「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第33話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第33話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら):この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな):栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ:栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ:晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ:通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場:晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹:晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン:シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ:シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー:「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
  • 冷川姫子 :西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
  • パトソール・リアプノヴァ:西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
  • フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ:ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人。

<これまでのあらすじ>
 
 西暦二〇五五年、栗落花晶はコネクトームのバックアップが完了した直後に事故で亡くなったが、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活し、復活させた医師、瑠羽から再生後の世界について説明を受ける。西暦文明は既に崩壊し、「MAGI」と呼ばれる人工知能ネットワークだけが生き残り、再生暦文明を構築したと。しかしMAGIは人権を無視したディストピア的な支配を行っていた。瑠羽は、MAGIの支配からの解放を目指す秘密組織「ラピスラズリ」に所属しており、同じ組織に所属するロマーシュカとともに、晶を組織に勧誘する。
 一方、ロシアの秘密都市ではMAGIとは別の人工知能ネットワーク「ポズレドニク」が開発されていた。晶と瑠羽はMAGIの支配打破の手がかりを求めてポズレドニクの遺跡を探検し、「ポズレドニクの王」アキラやその仲間のソルニャーカと出会う。
 アキラは晶と同じ遺伝子と同じ姿を持っていたが、一〇年以上前に復活させられており、そのときに経験した友人(団栗場と胡桃樹)からの裏切りを契機に人間同士のつながりを否定し、人同士のつながりのない原始的な世界を築く意思を示す。
 晶はアキラの計画に反対し、彼女と戦う力を得るために、彼女と同じ遺伝子であることを利用してシステムをハックする。アキラは攻撃を仕掛けてくるが、ポズレドニク・システムの端末であったソルニャーカや、MAGIシステムのアバターであるメイジー、それに、冒険者のミシェルやガブリエラらの協力もあり勝利する。戦いの後、晶はMAGIの現在の支配を否定しつつも、人とのつながりを排除することにも賛成せず、アキラにMAGIを倒す戦いの間だけ共闘することを持ちかける。
 MAGIとの決戦の前夜、晶は瑠羽の部屋を訪れ、瑠羽は西暦時代の彼女の経験を語る。瑠羽は精神複写科の医師として同僚の姫子と働きながら、核戦争を防ぐために協力を求める患者・パトソールと出会う。しかし、核戦争は回避できず、瑠羽は未来に目標を託されることになった。
 そして、夜が明け、北極海のMAGI拠点を攻撃する作戦が開始される。核融合炉を備えた巨人機械「ゴーレム」を一二〇〇体以上そろえ、巨大出力のレーザービームで攻撃を開始する晶たちだったが、彼女らの目の前に、メイジーが出現する。彼女は、反重力装置で浮かぶ巨人機械を従えていた。それは、晶たちの知る再生暦世界の技術では到底実現できないものであり、その力の差は圧倒的に見えた。

 胡桃樹千秋(くるみぎちあき)がうっすらと目を開いたのは、再生暦2045年――アキラを襲ったことにより強制収容所行きとなった、その一年後であった。強制収容所に収容された――正式には、「暴力性向修正所勤務労働者」というジョブを分配された者、という位置づけであった彼は、太陽を覆う半透過太陽電池の球殻である「ダイソン・ウィンドウ」の誤作動により発生した強力なレーザービームの照射により、勤務していた旧水星軌道上の強制収容施設もろとも蒸発してしまった。
 無論、彼のコネクトームとゲノムは石英記録媒体に保管されていたので、死の直前も自身がどこかで復活することは予期していた。
 だが、どうも雰囲気が違う。
 自身の身体への、妙な違和感を胡桃樹は感じ取っていた。
(妙だな……)
 自身の考えを胡桃樹がより詳細に検討する前に、培養槽の蓋が開いていく。
 思い切ってざぶん、と培養液の中から身を起こす。口にはめられていた呼吸器を外す。
「やあ、起きたかね」
 培養槽の縁からは、その声の主の頭だけが見えた。ミステリアスな銀色の双眸、同じく銀色の髪の少女だ。
 だが、口調は少女のそれではない。
「……君は何者だ?」
「触媒だ。君たちの進化のための。他の者に託したつもりだったが、彼女は意外と忙しそうでね。私自身も手伝わざるを得なくなった。それよりも、君は、自分が何者か問うべきじゃないのかい?」
 意味ありげに胡桃樹の身体に視線を下ろす。
「――俺の……だって」
 そういえば胸に妙な重量を感じていた。慌てて手をやる。さわる。存在感のある弾力――。同時に触られたことも感じる。明らかに自分自身のものだ。
「……っ……俺は……女になって復活したのか……!」
「――シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、『女に生まれるのではなく女になる』と言った。二〇世紀らしい古くさい言い回しだし、『実存は本質に先立つ』の焼き直しでしかないようにも思うのだが、まあそういうことさ。君は君の肉体を創った者――生物学や遺伝子の偶然性という妙や、MAGIシステムや――あるいは私の意図など忖度せず、君自身がありたいようにあればいい。MAGIは君をそう創ることで君の性向をある程度制御できると信じたようだが、私は信じない。私は単に、MAGIがそのように調整したデータを奪い、ここで復活させただけさ。肉体の変化が君の精神のあり方に新たな視点を加えればそれはそれでよいが、所詮は君の本質に影響を与えるものではないさ」
「――俺のデータを奪って……復活させた……?」
「君のプラグマティストなんだねえ……。私の哲学談義には一切反応せず、事実関係だけを聞き返すとは」
 謎めいた銀色の瞳を、胡桃樹の心を見透かすようにきらめかせ、細めた。
「……そうだ。私には私の手伝いが必要でね。人類の進化の媒介者という仕事の手伝いが。本当に、もう任せてしまっても良かったのだが、MAGIがこの再生暦の世界では飽き足らず、更に新たな世界を創りそうなので、そこでも『日陰者』を創る算段をしなきゃならん。君はその手伝いとして復活させられたというわけさ。無論、一人じゃない。君の友人もいる。団栗場と言ったかな……。日陰者を創るなら、日陰者に手伝ってもらうのが一番さ。そうだろう?」
 蕩々と話す幼女。いや、幼女の肉体というだけで、その精神は相当に老獪のように聞こえた。
「チッ。MAGIのやつ、晶に続いて俺達まで女にしようとしてたわけか……。で、それを奪ったあんたは俺達に何をさせようってんだ? そもそもここはどこだ? MAGIの監視を逃れてよくこれだけの施設を作れるな……? ラピスラズリとかいう、反MAGI組織か? それともMAGIA――ポズレドニク勢と名乗る奴らか?」
 とりあえず女の肉体となったことに関して、胡桃樹は諦めて受け入れることにした。MAGIの支配する世界とはそういうものだ。もともと、彼女は受容性の高い方なのだ。西暦時代にも彼女(そのときは『彼』だった)は、MAGIの支配する世界の中でも適応し、職を得て働き続けていた。
 だが、目の前の幼女の話によれば、ここはMAGIの支配する世界でもないらしい。
「――ここはね、君、千秋といったな……。じゃあこれから『チーニャ』と呼ぶことにしよう。チーニャ、太陽系じゃないんだよ。ここはプロクシマ・ケンタウリb。太陽系から最も近い恒星系であるケンタウルス座プロクシマ星の惑星bというわけだ。質量は地球の一・一七倍。重力もほぼ一倍。そのおかげでMAGIは新たな世界の植民地候補の一つに指定しているよ。私はその開発船団の一つをハックしてこの惑星を私の世界にさせてもらったがね」
「……新たな世界……?」
「――ここ数世紀ほど、MAGIは再生暦の世界にも行き詰まりを感じている。ポズレドニク勢といった厄介な敵勢力は出てきたし、MAGIの内部にも反MAGI勢力『ラピスラズリ』が出てきたし。それで、再生暦を再び更新し、『銀河暦』を創ろうとしてるんだ。太陽を囲むダイソン・ウィンドウのエネルギーに頼っていた再生暦ではなく、銀河核から直接エネルギーを得る文明にね。そのために、くじら座タウやアルファ・ケンタウリで実験を繰り返した。超光速航行実験だ。その副産物として、ブラックホールからより効率よくエネルギーを得る方法も手に入れた……。今はMAGIは、二系統のシステムを持っているといえる。太陽系だけを支配する旧来のMAGIと、銀河の支配を開始した、銀河MAGIだ」
「それは……壮大な話だな」
「プラグマティストの君には壮大すぎて興味が持てないかな? だがこの世界でも、奴は人間の行動パターンを最適化することはやめないだろう。今までのポズレドニクも、ラピスラズリも歯が立たず、奴の世界に塗りつぶされる。その状況は私の理想ではない。……そこで何らかの介入が必要と思ってね……。急遽身体をつくり現実世界に舞い戻ってきたわけさ。復活を急ぎすぎて、ちょっぴり小さい身体になってしまったがね」
「……おい、あんた」
「なんだい、チーニャ?」
「とりあえず、名前を聞いておこうか。当分、一緒に働くことになるんだろう?」
「……そうだね。教えておいてもいいか。私はフィオレートヴィ。フィオレートヴィ・ミンコフスカヤという。これからよろしく頼むよ。人類のために」
 幼女は微笑んだ。その微笑みは確かに魅力的だったが、それは、天使の微笑み、というより、悪魔の誘惑のように、寧ろ見えた。