『幻視者のためのホラー&ダーク・ファンタジー専門誌「ナイトランド・クォータリー」vol.24「ノマド×トライブ~多世界における異質の再定義」掲載、ロブ・ボイル&デイヴィッドソン・コール「融解」および『サンワード』より内惑星圏マップ』 岡和田晃

『幻視者のためのホラー&ダーク・ファンタジー専門誌「ナイトランド・クォータリー」vol.24「ノマド×トライブ~多世界における異質の再定義」掲載、ロブ・ボイル&デイヴィッドソン・コール「融解」および『サンワード』より内惑星圏マップ』岡和田晃

「ナイトランド・クォータリー」(略称NLQ、アトリエサード/書苑新社)は、幻視者のためのホラー&ダークファンタジー専門誌と銘打ち、海外の優れた幻想文学やSFを精力的に邦訳・紹介しています。それだけではなく、日本人作家の書き下ろし小説や、批評・ブックガイドも充実しています。
 vol.16からは、『エクリプス・フェイズ』翻訳チームの一員でもある私が編集にも参加し、Vol.17からは編集長をつとめております。
 NLQには、『エクリプス・フェイズ』のシェアード・ワールド小説が複数回、掲載されています。
 いずれも、未訳アンソロジー『After the Fall』に収められたもので、NLQのvol.6には、ケン・リュウ「しろたえの袖(スリーヴ)――拝啓、紀貫之どの」が載り、vol.16には、アンドリュー・ペン・ロマイン「宇宙の片隅、天才シェフのフルコース」(いずれも待兼音二郎訳)が邦訳・紹介されました。vol.9では、来日時に行なったケン・リュウへのインタビューも収められています。
 2021年3月30日頃発売のNLQ24では、「シェアード・ワールド」と「ノマド」に焦点を当てた特集となっています。クロエ・ジャオ監督の映画『ノマドランド』に焦点を当て、『イージーライダー』『地獄のハイウェイ』『マッドマックス』等の想像力の系譜を探る批評などが載っていますが……今号ではいよいよ、ロブ・ボイル&デイヴィッドソン・コールの傑作「融解」が邦訳・掲載され、見逃せない号となっています!
 そう、ロブ・ボイルは『エクリプス・フェイズ』のメイン・デザイナー。そして相棒のデイヴィッドソン・コールは映画監督。二人はタッグを組んで、『エクリプス・フェイズ』の巻頭小説「欠落」を書いたことでも知られています。

 人間の精神がデジタル化され、身体は義体(モーフ)として取り替え可能になったトランスヒューマン時代の太陽系。
 人類が植民した金星は、社会格差がいっそう過酷となっており、地表では、作業用の石英義体(クォーツ・モーフ)を着装したノマド的な労働者の一群が、過酷な環境で年季契約の底辺労働を余儀なくされています。
 他方、セレブが暮らす金星の空中都市群(エアロスタット)は、モーニングスター・コンステレーションと呼ばれる同盟を結び、ハイパーコープ(星間大企業)が織りなす惑星連合と政治的な緊張状態にあります。メッシュ(オンライン)上の工作、犯罪組織も介入した陰謀劇が、日常茶飯事となっているわけです。
 生きる場所の模索、覆い隠された真実と、それに迫ることで生まれる恐怖……。
 人間性と、コミュニティのあり方をラディカルに問い直す傑作、まさしく、それが本作「融解」なのです。

 「融解」の翻訳は岡和田晃、監修は朱鷺田祐介氏が担当しました。『エクリプス・フェイズ』に詳しくなくとも、格差や陰謀劇を扱ったトランスヒューマンSFホラーとして、独立した形でも愉しめます。
 とりわけ興味深いのは、原文で主要人物のヴィージャが、「He」や「She」や「It」ではなく、なんと複数形の「They」で表記されていること。訳文も、その意をできるだけ汲めるようにつとめました。
 また、「融解」は、『After the Fall』に収められているだけではなく、新紀元社より日本語版の発売が予定されているサプリメント『サンワード』の巻頭小説にもなっています。ゆえに、作品世界をより深く味わっていただくため、『サンワード』から、内惑星圏のマップも翻訳・紹介しています。

 NLQ24では、ロバート・L・アスプリンとリン・アビーが編纂した伝説的なシェアード・ワールド〈盗賊世界〉が40余年ぶりに初邦訳されました。〈盗賊世界〉や、複数の批評やコラムで、シェアード・ワールドとしての『エクリプス・フェイズ』の位置も見えやすいよう、工夫を凝らした編集を心がけました。
 日本オリジナル編集の『エクリプス・フェイズ』小説集『再着装(リスリーヴ)着装の記憶』もアトリエサードから刊行が予定。それに先立って出版される本作、作り込まれた設定、ヴィヴィッドな批評性の妙味をご堪能いただければ幸いです。