「SF Prologue Wave編集部メンバー他己紹介その6」忍澤勉(質問者 伊野隆之)

「SF Prologue Wave編集部メンバー他己紹介その6」忍澤勉(質問者 伊野隆之)

「SF Prologue Wave って、どんな人たちが作っているの?」という声にお応えし、SF Prologue Wave編集部メンバーに、別のメンバーが質問をしてみました。 

伊野隆之さんからの質問状への回答(忍澤勉)

1・SF Prologue Wave編集部に参加された感想はいかがですか?

 様々なスタイルの文章に接することができて、とても勉強になります。また当然のことですが、文章を評価する視点が人によって大きく異なることや、その理由がどのあたりにあるかを知ることは貴重な体験ですね。私もここでいくつかの文章を書いてきましたが、それに対する他のメンバーの編集者目線による指摘は、とてもありがたいことだと思っています。こういった機会はなかなか得られませんから。

2・昨年1月に、難解だと言われてきたタルコフスキー映画を理解するための新たな視座を提供した『終わりなきタルコフスキー』(寿郎社)を刊行されたところですが、タルコフスキーとの出会いについて教えて下さい。また、刊行後の反響はいかがでしょうか?

 最初に見たのは1977年に岩波ホールで上映された『惑星ソラリス』でした。当時のSF映画とはまったく異なる作品でしたが、心地のいい違和感に包まれたと記憶しています。以来、ほかの作品を名画座で探し出し鑑賞していきました。のちにノーカットの『惑星ソラリス』が深夜のテレビ番組で放映され、それをビデオ録画したのが「深く見る」ことのきっかけだった気がします。
 しかし「より深く見る」のはDVDの再生機を買ってからですね。もちろん最初に購入したディスクは『惑星ソラリス』でした。タルコフスキーの作品は映像美が注目されていますが、より重要なのは美的映像に隠された作者の意図だと思います。映画館ではそれを考える時間がないまま次の場面になってしまうので、「あれはいったいどんな意味だったのだろう」という違和感を持つわけですが、細部が分かる画面のままに静止やリピートができるDVDの登場によって、作品に埋め込んだ作者の意思や意味を捉えるのが容易になりました。例えば『惑星ソラリス』では、なぜ『ドン・キホーテ』の本が何度も出てくるのか、最後の家の中にどうして雨が降るのか、あるいは図書室にあるブリューゲルの『雪中の狩人』は、作品全体とどう関わっているのかが類推できるのです。その私なりの報告書が拙著といえるのかもしれません。
 新刊時には「キネマ旬報」では北村匡平さんに、「図書新聞」では大野典宏さんに、そして「紙魚の手帖」では渡邊利道さんにご紹介いただきました。そのほか、「SFマガジン」や「週刊新潮」にも掲載されました。意外な偶然でびっくりしたのは、「週刊新潮」の欄の隣に『ソラリス』をオペラ化した作曲家の藤倉大さんの著書の書評があったことです。そのことをツイッターに書くと藤倉さんご本人も反応してくれて、何度かやりとりしました。ありがたいことに拙著を入手していただいたので、イギリスには少なくとも一冊の拙著があることになります。ネット上でもブログなどで何人かの知人や一般の方に取り上げていただきました。ありがたいことです。
 さらにキネマ旬報からタルコフスキーの著作『映像のポエジア』の書評や、IVCから『惑星ソラリス』の最新DVDに封入される解説の依頼がありました。最近では読売新聞の夕刊文化面で「タルコフスキー関連本続々」というタイトルで、井上由一さんが編集した『アンドレイ・タルコフスキー オリジナル映画ポスターの世界』や鴻英良さん訳の『映像のポエジア』とともに拙著が紹介されています。しかし現在でもタルコフスキーというと「映像は美しいけど、話は退屈だよね」との言説がまかり通っているのが現状ですから、「そんなことはないのだ」と声を大にしていい続けたいですね。

3・SFPWでは川嶋侑希さんが書かれた「Utopia」のシェアードワールド作品(「情報街のメンテおじさん」「Utopiaの海辺にて」)を発表され、FT新聞での配信も好評です。最新作の「メンテおじさんUtopiaに行く」も公開されたところですが、ご感想はいかがですか?

 以前は妖精やUtopiaという言葉自体、私とはとても遠い概念というか存在だと思っていました。けっして毛嫌いしていたというのではなく、想像力と筆力が及ばなかったんです。しかし伊野さんが「Utopiaの影」を書かれたことで、逆に今までの自分の断定がまさに「カタパルト」の役割を果たしたようです。わかりにくい例えで恐縮ですが、いったん後ろに身体をもっていき、それから前にポンと跳ねるといった感じでしょうか。
 まず恐る恐る書いた「<情報街>のメンテおじさん」では、「メンテおじさん」というキャラクターを中心に、元々の物語を毀損(きそん)しないようにして、セイラとの微かな交差を物語にしました。「Utopiaの海辺にて」では、「Utopia」のシェアードワールドに登場する何人かのキャラクターを、タルコフスキーの作品の情景や状況に組み込む試みをしてみました。
 そして「Utopiaの海辺にて」の最後のエピソードを、「<情報街>のメンテおじさん」で起きた出来事に繋ぐことはできないだろうか、と思ったわけです。それが「メンテおじさんUtopiaに行く」となりました。結果としてこの3作は緩く結びついています。もちろん発想の元は川嶋さんや伊野さんが描いたキャラクターでした。それを膨らませることはとても楽しかったですが、「彼らはそんなキャラではない」のだとしたらごめんなさい。

4・SFPWで「Utopia」関連以外でやってみたいことはありますか?

 宇宙開発の歴史改変SFを書いています。最初に少年時代のゴダードが登場して、宇宙開発が現代のようなテンポではなく、1960年代のようにどんどんと進んでいる世界です。いちおう終わっているのですが、かなりの長編なので推敲がままなりませんね。ときたま開いては、ところどころを直して楽しんでいる状態です。それ以外にも外恒星系に移住した人類が、その地の危機を逃れて船団を組み地球に帰還しようとするのを、長年地球の環境を保護してきた機械のネットワークが対処するという物語など、たくさんの作品が埃をかぶって並んでいるので、これらを何とかしたいとは思っていますが、なかなかです。

5・今までSFPWで読まれた中で、気になった作品や書き手はありますか?

 編集部員になってまだ日が浅いので、基本的にそれ以降の掲載作品ということになりますが、青木和さんの「おいで、みずきちゃん」のうまさには脱帽です。だんだんと読み手をゾクゾクさせつつも、その想像力の上をいく結末には驚かされました。片理誠さんの「聞いていません」も楽しかったですね。短いのに、いやそれゆえに文字の使い方が適格で、余計なものがほぼない才覚にはあやかりたいところです。また最近はまってしまったのが飯野文彦さんの作品です。その語り口が独特なので最初は違和感を持ったのですが、いまでは新作が楽しみになっています。

6・SFPW外で気になっていることや、人、作品はありますか?

 映画ではビクトル・エリセとテオ・アンゲロプロスですが、タルコフスキーの影響を受けている作品ならば、アンドレイ・ズビャギンツェフです。最近見つけたのが中国の若い映画監督ビー・ガンで、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』には、タルコフスキー的なモチーフやエピソード、そして映像手法に溢れています。タルコフスキーの死後に生まれた監督ですが、こんな映像作家が今後も登場するかどうか注目ですね。小説家としては佐々木譲さんです。すでにベテランの作家さんですが、ここ数年本格的にSF小説を書いていて、その歴史改変SFの緻密さと重厚さは圧倒的です。音楽家ではかなり前に亡くなっていますが、だんぜんラサーン・ローランド・カークです。ジャズというよりも私が勝手に命名しているんですが、ひとり民族音楽家、カークという民族の奏でる音楽家だと思います。絵画でいえばアンゼルム・キーファーかな。数十年前に今は無き池袋の西武美術館で実物を見て感嘆しました。彼の作品のポストカードが何枚か部屋に飾られています。

7・普段はどういう生活をしているのですか?

 人生も老境に達しているので、家人とともに散歩や買い物、テレビやネットで映画などを鑑賞する日々といったところでしょうか。そして残りの時間を読書と書き物にあてています。そんな不活発な毎日ですが、それでもタルコフスキー関係には目を光らせていて、関連する書籍を買い求め、昔の映画が彼にどう影響を及ぼしたかとか、逆に現代の映画作家にどんな影響を与えたかといったことを考えています。たまたま見た『無法松の一生』の中に『サクリファイス』とほぼ同じ構図があったり、あるいは芥川龍之介の小説からの引用が『ストーカー』の中に見つかったり、さらに『惑星ソラリス』では、アポリネールの本が映る場面を発見しました。先日はキェシロフスキの『トリコロール 赤の愛』で、『ノスタルジア』の台詞を引用したと思える場面に遭遇し、慌ててキェシロフスキの著作とDVDを買い求めた次第です。まさにタルコフスキーは終わることがないですね。

◎質問を終えて 伊野隆之

 タルコフスキーの映画は、今まで「ソラリス」と「ストーカー」しか見ておらず、地味だなぁ、と言う程度の感想しか無かったので、今回、予習を兼ねて「終わりなきタルコフスキー」を読ませていただいて、改めてちゃんと見直さなければならないなぁ、と思いました。映画の見方としても、「ボーっと見てんじゃねーよ」と叱られた気分です。書籍への反応の広がりを伺うと、地道な論考が各方面でも評価されているようで、素晴らしいと思います。
 また、小説の実作者としても、川嶋侑希さんが生み出した「Utopia」の作品世界を、見事に自分の作品として昇華させておられるので、十分に実力は証明されていると思います。是非、取り組んでおられる長編作品を完成させていただきたいと思います。
 タルコフスキーはまだまだ奥が深いようですが、映画評論や小説に限らず、これからもどんどん活躍の場を広げられることを期待しております。

忍澤勉(おしざわ・つとむ)
1956年東京都生まれ。作家・評論家。SF Prologue Wave編集部員。SF作家クラブ会員。「ものみな憩える」で、第二回創元SF短編賞の堀晃賞。『原色の想像力2』(東京創元社)に所収。「『惑星ソラリス』理解のために―『ソラリス』はどう伝わったのか」で、第七回日本SF評論賞の選考委員特別賞。大幅に加筆の上「『惑星ソラリス』理解のために(1)―レムの失われた神学」と「『惑星ソラリス』理解のために(2)―タルコフスキーの聖家族」として、「SFマガジン」(早川書房)二〇一二年6・7・8月号に掲載。『北の想像力』岡和田晃編(寿郎社)に佐々木譲論で参加。北海道新聞連載の「現代北海道文学論」で、佐々木譲、佐藤泰志を担当。ほかに「TH」No63(アトリエサード)や「層」(北海道大学大学院文学研究科 映像・表現文化論講座編)などにタルコフスキー論を寄稿。著書に『終わりなきタルコフスキー』(寿郎社刊)。