『「驚愕の超写実展 ホキ美術館×MEAM」展評』関 竜司

(PDFバージョン:kyougakunochoushajitutenn_sekiryuuji
サウンドアーティストにとって聴くと言うことは、音の肌理に耳を傾けようとすること、音と同化すること、さらに言えば音と共に生きることなのである。

中川真『サウンドアートのトポス』

 ホキ美術館と写実絵画
 2020年1月19日、筆者は瀬戸内市立美術館(岡山県)で開かれた「驚愕の超写実展 ホキ美術館×MEAM」を訪れた。ホキ美術館(千葉市)に収められた写実絵画を見るためだ。ホキ美術館は写実絵画の美術館として知られ、筆者も以前から訪ねたいと思いつつ果たせずにいた美術館だった。今回、筆者の居住地の近くにホキ美術館の良品が来ると聞き、喜び勇んで鑑賞しに行ったという訳である。以前、筆者は写実絵画について一筆書いたことがあるが(「上西竜二 描く展」)、今回はまた違う作家の作品ということもあり、そのときとは異なる印象を受けた。そうした印象の違いを中心に感想をまとめておきたい。

 神話なき時代の女性像
 今回の展覧会でまず初めに驚いたのは、写実絵画独特の女性の描かれ方だった。イタリア・ルネサンスや古典主義の絵画に慣れ親しんだ筆者にとって、写実絵画の女性像はあまりに露骨で即物的すぎ軽いショックを受けた。フェミニストが好む男性の好奇な眼差しが臆面もなく表現されている作品も少なくなかった。そうした女性像を見ながら筆者が思ったのは、やはりこれは神話なき時代の女性像、神聖性をはぎ取られた女性の姿なのだろうということだった。その意味で手法の違いはあれ、写実絵画の描く女性像はエドゥアール・マネの女性像に最も近いのだろうと思う。
 マネが人間の即物性に着目し、人間をモノとして描いたことはよく知られている。女性像もマネは売春を匂わせる性的に搾取される女性を好んで描いた。それはマネが近代を神話の失われた時代とみなし神話のベールをはぎ取られた女性とは、性的なエロスの対象でしかないことを告発するためだった。対象をありのままに見つめ、画家の視線をあるがままにキャンバスに再現する写実絵画もいったんその地点にたどり着かざるを得ない。しかし21世紀の写実絵画は告発する次元にとどまらない。男女の関係、搾取する/されるの関係をより深く掘り下げて人間と人間との関係として見つめ直す、あるいは構築しなおす意図を背後に隠し持っている。今回出品された中では小尾修の作品が最もフェミニズム的な視点で制作されているが、小尾の作品にしても被写体に対する人間的な誠実さが作品を性的な下品さから救い、美へと昇華させている。
 現代におけるエロティシズムは決して人間に対する幻滅に基礎を置いているわけではない。写実絵画の女性像はそのことを強く感じさせるものだった。

 関係を結び直すこと/丁寧に生きること
 20世紀は情報メディアが台頭し、記号・文字・映像・音声が人間の意識を支配した時代だった。21世紀になってそのスピードはさらに加速している。この情報メディアによって加速された環境の中で私たちは丁寧に生きることが難しくなっている。はっきり言ってしまうと私たちの他者や世界に対する態度は、極めて雑なのだ。しかし丁寧に他人や物事と向き合い、緊密な関係を結んでいかない限り、人間は人生にとって大切なもの・大事なものを見失ってしまうのではないか。今回出品された写実画家たちは異口同音にそう言っているように見えた。
 野田弘志はリアリズムに立脚しながらも、現代人が見逃しているもの・見失っているものに鋭い視線を投げかけ、それを補う形で作品を完成させている。《「崇高なるもの」OP.2》は苦難に満ちた人生であったろう老人の穏やかで柔和な姿が、やわらかな光のもと堂々とした迫力をもって描かれる。人間的な「成長」という現代人の忘れたテーマが、そこにははっきりと打ち出されている。
 森本草介は美は自然の中にあるのではなく、自然に触発された人間の意識の中にあるという確信のもと自分の美意識を最大限、被写体に投影する作品を残した。《アリエー川の流れ》の繊細で糸を引くような川面の流れは、自分の頭の中にある最高の美的世界をこの世に残して死にたいという作者の強い意志の表れだ。この作品はフランスの風景を描いているが、そこに描かれたまばゆい光の輝きはむしろ日本的=古今集的な久方の光のように筆者には感じられるのだが、どうだろうか。
 写実絵画は今一度、私たちが他者や世界と丁寧な関係を結び直す(再構築する)フィールドとして開かれている。今回、数多くの写実絵画に触れる機会を得てそう思った。

(2020年1月20日)

(参考リンク)
ホキ美術館HP
上西竜二 描く展」(SF Prologue Wave)

(お知らせ)
2020年3月18日から《Bunkamuraザ・ミュージアム》で「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」展が開催されます。

展覧会タイトル:「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」
場所:Bunkamuraザ・ミュージアム 東京都渋谷区道玄坂2-24-1 JR渋谷駅より徒歩7分
開催期間:2020年3月18日(水曜日)~2020年5月11日(月曜日) ※休館日未定
主催:Bunkamura、読売新聞社
特別協力:ホキ美術館

関竜司プロフィール


関竜司 参加作品
『しずおかの文化新書9
しずおかSF 異次元への扉
~SF作品に見る魅惑の静岡県~』