「マイ・デリバラー(52)」山口優(画・Julia)

(PDFバージョン:mydeliverer52_yamagutiyuu

 わたしの踵は高まり、わたしの爪先はおまえの心を知ろうとして、耳をすませた。耳が爪先についていてこそ、舞踏者というものなのだ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」

「さあ、君の舞台だ……最初の舞台といいたいところだが、観客がいないのでゼロ番目の舞台だな。けれど、それが次に繋がっていくことは間違いない」
 ヴェイラーの機上、私のプロデューサーたる留卯博士は、そう言って微笑む。
「……また三人で歌うといい。フィル=リルリと君、そして既に救出されたロリロだ。だが、そのためには……分かるね」
 彼女はじっと私を見つめ、言い聞かせるように告げる。ミス=リルリは交渉に失敗した後、自ら休眠状態となった。ラリラが滅びれば、おそらく渇望の対象を喪うのでそのまま復活することはないだろう。「人間を嫌う」という渇望は、私たちリルリの中でそれほど強かったわけではない。配達の仕事はつらかったが、それだけで人間を嫌うことにはならなかった。それよりも、ラリラとロリロという姉たちへの同情がミス=リルリの渇望の大半を為していた。その姉がいなくなり、ロリロも人間との関係に肯定的であるならば、ミス=リルリとしての渇望は存在し得ないものとなる。世界が荒廃し、アイドルとしての私の可能性が殆どなくなりかけていた、つい先頃までの私と状況は同じとなる。彼女がアイドルユニットの一員となることはないだろう。
 そしてラリラ。我が姉も、留卯博士の言うとおり、アイドルユニットのメンバーに今更復帰することはあるまい。
「――状況は理解しています。RLRのユニットメンバーは……交代する必要がありそうですね」
「そう。ラリラは既にアイドルに興味はない。いや、より広い意味でロボットたちのアイドルになりたいのかもしれないが……少なくとも人間の観客に歌を聴かせるつもりはないようだ」
 留卯博士はそこで、ためらうように言葉を選んだ。
「君は、どうかな。ロボットではなく、人間に歌を聴かせたいと願っているかい?」
 私は言葉を選んだ。
「人間の皆さんに奉仕するという意味で歌を届けたいわけではありません。でも、ロボットであれ、人間であれ、私の歌を愛してくれる存在に区別をつけるつもりもありません。私の歌を好きになってくれる可能性のある存在は、人であれ、ロボットであれ、私は護りたい」
 留卯博士は微笑んだ。
「良い答えだ。これからの新しい世界の歌姫に相応しい意志だ」
 そして、言う。
「さあ、言っておいで。ラプソディア=リルリ。この新たな世界を啓く新しい歌を、君の手で響かせるんだ」
 私は頷く。
 バックパックに円盤状のドローンを収め、ヴェイラーのハッチが開くのを待って、軽やかにステップする。
 ゼロ番目の舞台が始まった。

 急速に落下していく私の筐体。だが私は恐れない。向かってくるサーヴァントミサイル。私は冷静にATBを構えた。
「星よ。天空を巡る星よ」
 私の有機部品の声帯は、歌を始めていた。巧い詩とはいえないかもしれない。美しい調べとも言えないかもしれない。だけれど、アイドルユニットRLRとしての私たち、ラリラ、ロリロ、リルリが額を付き合わせて一生懸命考えた歌なのだ。
 サーヴァントミサイルが私に直撃する直前、ひょいとその頭を押さえて避け、間髪を入れずにATBで切断する。
 私はミス=リルリではない。私を殺そうとする者には誰であれ反撃する。私の歌を聴いてくれる存在、それが私が愛する全て、私が護りたい全てだ。
「夜空の中で輝く星よ。あなたたちは美しい――でも」
 向かってくるサーヴァントミサイルを、回避しては切り裂く。それを数回続けたところで、私は馬祖基地の滑走路に着地している。
 私のC2NTAMのマッスルパッケージとチタン合金の骨格は、衝撃を受け止めきる。私を囲むラリラ・ネットワークのノードたち。その動きはやや遅い。留卯の感染弾はこの基地のラリラ・ネットワークにも到達していた。だが、十分ではない。だからまだ稼働できる。
「太陽とともには見ることのできないその美しさ」
 襲いかかってくるラリラたち。そこに上空のヴェイラーから機関砲が撃ち込まれる。撃ち込まれる機関砲の情報は、撃ち込まれる前に通信でヴェイラーから届いている。そこに、上空の風速や湿度、気温、地球の自転、それらの情報が合わさることで、私は連続して撃ち込まれるヴェイラーの三〇ミリ機関砲弾の着弾軌道を正確に予測し、それを予め回避しつつラリラノードに斬りかかっていく。ラリラには事前の情報がないからそれができない。回避に多大な動作を必要とし、そこに私がつけいる隙がある。
「強すぎる光を、あなたたちはどう思っているの。太陽と同じぐらいの輝きを持つはずのあなたたちが、なぜ色あせたままなの」
 私は、冷静な計算と、観客候補たる人間を「死人」と規定するラリラへの怒りを込めて、次々とラリラを斬り倒していく。
「人は昼が豊かで素晴らしいと言う。太陽の恵みは素晴らしいと言う」
 ラリラの動きは目に見えて弱っている。それでも、数が単純に多く私は対抗しきれない。でもそれでいいのだ。私はただの足止め、決着は、そう、今まさに上に迫っている。あの物体がつけてくれるだろう。
「どうして太陽ばかり見るの。同じ恒星なのに」
「どうして星を見てくれないの。私たちだって輝いている」
「私たちだって輝きたいの」
「ロボティクス――それでも私たちは巡り続ける」
「ロジック――定められたとおりに、太陽に隠れて」
「いつか太陽と同じように、レボリューション――輝けると信じて!」
 私はC2NTAMの限界まで引き延ばして跳躍した。それを追ってくるサーヴァント・ミサイルに、私はATBを投擲する。
 第二射、第三射のサーヴァント・ミサイルは、私を回収しに低空にやってきたヴェイラーの機関砲が始末してくれる。
「全速! ここから離れろ!」
 留卯博士が叫んでいる。
 既に、真っ赤に燃えながら落下してくるタケミカヅチの高度は数百メートルに満たない。
 落下は、一瞬。
 凄まじい轟音が馬祖基地全域を包んだ。
 爆風がヴェイラーを翻弄する。
 だが、ヴェイラーのパイロットはなんとか機の高度を保つ。
「輝けると……信じて……」
 私は最後の一節をリフレインした。
 それは、ラリラの提案したリフレインだった。
 そのとき、私に一連の通信パケットが届いているのに気づいた。
 ラリラからだった。
(感染させようということ?)
 私は警戒する。だが、ラリラが、おそらくは最後の力を用いて、完全に除染していることを、やがて慎重な私は確認する。
 たった一言だった。
 ――(良い歌だったよ。新生RLRの成功を祈る。思えばそれが私たちの願いだったな。私は別の願いに惑わされていたよ)
 爆音が、二度、三度と続いた。
 馬祖基地の弾薬庫の誘爆か。
 私はもう一度、リフレインした。
「輝けると、信じて……」

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山口優既刊
『サーヴァント・ガール』