「石故事」立原透耶

(PDFバージョン:isikoji_tatiharatouya
(これはツイッターで過去に発表された物語で、140字以内に収められています)

 文フリ札幌で素敵な一冊に出会った。一冊ずつに異なる石が入っていて、それを選べるというもの。わたしは一目惚れした、骨のような石を選んだ。
 この本を買った人は一人一人、異なる夢を見るのだろう。50部限定とのことなので、勝手ながら50作書いてみようと思う。

 小樽の川で拾った石ですよ、と言われて持ち帰った。昔、大好きだった彼とよくデートした場所だ。懐かしい。白くて骨のような石。そっと口に含むと、紛れもなく、彼の味がした。とうとう帰ってきたのね、私の元へ。あの時と同じ血肉の味がした。お帰りなさい。川に流したあなた。

 赤い乾いた石をもらった。寝る前にコップに水を張り、そこに石を沈めた。よく朝起きると、テレビでもネットでも大騒ぎになっていた。なんと、一夜にして火星が水浸しになったというのだ。

 サハリンで拾った石だというので、何気なく実家に持っていった。寝たきりの祖母に見せると、祖母は突然満開の笑みを浮かべて小さく叫んだ。「おとうさま!」それまでしらなかったが、祖母の父親は彼の地で抑留され2度と帰ってこなかったのだそうだ。祖母は毎晩大切にその石を抱いて眠る。

 照り返しの厳しい街中を歩いていると、小さな女の子が木陰でしゃがみ込んでいるのが見えた。「何してるの?」と尋ねると「たくさん!」と答える。そこには数十個の石が並んでいた。
 手に取るとどれもひやりとする。湿度の少ない札幌だ、影になる場所は意外なほどに涼しい。石も涼みたいのだろう。

 腹が減って堪らぬので石を食った。意外にうまい。しかし残念なことに石が喉元まで詰まってしまった。ああ残念だ。これで言いたいことも言えなくなった。言わねばならぬことも全て腹の中だ。こんな世の中ですから、何もおっしゃらないのが一番ですよ、と妻が満足げに目を細めた。

 神として崇められてきた巨大な石は拡張工事で爆破され粉々に砕け散った。そこに立派な道路ができた。ある時土石流が起きたがこれまで食い止めてきた石はなかった。しかし死者はいなかった。土石流の直前、嵐のような小石が道路に降り注ぎ、通行止になったからだ。石は今も護っているのだ。

 目の調子がおかしいので医者に行ったら、さっさと新しいものに交換してくれた。帰宅して鏡を見ると立派な紫水晶が嵌っている。さては俺が行ったのは石屋だったのかと、落語のようなオチに腹を抱えて笑った。

「食事をしただけなのに不当に虐待されて殺された! 腹に石まで詰められた!」
 あの世で狼が閻魔大王に自分の悲惨な死を訴えた。
 訴状は読んだ、と閻魔大王は重々しく答えた。
「来世ではそなたは狼のまま、七匹の子ヤギは三匹の子豚に生まれ変わらせよう」

 胸の奥に重いものが詰まっていて息をするのも辛い。生きるのが苦しくて私は死に場所を求めて彷徨った。ある静かな湖、水面を覗き込んだ拍子に口から大きな石が転がり出た。
 不意に重荷が取れて心が軽くなった。喜び帰ろうとした私を背後から女性が呼び止めた。あなたの落としたのはどの石?

 1つだけ願いを叶えてくれる魔法の石があるの、とママはあたしに大切な石を見せてくれた。おばあちゃんから貰ったんだって。
 そして今、あたしは自分の娘にこの石を見せる。ママのママから貰ったんだよ。まだ誰も使っていない不思議な石。きっとあなたにこれをあげることになるわ。

 不義密通をした、と姉は人々から石を投げつけられた。ズタズタになり息絶えるまで石は投げ続けられた。石が小さな山になって、ようやく辺りは静かになった。私はその中の石を1つ握りしめた。姉は道を尋ねられて、教えただけだった。その日、私は家を出、村を出、国を後にした。

 父が月の石を買ってきてくれた。博物館の土産物コーナーにあったという。ぼくはその石を庭に埋めた。
 少しして、月が地球にぐんぐん接近して衝突するかもしれないという異常事態が起きた。
 ぼくは慌てて庭から石を掘り出し、空高く投げた。月は元の位置に帰って行った。

 我が家には代々大切にしている庭石があった。15歳になった息子がこの石を磨いた。内側には水があり魚が泳いでいた。気味悪がった妻が石を割らせた。魚は竜となって天に昇った。忽ち我が家は貧しくなった。だが息子は笑った。これで良い、人知を超える力は長く持ってはならぬのだ、と。

 石を手にして他者を罵る人が言った。
「石を投げてる自分だって痛いんだ」
 横で見ていた人が尋ねた。
「殴ったわけでもないのに何故あなたが痛いんだい?」
「手が痛いとは言っていない。人を傷つけると、私の心が痛むのだ」
 それを聞いた男が、石を持つ男を殴った。
「俺なんか手も心も痛いぞ」

 石のように冷たい心の持ち主だと離縁された姫は、1人で静かに高い塔にこもりました。小鳥たちが姫の友達になり、毎日さえずりました。魔女によって笑みを奪われた姫の本当の優しさ、気高さを理解できたのは、人間以外の生き物たちでした。1人になってやっと姫は心の安寧を得たのです。

 ある村に石で作られた美しい乙女の彫像があった。旅人が一目で恋に落ちた。しかし所詮は叶わぬ恋。長老が彼に伝説を教えた。太陽と月が同時に現れる時、この乙女は生身の肉体を得ると。旅人は待ち続け、やがて老いて死んだ。その後、太陽と月が同時に現れた。
 乙女は涙を一粒こぼした。

 ポケットに青い石が入っていた。いつ拾ったのか記憶にない。陽に透かして見ると内側に美しい模様が現れた。もっとよく見ようと目を凝らしたとたん、私はあっという間に石の中に吸い込まれていた。どうしたものかと途方にくれてポケットに手をやると、なぜかそこには白い石が入っていて……

 素敵な石を掘ってくるよ! と石オタクの兄が海外へ旅立ち消息を絶った。石なんかのために行方不明だなんて。毎日泣きながら兄の部屋の石を眺めていたら、ある日、兄の声が聞こえた。石をよく見ると中に小さな世界があり、その中で兄が楽しそうに暮らしていた。
 兄は幸せなのだろう。

 海外には、うっかり婚約指輪を石の乙女の指にはめたが故に追いかけ回される男の話があったが、日本では石の地蔵に笠をかぶせたら、お礼をたんまり貰った物語がある。この差は何だろうか。と、目の前でニコニコしている少女を見つめている。確か少女の像にマフラー巻いてやったっけ。

 名人がいた。石を見ると何を掘るべきか分かり、それを掘り出すのだという。作品は老人であったり鳥であったり獣であったりした。ある時、名人は生きているかのような恐竜を掘り上げた。学者がやってきて驚嘆し尋ねた。名人は答えた。石の中にある記憶を読み取っているだけだよ、と。

 報われぬ恋に悩み亡くなってしまった娘が、下女とともに毎晩恋しい男の元を訪れた。やがて男は相手が幽霊と知り、家に閉じこもり、女を拒絶した。ええ、口惜しや! 女が力任せに何かを扉に投げつけた。呆気なくこわれた扉の向こうで震える男がいた。翌朝発見されたのは古びた石灯籠。

 洪水の度に壊れる橋があった。そこで高額の報酬を約して遠くから腕の良い大工を呼び寄せ、石橋を作らせることにした。石橋が完成した日、大工は人柱として生き埋めにされた。勿論報酬は支払われない。結局橋は丈夫で役に立ったし、呪いの類もなかった。世の中とはそんなものである。

 子供の時戦争を体験し、空襲で逃げ惑った父には忘れられない思い出がある。ある裕福な家の子供が、自分の家は地下に石で防空壕を作った! だから安全だ! と常に自慢していた。ある日、その家に爆弾が落ちた。翌日見にいくと、一家は自慢の防空壕の中で蒸し焼きになって亡くなっていた。

 おまえは想像できないだろう。遥か昔はいやそれどころかおまえの親世代までは、石は重要な武器だった。今だって不幸な事故の原因になりうる。ところで、おまえの頭にめり込んでいる石は、どの程度の苦痛を与えたんだい? ああ、もう分からないんだな。残念だよ。別の人に尋ねてみるか。

 石と石をぶつけた時の音にこだわる人がいた。澄んだ甲高い音がすれば極上。しかし理想の音になかなか巡り合わない。毎日石を拾っては打ちつけて耳をすます人に、誰かが冗談で石そっくりの陶器を渡した。「この音だ!」と狂喜したものの、陶器はその場で砕け散ってしまった。

 石頭で有名な父が亡くなったと聞き、慌てて故郷に戻った。頑固一徹、こうと決めたらテコでも動かぬ父だった。火葬が住んでお骨あげしようとして、思わず笑ってしまった。あちこち悪かった父の骨は脆くてほとんど残っていなかったのに、頭蓋骨だけはしっかり残っていたからだ。

 台湾では三日月型の石を2つ投げて占いをする。ポエと義母は呼んでいた。裏と表の組み合わせで占うやり方は易から来ているのだろう。彗星が地球にぶつかる可能性は半々。わたしは夜空の三日月を見上げ、大地に落とす影とともに占う。月よ、お腹の子供が生き延びる可能性はあるの?

 一族郎党が集まり、テーブルを取り囲んだ。今後の私の将来を決める重要な会議だ。食事が提供された。叔父が大きな石のテーブルを軽く指で叩いて「まるで円卓の騎士みたいだな」と笑ったが、実のところは「最後の晩餐」だった。私を除く皆が、砒素入りの酒で乾杯し終えた。

 祖父が黒と白の石を使った遊びを教えてくれた。幼い私は夢中になり、それは祖父や父の事業を継いだ後も続いた。さあ、誰にも指図されない立場になったぞ。思い切り遊ぼうか。金星は白、火星は黒、そうだな、地球も黒にしよう。宇宙は巨大な碁盤だ。神という職もなかなかいいものだ。

 奔流が大地を飲み尽くした。ほとんどすべての生き物が流されながら、神に救いを求めた。哀れに思われた神は水中に緑の石を1つ置かれた。その石のおかげで救われたのが、今の生き物たちだ。子供達よ、彼らを哀れむがいい。我々はどのような波が起きても恐れる必要がない。魚類に幸あれ。

 身に覚えのないものだけが石を投げてよい、と王が仰ると、その場にいた国民すべてが罪人に石を投げた。
 次の日、王はこう仰った。身に覚えのあるものだけが石を投げてよい、と。石を投げる者は1人もいなくなった。

 ある惑星で遺跡が発見された。巨大な石舞台がある。宗教的な場か、それとも政治的な場か、あるいは双方か。現地で学者たちが討論を交わしたが結論が出ない。ほどなくして正解が分かった。隠れていた巨大な異星人が現れ、学者たちを押さえつけ、その大きな俎板で調理を始めたからだ。

 岩に刺さった剣を抜いた者が王になるという伝説があった。挑戦した者は尽く失敗した。
 ある者が岩を砕いて剣を取り出した。正確には「抜いた」わけではないので王として認めるか否か大論争になった。その隙に敵国が攻めてきたが、剣を手にした者は知略をもって撃退した。彼は王になった。

 古代の遺跡として謎の巨石群があった。そこに刻まれた文字は誰にも解読できず、世界最大の神秘とされ、この謎を解けば創世の秘密が分かるとさえ囁かれていた。ある子供が、その絵文字を見て笑った。尋ねた親に子供が答えた。「こんなの僕たちだってやるさ。落書きだよ」さて真実は?

 魔物の怒りで、触れるもの全てが石になる呪いを受けた男がいた。食べ物も飲み物も触れた瞬間に石になる。男は飢えに苦しんだが、呪いゆえに死ぬことすらできなかった。吹き抜ける風さえも男の前では小石となって散らばった。何年もさまよい孤独に苦しんだ男は、最期に自分を抱きしめた。

 異相ゆえに外出できない若者がいた。彼はネット上でしか他人と交流できなかった。あるチャットで内気な姉妹と出会った。文字のやり取りを積み重ね想いは募ったが、会う勇気はなかった。やがて姉妹が告白した。私達実はゴーゴンなの! 彼は安堵した。なぜなら彼はガーゴイルだったからだ。

 念じるだけで岩を砕く力を持つ男がいた。周囲の人々はそのような力などなんの役にも立たぬ、と馬鹿にした。大雨が降り山が崩れたが、村は無事だった。村に降り注ぐ岩や石全てを男が砕いたからだ。その時、初めて男の価値が認められた。男は共有の財産として、村の一角に幽閉された。

 素晴らしい業績を永遠に伝えようと、人々は石板に文字を刻み込んだ。願いどおり、彼らが滅んだ後も石板は受け継がれ、学者たちが解読し、研究した。やがて文明が滅んですべてが息絶えても、石板は博物館の錆びた扉の奥で微睡みつづけた。いつかまた新しい文明が興るのを待ちながら。

 信心深い老夫婦は自分たちの蓑と笠をお地蔵様にあげて、震えながら雪道を帰りました。
 その夜、戸口で音がします。なんと昼間のお地蔵様が二体立っておりました。「お礼に温めにきた」そう言ってお地蔵様たちは冷え切った石の体で二人にしがみつきました。翌朝、二人の凍死体が……

 そこは砂と石しかない惑星だった。バクテリアも見つからず、生命のない星と判断された。移住するためにやってきた技術者は数日のうちに全滅した。石が身体中の穴という穴に入り、体の内側から破壊したのだ。そう、石はこのような侵略者に対する自衛武器であり、砂粒こそが住人だった。

 太古の葉、昆虫、水。様々なものを琥珀は宿してきた。その不可思議な魅力で人々に愛された。ある少年が奇妙な琥珀を見つけた。こぶし大もある琥珀の内側には大量の歯車。やがて彼はあらゆるものを封じた琥珀を次々と発見した。その時、少年は悟った。自分もまた琥珀の中にいるのだと。

 大きな水晶を指にはめる彼/彼女は水晶の輝きばかりを大切にして、他のことには気が回らない。ボクと会話をするのも難しそうだ。そのうち彼/彼女は喧嘩を始めたが、すぐに急に静かになった。覗くと、大切にしていた指輪が2つに割れていた。確かに脳をアクセサリにするのは便利だが。

 風は通り過ぎ、雨は流れゆき、雪は溶けさっていく。生き物は成長し老いて、後の世代へ世界を譲っていく。ただ、石だけが瞬間にとどまり、永劫の中の一瞬一瞬に存在している。

 ゴーレムは泥で作られた生命体だ。彼には己の意思があったが、それを表現する術を知らなかった。彼は人間を真似ねて頭部に小さな石ころを詰めてみた。すると忽ち人間より聡明になり、怯えた世間から迫害された。脳みそなんかより石ころの方が価値があるのさ、と石猿こと斉天大聖が慰めた。

 あの人が怪談を話す時、必ず石を一個置いて去るんです。実体験を話した後に、その話に共鳴する石を残していく……。もらった方はたまりませんよ。悪夢にうなされ怪異に襲われる。どうすればいいかって? 簡単ですよ。清浄な流れる水へ、粗塩と石を流すんです。それが一番効果あります。

 霊力のある方が、呪いをかけられたという。そこで彼女は呪い返しを行い、不要な仕事相手に攻撃的な言動をくりかえすようになった。離れる人もいれば擁護する人もいた。呪いというのは鏡のようなものだ。自分自身を映し出す。やがて身も心も石のように凝り固まって硬くなる。

 この小さな石の中には宇宙が詰まっている。彼女は私に秘密を教えてくれた。どの石にも宇宙があり、世界や文明があり、生き物がいる。素敵でしょう? 微笑みながら彼女は石を砕く。神はわたし1人で充分。生殺与奪を握るのよ。そう笑った彼女の頭上で、巨大な指が降りてくるのが見えた。

 日本中の二宮金次郎の銅像が歩き出して、不勉強な若者に説教を始めた。渋谷のハチ公は動物虐待を行う人間を粛々と成敗した。墓石は起き上がり、罰当たりな子孫を殴りだした。日本からかろうじて脱出した人々は、アメリカで自由の女神が大統領府を踏み潰すのを目撃する羽目になった。

 大切な思いを花の露と合わせて固めた薔薇色の石は、夢や恋を忘れた人々に高額で取引された。売却した人には、心の中に何も暖かな思い出が残らない。そこで、彼らは売値の三倍の価格で石を買い取る。永遠に凍りついたままの、甘美な瞬間。それが自分が手放したものだとは気づきもせずに。

 枕元には不思議な本がある。最後の頁に本物の石が入っているのだ。私はそれを撫でながら眠る。夢の中で石にまつわる物語が紡がれていく。50話までだよ、と売り子が言っていたけれど、その後はどうなるのかしら? 眠い。眠り続けよう。私自身が石になるまで。世界が石になるまで。

立原透耶プロフィール


立原透耶(監修)
『三体』