「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第37話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第37話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら):この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな):栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ:栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ:晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ:通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場:晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹:晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン:シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ:シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー:「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
  • 冷川姫子 :西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
  • パトソール・リアプノヴァ:西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
  • フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ:ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人。

<これまでのあらすじ>
 西暦2055年、栗落花晶はコネクトームバックアップ直後の事故で亡くなり、再生暦2055年に八歳の少女として復活。瑠羽医師から崩壊した西暦文明と、人工知能「MAGI」により復活した再生歴世界、MAGIによるディストピア的支配について説明を受ける。瑠羽はMAGI支配からの解放を目指す秘密組織「ラピスラズリ」に所属しており、同じ組織のロマーシュカとともに、MAGI支配からの解放を求めてロシアの秘密都市、ポピガイⅩⅣの「ポズレドニク」を探索する。「ポズレドニク」は、MAGIに対抗して開発された人工知能ネットワークとされていた。三人はポズレドニクの根拠地で「ポズレドニクの王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ遺伝子を持つ女性で、年齢は一〇歳程度上だった。彼女は、MAGIを倒すのみならず、人間同士のつながりを否定し、原始的な世界を築く計画を持つ。
 晶はアキラに反対し、アキラと同じ遺伝子を利用して彼女のパーソナルデータをハック、彼女と同等の力を得、仲間たちと協力し、戦いに勝利。晶はMAGI支配に反対しつつも人とのつながりを大切にする立場を示し、アキラに共闘を提案。アキラは不承不承同意する。決戦前夜、瑠羽は晶に、MAGIが引き起こした西暦世界の崩壊を回避できなかった過去を明かす。
 北極海でMAGI拠点を攻撃する作戦が始まり、晶たちはメイジーの圧倒的な力に直面する。それは西暦時代や再生暦時代には考えられなかった重力制御を含む進んだ科学技術を基盤とした新たなシステムによる力だった。
 一方、その数年前から、プロクシマ・ケンタウリ惑星bでは、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤがこの新たなシステムをMAGIが開発していることを察知し、これに対抗すべく暗躍していた。彼女は胡桃樹、団栗場(二人は女性の姿として復活させるべくMAGIが準備していた)、および冷川姫子のデータを奪って三人を復活させ、三人の助力も得て、MAGIの新たな力に対抗するシステム「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築しつつあった。

 グリーンランド北端、カフェクルベン島上空。
 ロマーシュカとラピスラズリの一隊は、北極海攻撃に参加していたものの、メイジーと重力場を操る巨人の出現により大混乱に陥っていた。
 ロマーシュカは即座に撤退を決断しグリーンランド島に沿って南下を続けていたが、南端のファーベル岬に到達する遙か以前、もう追いつかれてしまった。
 迫る巨人。
(もう戦わずに逃げ切るのは無理……!)
 彼女は覚悟を決め、振り向きざまMAGICロッドを構える。
「光よ貫け! 『ルクス』!」
 まばゆい光。
 だが、巨人に対し放った上位MAGICは、あえなく巨人の装甲にはね返され、全く効果はなかった。
(……無理だ……私たちの部隊は晶さんたちの本隊が正面を引き受けている間に敵の後ろから攻める部隊にすぎない……。こんな敵に対抗できるわけがない……!)
 ロマーシュカは歯をぎりりと食いしばった。
(――世奈。あなたならこんな時でもなんとかする戦術を思いつくんでしょうか……。しかし、私はもう……)
 MAGICロッドをぐっと握る。
(――サイエンティスト職が聞いてあきれますね……こんな時にうまいアイデアを思いつけないようでは……)
 それでも彼女には果たすべき最後の責任があった。
 MAGICロッドの先端を口に近づける。
「ラピスラズリ、最終決戦グリーンランド方面隊の皆さんへ。こちらロマーシュカ。敵の巨人は私がなんとか足止めします。その間に逃げてください……!」
 全隊員に向け、通信MAGICで言う。皆、必死で逃げている。ロマーシュカが攻撃のためにとどまっているため、その距離は百メートル程度既に離れていた。
 通信を受け、数名が滞空し、ロマーシュカを心配するような姿勢を見せた。
「早く!」
 滞空する隊員たちにもう一度強く告げると、彼女らもスピードアップして逃げ始めた。
(これでいい……私は……!)
 巨人は攻撃MAGICを放ったロマーシュカを警戒するように滞空し、彼女を注視していたが、彼女の攻撃力が最初の上位MAGIC程度に限られることを見抜いたか、黒いビームを放ってきた。
(くっ……)
 ロマーシュカは再び身を翻し、飛行MAGIC「フライ」で逃げ始める。追う巨人たち。
 ロマーシュカは、再びグリーンランド島を縦断するように退避しつつ、無駄と分かっていながら、追いすがる敵に散発的に上位MAGIC『ルクス』を放つ。
 当然、通用しない。
 それでも彼女は諦めない。
 敵の巨人の注意を自分にひきつけながら、グリーンランドの氷床すれすれに高度を落とし、素早く方向転換して氷河の一つに入り込む。幅五〇メートル、深さ一〇〇メートル以上の深く切り込んだ氷河の谷に高速で突っ込む。そこめがけて侵入してくる巨人たち。
 そこで振り向く。
「――光よ輝け。最上位MAGIC『フォス』!」
 瞬間、衛星から降り注いだレーザービームが氷河の両側に撃ち込まれ、氷の峡谷は両側から崩れていく。巨人は時空をゆがませてバリアとし、落ちてくる氷塊を防いでいる。
 ロマーシュカは空中で踏ん張るように足を広げて滞空し、MAGICロッドを数回、くるくると回転させてから両手で握って構え、唱える。
「光よ滅せよ。原初MAGIC『バハ』!」
 両側から崩れてくる氷塊を防いでいる敵巨人の上空に、直接レーザービームが降り注ぐ。再び時空をゆがませる巨人。だが、ゆがんだ時空を走り、強力なレーザーはそのまま氷の峡谷の谷底に直撃し、一気に氷が蒸発する。
 爆発と同時に視界は白く染まる。
 今まで地道にレベルアップを続け、原初MAGICまで使える力を蓄えていた。それを隠しつつ戦ってきたが、今、解放すべき時だと判断したのだ。
 だが、それも全く水準の違う科学技術を用いる敵巨人には通用はすまい。
(――ここまでね!)
 ロマーシュカは飛行MAGIC『フライ』で一気に脱出しようとする。
 だが。
 その正面に、もう一体の巨人が迫っていた。
 黒いビームが彼女に迫る。
(――パトソール母さん……!)
 そのとき。
 黒いビームが、別の黒いビームにはじかれ、消し飛んだ。
「――いい戦いぶりだった、ロマーシュカ!」
 声が上から響く。ロシア語だ。
 母のパトソールではないが、どこか懐かしい声だ。
「……誰?!」
「……おやおや、私を忘れてしまったのか。それは残念。私は君のことをよく覚えているよ。尤も、君がまだ小さい頃のことだったけれどね」
 その少女は不敵な笑みを浮かべながらそう言い、氷河から襲ってきた巨人にMAGICロッドを突きつけた。
「銀河の光よ。暗黒の深淵から来た者を、再び深淵に還せ。銀河MAGIC『ルケーズィ』!」
 ロマーシュカは見た。
 少女が高々と掲げるMAGICロッドの先端の空間に、一瞬、漆黒の小さな点が出現し、それがまばゆい虹色の光を巨人に向けて照射するありさまを。
 巨人たちは時空をゆがめて対抗する。
 少女はにやりと微笑み、MAGICロッドを一振りする。MAGICロッドの先端の漆黒の小さな点は、少女が振りさばいた勢いのまま、巨人に突っ込んでいく。その点自体が時空をゆがめつつ、巨人の中に吸い込まれるように入っていく。
 次の瞬間。
 巨人を中心とした半径一〇〇メートルほどの空間が、氷河も大気も何もかも区別せずに暗黒の暗闇に閉じ込め、次の瞬間、消失した。
 ワンテンポ遅れて、どこからともなく、残響のような響きが起こる。
 同じことが、もう一体の巨人に向けて放たれた暗い点にも起こり、あれほど脅威だった巨人たちはすべて消え失せた。――そう、ロマーシュカは理解するしかなかった。
「……あの……いったい」
「私はフィオレートヴィ・ミンコフスカヤ。かつての君の母の友人――その後、敵となった者だよ」
 楽しそうに微笑んで、滞空したまま手を差し出してくる。
「母の敵……?」
「だが、君にとっては味方だ。少なくとも今はね」
 そこで、ロマーシュカははっと思い出した。
「フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ博士――聞いたことがあります。ラピスラズリの創設に多大な貢献をした人物。そして、ポズレドニクにも」
 躊躇したが、今はその手を取るしかない。
 ロマーシュカは、決意し、フィオレートヴィの小さな手を握り返した。
「いい子だ。銀河MAGIC『ネワス』」
 ロマーシュカは、自分の脳に流れ込んでくる大量のプログラムコードを通じて、悟った。今、フィオレートヴィが行使した力――銀河MAGICが、自分にも与えられようとしているということを。
(フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ。西暦時代に死んだと聞いていたけれど、どこかで復活するのではないかと母は言っていた。そして、復活するとしたら今このタイミング――MAGIを倒す時だろうとも……。それが、ポズレドニクとラピスラズリ、――そしてMAGI。三者を競わせることをもくろむ彼女にとっては絶好のタイミングだから、と)
 パトソールの予想通りになったといえる。
 だが、今彼女がここで力を渡す理由は何なのか。
 争わせるためか。
 彼女の奇矯なイデオロギーの駒として、自分も、晶も、瑠羽も、アキラも、そして、全ての人類をも利用するために。
「――あなたの目的は何です? 進化論的イデオロギーのために、我々を、相争わせるためですか?」
「分かっているじゃないか。私の目的は最初からそれだし、途中で変えるつもりはないよ」
「……思惑どおりにはいきませんよ。必ず、私たちラピスラズリが勝ちます」
「それならそれでいい。それも思惑通りだ。今のところ、MAGI勢が圧倒的に有利なのでね。ポズレドニク勢もラピスラズリも、できるだけ対等な条件で戦ってもらうための環境を整えようと思ってね」
「……あなたのもくろみは納得できませんが、力だけは受け取りましょう。私たちラピスラズリみんなに、分け与えてくれることを望みます」
「……望み通りにしよう。私は君たちラピスラズリの味方だからね」
「あなたならそう言うでしょうとも。そして、あなたはポズレドニク勢の味方でもあり、MAGI勢の味方でもあるんでしょう」
「ご名答」
「ならば、本質的にあなたは私たちの敵です。私たちが目指している世界は、たった一つですから」
 フィオレートヴィは目を細めて微笑んだ。
「ふふ……懐かしいな。同じような会話を、ずっと昔――そう、二〇〇〇年前にもしたような気がするよ」