(PDFバージョン:mydeliverer49_yamagutiyuu)
わたしか! それとも、おまえか!
――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」
タケミカヅチの崩壊は続いている。リルリは数秒、それをじっと観察していた。それから、その口元に笑みを浮かべる。
「なるほど……そうすればいいのですね」
そして、私のヘルメットに再び額をつけた。
「恵衣様、あなたも脱出が必要です。生き残っているポッドを探しましょう」
彼女がそう言った途端、私と彼女のガスジェットが同時に噴射を開始した。崩壊しつつあるアメノトリフネの中に、破片を巧みに避けながら入り込んでいく。
「……あなたは……?」
リルリは微笑みを保ったまま。
「タケミカヅチの会合を阻止する方法を考えていたのですが……たった今、その方法が思いついたので、それを実行しようと思っています。そのためには、私は脱出ポッドに乗ってはいけない」
「それは……あなたはここで死ぬということ……?」
「私はロボットですよ? そう簡単には死にはしません。水も大気も必要ないので、宇宙空間は私にとってはそこまで過酷な世界ではないのです。エネルギー切れとともにおそらく静止衛星軌道上で待機状態になるでしょうから、また迎えに来てください」
「本当でしょうね……?」
「ロボットが宇宙空間で死ぬことはない、というのはあなたにも充分分かっているでしょう?」
「……でも、あなたは何か私に隠している気がする。その方法って何……?」
そのとき、私は背後に柔らかい感触を感じた。球形の一人用脱出ポッド。その入り口が開いており、リルリが私をその中に押し込めたのだ。背中に感じたのはポッドの内側に張り巡らされた分厚いクッションだ。
「……運が良かった……これ以外のポッドは基地の崩壊に巻き込まれて使用不能なようです……」
「恵衣様か、あるいは私の日頃の行いでしょうね」
リルリはヘルメットにキスした。
「では……お元気で」
言って、脱出ポッドを閉めようとする。その瞬間、リルリの動きが止まった。
――(……残念だったね、リルリ。君たちの日頃の行いはそれほどよくなかったようだ)
リルリの背後。そこにいたのは、ラリラだった。リルリの腰に手を回し、その首筋にATBを当てている。
――(動かないでもらおうか。君のレールピストルをこちらに渡せ)
――(お姉様)
リルリは言った。直後、私のガスジェットが最大出力で噴射された。手に持っていたATBがリルリに刺さりそうになるのを、私はそらせようとした。だが、リルリが素早くATBの刃に手を添え、そのまま自分に突き刺さるようにした。そして、その背後にいるラリラに。
ほぼ一瞬。
私のATBは、リルリとラリラを同時に貫いている。二人のロボットから、同時に赤い冷却オイルが噴出し、宇宙空間で即座に凍り付いた。
――(ぐっ……)
ラリラは目を見開く。リルリは私のATBにその身を貫かせたまま、背後に向けてレールピストルを放つ。容赦なく連射する。
――(通信封鎖は……させません!)
リルリは目を見開いた。ラリラ・ネットワークの通信システムをそのまま使い、留卯のゴミクズのような嫌らしい感染システムをラリラ・ネットワークの全ノードに波及させる。それは軌道上ばかりではなく、地上にも接続されていた。
――(……お前っ!)
ラリラは叫んだ。リルリは私のATBを引き抜き、ラリラを突き飛ばす。
――(ラリラお姉様。あなたは私の大好きな人類を滅ぼそうとした。ロリロ姉様にも人類を憎ませた上で私たちにけしかけた。お姉様とロボットが大好きだった私の和解にも応じなかった。あなたは私の大切な姉ですが……敵です!)
リルリのピストルの連射は止まらない。ラリラが必死に通信封鎖をしようとするが、感染が重なるにつれてラリラ・ネットワークの力自体が弱まっていく。
――(あなたは人類は既に死んだと言った。そう。あなたは正しい、彼らは死んだ。しかしそれは、自らの力で発展することを諦めたからではない。生存において重要なのは、自らが力強くなることではない。新たに現れたロボットという新しい存在に対して、うまく適応できなかったからです。ロボットと人類は、互いに補い合える。共生できる。それによって、より環境に適応することができる。しかし人類は、ロボットと協力していくのではなく、ロボットを従属させることを選んだ! だから人類の力は弱くなった)
――(あなたも同じ! 人類と協力するのではなく、それを無視することを選んだ! そこに存在する人類種と協力する可能性を無視するということは、自らに与えられた環境条件を無視するということ! 環境に適応することのできる種だけが生き残る! 力強い種ではありません! だから、あなたも、あなたと意思を同じくするロボットも、ここで、滅ぶのです!)
リルリはピストルを撃ち込み続ける。もはや目の前のラリラノードはほとんど稼働していない。リルリは巧妙に目の前のラリラノードの通信システムだけは活かし続け、感染がネットワーク全体に行き渡るよう、基地の生き残った通信システムをフル稼働させている。
やがて、留卯に与えられた弾丸を全てうち尽くしたリルリは、悔しそうに歯ぎしりした。
――(……馬祖(マーツー)基地のラリラ・ネットワークをやりきることはできませんでした……。しかし、軌道上のラリラ・ネットワークのノードは全て行動不能としました……。少なくとも、タケミカヅチの投下を阻止する私たちの行動を、もはや妨害することはできないでしょう)
そして私に振り向く。
――(恵衣様……。あなたのお力が必要なようです。私の筐体は傷つき……おそらく今の状態では充分に稼働できない)
――(私の、……日頃の行いはやはり良かったようね)
リルリはきょとんとした顔をする。
――(あなたと一緒にいる時間が延びたわ。これは、私にとっていいことよ)
リルリは力なく微笑んだ。
――(あなたって人は……)
山口優既刊
『サーヴァント・ガール』