
そろそろ新しいパソコンに買い替えようかと、久しぶりに近くの家電量販店に足を向けた。
すかさずメーカー派遣と思しき店員がにじり寄って来た。煩わしいなあと思い、パソコンの陳列コーナーとひと筋違う場所に逃げ込むことにした。
するとふいに懐かしいワープロ専用機が目に留まり、その場所で立ち止まってしまった。
正確にはワードプロセッサーとか言ったかなあ、今のパソコンソフトに比べると機能的にはタイプライターとあんまり変わらなかったのに妙に未来的な名前がついちゃっていたもんだ。
それを使っていたころのことを思い出していると、まんまとキツネ目の店員につかまってしまった。
「ところがお客さん、これは新製品でして」
ふいに声を掛けられたのでギョッとした。
「ば、馬鹿なことを。これは随分昔に僕が使っていたワープロ専用機じゃないか」
店員は悪臭を振り払うかのように自分の鼻の前で手を振った。
「違いますよ。ちゃんとここを読んでください」
「だから、ワープロ専用機とちゃんと大きく」
「ほら、でしょう。これはワープロじゃないんです。ロではなくクチとルビが振ってあるでしょ。これはワープクチ専用機です」
「ワ、ワープクチ? 何じゃそれっ」
思わず店内に響き渡る大声を出してしまった。
「だから、これはワープの入り口なんです。サクッと使い方をお教えしましょう。ノートパソコンのタッチ入力ができるタイプと同じです。画面に位置情報が出ています。スマホと同じように指で広げながら、どんどん拡大していきます。銀河系から太陽系。ええ、火星でも月でも大丈夫。地球、日本、どんどん近づいてきました。この店のフロア地図が出てきました」
「うん。建物の中まで見通せるとは便利な地図だ」
「ええ、じゃ、どこにワープしましょうかねぇ。このフロアの南の端に美人がレジ前にいます。おもちゃコーナー、ここにしましょう。彼女がいるカウンター前にワープしてもらいましょうか。いきなり、火星にワープしてもらうわけにはいきませんものね。いいですか、画面に表示された手型に手のひらを合わせてみてください。はい、そこです。一瞬です。行ってらっしゃいませ。はい、ワープ」
言われた通りにすると、画面から白い光が飛び出して来て、僕の身体を包み込んだ。まぶしくて瞬きを二、三度すると、何と僕の身体はおもちゃ売り場に移動していた。
「……、……」
言葉がなかった。慣れているのか、こともなげにレジの女の子がニコッと笑った。照れ隠しで僕もニコッと微笑み返したが、穏やかじゃない。頭の中はハテナマークでいっぱいになった。僕は頭をかきながら、元のワープロ、違ったワープロ(クチ)売り場に小走りで戻った。
「ほらね。便利でしょ。ワープクチ専用機。実はこれは裏技なんですが、口だけを移動させるってこともできます。身体の部分だけの場合はそこの感覚だけってことにはなりますがね。場所をセットして、画面に出て来た唇に自分の唇を当てる。これは、実演しませんよ。これで正真正銘のワープクチ専用機です。どうです。欲しくなったでしょ」
僕は腕組みをして唸り声をあげた。
「でもね、きみ。往きはいいよ。でも、帰りが困るじゃない。このワープクチを持っては移動できないんだろう。向こうで困るじゃない。もし、向こうでもう1台買って、移動した場所でそれを使ったとしても、新しく買ったのを持ち帰ってくることができない。これって一方通行しかできないってことだよね。火星にワープしたら、その火星でこれを売っているという保証もない」
店員の顔が見た目にも分かるほど苦々しくなった。
「それはクリアできます。もう1台を抱えたままの移動は可能です」
「でもだよ、2台必要ってこと・・・、それはないね」
「はあ。実はね、わたしが住んでいるヘチャカビレ星でこれを発明したのはわたしなのです。実験は成功しました。わたしの星から地球にワープできたんです。やはり地球は文明がそうとう発達していました。それで、心機一転。地球でこうやって、またワープクチ専用機を組み立てて売り始めたんですよ。ですが、まったく売れません。うん、地球人は本当にクレバーです。製造したのがわたしだというのが気になるようだし、機能が足らないっていうんで買ってくれない。一方通行でも、結構使えちゃうと思うんですがね。火星移住に使ってもらえれば、大いに重宝されると思うのですが」
「確かに。しかし火星移住は一般人には時期尚早かなあ。もうあと少しの製品なんだろうねぇ」
「一方通行だからですか?」
いいものだとは思うが、完璧な製品に仕上がってはいない気がする。僕はこの店員が気の毒になって来た。
「そうだよね、うーん。出直して見たら、どう。このワープクチ専用機で、その何とか星に帰って改良したら、どうなんだい」
「地球でひと旗あげたいんです。とはいうものの、毎晩、これを使って、ヘチャカビレ星にいる彼女とキスをして、彼女の耳元に愛の言葉を囁いて、寂しさをまぎらわしたい等とそれはいつもそうしたいと思っているんですよ。はっきりいって募る思いはあります。この地球で生きようと誓ったものの、それくらいできなければ心が折れちゃうでしょ。分かりますよね。でもね」
「でも?」
「わたしの母星、ヘチャカビレがいったい何処にあるのかまったく見当がつかないのですよ」
