新刊紹介『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』 岡和田晃

 書名  : 『T&Tアドベンチャー・シリーズ9 怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
 著者  : ジョエル・マーラー(著)、キース・A・アボット(著)、岡和田晃(訳・シナリオ)、安田均(監修)、中山将平(漫画)、吉里川べお・柘植めぐみ(校正協力)
出版社  : グループSNE/書苑新社
発売日  : 2021年2月26日
 判型  : A5判
ISBN-10 : 4883754342
ISBN-13 : 978-4883754342
 定価  : 1800円(税別)

 1975年に発売された世界で2番目に古いRPG『トンネルズ&トロールズ』(T&T)は、オリジナリティあふれるルールシステム、ユーモアたっぷりの世界観で、今なお世界中で親しまれています。日本では2016年に『T&T完全版』が発売され、現在でも関連製品の展開や雑誌でのサポート記事の掲載が精力的に続いています。
T&Tの大きな特徴は、一人でプレイできるパラグラフ選択式(つまりゲームブック形式の)ソロアドベンチャーが充実していることです。一人でも多人数でも、同一のルールシステムにて冒険に乗り出すことができるのは画期的だと――21世紀以降のゲームブックの再興の文脈も含め――改めて注目を集めています。
 日本でも「T&Tアドベンチャー・シリーズ」と銘打った単行本や、「トンネル・ザ・トロール・マガジン」および後継誌「ウォーロック・マガジン」にて、翻訳・国産問わず、多数のT&Tソロアドベンチャーや多人数シナリオが掲載されていますが、その最新版が本作『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』というわけです。T&Tアドベンチャー・シリーズの9作目に該当しますが、シリーズは基本的に独立した内容となっているため、本作からプレイいただいて、まったく問題ありません。簡易ルールや作成済みキャラクターも付属しており、すぐに冒険を始めることができます。
 本書の目玉であるジョエル・マーラー「怪奇の国のアリス」の大きな特徴は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』に正面から挑んだ、本格的な「翻案(アダプテーション)」となっていることです。マーラーはニュージーランドの作家でして、実はニュージーランドには、独自の街を設定した『The Esgaroth Herald』シリーズのようにT&Tの伝統がありました。マーラー自身、英語や音楽を教える教師としての顔も持ち、普段からキャロルの〈アリス〉シリーズに親しんできたのでしょう。そう、〈アリス〉シリーズは、児童文学として世界中で親しまれているとともに、幻想文学研究の古典的なテクストにもなっているからですね。
 ただ、もともとの『不思議の国のアリス』は、『地下の国のアリス』といって、ルイス・キャロルがアリス・リデルに即興で語ってきかせた話が下敷きになっています。つまり、即興性や、「語り」ならではの相互干渉性(インタラクティヴィティ)が〈アリス〉の柱として存在し、言うなれば「RPGが発明される前のRPG」だということすらできるでしょう。実際、ルイス・キャロル、ジョージ・マクドナルド、J・R・R・トールキンやC・S・ルイスといったオックスフォード大学関係者の手になる英国ファンタジーは、RPGに強い親和性があり、しばしばその作品群をモチーフにしたRPG作品が作られてきました。
〈アリス〉そのものの翻案(アダプテーション)として発表された作品も、『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』の多人数用シナリオ『Dungonland!』や『The Land Beyond the Magic Mirror』(ゲイリー・ガイギャックス)、アメリカン・マギーの3Dアクションアドベンチャー『アリス・イン・ナイトメア』、ジョナサン・グリーンのゲームブック『悪夢の国のアリス』といった具合に、アナログ・デジタルを問わず、枚挙に暇がありません。
「怪奇の国のアリス」は、そうした先行作に引けを取らない、いや、勝るとも劣らない完成度を誇っているものと思います。原書の発売は2020年で、45年の歴史を擁して形作られたT&Tの世界観が、改めて〈アリス〉と出逢った、という経緯があるからなのですね。
T&Tはもともと、少なくないモンスターを〈アリス〉から採っていました。ゆえに、両者の世界観はピタリと融合し、〈アリス〉でお馴染みサー・ジョン・テニエルの挿絵をそのまま使ってもまるで違和感がありません。〈アリス〉がもっている言葉遊び等の遊戯性、ナンセンスなブラックユーモアをしっかり継承した仕上がりにもなっています。
 さらに、「怪奇の国のアリス」は伝説の作家キース・A・アボットの古典ソロアドベンチャー「怪奇の国!」を下敷きにしています。「怪奇の国!」は、1977年に発表されました。とにかくぶっ飛んだ発想で知られる怪作であり、ファンタジーというよりもパルプSFと言いたくなるようなギミック、これでもかと連発される(挿絵とセットでの)ギャグの嵐に圧倒されます。
カルト的な人気があったのか、私が初めて見た時、「怪奇の国!」の原書には、古書価は日本円で10万円ほどの値がついていました。早いうちから英語版は電子書籍化され、私が初めて買った電子書籍は、実はこの「怪奇の国!」だったというくらいには、思い入れの深い伝説の一冊でもありました。ただ、元本の痛みが激しく、イラストに文字が裏写りするなど、綺麗な仕上がりではなかったのですが……「怪奇の国のアリス」が出版された後、2021年には英語版で「怪奇の国!」そのものもエンハンスド版が発売され、見違えるほどイラストが映えるようになり、この問題も解決されました。RPG史に少しでもご関心がある方は、「怪奇の国!」の日本語版を出すことができたのは、まさしく奇跡的だろうとお思いになるでしょうが、単なる好事家向けのベタ復刻ではなく、翻訳文の作成には複数の版を参照し、イラストにエンハンスド版を用いることで、ノスタルジーに終わらない仕上がりとなっています。
また、『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』に入っているのは、翻訳作品だけではありません。そもそも「怪奇の国のアリス」では、〈アリス〉や、ハートの女王のようなキャラクターは、すでに〈トロールワールド〉(T&T世界)に馴染んでしまっているのですが、「なぜ」そうなったかは語られません。そこで、訳者の私が、シナリオ「天空の国のアリス」を書き、あわいを埋めることを試みたというわけです。
多人数でRPGを遊ぶ場合、参加者に〈トロールワールド〉をよく知らない人が交じる可能性は常にあります。そうした人にもわかりやすいよう、「天空の国のアリス」では、異世界往復ファンタジーとして〈アリス〉を再解釈しています。ダンジョン探検やノンプレイヤーキャラクター(NPC)との掛け合い、〈アリス〉ならではのイベントや、ゲーム内ゲームとしてオリジナル・ゲームポエム「ヘロドトス」まで盛り込んだ贅沢な仕上がりです。
司会進行役のゲームマスターを担当する人は、リプレイ・コミック「はじめての怪奇の国のアリス」を読んでいただければ、すぐに雰囲気がつかめるでしょう。さらには、「ウォーロック・マガジン」Vol.9に掲載されたシナリオ「トロールの国のアリス」に接続することも可能という親切設計です。「トロールの国のアリス」は、〈アリス〉のみならず、ジョージ・マクドナルドの『お姫さまとゴブリンの物語』へのオマージュも盛り込んであります。
こうしたRPGと小説の結びつきは、とりわけ1970年代中盤からのファンタジー史が、RPGの勃興抜きで語ることはできないという事実を、まざまざと思い起こさせてくれます。2017年には、オリジナル・デザイナーであるケン・セント・アンドレらの手になるシェアード・ワールド小説集『ミッション・インプポッシブル』(グループSNE/書苑新社)も2017年に日本語版が出版されており、きわめて高品質なヒロイック・ファンタジーとして、『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』とあわせてお読みいただくといっそう愉しめること請け合いです。
最後に、T&Tのデザイナー陣は、現在世界中で親しまれている大作コンピュータRPG『Fallout』シリーズの「精神的な前編」にあたる『Wasteland』の開発にも携わっていたことを添えておきます。「SFマガジン」2018年6月号の「ゲームSF大特集」、あるいはネビュラ賞にゲームライティング部門ができたこと等に顕著ですが、SF史におけるゲームの重要性はますます高まっています。そのなかでも、T&Tはまず押さえて損はない作品です。簡易ルール付き、スタンドアローンで楽しめる『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』を、その足がかりにされてはいかがでしょう?

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https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784883754342