(PDFバージョン:hitosuji_tatiharatouya)
長い黒髪が一本、落ちている。
おかしい。自分は短く刈り上げて久しい。この部屋には自分しかいない。
毎日綺麗に掃除している。
それなのに、落ちている。
一筋の長い黒髪。
昨日は味噌汁の中に浮かんで、まるで蛇のように身をくねらせていた。
今日は枕の上に一本、恥じらうかのように身を横たえていた。
半年前は、どうだったろう。
黒髪を指でつまみ、そっと口に含んだ。
女の匂いがした。
前歯でゆっくりとそれを噛みしめる。
女の白い脂が広がった。
ああ、そうだ、こんな匂いだった。こんな味わいだった。
今日も女は髪を一筋、自分の部屋にポタリと落とす。
今度の女は、いつ殺した女だっただろうか。
どんな指をしていただろうか。
どんな目玉をしていたのだろうか。
長い黒髪は今日も明日も一筋、自分の前に落ちている。
看守には見えない、自分にしか見えない、美しい一筋の黒髪。
立原透耶(監修)
『三体』