限が手に入るのだ。これはバグであり、MAGICの体系を深く研究しているミシェルをはじめ、少数のサイエンティスト職しか気づいていないし、自爆を促すことになるので気づいた人間も他人に教えたりはしない。
 その瞬間、ミシェルのレベルでは本来扱う権限のない多量のレーザービームが、彼女向けて降り注いだ。それは、ミシェル、巨人たちをはじめ、ナイアガラの滝の上空にいた全ての者を等しく貫き、蒸発させた――かに見えた。
 

(生きてる……?)
 ミシェルは気づく。彼女は、ナイアガラの滝の近くの芝生に横たえられていた。
「気づいたか、お嬢さん」
 ミステリアスな雰囲気の黒髪のショートカットの女性が、彼女の傍らに立っていた。探検服の上下、ブーツも全て黒。MAGICロッドは黒に銀の装飾が入っている。
「あなたは……?」
「団栗場――という名前だったが、今はズーシュカと呼ばれている」
 彼女は短く告げ、MAGICロッドを構えた。
「あんたの攻撃は効果的だったぜ。奴らもあれほどのレーザーが降り注ぐとは思っていなかったらしい。もちろん奴らの時空歪曲バリアをもってすれば防御は容易だが、タイミングが遅れたから修復に時間がかかった」
 彼女はミシェルににやりと微笑んで見せた。
「その間に、こっちのMAGICの準備も整ったわけだ」
「……ガブリエラは?」
「あんたが滝壺に落とした仲間か。それは、俺の方の仲間が助けてるよ。安心しな」
 彼女はひと呼吸おき、黒と銀のMAGICロッドを構えた。
 彼女の視線の先に、漆黒の巨人たちが、空間からにじみ出るように徐々に姿を出現させてくる。
「――銀河の深淵より出でし炎よ。深淵の巨人を焼き尽くせ。銀河MAGIC『アクニス』!」
 瞬間、空間よりにじみ出た暗く、青白い炎が、巨人たちを包んだ。
 巨人たちは、幻影のようにゆらめきながらもがきつつ、灼かれてぼろぼろと灰になり、崩れていく。にじみ出ようとしていた空間の中に、その残骸となった灰は溶けて無くなっていった。
 恐ろしい光景だが、幻覚のような非現実感があった。
 やがて、空間のゆがみに伴う暗さが消失し、元のナイアガラの光景が戻ってきた。但し、ミシェルが蒸発させたために滝の水はごく少ない。
 そこに、天気雨のようにぱらぱらと雨が降り、虹が架かった。
「――……まあ、ざっとこんなもんさ」
 ミステリアスな女性は、はにかんだような笑いを浮かべた。
「あなたは……MAGICIANですか? それとも救世主?」
「さあな。俺は俺自身を研究者と定義している。だが、MAGICがモバイルAGIのコードを意味するなら、それを扱う者ではあるんだろうさ。そして、あんたたちが助けを求めているのなら、それをかなえるのにやぶさかではない、という意味では、救世主ではあるのかもな」
 彼女はミシェルに手を差し伸べる。
「さあ。あんたにもこの力が必要だろう。これからその権限を与えるよ。あんたのお仲間たちにもな」
 ミシェルは微笑んでその手を取る。
「――ありがとう。助かるわ」
 彼女がミシェルを救ったことは明らかなのに、そのとき、なぜか相手の黒髪の女性の方が、ミシェルに救われたような、安堵した顔をした。